停戦の交渉をしていたはずが、なぜかギレン総帥が猫を飼い始めました。 作:山田 川田
夜。
ギレンの自宅。
猫が椅子に飛び乗った。ギレンが見る。猫も見る。
「そこは私の椅子だ」
猫は答えない。ギレンと猫は、しばらく見つめ合った。やがて猫は椅子の上で身体を丸めた。
「何をしている?」
猫は目を閉じた。
「寝るのか?」
返事はない。完全に寝ていた。
◇
しばらくして、来客を知らせる連絡が入った。
「通せ」
側近が急ぎの報告書を持ってきた。
「総帥。南極から報告書が届いております」
「そこに置け」
側近が机を見る。そして止まった。総帥の椅子で猫が寝ている。
「……」
ギレンは立ったまま報告書を受け取った。
「何だ?」
「いえ」
報告書を開く。停戦交渉に関するものだった。数ページ確認する。
「これは返答が必要だな」
「はい。明日の朝までにお願いします」
ギレンは机を見る。椅子には猫がいる。猫は眠っている。
「……」
「よく寝ているな」
「そのようですね」
ギレンは報告書を見る。もう一度、猫を見る。
「仕方ない」
報告書を手に取り、机の横の床に座った。
側近が見る。
「総帥、あちらの来客用の椅子で作業されては」
「いや、事務作業はここで行う」
「では、こちらへお持ちします」
「必要ない。あれは来客との打ち合わせ用の椅子だ」
「……」
南極では、地球連邦とジオン公国の代表が停戦後の問題について協議を続けている。
報告書には、ギレンのサインが必要だった。ギレンは床に座ったまま、書類にペンを走らせようとした。しかし、書きづらい。
「……」
報告書を床に置く。その前に両膝をつき、左手で書類を押さえた。右手にペンを持つ。
猫は椅子の上で寝ている。
ギレンは床の上で、南極からの報告書にサインをした。
次の報告書を重ねる。またサインをする。
もう一枚。
猫が少し動いた。ギレンの手が止まる。
猫は身体の向きを変えただけだった。再び眠る。ギレンも報告書に目を戻した。
側近の目の前には、総帥の尻がある。見上げると猫がいる。
側近が尋ねた。
「猫を移動させますか?」
「必要ない」
「しかし、総帥が床に」
「猫なのだから、どうしようもない」
側近は猫を見る。
「……」
猫は気持ちよさそうに眠っていた。
ギレンは次の報告書を手に取った。
「寝ているのだからな」
その後も作業は続いた。残りの報告書を確認し、修正し、サインをする。すべてを仕上げた頃には、かなり遅い時間になっていた。
「総帥」
「何だ」
「そろそろ名前を決められてはいかがでしょう」
ギレンが猫を見る。
「名前か」
動物病院でも聞かれた。その時は決めなかった。
「候補は?」
「私が決めるのですか?」
「参考意見を聞いている」
側近は考えた。
「毛色から取る方法もあります」
「ありきたりだな」
「好きな人物の名前を付ける方もいます」
「人名を猫につけるのか?」
「珍しくはありません」
ギレンは考える。歴史上の人物。政治家。軍人。思想家。いくらでも思いつく。しかし、どれも違う気がした。
「もっと普通の名前はないのか」
「普通、ですか」
ギレンは猫を見る。猫もギレンを見る。
「お前は何という名前がいい?」
「ニャア」
猫はその場で身体を丸めた。ギレンはしばらく見ていた。
「……まあ、いい」
ギレンは報告書を見た。
「まだ追加が必要だ」
「明日の朝に取りに来てくれ」
「かしこまりました」
側近は一礼して部屋を出た。
猫の名前は、まだ決まらなかった。
◇
朝六時。ギレンは目を覚ました。椅子を見るが猫はいない。
机を見る。
「……」
猫が寝ていた。机の上で身体を丸め、気持ちよさそうに眠っている。
書類の上だった。
「そこは寝る場所ではない」
さらに見る。昨夜、遅くまでかけて仕上げた南極からの報告書だった。
「重要書類だぞ」
猫は起きない。
「起きろ」
猫が目を開けた。
「ニャア」
「そこから降りろ」
猫はギレンを見る。そして、また目を閉じた。
降りない。
「……」
ギレンは報告書を見る。猫を見る。