あいつなんかおかしくね? 作:ループ者大好き侍
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あの日から二週間が経った。
あいつのことは、あれから遠目に観察していた。だがあの日以降、これといって新しい発見があったわけではない。名前は辻
それでも、俺が本当に知りたいことは、何一つとしてわからなかった。
夜、眠る前にもう一度考えた。あいつが今までのループに存在しなかったというのは、俺の記憶違いなんかじゃない。百周分の記憶は、どれも鮮明に頭の中に残っている。教室の座席表、席替えの度に変わる配置、誰がどのタイミングで転校してくるか、誰が部活を辞めるか。そのすべてを、俺は暗記している。あいつのような存在感の強い人間を、見落とすはずがない。
つまり、あいつはこの周回だけの、まったく新しい存在だということになる。
なぜ今になって現れたのか、原因は分からない。だが、理由なんてこの際どうでもよかった。百周繰り返しても変わらなかった世界に、変化が加わったという事実が、俺にとっては重要だった。
***
六月に入り、学校では球技大会の準備が始まっていた。この時期に何が起きるか、俺はよく知っている。球技大会の練習中に、体育館の裏で彼女(以降ツツジと呼ぶ)が足首を挫くという小さな事故が起きる。大したことのない怪我のはずが、その後の通院の帰り道で事故に遭う。体感3回に一回くらいの頻度で起こっている。
気になって、俺は少しだけ試してみることにした。
もし、あいつの存在そのものが世界に影響を与えているのだとしたら、それを確かめる方法は一つしかない。あいつが関わる状況を、こちらから意図的に作り出してみることだ。
体育の授業、俺はクラス対抗のバレーボール練習の組分けをさりげなく調整した。教師に頼み込んで、いつもなら別のコートに分かれるはずのツツジと青薔を、同じチームに組み込んでもらう。先生には「人数調整のため」とだけ伝えた。怪しまれはしなかった。
心臓が、いつもより少しだけ速く動いていた気がする。何十回とこなしてきたはずの作業のはずが、今日は少し緊張していた。
結果は、思っていたよりも早く表れた。
練習中、ツツジがボールを追って体勢を崩しかけた瞬間、隣にいた青薔がとっさに腕を伸ばして支えた。それだけのことだった。だが、いつもならそこで足首をひねって終わるはずの一幕が、今日は何事もなく流れていった。
──誰も、怪我一つしなかった。
これまでの周回で、俺はこの時期になるとツツジの近くを離れず、あらゆる怪我を未然に防ごうとしてきた。だが今日、俺が近くにいなくても、青薔がその場にいるだけで危険の芽が摘まれてしまった。
偶然か。それとも。
放課後、俺はもう一つ試した。下校時間、いつもならツツジが一人で通る裏路地の近道を、今日は共通の知人を介して青薔もその道を使うよう自然に誘導してもらった。この道の途中には、いつも決まった時間に自転車が猛スピードで抜けていく危険な曲がり角がある。何十周も前、ここでツツジが自転車と接触しかけたことがあった。
思った通り、青薔はその曲がり角に差し掛かる少し手前で、死角から猛スピードで飛び出してきた自転車に気づき、とっさに大声で「危ない!」と叫んで自転車の進路に割り込んだ。自転車は慌ててブレーキをかけ、ツツジのだいぶ手前で止まった。ツツジ自身は、何が起きたのかも分からないまま、少し先を歩いていただけだった。
俺が何もせずとも、同じ結果が生まれた。
これは使える。
そう思った瞬間、自分でも驚くほど冷静に、次の算段を考えている自分がいた。あいつが何者かなんて、今はどうでもいい。目の前に、これまで何百回と失敗し続けてきた結末を変えるかもしれない新しい戦力が転がり込んできた。それだけで十分だった。
放課後まで、俺は体育館の隅からあいつの様子を観察し続けた。汗を拭いながら友人たちと笑い合う様子、ボールを追いかける時の身のこなし、疲れても弱音一つ吐かない様子。何百周も見てきたこの学校の風景の中に、あいつという一人の人間がすっぽりと馴染んでいる光景を、俺はどこか奇妙な気持ちで眺めていた。
その姿には、何の陰りもなかった。当然だ。あいつはこの一年、まだ一度もツツジの死を見ていない。何十回もの絶望を積み重ねてきた俺とは、抱えているものの重さが違う。
それが、少しだけ羨ましかった。
利用する。そう決めた。
もちろん、直接頼るわけにはいかない。あいつに正体を明かせば、警戒されるかもしれない。それに──何より、あいつ自身にこの馬鹿げたループの重みを背負わせるのは違う気がした。だから、気づかれないように動かす。あいつが自分の意思で動いたと思わせたまま、裏で少しずつ状況を組み立てていく。
夕方、俺はいつも通りツツジの帰り道を見守った。今日は何も起きなかった。だが、確かな手応えがあった。何かが変えられるかもしれないという、長らく感じられなかった感覚だ。
帰り道、俺はスマートフォンを取り出し、あいつの名前をクラス名簿アプリで検索した。
──辻青薔。
その名前を、俺は改めて確認した。今までの記憶のどこにも存在しなかった名前を、指先でなぞるようにもう一度読んだ。
「青薔、か」
呟いた声は、思っていたよりも柔らかかった。
これから、こいつを利用させてもらう。悪いとは思う。それでも──今度こそツツジを助けられるかもしれない。その可能性の前では、罪悪感なんて後回しだった。
正体を明かさず、気づかれないように動かす。それが、俺が選んだやり方だった。奴自身には何も背負わせない。ただ、俺の描いた筋書きの中で、あいつが自然に動きたくなるような状況だけを、裏で少しずつ用意していく。それが、俺にできる最低限の配慮だった。
次は、もう少し大きな賭けに出るつもりだった。ツツジと青薔の接点を、もっと自然な形で増やしていく。直接引き合わせるわけじゃない。あくまで偶然のように見せかけて。
どこまでうまくいくかは分からない。それでも、何もしないよりはずっとましだ。百周、変わらなかった結末が、今この瞬間から変わり始めるかもしれない──そう思うだけで、随分と久しぶりに、眠りにつく前の時間が穏やかだった。
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