エリナたちは、朝の西門で荷物を確かめていた。
宿の女将から預かった包みをミアの鞄へ入れ、旅用の台は、やどかりの荷物へ括りつける。前より少し重くなった荷を見て、エリナは留め具を確かめた。
「ここ、引っ張りすぎないでね」
「もう分かったって」
「テオ、何回も直してたんだから」
男が頷く。
エリナは工房のある方へ目を向けた。
昨日、挨拶は済ませた。朝は仕事があるかもしれないし、また寄って待たせるのも悪い。そう思って、宿からそのまま門へ来ていた。
それでも、もう一度くらい手を振りたかった気がした。
「……行こうか」
エリナが言ったとき、門の向こうで、何かがぶつかる音がした。
「待ってください」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、テオが立っていた。
大きな鞄を背負い、肩からもう一つ袋を掛け、両手には、さらに別の包みを持っている。背後には、紐で括った箱が一つ浮いていた。
その箱が、門柱に引っかかっていた。
「……何してるの?」
エリナが尋ねると、テオは振り返って箱を横へずらした。
「旅の準備です」
「準備?」
「正確には、もう終わっています。今、出発するところです」
やどかりが箱を見た。
「終わってる荷物の量じゃねえぞ」
「必要なものです」
「何日分だ」
「帰るまでです」
「だから、多いんだよ」
ミアが小さく笑い、テオの手から包みを一つ受け取った。
エリナはまだ、青年の顔を見ていた。
「……一緒に来るの?」
テオは彼女を見た。
今度は、荷物のせいにはしなかった。
「はい」
エリナの目が丸くなった。
「仲間になってくれるの!?」
「違います」
「違うの?」
「同行するだけです」
やどかりが顔を背けた。
その肩が動いているのを見て、テオは少し眉を寄せる。
「何か、問題がありますか」
「ねえよ。同行だな」
「はい」
エリナは笑いかけ、それから真面目な顔へ戻った。
「工房は? 町の人たちは、大丈夫?」
テオは、町の方を振り返った。
ここから工房は見えなかった。けれど、閉めた戸と、隣家へ渡した鍵の重さを覚えていた。
「閉めてきました。預かっていたものは、返しました。留守のことも頼んであります」
エリナが、ゆっくり頷いた。
それでも、まだ何かを確かめたい顔をしていた。
「でも……私たちが誘ったからって、一緒に来なきゃいけないわけじゃ――」
「分かっています」
テオは遮った。
少し強く言いすぎたかと思ったが、今度は、引っ込めたくなかった。
「昨日、帰りにも寄ると言ったでしょう」
エリナが頷いた。
「ここに残ることもできます。工房を開けて、あなたたちが帰ってくるのを待っていてもいい」
テオは肩の鞄を持ち直した。
「帰りに工房に寄ってくれることを想像しました」
「きっと、三人の思い出話をしてくれるでしょう。とても楽しそうです」
「……でも、その思い出の中に僕がいないのは嫌だとも思いました。」
「だから、僕は来ました」
エリナは、しばらく黙って彼を見ていた。
テオは鞄の紐へ目を落とし、もう一度口を開いた。
「戦わずに通れる道があるなら、そちらを選びたいです。遠回りでも」
「うん。そうしよう」
エリナは、町の外へ続く道を見た。
「分からなかったら、先に町の人に聞こう。私も、帰りたいから」
「……お願いします」
テオは顔を上げた。エリナの目元が、少し緩んだ。
差し出された手を、テオは一度見下ろした。
荷物で両手が塞がっていた。慌てて片方を持ち替えようとすると、やどかりが横から包みを取った。
「ほら」
空いた手で、エリナの手を握った。
「よろしくね、テオ」
「……よろしくお願いします」
ミアが二人の横で、抱えた荷物を少し持ち上げた。
「まずは、これを分けましょうか」
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出発は、少し遅くなった。
水筒と鍋は三人のものと一緒に使うことにして、テオが持ってきた余分な分は、見送りに来た老女へ預けた。工具は残し、本は一冊減らした。
「いっぱいあるねえ、こんなに背負って旅に出ようとしてたのかい」
老女が言うと、テオは渋い顔で頷いた。
「帰ったら、使います」
「そうしな」
老女は受け取った荷物をバッグに詰めて、それから、テオの襟を少し整えた。
「飯、忘れないようにね」
テオは横を見た。
エリナが荷物の紐を結び、ミアが地図を確かめ、やどかりが早くも腹が減ったと言っていた。
「たぶん、忘れさせてもらえません」
老女が笑った。テオも、少しだけ笑った。やり取りを見ていたやどかりが、鍋を自分の荷物に入れた。
「昔、一緒に歩いてた奴も、荷物が多かった。俺が代わりに運んでたんだ」
やどかりは鍋の蓋へ手を添えたまま、口元を緩めていた。
テオは荷物の紐を結ぶ手を止め、その顔を見た。いつものやどかりとは違っていた気がした。まるで大事なものを思い出すかのような。
不思議に思い、やどかりを見ていたが、やどかりの背で揺れている自分の工具袋に気づき、やどかりの荷から外そうとした。
「気にすんな、肉体労働は俺の仕事だ」
「では、途中で交代します」
「律儀だな」
テオは頷き、残った鞄を背負い直した。
門を出ると、工房へ続く道が背中へ回った。
振り返れば、まだ戻れた。足りないものを思い出したことにして、戸を開けることもできた。
テオは一度だけ、老女へ手を上げた。
それから、前を歩く三人へ歩幅を合わせた。
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町の屋根が少し低く見えるようになった頃、テオが尋ねた。
「王都では、まず何をするんですか」
昨夜、工房で広げた地図を思い出す。王都の手前には、泊まる宿の印があった。そこまでは行ってみると、エリナが答えたのだった。
やどかりは前を向いたまま答えた。
「王様に会う」
「会えるの?」
エリナの声に、男が振り返った。
「会うところから、頼むんだよ」
エリナは荷物の紐を持ち直した。
「……私が入れなかったら、先に話してきてくれる?」
「ああ」
返事を聞いて、エリナは少し息を吐いた。
「何て頼むつもりなの?」
「一緒に魔王を倒しに行かねえか、って」
エリナの足が止まった。
テオも歩みを緩め、ミアが二人を振り返った。
「……王様に?」
「おう」
「人を貸してもらうんじゃなくて?」
「王様も仲間にする。あの人が動けば、できることが増える」
テオは、やどかりの顔を見た。
「僕を誘ったときと同じになりそうです」
「お前は来ただろ」
「一度、帰ってくださいと言ったはずですが」
やどかりは笑った。
エリナは額へ手を当て、少し考えた。
「……言い方は、着くまでに考えよう」
「頼んだ」
「一緒に!」
ミアが笑い、歩きながら地図を開いた。
「戦う方だけでなく、治療をする方にも来ていただきたいですね」
「ああ。飯を作る奴も、荷を運ぶ奴もいる。途中で町へ帰る奴が出ても、回るようにしねえとな」
やどかりは川の方を振り返った。ここからでは屋根に隠れ、もう見えなかった。
「あの橋で、考え直したんだ。四人が戻るだけでも、手を借りたろ」
エリナは頷いた。
ミアのそばで布を押さえていた女。道を空けてくれた衛兵。戦いが終わると、毛布を抱えて来た人。
テオの魔法が川を渡ったときには、その人たちも岸にいた。
「魔王のところまでは、もっと遠い。戦う奴が休む間も、誰かが見張ってなきゃならねえ」
「何人くらい、頼むつもり?」
やどかりは前へ向き直った。
「次は、千人集めるぞ」
エリナは言葉を失った。
ミアも地図から顔を上げ、男を見ている。
「……前は、百人と、おっしゃっていませんでしたか」
「言ってた」
エリナが答えた。
やどかりは二人へ顔を向けた。
「もっと多い方がいいと思ってな」
テオは背中の鞄を持ち上げ直した。
自分の工具は、もう半分をやどかりに持ってもらっている。その荷物には、何度も作り直した小さな台が括りつけられていた。
「……先に言ってください」
エリナが隣を見た。
「鍋、四人分なんですが」