停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
サイド3。
自宅でギレンはマ・クベから通信で報告を受けた。
「ご苦労、報告は読んだ」
「はい」
ギレンは机の上の資料を見る。
停戦は継続。重大な停戦違反なし。新しい連絡体制について協議開始。
新しい原則。
『政治交渉が決裂しても、戦闘を再開しない』
ギレンは資料から目を上げた。
「ところで、妙な話を聞いた」
「何でございましょう」
「報告書にはなかったが――」
ギレンはマ・クベを見る。
「『我々はもう勝ったのではないか』と言ったそうだな」
マ・クベは少し黙った。
「……お耳に入りましたか」
「思い切ったことを言ったな」
「……はい」
「本当に勝ったと思っているのか?」
マ・クベはすぐには答えなかった。
「正確には、分かりません」
「分からない?」
「はい。ただ、戦争を続けなくても良いところまで来たのではないか、とは思っています」
ギレンは黙って聞いていた。
「それを勝利と呼んだのか」
「少なくとも、敗北ではありません」
「随分と都合のいい勝利だ」
「双方がそう思えるのであれば、それでよろしいかと存じます」
◇
しばらく沈黙が続いた。
「総帥。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だ」
「我々は、何のために戦争を始めたのでしょう」
ギレンの表情が変わった。
「今さら何を聞く」
「今だからこそです」
マ・クベは続けた。
「連邦軍を壊滅させることも、地球を征服することも、それ自体が目的ではありません」
「では、何だ」
「スペースノイドが、自らのことを自ら決めることです。つまり、スペースノイドの自立と、地球との対等な関係です」
「そのための独立だ」
「はい」
マ・クベはうなずいた。
「しかし、そこで一つ考えました」
「何をだ」
「独立は目的なのでしょうか」
ギレンがマ・クベを見る。
「どういう意味だ」
「独立は、目的を達成するための方法だったのではないか、ということです」
ギレンは何も言わない。
「もし、スペースノイドの自立が保障されるのであれば、完全な独立国家でなければならないのでしょうか」
「…………」
「高度な自治という形でもよろしいかと存じます」
ギレンは何も言わなかった。
しばらくして、口を開いた。
「連邦に戻れと言うのか」
マ・クベは少し間を置いた。
「いいえ」
さらに言葉を選ぶように、間を置いた。
「戻るのではありません」
ギレンは黙ってマ・クベを見ていた。
しばらく沈黙が続いた。
「では?」
マ・クベはすぐには答えなかった。
「作り直すのです」
ギレンの目がわずかに動いた。
マ・クベは続けた。
「戦争前の地球連邦へ戻るのであれば、我々が戦った意味がありません。しかし、連邦そのものを変えるのであれば話は違います」
各サイドが自らの行政を行う。自らの代表を選ぶ。税制や経済についても大きな権限を持つ。地球圏全体の問題は、共同で決める。通商。宇宙航路。資源。地球環境。安全保障。
マ・クベはギレンを見た。
「独立か服従か、その二つだけを選ぶ必要はないと存じます」
◇
ギレンは立ち上がった。
窓の外には、サイド3の街が広がっている。
「マ・クベ」
「はい」
「仮に連邦が、それを認めるとしよう」
ギレンは振り返らない。
「各サイドに大幅な自治権を与える。政治的な代表権も保障する。地球と宇宙を制度上、対等に扱う」
「はい」
「それで我々は、何を得る?」
マ・クベは答えた。
「我々が戦争を始めた時に求めていたものです」
ギレンが振り返る。
マ・クベは続けた。
「スペースノイドが、自分たちの未来を自分たちで決める権利です」
「独立しなくても?」
「はい。独立という名前のために人が死ぬ必要はないものと存じます」
ギレンは黙った。
マ・クベも、それ以上は言わなかった。
「もちろん、これは私個人の考えです」
「今さらそれを言うか」
「申し訳ありません」
「南極で散々好き勝手に話しておいて」
「交渉を一任していただいておりますので」
「便利な言葉だな」
「総帥からいただいた権限です」
「そうだったな」
◇
「連邦は受け入れると思うか?」
「分かりません」
「またそれか」
「ですから、話すのです」
「今日決まらなければ、明日話します」
「明日も決まらなければ?」
「その次の日に」
「いつまでだ」
「決まるまでです」
ギレンは額に手を当てた。
「お前は南極へ行ってから、そればかりだな」
「しかし総帥も、先日同じことをおっしゃいました」
◇
その時、猫が部屋に入ってきた。ギレンは気づかず、通信を続けている。
猫は通信機に近づいた。そのままカメラの前に座った。マ・クベの画面いっぱいに、猫が映った。
「……総帥」
「何だ」
「猫が映っております」
ギレンが画面を見る。
「……」
猫は動かない。ギレンはしばらく黙っていた。
「私の猫だ」
長い沈黙。
「総帥が、猫を?」
「休暇中に拾った」
マ・クベは少し間を置いた。
「戦闘が続いていれば、総帥が猫を飼うこともなかったでしょう」
猫がカメラに顔を近づけた。そのまま、レンズを舐めた。
「……」
「猫のお名前は?」
ギレンが止まった。
「まだ決まっていないのですか?」
「……」
「それも、明日にすればよろしいかと」
「その話はもういい」
通信が終わった。
◇
ギレンは机の上の資料を見る。
スペースノイドの自立。地球との平等。独立。自治。新しい連邦。
猫は机の真ん中で寝ている。
「お前の名前も決まっていないな」
「ニャア」
ギレンは猫を見た。
「……それなら、勝ったと言えるのかもしれん」