停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。   作:山田 川田

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第10話 何のために戦っていたのか

サイド3。

 

自宅でギレンはマ・クベから通信で報告を受けた。

「ご苦労、報告は読んだ」

「はい」

 

ギレンは机の上の資料を見る。

停戦は継続。重大な停戦違反なし。新しい連絡体制について協議開始。

 

新しい原則。

『政治交渉が決裂しても、戦闘を再開しない』

 

ギレンは資料から目を上げた。

「ところで、妙な話を聞いた」

「何でございましょう」

 

「報告書にはなかったが――」

 

ギレンはマ・クベを見る。

 

「『我々はもう勝ったのではないか』と言ったそうだな」

 

マ・クベは少し黙った。

「……お耳に入りましたか」

「思い切ったことを言ったな」

「……はい」

「本当に勝ったと思っているのか?」

 

マ・クベはすぐには答えなかった。

「正確には、分かりません」

「分からない?」

「はい。ただ、戦争を続けなくても良いところまで来たのではないか、とは思っています」

 

ギレンは黙って聞いていた。

「それを勝利と呼んだのか」

「少なくとも、敗北ではありません」

「随分と都合のいい勝利だ」

「双方がそう思えるのであれば、それでよろしいかと存じます」

 

◇

 

しばらく沈黙が続いた。

「総帥。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「何だ」

 

「我々は、何のために戦争を始めたのでしょう」

 

ギレンの表情が変わった。

「今さら何を聞く」

「今だからこそです」

 

マ・クベは続けた。

「連邦軍を壊滅させることも、地球を征服することも、それ自体が目的ではありません」

「では、何だ」

 

「スペースノイドが、自らのことを自ら決めることです。つまり、スペースノイドの自立と、地球との対等な関係です」

 

「そのための独立だ」

「はい」

 

マ・クベはうなずいた。

「しかし、そこで一つ考えました」

「何をだ」

「独立は目的なのでしょうか」

 

ギレンがマ・クベを見る。

「どういう意味だ」

「独立は、目的を達成するための方法だったのではないか、ということです」

 

ギレンは何も言わない。

「もし、スペースノイドの自立が保障されるのであれば、完全な独立国家でなければならないのでしょうか」

 

「…………」

 

「高度な自治という形でもよろしいかと存じます」

 

ギレンは何も言わなかった。

 

しばらくして、口を開いた。

「連邦に戻れと言うのか」

 

マ・クベは少し間を置いた。

「いいえ」

 

さらに言葉を選ぶように、間を置いた。

 

「戻るのではありません」

 

ギレンは黙ってマ・クベを見ていた。

 

しばらく沈黙が続いた。

「では?」

 

マ・クベはすぐには答えなかった。

 

「作り直すのです」

 

ギレンの目がわずかに動いた。

 

マ・クベは続けた。

「戦争前の地球連邦へ戻るのであれば、我々が戦った意味がありません。しかし、連邦そのものを変えるのであれば話は違います」

 

各サイドが自らの行政を行う。自らの代表を選ぶ。税制や経済についても大きな権限を持つ。地球圏全体の問題は、共同で決める。通商。宇宙航路。資源。地球環境。安全保障。

 

マ・クベはギレンを見た。

「独立か服従か、その二つだけを選ぶ必要はないと存じます」

 

◇

 

ギレンは立ち上がった。

 

窓の外には、サイド3の街が広がっている。

 

「マ・クベ」

「はい」

「仮に連邦が、それを認めるとしよう」

 

ギレンは振り返らない。

「各サイドに大幅な自治権を与える。政治的な代表権も保障する。地球と宇宙を制度上、対等に扱う」

「はい」

「それで我々は、何を得る?」

 

マ・クベは答えた。

「我々が戦争を始めた時に求めていたものです」

 

ギレンが振り返る。

 

マ・クベは続けた。

「スペースノイドが、自分たちの未来を自分たちで決める権利です」

 

「独立しなくても?」

 

「はい。独立という名前のために人が死ぬ必要はないものと存じます」

 

ギレンは黙った。

 

マ・クベも、それ以上は言わなかった。

「もちろん、これは私個人の考えです」

「今さらそれを言うか」

 

「申し訳ありません」

「南極で散々好き勝手に話しておいて」

 

「交渉を一任していただいておりますので」

「便利な言葉だな」

 

「総帥からいただいた権限です」

「そうだったな」

 

◇

 

「連邦は受け入れると思うか?」

「分かりません」

「またそれか」

「ですから、話すのです」

 

「今日決まらなければ、明日話します」

 

「明日も決まらなければ?」

「その次の日に」

 

「いつまでだ」

「決まるまでです」

 

ギレンは額に手を当てた。

「お前は南極へ行ってから、そればかりだな」

「しかし総帥も、先日同じことをおっしゃいました」

 

◇

 

その時、猫が部屋に入ってきた。ギレンは気づかず、通信を続けている。

猫は通信機に近づいた。そのままカメラの前に座った。マ・クベの画面いっぱいに、猫が映った。

 

「……総帥」

「何だ」

「猫が映っております」

 

ギレンが画面を見る。

「……」

 

猫は動かない。ギレンはしばらく黙っていた。

「私の猫だ」

 

長い沈黙。

「総帥が、猫を?」

「休暇中に拾った」

 

マ・クベは少し間を置いた。

「戦闘が続いていれば、総帥が猫を飼うこともなかったでしょう」

 

猫がカメラに顔を近づけた。そのまま、レンズを舐めた。

「……」

 

「猫のお名前は?」

 

ギレンが止まった。

「まだ決まっていないのですか?」

「……」

 

「それも、明日にすればよろしいかと」

「その話はもういい」

 

通信が終わった。

 

◇

 

ギレンは机の上の資料を見る。

スペースノイドの自立。地球との平等。独立。自治。新しい連邦。

 

猫は机の真ん中で寝ている。

「お前の名前も決まっていないな」

「ニャア」

 

ギレンは猫を見た。

「……それなら、勝ったと言えるのかもしれん」

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