仮面ライダーカレクサ:episode0 ~月下のあだ花~(一応リクエスト作品) 作:大島海峡
その後、『妹の弔いの場を汚した親不孝者』として、オレは父さんからも、当然母さんからも、白々と冷たい目を向けられるようになった。
居た堪れなくなったオレが、家を飛び出したのは当然の流れだっただろう。
それから、街を離れてある不良グループに加わったものの、妹のことを、諦めたわけではなかった。『葬儀』に現れたあの女のことも気にかかっていた。だからそこで面倒を見てくれた人に甘えついでに、調べてもらった。
「たぶんそいつは、
「木華の君だとか言われてたが」
「繚覧女学院のトップ集団の六人は、そうして異名で呼ばれて慕われている。特に春ヶ塚は生徒たちの人気が高く、姉とも母とも慕われてんだそうだ」
「まさかそいつが、ありさがラブレターを送ろうとした相手……?」
「病院やケア施設で頻繁に社会奉仕で訪問していて、カウンセリングまがいのことまで行なっている。だから学外でも評判が高い」
「……そこまで分かれば大丈夫。ありがとう
「だが、言っておく……これ以上はヤツらには近づくな。あの学院の関係者、特に件の六人の周囲で、すでに何人も消息不明になってる。その度、お前が参加したみたいな『花葬』を、学院で取り仕切っている。にも関わらず、保護者も警察も問題にしていない。妹さんのことは残念だが、諦めろ。『花』にされたくなければな」
当然、その忠告は、ハナから聞き入れるつもりが無かった。
間違いなく、妹の行方と生死について、その『木華の君』は何かを知っている。関わっているはずだった。
〜〜〜
女学院が男子禁制である以上、奴に接触できる機会は限られている。
病院の表敬訪問の折。その予定日を調べて、先回りして患者のフリをして待ち伏せた。一人になる機会を、窺った。
見た限りの彼女は、老若男女、患者にも医者にも看護師たちにも分け隔てなく接し、心身が弱った相手の、どんな無茶や愚痴にも、親身に応対し、そのために心酔したかのような面持ちで相手も一回り以上年下であるはずの彼女を見つめている。
妹も、同じ目をしていた。
――彼女は本当に、ありさの身に起こったことに、関わりがあるのか?
頭の中ではそんな疑問がもともとの疑惑をかき消そうとしていた。
だが、日和ることは許されない。ここで諦めてしまえば、妹の『死』にまつわる手がかりが失われる。
そんな想いをあらたに、ついにオレは彼女が独りになる瞬間を見出した。
撤収の最中、上層階の渡り廊下。随伴していた生徒を先に行かせた彼女は、そこで立ち止まった。
「ずっと見ていらしたけれども、何か御用かしら」
誰もいない……いや、オレだけしかいないその死角に向けて、彼女は無邪気な声を放った。
ゆっくりと姿を見せたオレに、まぁ、と春ヶ塚弥生は両手を合わせて嘆を発した。
「お別れ式でお見かけしたわ。ありさのお兄様ね、目元がそっくりだわ」
あどけなく表情を綻ばせて言う弥生に、オレは震える呼気をへぇ、と伸ばした。
「知ってんだ? で、尾けられてんのに気づいてたのなら、そうされる心当たりはあるんだよな?」
「ありさのこと?」
オレは、肩にかけていたスポーツバッグから、ありさの制服一式を抜き出した。これを見せて少しでも動揺するのか。もし消失に関わっていたのなら、その時に心は痛まなかったのか。それを確かめたかった。
「あいつは、あんたのことが好きだった。想いをしたためた手紙をあんたに渡そうとしてたのが、オレがありさを見た最後だった」
「――てがみ……?」
「教えてくれ。あいつは、本当に死んだのか……あんたが、どうにかしたんじゃないのか……?」
「ありさに、会いたい?」
「……っ、やっぱり知ってるのか!?」
足を勇ませるオレに対しても、悠然と笑んだまま、弥生は自らの胸のあたりに手を添えた。
「ありさは、ここにいる」
と。
「彼女の身も魂も、すでに消えてしまった。それでも、あの娘の残してくれた華のひとひらは、ここにある」
だと。
「……ふざけてんのか、お前」
必死に殺意を押し殺しつつ、呼気を震わせてオレは問うた。
「つまんねぇ嘘で煙に巻いてねぇで言えッ! あいつは今、何処だ!? どうなったってんだ!? あいつをどうした!?」
ツカツカと歩み寄り、襟口を絞り上げて怒鳴りつける。女だろうと、もはや関係なかった。
だが、怖じるどころか怯むことも動揺することもなく、ただ目線だけが別の生き物のように、オレや自身の背の向こうを移っていく。
そしてその目とオレのそれとがかち合った瞬間、弥生は
「嘘かどうか、その身で試してみる?」
などと、微笑んだままに、そんことを言い出した。
は? と問い返すオレの腕を、緩めていないその力を難なくすり抜けた弥生の手には、いつの間にか注射器のようなものが握られていた。あるいはそれは、長いバレルの取り付けられた、拳銃にも似ていた。
それを半ばで折り、中に円柱形の、カプセルのようなものを装填する。その内部には薄紅色の薬液が詰められているのが垣間見え……その中に、桜の花弁が揺れて踊る。
〈ストーリア〉
鉛色のそれを、表情を変えたままに、自らの喉元に押し当て、引鉄を絞った。
だが、破裂音を響かせた時、女が頭に咲かせたのは血や脳漿の華ではなかった。
桜の華。それを固めた球状の何か。それは彼女の内より吹きこぼれ、やがて全身をめぐる。血管のように、枝木が巡り、人とは別の存在へと受肉し、衣へと変異する。
女性らしいシルエットを残した体躯を白拍子が着る水干、と言ったか――その類の雅な衣をまとっている。その茶褐色の素体には、花弁とも血痕とも見分けのつかない、不気味な紋様が浮かんでいる。
耳輪を取り付けた鬼の面のようなものを側面に回した頭部は、桜の花が咲き乱れ、どちらが正面かは分からない。
「ば、化け物……!」
左手首に巻いた銀の装身具を鳴らしながら緩慢に、右手に銃器を携えたままに、奴はオレに近付いてくる。
そして、『弾丸』を紫色の溶液と花弁のものに入れ替えると、ゆったりと一歩を踏み出した……一瞬で、間を詰められていた。
瞬間、肘から先の、伸ばされた彼女の右腕が消えた。
いや、オレの腹の中に、深々とめり込んでいた。
「が……は……ッ」
その苦しみが呼吸困難からくるものなのか、はたまた死の間際であるがためか。判別がつかないままに、両足が浮いた。
「大丈夫、これからは一緒よ」
これから相手を取って喰らうとは思えない調子で、どこから漏れているとも知れない声で、謎めいた言葉を甘く優しく囁く。
そして次の瞬間、オレの身体はガラスを突き破って外へと投げ出されていた。
〜〜〜
落下の痛み。腹を貫かれた痛み。
それらは麻痺して感じない。元から、そんなものは感じなかったのかもしれない。ただ確かなのは、まったく自分の身体が、動かせないということ。あらぬ方向に投げ出された手足も、首も、一ミリも動かせない。
ただ、暮れ泥む空の中、月だけが煌めいていた。
そんな限られた視界の中、革靴が見えた。長めにとられたスカートが、ちらついている。
繚覧女学院のものだった。
「君には、まだ二つの選択肢が残っている」
と、顔さえ見えないその女は言った。
言いつつ、あの銃器を、オレの方向に向けた。
弥生の持っていたそれと異なるのは、より冴え冴えとした銀の光沢を帯びて洗練されていたこと。マズルの下に、短い両刃が取り付けられていたこと。
「一つは今、己の運命と死を受け入れる安寧にして自然の道。もう一つは、生きて報復を遂げる、道理に背を向けた荊の道。どちらを選びたい」
この女が何者かは知らない。
だが、悪辣であることは問われてすぐに分かった。
示された二つの道。どちらを選ぶかなんて、明らかだろうに。
分かっていたはずだった。
忠告は散々に受けていたはずだった。
妹に起こったことは、只事じゃ無いと――両親や周りの思った通り、すでに命はないのだと。
深入りすれば、己さえ危うくなると。
それでも、そういったことを承知で踏み込んだのは――。
奴らのようなものを赦さないため、復讐するために、オレは……!
「そうだな。訊くまでもないことだった」
そして引鉄を絞った。
自らの胸に撃ち込まれたのは、銀穂の詰められた弾丸。
流し込まれる液体。そこに溶かし込まれた植物が、血管と心臓を介して流れ込んでくる。
人ならざる存在の生命力が。
そして、自分が何をすべきか。その情報が。
銃器は投げ捨てられ、穴を埋めていくオレの胸の上に落とされた。
「だが――いずれにしても、君という人間は、今日この瞬間に終わった」
慈悲の感じられない平坦な声音を機として、オレは一瞬、意識を手放した。