停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。   作:山田 川田

6 / 38
第6話 ギレン、猫を飼う

目的のない散歩を経験したギレンは、自宅へ戻っていた。

 

結局、今日一日で仕事らしい仕事は何もしていない。会議にも出ていない。書類にも目を通していない。何一つ決裁していない。それでも、一日は終わろうとしていた。

 

ギレンは窓の外を見る。

「……」

 

妙な気分だった。何もしていない。しかし、何かをしなければならないという焦りも、朝ほどではなくなっていた。

 

ギレンは側近へ通信した。側近が尋ねる。

「本日は、いかがでしたか?」

「何がだ」

「休暇です」

「……悪くはなかった」

「それは何よりです」

 

ギレンは答えてから、ふと思い出した。昼間に見た猫。道端で子供の近くにいた、あの小さな動物である。

「猫というものは」

「はい?」

「普段、何をしている?」

「猫ですか?」

「そうだ」

 

側近は質問の意図が分からなかった。

「寝たり、食べたり、遊んだりしているのではないでしょうか」

「それだけか?」

「おそらく」

「何か生産的な活動は?」

「猫ですので」

「……」

 

寝る。食べる。遊ぶ。それで一日が終わる。

「ずいぶん自由な生き物だな」

「そうですね」

 

◇

 

翌朝。休暇二日目。

 

朝六時。ギレンは目を覚ました。側近に連絡する。

「本日の予定は?」

「ございません」

 

昨日と同じだった。

 

「ガルマから連絡は?」

「ございません」

「南極は?」

「交渉継続中です」

 

「重大な問題は?」

「ございません」

「軍からは?」

「特にありません」

 

平和だった。ギレンにとっては、それが問題だった。

 

新聞を開く。

『休暇の将兵、各地で家族と再会』

『商店街に人出戻る』

『停戦交渉は進まない』

 

そして、

『ガルマ・ザビとイセリナ、昨日も二人で外出』

 

ギレンは記事を見る。自分も一緒だった。記事にはほとんど書かれていない。

「……」

 

新聞を閉じた。

 

外へ出る。

「散歩に行く」

「はい」

 

護衛を伴い、昨日と同じ道を歩く。

 

だが、しばらくすると足が止まった。

 

昨日、猫がいた場所だった。

「……」

 

猫はいない。

 

ギレンは周囲を見る。

「総帥?」

「何でもない」

 

歩き始める。数歩進む。

 

「ニャア」

 

止まった。振り返る。

 

いた。昨日の猫だった。

 

猫もギレンを見る。

「……」

「ニャア」

 

ギレンは近づいた。猫は逃げない。護衛の一人が少し緊張した。

 

総帥が下を見た。誰も何も言わない。

 

ギレンは猫を見る。猫も見る。

「昨日もいたな」

「ニャア」

「私を覚えているのか?」

「ニャア」

 

当然、答えは分からない。

 

猫は床に寝そべった。ギレンが固まった。護衛も固まった。

「……」

 

猫は腹を見せた。

 

「これは何をしている?」

「閣下に懐いているのではないでしょうか」

「私に?」

「はい……」

「なぜだ」

「分かりません」

 

ギレンが猫を見る。猫もギレンを見た。そして逃げなかった。

「……」

 

ギレン・ザビは、しばらく猫を見ていた。護衛たちは黙って見ていた。誰も急かさなかった。休暇なのだから。

 

◇

 

「野良猫でしょうか」

護衛が猫を見る。

 

「首輪がありません」

「飼い主を確認しろ」

 

すぐに周辺への確認が行われた。迷い猫ではないか。近所で飼われていないか。誰かが探していないか。

 

しばらく待ったが、飼い主は見つからなかった。近所の住民によれば、少し前からこの辺りで見かけるようになった猫らしい。

 

ギレンは猫を見る。猫は座っている。

 

護衛が尋ねた。

「どうしますか?」

「どうするとは?」

「この猫です」

「ここにいるのだから、ここにいればよかろう」

 

そう言って、ギレンは歩き始めた。

 

猫がついてきた。

 

止まる。猫も止まる。

 

歩く。ついてくる。

 

また止まる。猫も止まる。

 

護衛が必死に表情を変えないようにしている。

 

ギレンが猫を見る。

「なぜついてくる」

「ニャア」

「私は帰るのだぞ」

「ニャア」

 

そう言いながら、また歩く。猫も歩く。

 

しばらく、それが続いた。

 

ついにギレンが止まった。

 

「……猫を飼うには、何が必要だ?」

 

護衛が一瞬黙った。

「飼われるのですか?」

「まだ決めていない」

 

猫がギレンの足元に座った。

 

「必要なものは」

「食事、水、トイレ、寝る場所などでしょうか。健康診断も受けさせた方がよいかと」

「健康診断?」

「はい」

 

ギレンは猫を見る。

 

昨日、自分も受けたばかりだった。

「……病院へ連れて行け」

「承知しました」

 

◇

 

その日の午後。

 

猫は動物病院にいた。ギレンもいた。

 

獣医師は猫を診察した。大きな問題はない。栄養状態も極端に悪くはない。必要な処置を行い、今後の飼育について説明する。

 

ギレンは真剣に聞いていた。軍事会議とほとんど同じ顔だった。

「食事は一日何回だ?」

「年齢にもよりますが――」

「必要な水分量は?」

「いつでも新鮮な水を飲めるようにしてください」

 

「健康診断の頻度は?」

「定期的に受けていただければ」

「運動は?」

「室内でも遊べる環境があれば大丈夫ですよ」

 

説明が終わった。

 

獣医師が尋ねる。

「お名前は決まっていますか?」

 

ギレンが止まった。

「名前?」

「はい。この子の名前です」

 

考えていなかった。猫を見る。猫もギレンを見る。

 

獣医師が待つ。側近も待つ。護衛も待つ。

 

獣医師が微笑んだ。

「今日決めなくても大丈夫ですよ」

 

ギレンは猫を見る。

「名前は後で決める」

 

休暇二日目。ジオン公国総帥ギレン・ザビは、猫を飼い始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。