停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
サイド3。
キシリアは三度目のお見合いに来ていた。
今回の相手は連邦軍人だった。停戦が長く続き、連邦とジオンの人的交流も始まりつつある。その一環として紹介された人物である。
「ブライト・ノアです」
「キシリア・ザビよ」
「存じています」
「そう」
二人は着席した。護衛たちは少し離れた場所に立っている。
最初の十分間は平和だった。
「停戦が続いているのは何よりです」
「そうね。しかし連邦政府内部には停戦に反対する勢力もある」
「ジオンにもいるでしょう」
「もちろん」
「なら双方が抑えるしかありませんね」
キシリアは少し感心した。
「あなた、話が早いわね」
護衛は二人を見ながら思った。
今回は成功するかもしれない。
しかし、キシリアが始めた。
「ただ、正面から反対派を抑える必要はないわ」
「?」
「例えば、反対派内部に戦争継続を主張するガチガチの軍人がいる。彼に資金を渡せば、派閥が大きくなって発言力を増すでしょうね。そうすると、今度は彼を止めようと内部で動き始める」
「攻撃の方向が内部に向かい、派閥争いが激化する。そして和平反対派が、より強硬な和平反対派を止めるという自己矛盾が起きる。こうなれば、まともに反対運動などできなくなるわ」
「そういうことをするから戦争になるんです」
「…………」
「その策は効果的で、反対運動を抑え込めるでしょう。でも、効果的だからこそやってはいけないのです」
護衛は驚いた。
キシリア閣下に反論している。
「政治とはそういうものよ」
「何でも政治と言えば許されるわけではありません」
「理想論ね」
「まず相手を信頼することから始めるべきです。こちらが信頼を示せば、相手も信頼を返す。最初に信頼関係を築くことが大切です」
「相手が裏切ったら?」
「その時は対処します。私は軍人です。警戒するなと言っているわけではありません」
「ずいぶん理想的な考え方ね」
「閣下は物事を複雑に考えすぎです」
キシリアが、かすかに笑った。
「私が?」
「そうです」
「相手を罠にはめる。裏から操る。情報を流す。そんなことばかり考えていたら、相手だって同じことをします」
「だから先にこちらが――」
「そこです!」
「…………」
ブライトは姿勢を正した。
「最初から相手を疑うことが問題なのです。もちろん警戒する必要はあります。私も軍人ですから、相手を全面的に信用しろと言っているわけではありません。しかし、相手が何かするかもしれないという理由だけで、こちらが先に何かをすれば、相手から見ればこちらが先に動いたことになります」
「相手が何かするかもしれないでしょう」
「だからといって、なぜ先にやるんです!」
「相手がやるからよ」
「相手も同じことを言います!」
キシリアが黙った。
ブライトは続けた。
「こちらは相手がやるから先にやったと言う。相手はこちらがやるから自分たちもやったと言う。それでは、どちらが最初なのか分からなくなります。結局、双方が相手を信用できないという理由で行動し続けることになる。そんなことを続けていたら、いつまでたっても終わりません」
護衛がブライトを見る。
話が長くなってきた。
「政治というものに駆け引きが必要なのは分かります。しかし、駆け引きと相手を罠にはめることは違うと思います。相手の動きを警戒することと、こちらから相手の内部に対立を作ることも違います。相手が何をするか分からないから備える。それは必要でしょう。しかし、何をするか分からないから先に攻撃するという考え方になれば、それは戦場と同じです」
「私は攻撃するとは言っていないわ」
「情報工作でも同じです」
「同じではないでしょう」
「根本は同じです」
キシリアは軽く笑った。
「あなた、随分とはっきり言うのね」
「あなたの周りに言う人がいないんですか?」
「少ないわね」
「それはよくない」
「なぜ?」
「上に立つ人間ほど、自分が間違っていると言ってくれる人間が必要だからです」
「…………」
ここだけは、キシリアが黙った。
「あなた自身は?」
「何がです?」
「間違っていると言われたら?」
「腹は立ちます」
「…………」
「でも、後で考えます」
キシリアが少し笑った。
「正直ね」
ブライトは続けた。
「それに、組織というものは上に立つ人間の考え方に影響されます。上官が部下を信用しなければ、部下も上官を信用しなくなる。もちろん軍には規律があります。命令には従わなければなりません。しかし、命令に従わせることと、部下を信用しないことは違います。何でも疑って、何でも監視して、問題が起きる前にすべて禁止すれば安全になるように思えるかもしれませんが、そうすると今度は誰も自分で判断しなくなります」
護衛が時計を見る。一時間が経過していた。
料理はすっかり冷めていた。
ブライトはまだ話していた。
「例えば、部下が十人いたとします。その中に命令違反をする人間が一人いるかもしれない。だからといって十人全員を最初から信用しなかったら、残りの九人はどう思うでしょう。自分は何もしていないのに疑われている。そう感じるはずです。そうなれば、上官に何か問題があっても報告しなくなるかもしれない。報告しても信用されないと思うからです。すると上官は情報が上がってこないので、ますます部下を疑うようになる。部下はさらに何も言わなくなる。これでは悪循環です」
「ブライト少尉」
「はい」
「真っすぐね」
「すみません」
ブライトは水を飲んだ。
「それで――」
「まだ続くの?」
「はい」
護衛は目を閉じた。
「これは国家間でも同じだと思います。連邦がジオンを信用できない。ジオンも連邦を信用できない。それは当然です。つい最近まで戦争をしていたのですから。しかし、信用できないから工作をする。工作されたから報復する。報復されたから、さらに大きな工作をする。それでは停戦している意味がありません。せっかく戦闘が止まっているのですから、まず何もしないという選択肢も考えるべきです。もちろん、本当に何もしないという意味ではありません。軍の警戒態勢は必要です。情報収集も必要でしょう。相手が停戦協定を破った場合に備えることも必要です。しかし、備えることと相手の内部を混乱させることは違います。相手がこちらを攻撃するかもしれないから防御することと、攻撃される前にこちらから相手を弱体化させることも違います。そこを一緒にしてはいけないと思います」
キシリアは黙っていた。
護衛はもう時計を見なかった。
「さらに言えば、政治だから仕方がないという考え方にも問題があります。政治だから必要なこともあるでしょう。軍事だから必要なこともあります。しかし、政治だから何をしてもいい、軍事だから何をしてもいいということにはなりません。目的が正しければ手段は何でもいいという考え方を認めれば、相手も同じ理屈を使います。こちらが国家のためと言えば、相手も国家のためと言うでしょう。こちらが国民を守るためと言えば、相手も国民を守るためと言います。こちらが平和のためと言えば、相手も平和のためと言います。そうなれば、結局どちらも自分が正しいと言いながら戦うことになります。実際、今回の戦争もそうだったのではありませんか。連邦には連邦の理屈がある。ジオンにはジオンの理屈がある。しかし、その理屈の間で実際に死ぬのは兵士です。兵士だけではありません。民間人も死ぬ。家族を失う人もいる。だから私は、相手が何をするか分からないという理由だけで、こちらから先に相手の内部を混乱させるようなことをするべきではないと思います。それよりも、まず相手に何を求めるのかを伝える。相手の要求も聞く。それで合意できないなら、なぜ合意できないのかを確認する。その上でもう一度話す。それでも駄目なら、また話す。時間がかかってもいいんです。話している間は、少なくとも撃ち合わずに済む。もちろん交渉中にも警戒は必要です。しかし警戒と敵対は違いますし、慎重であることと相手を疑い続けることも違います。それから先ほど申し上げた上に立つ人間の話にも戻りますが、指導者ほど自分と違う意見を言う人間を近くに置く必要があります。全員が自分と同じことを言い始めたら、それは全員が本当に賛成しているのではなく、反対意見を言えなくなっている可能性があります。だから、反対意見を言った人間を遠ざけるのではなく、なぜ反対するのかを聞くべきです。その意見が間違っていると思えば理由を説明すればいい。それでも相手が納得しなければ、もう一度話す。それでも――」
護衛は聞くのをやめた。二時間が経過した。
「――ということです」
ブライトが話を終えた。
◇
予定していた時間は、とっくに過ぎていた。
キシリアはブライトを見た。
「若いって、いいわね」
「私のことですか?」
キシリアは少し笑った。
「あなたは、そのままでいなさい」
「……?」
「いえ、今日は楽しかった。ありがとう」
「ありがとうございました。失礼します」
ブライトが部屋を出ていった。
◇
護衛は閉じたドアを見た。
「閣下に説教する人を初めて見ました」
キシリアは少し笑った。
「面白い人ね」