停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
正午。
ギレンは約束の場所へ向かった。休暇中のため、護衛は少人数だった。
店に入ると、すでにガルマとイセリナが待っていた。
ガルマが手を上げる。
「兄上、こちらです」
ギレンは席についた。
「待たせたか?」
「いえ、僕たちも今来たところです」
イセリナが微笑む。
「初めまして。イセリナ・エッシェンバッハです」
「ギレン・ザビだ」
「もちろん存じています」
少し間があった。
「ギレン総帥とお呼びすれば?」
「今日は休暇だ。総帥と呼ぶ必要はない」
「では……ギレンさん?」
「……」
ガルマが笑いをこらえた。
「何がおかしい」
「いえ。兄上がそう呼ばれるのを初めて聞いたので」
「私も初めてだ」
イセリナまで少し笑った。
最初こそ当たり障りのない話をしていたが、しばらくするとギレンはいつもの調子に戻った。
「南極での交渉についてだが――」
「兄上」
「何だ」
「今日は仕事の話は禁止です」
「しかし、現在の停戦は――」
「禁止です」
「軍縮について――」
「禁止です」
イセリナも笑っていた。
「私もガルマに賛成です」
「二対一か」
「そういう問題ではありません」
ギレンは黙って食事を続けた。
しばらくして、ガルマが尋ねた。
「兄上、今朝は何をしていたんです?」
「新聞を読んだ」
「それから?」
「別の新聞を読んだ」
「それから?」
「執務室へ行こうとした」
「休暇ですよ」
「止められた」
「当然です」
イセリナが尋ねる。
「その後は?」
「何もしていない」
ガルマとイセリナが顔を見合わせた。
「兄上、本当に趣味がないんですか?」
「分からない」
イセリナが尋ねた。
「子供の頃は、何か好きだったことはありませんか?」
「……読書はしていた」
「では、本を読まれてはいかがです?」
「昨日までに届いた政策資料なら――」
「そういう本ではありません」
ガルマが止めた。
「小説とか、仕事と関係ないものですよ」
「小説か……」
イセリナが言った。
「散歩でもいいと思います」
「散歩?」
「目的を決めずに歩くんです」
「目的がないのに?」
「はい」
「どこへ行く?」
「だから、決めなくてもいいんです」
ガルマが笑った。
「兄上。休暇というのは、何か成果を出すための時間ではないんですよ」
「では何のためにある?」
「休むためです」
「それは睡眠で足りるだろう」
「そういうところですよ」
食事そのものは悪くなかった。政治的な結論は一つも出ていない。軍事的な成果もない。
何かを決裁したわけでもない。ただ三人で食事をしている。それだけだった。それでも、不思議と時間は早く過ぎた。
◇
食事を終え、店を出る。
「兄上、この後は?」
「予定はない」
「では、少し歩きませんか?」
「目的地は?」
「ありません」
ガルマとイセリナは歩き始めた。ギレンも仕方なく、その後についていく。護衛は少し離れて後ろを歩いていた。
街には人がいた。停戦が続いているためか、以前より表情が明るい。店が開いている。家族連れが歩いている。子供たちが走っている。兵士の姿もあった。休暇中なのだろう。
ガルマが言った。
「こういう時間も、悪くないでしょう?」
ギレンはすぐには答えなかった。
「……そうだな」
その時だった。少し先で、子供がしゃがみ込んでいた。何かを見ている。
ガルマたちが近づくと、小さな鳴き声が聞こえた。
「ニャア」
ギレンが足を止めた。
「何だ?」
イセリナが見る。
「猫ですね」
道の端に、一匹の猫がいた。
ギレンは猫を見る。猫もギレンを見る。
「……」
「……」
ガルマが二人を見る。
「兄上?」
「何だ」
「いえ」
猫がもう一度鳴いた。
「ニャア」
ギレンはしばらく猫を見ていた。しかし、それだけだった。三人は再び歩き始める。
この時点では、ギレン自身も猫を飼おうなどとは考えていなかった。
ただ、休暇初日の予定表にはなかった出来事が、一つだけ増えた。猫を見た。それだけである。
ご指摘をいただいたので、本文は修正せず、この後書きに設定を追記させていただきます。
原作ガンダムの時系列では、この時点で地球降下作戦も北米への侵攻も行われていません。
そこで本作では、ガルマは戦争以前から地球を何度か訪れていて、エッシェンバッハ市長もジオンとの交流を行っており、その中でガルマとイセリナはすでに知り合っていた、という設定にさせていただきます。