停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
地球。
停戦は続いていた。南極では連邦とジオンの代表者が毎日のように話し合っている。
独立は決まらない。自治も決まらない。軍事問題も決まらない。
それでも戦闘は再開されなかった。
◇
地球連邦軍の基地。
一人の士官が報告書を読んでいた。
「今週も戦死者はゼロか」
「少なくとも、この管区では」
「負傷者は?」
「事故によるものが数名。戦闘による負傷者はいません」
「そうか」
士官は報告書を机に置いた。戦死。負傷。行方不明。艦艇喪失。これまで並んでいた数字が、今はない。
「前線は?」
「哨戒任務を予定どおり継続しています」
「物資は?」
「弾薬消費が大幅に減っています」
「燃料もか」
「はい」
士官は椅子にもたれた。
「……暇になったな」
「良いことでは?」
「そうなんだが」
士官は少し笑った。
「軍人が暇であることが、これほど良いことだとは思わなかった」
◇
別の場所では、違う会議が開かれていた。
連邦政府の官僚たちが資料を前にしている。
「停戦が長期化した場合、軍需生産計画を見直す必要があります」
「どの程度だ」
「弾薬、航空機、艦艇については、現在の生産量を維持する必要性が低下します」
「しかし、正式な和平ではない」
「その通りです。生産能力そのものを失うわけにはいきません」
別の官僚が口を挟む。
「工場を止めれば失業者が出ます」
「だから全部止めろとは言っていない」
「では、どうしろと……」
一人が資料をめくった。
「復興です」
「何?」
「戦争で破壊された都市、交通網、発電設備、宇宙港。修復しなければならないものはいくらでもあります」
「軍需工場の一部を民需へ転換するのか」
「すぐには無理でしょう。しかし、段階的には可能です」
「雇用を維持しながら?」
「その方が現実的です」
会議の議題が変わった。
兵器を何個作るかではない。停戦が続いた場合、何を作るか。
◇
しかし、全員が停戦を歓迎しているわけではなかった。
「冗談ではない」
別の会議室で、男が言った。
「このまま停戦が続けば、契約はどうなる」
軍需企業の幹部だった。
「現在発注済みの分については――」
「その後だ」
「……大幅な縮小が予想されます」
男は机を指で叩いた。
「工場はどうする。設備はどうする。従業員は?」
誰も答えない。
「我々は政府の要請で生産能力を拡大したんだぞ」
一人の幹部が顔を上げた。
「では、戦争を続けろと?」
「そうは言っていない」
「しかし、そういう意味になります」
部屋が静かになった。
「我々の売上のために兵士に死ねと言うのですか?」
「そんなことは言っていない!」
「では、停戦が続くことを前提に会社をどう変えるか考えるべきでしょう」
「簡単に言うな」
「簡単ではありません」
その幹部は資料を見る。
「だから今から考えるのです」
◇
同じ頃。
サイド3。
ギレンは軍需工場を視察していた。
ギレンが尋ねる。
「軍需生産を縮小?」
「現時点では縮小ではありません。停戦が長期化した場合に備えた検討です」
ギレンは資料を見る。モビルスーツ。艦艇。弾薬。補修部品。
「工場を閉鎖する必要はない」
「はい」
「では何を作る」
担当官が資料を切り替える。
「復興用の重機、宇宙施設の建設機材、輸送機器などへの転換が考えられます」
「モビルスーツの技術を建設に?」
「はい。駆動系や制御技術の一部は、民間の作業機にも転用できます」
「面白い」
ギレンは資料を読み進める。
「失業者を出すな」
担当官が少し驚いた。
「は?」
「戦闘を止めた結果、何十万人も職を失ったとなれば、国内で和平への反発が起きる」
「はい」
「軍需産業を潰すのではない。仕事を変えさせろ」
「承知しました」
「兵器を作っていた者には、今度は壊れたものを直させればいい」
「復旧に回すのですか?」
「そうだ」
そこでギレンは少し考えた。
「仕事には困らんかもしれんな」
担当官が苦笑する。
「破壊されたものが多すぎますので」
「笑えん話だ」
「失礼しました」
「いや」
ギレンは資料を閉じた。
「だからこそ、直す必要がある」
◇
ギレンが自宅へ戻ると、猫が窓の近くで寝ていた。
「お前は失業の心配がなくていいな」
猫は寝ている。
「そもそも仕事をしていないか」
猫が目を開けた。
「ニャア」
ギレンは机に戻った。
◇
その夜。
南極では、翌日の会談に向けた準備が続いていた。
マ・クベの机には、新しい資料が置かれていた。
『地球連邦制度の改革案』
各サイドの自治権。代表制度。税制。通商。安全保障。
資料の一番上には、短い文章があった。
『独立を認めるか否かではなく、何をもって自立とするのかを協議する』
マ・クベはその文章をしばらく見ていた。