停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。   作:山田 川田

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第32話 世界で一番勇敢な男

 

【挿絵表示】

 

 

待ち合わせ場所にキシリアが現れた。数歩後ろには護衛が二人いる。

 

スレッガーはいつもの調子で手を上げた。

「やあ、キシリアさん。俺はスレッガーだ」

 

キシリアは立ち止まった。

「…………」

護衛たちも黙っている。

「…………」

 

スレッガーが首を傾げた。

「あれ?」

 

また沈黙した。

 

スレッガーは気にせず続けた。

「今日はプライベートだからな。『閣下』なんて言ったら、仕事中と同じだろう?」

「……なるほど」

「だろ?」

「理屈は通っている」

 

後ろの護衛たちは無言だった。

 

理屈は通っている。確かにそうだ。だが、大丈夫か、この男。

初対面でキシリア様をいきなり「キシリアさん」。

殺されないか?

 

ところがキシリアは怒らない。

「では、私もスレッガー中尉と呼ばない方がいいのかしら」

「もちろん」

「スレッガー……さん?」

「いや、スレッガーでいいよ」

 

キシリアが黙った。

 

護衛たちも黙った。

 

さらに難易度を上げてきた。

 

「では、スレッガー」

「うん」

「私もキシリアでいいわ」

「分かった、キシリア」

 

護衛二人は顔を見合わせた。

 

今度は『キシリア』と呼び捨て!

 

生きている。しかも怒っていない。

どうなっているんだ。

 

◇

 

数分後。

 

キシリアがいつもの調子で政治の話を始めた。

「和平後の連邦内部の派閥についてだけれど――」

「キシリア」

「何?」

「また仕事の話か」

「重要でしょう?」

「せっかく休みなんだからやめようぜ」

「…………」

 

スレッガーはキシリアを見た。

「そんな政治の話ばかりしてるから、老けて見えるんだよ」

 

護衛二人が固まった。

 

殺される。今度こそ殺される。

さっきまでの「キシリア」すら前座だった。

 

スレッガーは自分の顔を指した。

「まあ、俺も老けて見えるけどな」

「…………」

「お互い戦争で苦労してるからな」

 

護衛Aは思った。

やはりこの男はおかしい。

 

護衛Bは思った。

しかし、まだ生きている。

 

そしてキシリアが少し笑った。

 

護衛二人は同時にキシリアを見た。

 

笑った。これは……

 

「あなた、いくつなの?」

「俺?」

 

スレッガーは少し周囲を見た。そして、キシリアの耳元へ顔を近づける。

「実は俺の年齢は……」

 

小声で何かを言った。

 

「ほう」

 

護衛Aが小声で言った。

「耳元で何か話している」

「機密会話だ」

 

今度はキシリアが口を開いた。

「では私も……」

「ん?」

 

キシリアが少し近づき、スレッガーの耳元で何かを囁いた。

「…………」

「どうした?」

「いや……」

 

スレッガーは少しキシリアの顔を見た。

「それだけ苦労したってことだ」

「…………」

「俺もそうさ。お互い、いろいろあったんだろ」

 

キシリアはしばらくスレッガーを見た。

「……あなた、不思議な男ね」

「そうか?」

「普通、女性から年齢を聞いたら、もう少し気の利いたことを言うものではなくて?」

「若く見える、とか?」

「例えばね」

 

「そんなの俺が言っても嘘くさいだろ」

「…………」

「苦労したなら、それでいいじゃないか。生きてきたってことだろ」

 

護衛二人は黙っていた。

 

やがて護衛Aが小声で言った。

「言ったようだな」

「ああ」

「これは国家機密ではないか?」

 

少しして護衛Aが言った。

「……でも」

「何だ?」

「ただの無神経な男ではないらしい」

「ああ」

 

◇

 

お見合いが終わった。

 

スレッガーが帰っていく。

護衛二人はしばらく黙って、その背中を見ていた。

「すごい男だ」

「ああ」

「生きて帰った」

「ああ」

 

スレッガーの姿が遠ざかっていく。

 

◇

 

ギレンは結果報告を聞いた。

 

「キシリアに『老けて見える』と言った?」

「はい」

「本人に?」

「はい」

「面と向かって?」

「はい」

 

ギレンはしばらく考えた。

「……連邦軍の教育はどうなっている」

「勇敢ということでしょうか」

「勇敢と無謀は、違う」

 

ギレンは少し考えた。

「しかし、生還した以上、勇敢だったということか」

 

◇

 

デギンにも伝わった。

 

「キシリアに老けて見えると言ったのか?」

「はい」

「……殺されなかった?」

「はい」

「……また会う?」

「そのようです」

「……」

 

デギンはレビルへ通信をつないだ。

 

「将軍」

「何でしょう」

 

「あなたの部下は世界で一番勇敢な男です」

「戦場で何か?」

 

「娘に『老けて見える』と言いました」

「……」

 

今度はレビルが黙った。

「それは私にもできません」

 

「私にもできません」

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