停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
サイド3で、連邦とジオンの会談が行われていた。出席しているのはデギン、ギレン、レビルをはじめとする両陣営の代表者たちだった。
南極での交渉は続いている。自治権、軍の制限、通商、捕虜交換。以前なら一つだけでも大問題になった議題が、今では同じ机の上に並んでいる。
意見が一致しているわけではない。それでも会談は続いていた。
やがて休憩に入った。レビルはコーヒーを飲みながら、向かいに座るギレンを見た。
「総帥。白髪が増えましたな」
ギレンが眉を上げた。
「将軍に近づいています」
「確かに」
レビルは自分の髪に触れた。
「戦争をしていれば、白髪も増えます」
「お互い、生き残っただけでも幸運でしょう」
「髪も残りました」
ギレンはレビルの頭を見る。レビルもギレンの頭を見る。
そこへデギンが歩いてきた。
「何の話をしているのだ?」
レビルはデギンを見た。
「…………」
連邦側の側近が、その視線の意味に気づいた。
「将軍」
「何だ?」
「……言わないですよね」
「なぜだ?」
レビルはもう一度、デギンを見た。
会議室の空気が、凍りついた。
「公王。戦争ではまだ決着がついていませんが……髪なら私の勝ちですな」
連邦側の側近が固まった。ジオン側も、誰一人として口を開かない。
言った。
本当に言った。
ジオン側の側近はデギンを見る。誰もが、その反応を待っていた。
デギンは何も言わない。ゆっくりと自分の頭に手をやった。
「…………」
レビルも黙って待っている。
やがてデギンが口を開いた。
「……これは反論できませんな。この件については、私の敗北を認めましょう」
レビルがわずかに笑った。
デギンは続けた。
「しかし将軍、あなたは髪で勝った。私は負けた。ならば戦争まで勝とうというのは、少々欲張りではありませんかな」
「…………」
今度はレビルが自分の髪に触れた。
「参りました」
「ほう?」
「髪では私の勝ちですが、会話では惨敗です。敗北を認めましょう」
「では、これで一勝一敗ですな」
レビルはデギンを見る。
「戦争の勝ち負けも、これで済ませませんかな」
デギンが笑った。
「それが一番、犠牲の少ない決着ですな」
「これでお互いに勝ったと言うことができます」
「これで終わりにしましょう」
レビルも笑った。
しかし、二人以外は固まっていた。連邦側の議員が周囲を見る。ジオン側も誰も笑っていない。
戦争をしていた両陣営の最高幹部が、「これで終わりにしましょう」と言って笑っている。
歴史的な快挙だ。普通なら戦争終結の大拍手だ。
でも「髪で勝った」だ。
拍手はどうする。誰も動けなかった。
デギンが周囲を見た。
「なあギレン」
「はい」
「ここは笑って拍手するところだろ」
ギレンが父を見る。
「私がですか?」
「そうだ、偉い人が最初にやらないとダメだろう」
「…………」
ギレンは立ち上がり、拍手を始めた。
「では、笑わせていただきます。ハハハハ……」
拍手もしている。声も出している。
だが、顔は笑っていない。蒼白だ。
近くにいたジオンの将官がギレンを見る。総帥が笑っている。いや、笑っていない。
「ハハハハ……」
まだ続いている。将官は目をそらした。見てはいけないものを見た気がした。
隣の将官が小声で聞く。
「笑った方がいいのか?」
「私に聞くな」
「しかし総帥が笑っている」
「あれを笑っていると言っていいのか?」
「では、どうすればいい?」
「拍手だけにしておけ」
二人は拍手を始めた。それを見た別の議員も拍手を始める。
連邦側からも拍手が始まった。やがて会議室全体が拍手に包まれた。誰も笑っていない。デギンとレビルだけが笑っていた。
そしてギレンだけが、蒼白な顔でまだ笑っていた。
「ハハハハ……」
デギンがギレンを見る。
「この程度のこともできないと公王になれないぞ」
「…………」
デギンはレビルを見た。
「将軍、若い者は、まだまだですな」
「私たちは、まだ引退できそうにありませんな」
「そのようですな」
二人は笑っている。
今度は笑うべき?
拍手もするべき?
無理です。お二人には絶対に勝てません。
◇
執務室。
ギレンは新聞を読んでいた。
『レビル将軍、異例の「敗北宣言」――「会話ではデギン公王に惨敗」』
「…………」
ギレンは記事を最後まで読んだ。
「『レビル敗北宣言』などという見出しを付けるな。誤解を招くだろう」
側近が答えた。
「本文には和平会談中の冗談だと書いてあります。それに『一勝一敗』もあります」
「見出ししか読まない者もいる」
ギレンは新聞を机に置いた。
「まったく、平和になると新聞まで暇になるらしい」