停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
シャアはサイド3へ戻っていた。
街の様子は以前と大きく変わらない。だが、新聞を開けば停戦交渉、通商、捕虜交換の記事が並んでいる。少し前まで毎日のように載っていた戦況の記事は、ほとんど見なくなった。
シャアは新聞を閉じた。
戦争はまだ終わっていない。和平条約も結ばれていない。それでも、以前と同じではなかった。
◇
シャアは街を歩いた。
連邦との交易で入ってきた商品が店頭に並んでいる。港では連邦向けの貨物が積み込まれていた。
道端では新聞を広げた男たちが話している。
「捕虜交換、次でほとんど終わるらしいぞ」
「そうか」
「南極の会議もまだ続いている」
「長いな」
「戦争よりはいいだろ」
二人は笑った。
シャアはその横を通り過ぎた。
◇
ザビ家も変わった。
デギンは和平を進めている。キシリアは地球へ行き、連邦側との会議に出席している。少し前には連邦兵たちと酒まで飲んだらしい。
そしてギレンは、議会の決定を尊重すると公言している。
シャアは窓の外を見た。
『復讐というものは、相手が変わらないことを前提にしているのかもしれんな』
以前、自分で口にした言葉を思い出す。
もちろん、過去が消えたわけではない。父が死んだことも変わらない。ザビ家が何をしてきたかも変わらない。許したわけではなかった。
だが――。
今のザビ家を殺せば、自分は何を成し遂げることになるのか。シャアには、その答えが以前ほど簡単には分からなくなっていた。
◇
その日、シャアはギレンへの報告に来ていた。
本来は執務室で行う予定だったが、総帥の都合で私室に変更されていた。
ギレンとシャアは来客用の椅子に座っていた。
シャアはギレンを見る。
以前と大きく変わったようには見えない。姿勢も、表情も同じだった。
そして、仕事用の机に目を向けた。
灰色の猫がいた。しかも、重要そうな書類の上に座っている。
「……」
シャアは猫を見る。猫もシャアを見る。
「……」
「ニャー」
シャアはギレンを見た。
「……総帥」
「何だ」
「あれは?」
ギレンは猫を見る。
「猫だ」
「それは分かっています」
ギレンは書類に目を戻した。
「なら、なぜ聞く」
「…………」
シャアはもう一度、猫を見た。猫もシャアを見ていた。
「……書類の上に座っていますが」
「そうだな」
「よろしいのですか?」
「言っても動かん。どうしようもない」
「……はい」
猫は書類の上で向きを変え、丸くなった。
ギレンは何事もなかったように、別の書類を手に取った。
「では、報告を聞こう」
「はっ」
シャアは任務の報告を始めた。
猫は書類の上で眠っていた。