あいつなんかおかしくね? 作:ループ者大好き侍
評価感想で次も早く出るかも(乞食)
あ、ハツトウコウデス
部活が休みだった日、幼馴染に呼び出された。いつもと変わらない口調だったから、俺は特に身構えることもなく放課後の教室に向かった。
いつも隣にいるのが当たり前すぎて、深く考えたことなんてなかった。登下校も、休み時間も、気づけば自然とこいつの隣にいた。それが特別なことだなんて、今日この瞬間まで思ってもみなかった。
教室の扉を開けると、幼馴染は窓際に立って、外を眺めていた。夕陽を背にしたその姿が、やけに大人びて見えて、俺は一瞬だけ言葉を失った。
「──好き」
放課後の教室、夕陽が差し込む窓際で、幼馴染は真っ直ぐに俺を見てそう言った。
一瞬、頭が真っ白になった。何を言われたのか理解するのに、少なくとも三秒はかかったと思う。教室にはもう俺たち二人しか残っていなくて、開け放たれた窓から吹き込む風が彼女の髪を揺らしていた。
「……は?」
「だから、好きだって言ったの。もう一回言わせないでよ、恥ずかしいから」
顔を真っ赤にしながらも目だけは逸らさない。小さい頃からずっとそうだった。こいつは大事なことほど絶対に目を逸らさない。喧嘩したときも、泣きそうになったときも、いつも真正面から向き合ってくる。そういうところに俺はずっと救われてきた気がする。
俺はしばらく黙って、それから頭を掻いた。柄じゃないことは分かっていたけど、他に言葉が出てこなかった。何年もの間、ずっと胸の奥に仕舞い込んでいた言葉が、今この瞬間、喉の奥から溢れ出しそうになっていた。
「……俺も。ずっと好きだった」
「──っ、なにその返し方! もっとこう、あるでしょ普通!」
「知らねえよ、こんなの初めてなんだから」
叫びながらも笑っている鈴
帰り道、いつもより少しだけ近い距離で歩いた。手を繋ぐでもなく、ただ並んで歩くだけなのに、それだけで心臓がうるさかった。何を話したのかもほとんど覚えていない。ただ、隣にいる鈴の横顔だけがやけに鮮明に記憶に残った。
翌朝、教室に入るといつも通りの喧騒が耳に飛び込んでくる。昨日のことが夢じゃないかと何度も自分の頬をつねりたくなった。廊下ですれ違った鈴とはなんだか妙にぎこちない挨拶を交わしてしまって、それがまた妙に照れくさかった。
「──なあ、あいつ知ってるか?」
友人の一人が、教室の隅を指差しながら声を潜めた。視線の先には、窓際でぼんやり外を眺めている男子生徒がいる。名前は知っている。同じクラスだ。でも、話したことはほとんどない。目立つタイプでもなければ、特に問題を起こすようなタイプでもない、そんな印象しかなかった。
「あいつがどうかしたのか?」
「いや……最近ずっとあんな感じなんだよ。誰とも喋んないし、たまに独り言みたいなの言ってるし。今朝なんて、俺に『今日は雨降らないよな』って聞いてもないこと確認してきてさ」
「別に普通じゃね、それくらい」
「そのあと、『そうか、じゃあ違うな』ってひとりで納得して去ってったんだって。意味わかんなくね?」
俺はその男子生徒の方をちらりと見た。窓の外を見つめる横顔は、どこか疲れているように見えた。歳の割に、随分と老けた目をしている。制服の着崩し方も、姿勢も、特に変わったところはないのに、なぜか妙に浮いて見える。教室という空間にうまく馴染めていないような、そんな印象だった。
なんとなく、目が合った気がした。向こうもこちらを見て、一瞬だけ動きを止めたように見えた。ほんの数秒、まるで何かを確かめるような、探るような視線だった。
──気のせいか。
すぐに視線を外され、俺もそれ以上気にすることはなかった。チャイムが鳴って、担任がホームルームを始める。いつも通りの一日が、また始まろうとしていた。
「まあでも」友人が肩をすくめながら言う。
「あいつ、なんかおかしくね?」
俺は曖昧に頷いた。この時はまだ、その違和感の正体になんて、興味もなかった。鈴と付き合い始めたばかりの浮かれた頭の中には、他人の些細な奇行を気にかける余裕なんてこれっぽっちもなかったのだ。
明確にそいつを意識しだしたのはが、それから一週間が経過してからだった。
授業中、ふとした瞬間にあいつの方を見てしまう自分がいた。何がそんなに気になるのか、自分でもよく分からない。ただ、窓の外を見つめる横顔がこの教室にいる誰とも違う種類の孤独を抱えているように見えて、それが妙に引っかかった。
昼休み、廊下であいつとすれ違った。特に会話を交わすわけでもなく、ただ視線が一瞬絡んだだけだった。それなのに、あいつは俺の顔をじっと見て、それから小さく息を呑んだように見えた。まるで、あり得ないものでも見たような、そんな表情だった。
「……なんだよ」
思わず声をかけたが、あいつは何も答えず、逃げるようにその場を立ち去ってしまった。残された俺は、しばらくその背中を見送ることしかできなかった。
放課後、鈴と一緒に帰りながら、俺は何気なくその話をした。
「今日、クラスのやつに変な顔で見られたんだけど、俺なんかしたかな」
「珍しいね、そんなの気にするなんて」
「いや、なんか気になって。理由も分かんないし」
鈴は少し考えるような素振りを見せてから、思い出したように口を開いた。
「あ、それってもしかして、窓際にいつも座ってる子じゃない? 最近クラスで噂になってるよ。独り言多いとか、様子が変だとか」
「ああ、それだ。お前も気づいてたのか」
「気づくもなにも、結構有名だよ。でも別に、悪いことしてるわけじゃないし、そっとしておいてあげたら?」
鈴らしい優しさだと思った。実際その通りで、理由も分からない他人の事情に、あれこれ首を突っ込む必要はない。分かってはいるのに、なぜか俺の頭の中では、あの一瞬の視線がずっと引っかかったままだった。
「……そうだな」
そう答えながらも、俺の中の違和感はその日一日を通して薄れることはなかった。
夕食の後、自室のベッドに寝転がりながら、俺は今日一日を振り返った。頭の片隅には、あの見知らぬクラスメイトの表情がこびりついて離れなかった。
その時の俺にはまだ知る由もなかった。あの視線の向こうに、何十周分もの記憶と、一つの願いが積み重なっていたことなんて。