停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
宇宙世紀0079年。
地球、南極。
会議室には、地球連邦とジオン公国、双方の代表者が向かい合って座っていた。
つい昨日まで、両者は戦場で互いを殺し合っていた。そして今も、戦争が終わったわけではない。ただ、この会談が行われている間だけは、双方の軍に戦闘停止が命じられている。
交渉を行うための、一時的な停戦だった。
会議の前にレビル将軍は「ジオンに兵なし」と演説した。連邦軍の士気は高かった。
ジオン側代表としてマ・クベが立ち上がった。
「交渉を始める前に、やるべきことがあると存じます」
連邦側の代表者たちがマ・クベを見る。
「私たちは皆、生きています」
何人かが顔を見合わせた。
「この戦争で亡くなられた、すべての方々のために、黙祷(もくとう)を行いたいと思います」
連邦側から声が上がった。
「そんなことを、している場合か!」
別の声が続く。
「交渉する気が無いのか!」
マ・クベは答えなかった。姿勢を正し、目を閉じた。
「何をしている!」
それでもマ・クベは何も言わない。ジオン側の代表者たちも目を閉じた。
「こんなことに何の意味がある!」
返事はなかった。
会議室に、少しずつ沈黙が広がっていく。
やがて連邦側から声がした。
「……仕方ない」
一人が目を閉じた。
もう一人が続いた。
全員が沈黙した。
◇
長い一分間だった。
マ・クベが目を開ける。
「皆様、ありがとうございました」
◇
マ・クベは、会議室全体を見渡した。そして、静かに口を開いた。
「私は別のことを考えております」
マ・クベは言葉を続けた。
「戦い続ければ、いつかはどちらかが勝つでしょう。連邦が勝つのかもしれない。ジオンが勝つのかもしれない」
そして、マ・クベは言った。
「しかし、その勝利の日に、いったい何人が生きているのでしょうか」
会議室が静かになった。
「あなたは、生きていますか」
正面に座る連邦代表を見る。
「あなたの家族は」
一呼吸置く。
「友人は。恋人は。子供たちは」
誰も動かなかった。
「死んだ後の勝利に、何の意味があるのでしょうか」
会場は無言だった。
◇
マ・クベは会議室全体を見渡した。
「私は今日、どちらが勝つかを決めるためにここへ来たのではありません」
そして、はっきりと言った。
「生きて家に帰れる方法を、皆さんと話すために来ました」
沈黙が続いた。
「我々の間には大きな意見の違いがあります。それは今日一日で解決できるものではないでしょう」
「しかし今日、我々は撃ち合うのではなく、同じテーブルについて話をしています。それだけでも、昨日までとは違います」
「我々はいま交渉中です。だから今日、戦闘は止まっています」
マ・クベは双方の代表を見た。
「この停戦を、明日まで延長いたしましょう」
「ジオン軍には、戦闘を開始しないよう命じます。連邦軍にも同様の対応をお願いします」
そして、マ・クベは言った。
「今日、誰も撃たなかった。この状態を明日も続けましょう」
やがて、連邦側から声が上がった。
「しかし、講和とは事実上の降伏ではないのですか」
マ・クベは少し考えた。
「では、降伏ではない講和について、話し合ってはいかがでしょう」
連邦側が静かになる。
「連邦が全面的にジオンの要求を受け入れる必要もありません。ジオンも全面的に連邦の要求を受け入れる必要もありません」
マ・クベは椅子に腰を下ろした。
「私ばかり話していては、これは交渉とは呼べません。次は、地球連邦の皆様のお考えを聞かせていただきたい」
そして問いかけた。
「地球連邦として、何を望んでおられますか」
◇
会談は長時間に及んだ。
当然、結論など出なかった。独立、自治、軍事、貿易、捕虜。話し始めれば、次から次へと問題が出てくる。それでも、誰も席を立たなかった。
その間も戦場では停戦が続いていた。
やがて会談の終了時刻が近づいた。
マ・クベが口を開いた。
「最後に一つ、提案があります」
連邦側が彼を見る。
「連邦とジオンの代表で握手をしませんか」
何人かが意外そうな表情を見せた。
「これは、どちらかが降伏したことを示す握手ではありません。敵同士であっても、武器を置いて話すことができる。そのことを示す握手です」
マ・クベは報道関係者へ目を向けた。
「この様子を、地球全土、月、すべてのサイドへ伝えていただきたい」
そして言った。
「今日は撃たなくていい。明日も交渉が続く」
短い沈黙の後、連邦側の代表が立ち上がった。
二人はテーブル越しに手を差し出した。
握手。
その瞬間、無数のカメラが一斉に二人を撮影した。
その日のうちに、その写真は地球全土へ送られた。月へ。そして、各サイドへ。
今日、誰も撃たなかった。
投稿初日(2026/9/23)で476UA、読んでくれた方、ありがとうございます。