仮面ライダーカレクサ:episode0 ~月下のあだ花~(一応リクエスト作品) 作:大島海峡
夜の帳の内、一つの部屋、寝台の上。
衣擦れも音とと共に、二つの影が蠢いていた。
いずれも、しなやかな少女のものだった。
そのうちの一つが、もう片割れの手を掴む。指を絡め合わせる。
「あぁ、どうか。どうか私を導いてください」
熱く息と共に喘ぐ彼女は、
化粧は薄く、片肌脱ぎの肌着はシンプルそのもの。ベッドの片割れに脱ぎ捨てられた制服も、学院の規則に寸分違わず従ったものだった。
純朴な少女であることが、それらの何もかもから見て取れる。
少なくとも、今この一瞬までは。
「はい」
その指を、傾け預けられた半身を、確かに捉えて離さないまま、もう一人の少女が甘やかに、優しげに耳元に囁きかける。
「共に芽吹かせましょう。共に枝葉を伸ばしましょう。共に咲かせましょう。どこまでも、私たちの愛で満たしましょう。世界の果てに至るまで」
謳うように。囀るように。
だがその一方の手には、硬いものが握られている。
鉛色に光るそれには、引鉄がある。弾倉がある。マズルがある。
一般的にそれらの部位を有するもは、銃器と呼ばれる。
フレームの外から込められた中身が見える。弾丸型のアンプル。精製された桜色の液体の中を、花弁のような粒子が浮き沈みしている。
それにかけた指にゆっくりと、力をかけていく。発報音と共に、薄紅色の花弁が飛び散った。
今日も何処かで、華が咲く。
~~~
母親側に引き取られた妹から、久々に連絡が来た。
特別親しくしていたわけではなかった。
「お願い、ラブレターの書き方教えて!」
待ち合わせのカフェテラス。出し抜けに、手を合わせながらそんなことを言い出した彼女に、少し面食らった。
「いや、なに? ラブレター?」
そう問い返すオレに、妹……
曰く、自分の通っている学校で、心奪われた
その人が遥かに高みの人であるにも関わらず、自分のような平々凡々の下級生にも優しく声をかけてくれて、親身になって話を聴いてくれる、美しい人だという。
付き合うだとか、その人とどうにかなりたいというのではない。
ただ想いを伝えたいというのが、彼女の言い分だ。
「そういうの、慣れてるんでしょ。お兄ちゃん無駄に顔は良いんだから」
「そう、オレはモテる。顔も良い。性格も良い。だからこそ、自分から告白なんかしたりしない。勝手に向こうから言い寄ってくる」
「性格の良い人はそんな最低の発言しないでしょ」
「だいたい、なんで今どきラブレターなんだよ」
そんな、至極当然の疑問を口にしたオレに、ありさはひどく言いにくそうに口をもごつかせた。
「しょうがないでしょ。基本ウチの学校、携帯禁止だし。なんか変わったことしないと、目につかないし」
「てか、他を出し抜く気満々じゃねーか。やっぱり特別になりたいってことだろ?」
「そんなこと無いってば! 彼女は、それはもうみんなにとって大切な存在で、もう言葉をかけてくれるだけで天に誘われるような心地なんだからっ」
「……彼女? あぁ、そういえばお前んとこ女子校か」
妹の学校は
そんな閉鎖的な環境の中には上流階級の子女さまの気品やたおやかさに、男女関係なく憧憬を抱くことも、ままあるだろう。
「……なに? 言いたいことでもあるの?」
一瞬前の陶然としていた面持ちから一転、ありさの表情は険しいものとなった。
いやいや、と肩をすくめてオレは答えた。
「別に良いんじゃねぇの。今のご時世、どんな相手好きになったって。まぁあれだ。もしもなんかあれば、父さんからはオレからどうにか取り持ってやるからさ」
「茶化さないでよ」
「別に茶化してなんていねぇって。お前が納得ずくで好きになったのなら、兄ちゃん応援するからさ」
「馬鹿にしてる! 薄っぺらい言葉で雑にまとめないで!」
実際、からかおうなんて、そういうつもりは一切なかった。嘘は一切なかった、はずだ。
けどオレが返した言葉や、浮かべた笑みの中に、彼女の想いに対する侮りや軽率さが無かったと、果たして本当に言えたのだろうか。
「……もう良い。相談しようと思ったあたしがバカだった」
そう言って席を立って、ありさは足早に立ち去った。
意図せず二人分のコーヒーとケーキの代金を押し付けられたかたちとなったオレは、その支払いに足止めを喰らい、追うことができなかった。
それでも、妹の異変に気付いてやって、全部すっ飛ばして追いすがることができなのなら、そこから起こることは、何か違っていたのか。
この日に対する、後悔は尽きない。
〜〜〜
それから一月ほどした後、ありさは変わり果てた姿で見つかった。
そう聞かされて多くの人間が思い浮かべるのは、事故で原型を留めないほどの、醜い肉塊か。むしろ、それだったらどれほどに良かったか。
だが棺に納められたのは、花弁だった。
枯れ朽ちた、桜の花びら。葉桜さえ、とうに散っていた時季だったのに。
「なんだよ、これ……」
ショックを受けるからと、伏せられていたありさの状態。
その異様極まる『成れの果て』に、茫然としたままのオレの呟きに、傍にいた生徒は寝言のようなことを口走った。
「ありささんは、お花になったんです」
と。
曰く、ある路地裏でその制服が発見された。
着衣に乱れはなく、暴行された痕跡は見られなかった。ただ、本人だけが忽然と、花弁を残して消えていた。
そして今、葬儀は学院内の聖堂にて行われている。
実質空の棺に、およそ喪服には相応しくない、赤黒いブレザーを纏った生徒たちが参列して、花を献じていく。
全てが、異常だった。
「ハナになったって……そんな訳ねぇだろ……! あいつはまだ何処かで生きてる! なんか事件に巻き込まれたとか、戻って来られないだけだ! そうだろ母さん、父さん!!」
だが父も母も、従容と首を垂れたまま、腰を低くして、代表の女子生徒にペコペコと頭を下げる。
「娘のために、ここまで良くしてもらって……あの子も、幸せだと思います」
「学院の皆さんには何とお礼を申し上げて良いか……おかげで、救われました」
なんて礼をしている。
やめろ――
花になっただと?
幸せだと?
救われただと?
そんな――
「薄っぺらい言葉で、雑にまとめるなぁ!!」
そう声を張り上げた俺は、棺の中からあいつの制服を引ったくって、制止を振り切って、その場を飛び出した。
その間際に、ある女子の一集団とすれ違った。
生徒たちの中でも、一際目を惹く連中。
特に、その先頭を行く女は。
柔らかな髪質。枝のように伸びた細長い手足。その手に挟んだ、季節外れの桜の花を咲かせた枝。
甘い雰囲気。甘い香り。甘い、微笑み。
「見て、
「彼女ほどの方に見送っていただけるなんて」
「良かったわね、ありささん」
そんな戯言を背に逃げ去るオレの姿を、流したその眼差しに写し取られる。
「可哀想……生きながらに苦しんでいるのね……ありさのように」
ほんの一瞬の交錯。
だがその女の言葉と表情が、いつまでも頭にこびりついている。