話が人集めに戻ったのは、卓の灯りを点けてからだった。
「戦う人だけでは、足りないんですね」
エリナが言うと、国王は頷いた。
「兵の中にも、それぞれ務めがある。全員に剣を持たせれば軍になるわけではない」
「町の人にも、出発までの支度を手伝ってもらえませんか」
国王の目が上がった。
エリナは、自分の書いた紙を彼の側へ向けた。
「天幕を繕ったり、食料を城まで運んだり。そういう仕事なら、町で頼める人もいると思うんです」
国王は、一覧とエリナの紙を見比べた。
エリナも待った。昨日より優しい返事をしてもらえることを、当てにしてはいけないと思っていた。
「職人に頼める仕事もある。軍の支度を確かめ、何をどれだけ頼むか決めよう」
やがて、国王が言った。
「申し出を聞く場も設ける。ただし、一緒に行きたいという者がいても、その場で連れていく約束はするな」
国王は、紙の隣にある地図へ手を置いた。
「戦場に慣れぬ者を連れていけば、守る手も必要になる。どこで何をしてもらい、誰が守って帰すのか。軍の者と確かめたうえで、私が判断する」
「はい。どこまでなら手伝ってもらえるか、一人ずつ聞きます」
「必要な仕事と条件を伝えてから聞くのだ。話を聞きに来たというだけで、参加を約束したことにはするな」
エリナが頷くと、国王は控えていた男へ向き直った。
「軍の者が希望を申し出る手順も定めよ。上官の前で返事を求めるな。残る者を不忠と扱うことも許さぬ」
男が書き留める間、国王は地図を見ていた。
「守備の引き継ぎを含めて、こちらで調べる。お前たちは、同行を望む者に、危険を隠すな」
「隠しません」
エリナは答えた。
国王はその顔を見た。
「遠征に加わる者は、魔王のもとへ行くのだ。事情を聞けば、やめる者もいる。お前の望む人数が集まるとは限らぬ」
エリナの指が、紙の端で止まった。
「……はい」
「同行する者が集まらなければ、どうする」
後ろの三人を見た。
テオが、こちらへ話を振られる気配を察したように眉を寄せた。
「四人で、もう一度考えます」
エリナは国王へ向き直った。
「今のままで無理なら、行き方を変えるか、準備を増やすか。まだ、分からないです。でも、来なかった人のせいには、したくありません」
国王は返事を急がなかった。
それから、書きかけの告知へ目を下ろした。
「では、何を頼むかを決めよう」
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最初の一枚を書くまでに、三度、紙を替えた。
「『魔王と戦う人』だけでは、剣が使える人しか来ないんじゃないですか」
「じゃあ、『協力してくださる方』……」
「何をするのか分かりませんね」
「うーん、名前だけ考えるのでも難しいね」
宿の卓は紙で埋まっていた。
やどかりが肘を置こうとして、ミアに空いている場所を示される。そこには小さな工具があり、やどかりがそれをずらすと、テオが伸びてきた肘から工具を引いた。
「工具に当たります」
「卓が狭え」
「あなたの使う場所が広いんです」
エリナは口元を緩め、王都での荷運びや天幕の修繕、食事の支度を書き足した。遠征への同行を希望する人には、別に話を聞き、危険性を必ず伝えることも添える。
紙を見直して、鉛筆を持つ手が止まった。
告知の一番上には、自分の名前があった。
勇者エリナ。
その文字があることで、読んでもらえるかもしれない。反対に、読まずに顔を背ける人もいるだろう。
「……本当に、私が話すんだね」
ミアが隣から紙を覗いた。
「一緒にいますよ」
「うん。分かってる」
分かっていても、あの町の目を思い出した。
帰ってきた自分を見た顔。襟の上へ伸びた黒い筋を指す手と、その手に促されるように離れていった人々。
城の中で話せたからといって、もう怖くないわけではなかった。
「来てほしいのに、来るのが怖い」
エリナは小さく笑った。
「変だよね」
「別に」
テオが、書き損じた紙を重ねた。
「嫌なことを言われた場所でしょう」
それ以上、彼は大丈夫だとは言わなかった。
やどかりが卓の向こうから告知を引き寄せ、書かれた日時を見た。
「喋れなくなったら、一度引っ込め。その間くらいは俺らでやる」
「……うん」
「テオが魔法道具の説明を始めりゃ、夕方まではもつ」
「そんなに長く話しません」
「昨日、箱の蓋だけでどれだけ喋った」
「あれは、あなたが理解しないからです」
エリナは今度こそ笑った。
それから紙を手元へ戻し、『話を聞くだけでも構いません』と書き加えた。
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告知は市場の入口と、城へ上がる道の掲示板に出された。
城から借りた中庭には、長机が二つ置かれた。通りから入れる場所で、門の前に人が溜まらない。入口に立つ兵士には、名前を告げなくても中へ入れると伝えられていた。
エリナは机の上に紙を並べ、水差しの位置を変えた。少し考えて元へ戻すと、テオが椅子へ腰を下ろした。
「さっきの方が取りやすかったです」
「……そうだね」
水差しを動かした。
何かしていないと、入口ばかり見てしまう。
通りの向こうでは、立ち止まって告知を読む人がいた。二人で何か話し、こちらを見てから歩いていく。その次の人も、入口の前を通り過ぎた。
エリナは紙の角を揃えた。もう、揃っていた。
「まあ、魔王だからな」
やどかりが言った。
「うん、話を聞いてくれるだけでもいいんだけど」
「ここに座ったら、そのまま連れていかれると思う奴もいるだろ」
「……うん」
話を聞くだけでも、と書いた。それでも、こちらを知らない人が足を止めるのは、簡単ではないのだと思った。誰も座っていない椅子を見ていると、胸の奥が縮んでいった。
自分の名前がなければ、もう少し人が来たのではないか。そんなことまで考えたとき、入口から声がした。
「本当に、話を聞くだけでいいのか」
エリナは顔を上げた。
男が、折り畳んだ手袋を握って立っていた。袖口には乾いた泥がついている。通りには、小さな荷車が停めてあった。
「はい。どうぞ」
立ち上がる勢いで、椅子が鳴った。
男は一度入口の兵士を見たが、呼び止められないと分かると、机の前へ来た。
「荷を運ぶ仕事ってのは、どこまで行くんだ」
「市場から城まで、食料を運んでいただける人を探しています」
エリナは、説明の紙を男の方へ向けた。
男はその一行を読み、顔を上げた。
「そこまででいいのか。遠征についていくとなると、何日も留守にはできんが」
「はい。王都での支度を、手伝っていただきたいんです」
男は、握っていた手袋を膝へ置いた。
「明日の午前なら空いてる。午後は別の荷があるから、それまでには戻りたい」
エリナは、一度、男の顔を見た。
帰ると言われるのかと思っていた。けれど、男は机の紙を引き寄せ、食料を受け取る場所を確かめていた。
「……お願いしても、いいんですか」
「その話をしに来たんだが」
エリナは慌てて頷いた。
「ありがとうございます。どのくらい、積めますか」
男は荷台の大きさを、両手で示した。城へ上がる坂では、荷の重さによって二度に分けて運ぶという。
エリナは、受け取る場所の隣へ書き込んだ。午後には別の仕事があることも、忘れないように残す。
「城の担当の方にも、来てもらいます。荷の量と、戻る時間を一緒に確かめてもいいですか」
「ああ。先に分かっていれば助かる」
テオが立ち、入口の兵士へ声をかけに行った。
エリナは紙を見直した。男が示した荷台の幅と、午前中という言葉が並んでいた。明日の朝には、ここに書いた分の荷が動くかもしれない。
名前の欄へ鉛筆を移そうとして、手が少し震えた。
空欄に気づいたのか、男が自分を指した。
「俺の名前は、聞かなくていいのか」
「あ……すみません。お願いします」
男が名を告げた。
エリナは聞き返してから、一文字ずつ書き入れた。
千人と書いたときよりも、ずっと時間がかかった。
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男は城の担当者と荷の量を確かめ、明日来る時刻を決めて帰った。
次の人が来るまでには、また間があった。
けれどエリナは、空いた椅子だけを見てはいなかった。ミアと紙を見直し、荷を渡す場所に誰が立つのか、確認することを書き足した。
昼を過ぎると、少しずつ人が入ってきた。
針仕事をしている女は、天幕の修繕を持ち帰った。報酬のことを聞くとき、少しためらったので、エリナは城の担当者を呼んだ。
「頼む仕事の量を見てから、決めてもらえますか。私、まだ相場が分からなくて」
女はほっとした顔をして、布の端を確かめ始めた。
善意で来てくれた人にも、明日の食事がある。父が仕入れ先へ代金を払う姿を思い出しながら、エリナは、自分で決められない約束をしないよう気をつけた。
引き受けられる仕事も、来られる日も、一人ずつ違った。
説明を聞いて帰る人もいた。数日考えたいと言う人には、また来られる日時を伝えた。
嬉しい返事のあとには、寂しい返事もあった。それでも、どちらの人にも、入口までの同じ道が開いていた。
陽が傾き始めた頃、肩幅の広い男が入ってきた。
袖を肘までまくり、爪の間に黒い汚れが残っている。男は名簿へ目をやる前に、やどかりの腰の剣を指した。
「それ、刃が欠けてるだろ」
「よく見えるな」
「商売なんでね」
男はエリナの剣も見た。
「剣を使う奴を集めるなら、直す奴も要ると思って来た。炉ごと担いでは行けねえが、出発までにできることはある」
テオが顔を上げた。
「金具も扱えますか」
「物による」
「では、この接続部なんですが」
早速鞄を開き始めたテオを、エリナは袖を引いて止めた。
「先に、お名前を聞きましょう」
また一人、名前が増えた。