停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
前線、ジオン軍の基地
「連邦軍の戦闘機を発見」
「位置は?」
「こちらで定めた警戒距離を保っています」
「警戒態勢を維持。許可のない攻撃は禁止。司令部に連絡」
三分後。
「敵機、前線を離脱」
「いつもの哨戒行動でした」
「よし。司令部に報告」
◇
連邦軍でも、前線の兵士を交代で休ませることが決まった。
長く前線にいた兵士たちの一部が、ようやく戦場を離れることになった。
地球のある街。
昨日まで戦場にいた兵士たちが、酒場のテーブルを囲んでいた。
「本当に休んでいいのか」
「命令なんだから休めばいいだろ」
「明日、呼び戻されるかもしれないぞ」
「だったら今日くらい飲ませろ」
誰かが笑った。周囲の兵士たちも笑った。
「家族のところへ帰った連中も多いな」
「ああ」
「俺たちは家族がいないからな」
「じゃあ、飲もう」
「そうだな」
グラスを合わせた。
戦争は終わっていない。だが、戦ってもいない。誰も、この奇妙な時間をどう過ごせばいいのか分からなかった。
その中に、スレッガー・ロウもいた。グラスを手に、仲間の話を聞いていた。
「お前は心配じゃないのか?」
「何が?」
「停戦だよ。いつまで続くと思う?」
「さあね」
スレッガーはグラスを持ち上げた。
「明日のことは明日考えりゃいいさ。今日は休暇なんだろ?」
スレッガーはそのまま酒を飲んだ。
◇
その頃、南極では今日も交渉が続いていた。
「ジオンの独立は認められない」
「分かりました。それについては、また明日話しましょう」
「自治権についても、まだ合意できない」
「それも明日話しましょう」
連邦側の代表がマ・クベを見る。
「昨日も同じことを言いませんでしたか?」
「言いました」
「このままでは何も決まらない」
「しかし、戦闘も再開していません」
連邦代表は黙った。
マ・クベは資料を閉じた。
「今日決められなければ、明日また話しましょう。明日も決められなければ、その次の日に話せばいいかと存じます」
「いつまで続けるつもりです?」
「双方が納得するまでです」
連邦側の一人がため息をついた。
マ・クベは続けた。
「少なくとも、話している間は誰も死にません」
反論する者はいなかった。
交渉は進んでいるのか。それとも、単に問題を先送りしているだけなのか。もはや連邦側にも、よく分からなくなっていた。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。今日も誰も撃たなかった。
◇
サイド3。
朝六時。
いつもの癖で、ギレンは目を覚ました。身支度を済ませると、いつものように側近へ通信を送った。
「本日の予定は?」
「ございません」
ギレンは側近を見る。
「……午前の作戦会議は?」
「中止です」
「連邦との交渉資料は?」
「マ・クベ閣下に一任されています」
「占領地域からの報告は?」
「緊急事態以外は、休暇終了後にまとめてご報告します」
「……」
ギレンは時計を見た。まだ六時半だった。一日が始まったばかりである。
しかし、やることがない。とりあえず新聞を読むことにした。
一面。
『南極で交渉続く』
当然知っている。
二面。
『前線将兵、交代で休暇 家族のもとへ』
これも報告を受けている。
三面。
『ガルマ・ザビ、結婚か?』
ギレンの手が止まった。
記事を読む。ガルマとイセリナの関係について、かなり詳しく書かれている。
「……」
さらにページをめくる。
社会面。
『次に結婚するザビ家は? ギレン総帥に国民の注目』
ギレンは新聞を変えた。
『総帥のお相手はスペースノイド?』
「なぜこれがニュースになる!」
新聞も駄目だった。
しばらく部屋で過ごした後、ギレンは立ち上がった。
部屋を出ると護衛が立っていた。
「総帥、どちらへ?」
「執務室だ」
「申し訳ありません。休暇中です」
「少し書類を確認する」
「立場上、お止めしなければなりません」
「読むだけだ」
「申し訳ありません」
「……」
座った。また時計を見る。まだ午前八時だった。
二日間。医師から休養するよう言われている。作戦会議は禁止。政務も原則禁止。南極での交渉はマ・クベに一任。
緊急事態でも起きない限り、総帥としてすることはない。
ギレンは再び側近に通信を送った。
側近が尋ねた。
「何か、なさりたいことはありませんか?」
「何かとは?」
「せっかくの休暇です。お好きなことをされてはいかがでしょう」
ギレンは考えた。
「………」
側近が待つ。
「総帥」
「何だ」
「ご趣味は?」
「………」
連邦をどうするか。ジオンをどうするか。戦後の地球圏をどうするか。軍をどう再編するか。経済をどう立て直すか。そういう話なら、いくらでもできる。
しかし、ギレン・ザビ個人は、何をしていると楽しいのか。そう聞かれると、本人にも分からなかった。側近も困った。ギレンも困った。
和平交渉とは違う。軍事作戦とも違う。資料を読んでも答えは書いていない。ギレン・ザビは、休暇初日の午前八時過ぎにして、重大な問題に直面していた。
やることがない。
その時、通信が入った。通信画面にガルマが映る。
「兄上、お休みだと聞きました」
「………」
「一緒に食事でもどうです?」
ギレンは少し考えた。
「イセリナも一緒か?」
「もちろんです」
また少し考える。
「………行こう」
「では、昼に」
ギレンは予定表に書き込む。
『十二時。ガルマ、イセリナと昼食』
それだけだった。ギレンの予定表にこれほど余白があった日はなかった。
連邦をどうするかなら分かる。ジオンをどうするかも分かる。戦争をどう終わらせるかについても、考えることはいくらでもある。
しかし、休暇をどう過ごすのか。その答えだけは、どの資料にも書かれていなかった。
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