停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
待ち合わせ場所にキシリアが現れた。数歩後ろには護衛が二人いる。
スレッガーはいつもの調子で手を上げた。
「やあ、キシリアさん。俺はスレッガーだ」
キシリアは立ち止まった。
「…………」
護衛たちも黙っている。
「…………」
スレッガーが首を傾げた。
「あれ?」
また沈黙した。
スレッガーは気にせず続けた。
「今日はプライベートだからな。『閣下』なんて言ったら、仕事中と同じだろう?」
「……なるほど」
「だろ?」
「理屈は通っている」
後ろの護衛たちは無言だった。
理屈は通っている。確かにそうだ。だが、大丈夫か、この男。
初対面でキシリア様をいきなり「キシリアさん」。
殺されないか?
ところがキシリアは怒らない。
「では、私もスレッガー中尉と呼ばない方がいいのかしら」
「もちろん」
「スレッガー……さん?」
「いや、スレッガーでいいよ」
キシリアが黙った。
護衛たちも黙った。
さらに難易度を上げてきた。
「では、スレッガー」
「うん」
「私もキシリアでいいわ」
「分かった、キシリア」
護衛二人は顔を見合わせた。
今度は『キシリア』と呼び捨て!
生きている。しかも怒っていない。
どうなっているんだ。
◇
数分後。
キシリアがいつもの調子で政治の話を始めた。
「和平後の連邦内部の派閥についてだけれど――」
「キシリア」
「何?」
「また仕事の話か」
「重要でしょう?」
「せっかく休みなんだからやめようぜ」
「…………」
スレッガーはキシリアを見た。
「そんな政治の話ばかりしてるから、老けて見えるんだよ」
護衛二人が固まった。
殺される。今度こそ殺される。
さっきまでの「キシリア」すら前座だった。
スレッガーは自分の顔を指した。
「まあ、俺も老けて見えるけどな」
「…………」
「お互い戦争で苦労してるからな」
護衛Aは思った。
やはりこの男はおかしい。
護衛Bは思った。
しかし、まだ生きている。
そしてキシリアが少し笑った。
護衛二人は同時にキシリアを見た。
笑った。これは……
「あなた、いくつなの?」
「俺?」
スレッガーは少し周囲を見た。そして、キシリアの耳元へ顔を近づける。
「実は俺の年齢は……」
小声で何かを言った。
「ほう」
護衛Aが小声で言った。
「耳元で何か話している」
「機密会話だ」
今度はキシリアが口を開いた。
「では私も……」
「ん?」
キシリアが少し近づき、スレッガーの耳元で何かを囁いた。
「…………」
「どうした?」
「いや……」
スレッガーは少しキシリアの顔を見た。
「それだけ苦労したってことだ」
「…………」
「俺もそうさ。お互い、いろいろあったんだろ」
キシリアはしばらくスレッガーを見た。
「……あなた、不思議な男ね」
「そうか?」
「普通、女性から年齢を聞いたら、もう少し気の利いたことを言うものではなくて?」
「若く見える、とか?」
「例えばね」
「そんなの俺が言っても嘘くさいだろ」
「…………」
「苦労したなら、それでいいじゃないか。生きてきたってことだろ」
護衛二人は黙っていた。
やがて護衛Aが小声で言った。
「言ったようだな」
「ああ」
「これは国家機密ではないか?」
少しして護衛Aが言った。
「……でも」
「何だ?」
「ただの無神経な男ではないらしい」
「ああ」
◇
お見合いが終わった。
スレッガーが帰っていく。
護衛二人はしばらく黙って、その背中を見ていた。
「すごい男だ」
「ああ」
「生きて帰った」
「ああ」
スレッガーの姿が遠ざかっていく。
◇
ギレンは結果報告を聞いた。
「キシリアに『老けて見える』と言った?」
「はい」
「本人に?」
「はい」
「面と向かって?」
「はい」
ギレンはしばらく考えた。
「……連邦軍の教育はどうなっている」
「勇敢ということでしょうか」
「勇敢と無謀は、違う」
ギレンは少し考えた。
「しかし、生還した以上、勇敢だったということか」
◇
デギンにも伝わった。
「キシリアに老けて見えると言ったのか?」
「はい」
「……殺されなかった?」
「はい」
「……また会う?」
「そのようです」
「……」
デギンはレビルへ通信をつないだ。
「将軍」
「何でしょう」
「あなたの部下は世界で一番勇敢な男です」
「戦場で何か?」
「娘に『老けて見える』と言いました」
「……」
今度はレビルが黙った。
「それは私にもできません」
「私にもできません」