停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。   作:山田 川田

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第5話 ギレン、散歩をする

正午。

 

ギレンは約束の場所へ向かった。休暇中のため、護衛は少人数だった。

 

店に入ると、すでにガルマとイセリナが待っていた。

ガルマが手を上げる。

「兄上、こちらです」

 

ギレンは席についた。

「待たせたか?」

「いえ、僕たちも今来たところです」

 

イセリナが微笑む。

「初めまして。イセリナ・エッシェンバッハです」

「ギレン・ザビだ」

「もちろん存じています」

 

少し間があった。

「ギレン総帥とお呼びすれば?」

「今日は休暇だ。総帥と呼ぶ必要はない」

「では……ギレンさん?」

「……」

 

ガルマが笑いをこらえた。

「何がおかしい」

「いえ。兄上がそう呼ばれるのを初めて聞いたので」

「私も初めてだ」

 

イセリナまで少し笑った。

 

最初こそ当たり障りのない話をしていたが、しばらくするとギレンはいつもの調子に戻った。

「南極での交渉についてだが――」

「兄上」

「何だ」

「今日は仕事の話は禁止です」

 

「しかし、現在の停戦は――」

「禁止です」

 

「軍縮について――」

「禁止です」

 

イセリナも笑っていた。

「私もガルマに賛成です」

「二対一か」

「そういう問題ではありません」

 

ギレンは黙って食事を続けた。

 

しばらくして、ガルマが尋ねた。

「兄上、今朝は何をしていたんです?」

「新聞を読んだ」

 

「それから?」

「別の新聞を読んだ」

 

「それから?」

「執務室へ行こうとした」

 

「休暇ですよ」

「止められた」

「当然です」

 

イセリナが尋ねる。

「その後は?」

「何もしていない」

 

ガルマとイセリナが顔を見合わせた。

「兄上、本当に趣味がないんですか?」

「分からない」

 

イセリナが尋ねた。

「子供の頃は、何か好きだったことはありませんか?」

「……読書はしていた」

 

「では、本を読まれてはいかがです?」

「昨日までに届いた政策資料なら――」

「そういう本ではありません」

 

ガルマが止めた。

「小説とか、仕事と関係ないものですよ」

「小説か……」

 

イセリナが言った。

「散歩でもいいと思います」

「散歩?」

 

「目的を決めずに歩くんです」

「目的がないのに?」

 

「はい」

「どこへ行く?」

「だから、決めなくてもいいんです」

 

ガルマが笑った。

「兄上。休暇というのは、何か成果を出すための時間ではないんですよ」

「では何のためにある?」

「休むためです」

 

「それは睡眠で足りるだろう」

「そういうところですよ」

 

食事そのものは悪くなかった。政治的な結論は一つも出ていない。軍事的な成果もない。

何かを決裁したわけでもない。ただ三人で食事をしている。それだけだった。それでも、不思議と時間は早く過ぎた。

 

◇

 

食事を終え、店を出る。

「兄上、この後は?」

「予定はない」

 

「では、少し歩きませんか?」

「目的地は?」

「ありません」

 

ガルマとイセリナは歩き始めた。ギレンも仕方なく、その後についていく。護衛は少し離れて後ろを歩いていた。

 

街には人がいた。停戦が続いているためか、以前より表情が明るい。店が開いている。家族連れが歩いている。子供たちが走っている。兵士の姿もあった。休暇中なのだろう。

 

ガルマが言った。

「こういう時間も、悪くないでしょう?」

 

ギレンはすぐには答えなかった。

「……そうだな」

 

その時だった。少し先で、子供がしゃがみ込んでいた。何かを見ている。

 

ガルマたちが近づくと、小さな鳴き声が聞こえた。

「ニャア」

 

ギレンが足を止めた。

「何だ?」

 

イセリナが見る。

「猫ですね」

 

道の端に、一匹の猫がいた。

 

ギレンは猫を見る。猫もギレンを見る。

「……」

「……」

 

ガルマが二人を見る。

「兄上?」

「何だ」

「いえ」

 

猫がもう一度鳴いた。

「ニャア」

 

ギレンはしばらく猫を見ていた。しかし、それだけだった。三人は再び歩き始める。

 

この時点では、ギレン自身も猫を飼おうなどとは考えていなかった。

 

ただ、休暇初日の予定表にはなかった出来事が、一つだけ増えた。猫を見た。それだけである。

 




ご指摘をいただいたので、本文は修正せず、この後書きに設定を追記させていただきます。
原作ガンダムの時系列では、この時点で地球降下作戦も北米への侵攻も行われていません。
そこで本作では、ガルマは戦争以前から地球を何度か訪れていて、エッシェンバッハ市長もジオンとの交流を行っており、その中でガルマとイセリナはすでに知り合っていた、という設定にさせていただきます。
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