“天剣”がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:覇者
──いつからだろうか?腹違いの兄や姉に殴られ蹴られ、仕事もほぼ一人でやらされ、大人でもしんどい米俵を運ぶのは日常茶飯時。そんな、まるで奴隷のような扱いを受ける現状に、何も感じなくなったのは。
僕は米問屋の主人の子供として生まれたらしいけど、物心ついた頃には既に両親共死んでいた。その後親族に引き取ってもらえたけど、体裁の為に引き取ったと言っているのが聞こえてきた。実際、家族として扱われた事も優しくされたこともない。
始めの頃は、怒りを顕にして反論した事もあった。だけど、それをしても余計な怒りを買って虐待の苛烈さが増すだけ。だからいつしか、怒りを顕にする事はなくなり、ニコニコと愛想笑いを浮かべ続けるようになった。
そんな日々を数年過ごし、毎日虐待と過酷な労働を強いられ、笑顔以外の表情をすっかり忘れてしまった、とある嵐の日──。
「ガァアァァァ───!!!」
「──モ、モンスターだァッ!!!」
「きゃあぁああ───ッ!!」
「──誰か、誰かァッ!?」
僕の住む米問屋のある村に、モンスターの大群が襲撃を仕掛けてきた。たちまち村中から悲鳴と絶叫が木霊し、建物が壊され轟音と立てて崩れ落ちるのが聞こえてくる。
当然、僕たちの住む米問屋も襲われ、モンスター達が飛び掛かって来た。
「くっ、くそぉッ!!」
一家の兄である長男は多少剣術に覚えがあるらしく、打刀や脇差しを持ち出して応戦しようとした。けれどモンスターの群れには通じる訳もなく、すぐに手傷を負わされ逃げ腰になった。
「あ、あぁぁ──!!!」
「グルルルゥ───!」
「───はっ!」
低い唸り声を上げながら徐々に近づく狼に対して、腰を抜かしたままジリジリと後退る兄。そんな兄は、突然何かを思いついたかのように、バッと後ろを振り向き僕を真っ直ぐに見た。
そして駆け寄って来た兄は、腰にある脇差しを落としたのには目もくれず、僕をモンスター達の前に突き飛ばした。
「うわぁっ!?」
「──!兄さん、何を!?」
突き飛ばされた僕はモンスターの目の前に倒れ込み、兄さんの行動を不思議に思った次男が慌てて問い掛ける。それは僕を心配しているのではなく、自分も同じようにされないかを確認しているように僕には感じられた。
「馬鹿!あいつ一人を囮にして俺達は逃げるんだよ!!」
「そうか!その手があったか!!」
「それが良いわっ!元々要らない子、ここで死んでくれた方が清々するわ!!」
「よし、逃げるわよっ!」
兄さんのとった選択は、間違いなく僕にとって最悪の選択だった。だけど、僕を疎ましく思っていた家の人間達が庇ってくれる筈はなく、寧ろ納得して逃げようと走り出す始末。ここまでくれば、僕が見捨てられた─否、家族に殺されるようなものだと気づいた。
そこへ狼が飛び掛かってくる。どうすれば生き残れるか、或いはここで一撃で死んだ方が楽なのか。いろんな思考が渦巻く中、足元に落ちている脇差しが目に入った。
「────う、うあああああぁ!!!」
その時の僕は、思考ではなく本能で体が動き、落ちていた脇差しを手に取り鞘から引き抜いた。口から出た絶叫が恐怖からなのか、火事場の馬鹿力を出す際の気合なのか、自分でも分からない。ただ、絶叫と共に脇差しを引き抜いた瞬間、今まで見たことも聞いた事もない光景が脳裏を駆け巡った。
この世界ではあり得ない建物や施設、設備の数々。それが僕の前世の記憶なのだということは、半ば本能的な判断力で気が付いた。それと同時に、前世でしていた娯楽の一つである漫画の内容を思い出した事で、自分が何者なのかも自覚した──。
「グギャアァッ!!?」
──が、それよりもまずはこの状況を切り抜けなければいけない。自分の体の赴くままに脇差しを振るい、一番最初に飛び掛かってきた狼の首を深く切り裂く。
痛みに叫び、血を吹き出しながら倒れた狼はそのまま灰に還る。
「……あはっ、次はどのモンスターさんにしましょうか……?」
吹き出す血が頬に付くのを感じながらも笑っている僕は、いかに前世の記憶を思い出したとしても、常人とは違うのだろう。
そんな事を考えながら、僕は一体減って五体になったモンスター達がいる方を見据える。
「──グゥゥゥ……。グガァァアァッ!」
自分と同じモンスターを殺した僕に警戒していたモンスター達だったが、子供の僕を前に逃げ出す事はしなかった。
「掛かって来てくれるなら手間が省けて助かります。あまり長く戦っていると、他のモンスターも来てしまうので、手短に──」
今度は一斉に襲い掛かってくるモンスター。そんな状況を前にしても僕は笑みを絶やさず、両足に力を込めて踏み込んで行く。
今の僕では常人の目には映らない程、とまでは当然いかないけど、ここにいるモンスターは最底辺の強さ。今の僕の速さでも充分に通用する。
一体目は頭を割って二体目は喉を割き、残り三体の後ろに回り込む。しかし、ちゃんとモンスターの爪を回避出来ていなかったようで腕に傷が出来るけど、腕が震えなくなる程ではない。
「─ガッ!!」
「───グァ!!」
「────っ!」
それから、僕の動きをちゃんと認識していたようで三体共振り向いてくるが、その間にもう一体の背中を切り捨てる。
「──ギィッ!!」
「……残り二体…」
三体目を倒した僕は残りのモンスターを確認する。ここまでくると流石に僕の事を警戒し始めたようで、やたらと突進することをせずに、ジリジリと距離を測っている。
「…時間をかけるつもりはないので──、こちらから行きますね!!」
「──ッ!キシャアッ!!」
「グオォ!!」
正面から近づいた僕に反応したモンスターが、噛み付いてくるのをヒラリと右に回避し、脇差しで斬り殺す。しかし、それが失敗だと悟ったのはモンスターを切り裂いた後。もう一体に背中を晒してしまった。
「───っ!痛ッ!?」
その隙は致命的で、背中を引っ掻かれて裂傷を刻まれる。その勢いで前方に数歩、たたらを踏んでしまうがあえて前に転んで追撃を回避する。
これは、今まで戦闘経験の皆無だったからこその失敗。今後の課題だと思いながら、最後の一体と対峙する。
「──!」
先に駆け出したモンスターが襲い掛かってくる。この戦いの間だけでも、何度も見た行動。理性の欠片もない闘争心と凶暴性からなるこの単調な攻撃なら、僕の今の状態でも回避が出来る。
今度は周りに何もいないので、気にする必要はない。左側を通り抜ける形でモンスターの攻撃を回避し、背後に回り込んで脇差しを右手に逆手で持つ。
「グウッ!」
そのまま脳天を串刺しにして、最後の一体を僕は殺した。脳天を一撃、断末魔は一瞬で絶命した。雷鳴が轟き豪雨の降る中、人生初めての命を賭けた戦いの余韻を呆然と立ち尽くしたまま、感じ取っていた。この時の僕が泣いていたのか笑っていたのか。頬を伝ったのは雨粒なのか涙なのか。それは今の僕には分からない。
今日、人生の転機を迎えた僕の名は─────瀬田 宗次郎。
───約十年後、極東の地。南街道大通り。
今現在、西から東へ続く南側の街道に、とある朝廷の要人を乗せた馬車が走っていた。
「御者、急いでくれ!取引に間に合わなくなるからな!!」
「はい!」
今、この要人が口にした取引とは、極東の裏社会を取り仕切るヤクザ者との違法取引だ。勿論、極東全土を取り仕切る政府機関である朝廷にバレれば即刻処刑ものの所業だ。
今までバレずにやれていたこの男はすっかり有頂天となり、更なる悪事に手を染めようと手を伸ばしていた。だからこそ、僅かに出てしまった尻尾を朝廷に掴まれてしまった。
「……見つけた」
だからこそ、十年が経って十六歳となった宗次郎が、街道沿いの高い所から、街道を走る馬車を見下ろしていた。極東は朝廷が統一しているものの、多数のファミリアが鎬を削る乱世の国。戦国の世には、殺しがありふれているのだ。その為、今の宗次郎は朝廷に雇われた直属の暗殺者として殺人剣を磨き上げ、今では【“天剣”の宗次郎】と極東全土で恐れられる程になっている。
そんな宗次郎が今回受けた殺しの依頼が、今馬車で街道を走っている男なのだ。
「──さて、標的は確認したし……追いかけようかなっ!」
標的がここを通ると事前に知らされていた宗次郎が予めここに陣取り、潜伏していたのだ。そして、目的の標的の確認を終えた今、後を追うために高台から飛び降りた。
「──三歩手前」
全力の縮地から三歩手前の速度で駆け出す宗次郎。馬車が通り過ぎた後から走り出したが、宗次郎は三歩手前の時点で馬車よりも優に速い。御者に気付かれずに接近し、馬車の右扉へと跳び乗った。
「ぐふふふ──。この取引に成功すれば、私の未来は──」
「あはは、これから
馬車の中では、でっぷり太った無能な悪役権力者そのものといった容貌の男が気持ちの悪い笑みで笑っている。何やらこれから良い事がある様な言い草だが、残念ながらその未来は訪れない。
宗次郎は爽やかに笑いながら扉を開け、その妄想には意味がないと親切に教えた。
「──!何もごっ!」
「おっと危ない」
話し掛けられた男はそこで初めて宗次郎に気付き、何者だ!?──と叫ぼうとしたが、手で抑えられて声が出せなかった。
「朝廷の要人さん達からの伝言です。今までは上手くやっていたが、それもここまでだ…!ここで闇に死ね!だそうです。──それでは」
馬車内での暗殺で刀は邪魔になる。故に、腰に履いた二本の刀ではなく、懐から取り出した短刀を突き付けて伝言を伝える。その後心臓を短刀で一突きし、声を上げることも出来ずに男はこの世を去った。
「ふぅ──、これで極東での最後の任務もこれで終了…!報告に行こうかな」
これで一仕事終えた宗次郎は一息つき、懐の斬奸状を死体の上に放った。そして再び扉を開けて外に飛び出し、気付かれない内に走り去っていくのだった。
後に御者が殺されていることに気付き、大騒ぎとなるのだが、斬奸状を見つける事で宗次郎の仕業だと判明する。だが、その時は既に遅く、宗次郎は極東の地を後にしていたのだった。
「───お久しぶりです!タケミカヅチさん」
「あぁ、久しぶりだな。宗次郎」
暗殺者としての仕事を終えた宗次郎は、その足で依頼達成の報告を朝廷の総本山へと赴いた。それから、報告と報酬の受け取りを済ませ、次に足を運んだのが武神タケミカヅチのいる社であった。
宗次郎は、この世界では一般的な神の恩恵を受けずに戦っている。だからこそ、縮地と剣術を短期間の間だが見てもらった事がある。それ以来交流をもっていた為、最後の挨拶に来たのだ。
「久々に、技を見てもらえませんか?」
「………いいだろう。だが、もう今の俺では君の剣は受けられないからな。あそこの巻藁を使ってくれ」
「はい」
剣の申し子と武神の挨拶に剣なくしては、成り立たない。少なくとも二人はそれで通じているが、一般人な身体能力のタケミカヅチが宗次郎の縮地と剣に対応は出来ない。
よって、タケミカヅチは巻藁にやってくれと言ったのだ。
「───では、いきます!」
両腕をダラリと下げた自然体の状態から、上段に刀を振り上げ、正面に振り降ろして巻藁を真っ二つにする。
「纏飯綱──!!」
繰り出した技は、石動雷十太の使う飯綱系の技。本来なら、型に縛られない事が宗次郎の特徴の一つで、無闇矢鱈に型を増やすのは得策ではない。だが、纏飯綱と飛び飯綱は、接近戦の威力向上と中遠距離への攻撃という手数の増加。それを目当てに宗次郎は修得していた。
その他にも、飛天御剣流の二段抜刀術である双龍閃や雷、九頭龍閃を修得しており、それらの全てをタケミカヅチに魅せた。
「凄まじい剣技と縮地だな……。その二つだけなら最早、人類の限界に近いやもしれん……!!」
宗次郎が一頻りの技を見せ、巻藁の切断面に指を這わせながら驚愕と感心をするタケミカヅチ。弱冠十六歳の青年が、既に武神を唸らせる領域にまで達している事実。その事に、タケミカヅチは驚愕と感心を隠せなかったのだ。
「それに……お前の奥義も益々研ぎ澄まされているな」
そう言ってタケミカヅチが視線を向けた先にある巻藁は、一見そのまま何もないように見える。しかし、タケミカヅチが近づいて巻藁の上を持ち上げると、半分から上が持ち上がる。──そう、上下で真っ二つになっているのだ。宗次郎の奥義によって、寸分もズレることなく切断されていたのだ。
「今日はすまんな、宗次郎。命達は丁度春姫の所に遊びに行っていてな」
「いいですよ。タケミカヅチさんの方からよろしく伝えといてくれれば」
磨き上げた剣技を全て見せた後、二人は縁側に腰を掛け、宗次郎が買ってきた和菓子を摘みながら会話をする。よく話をしていた社に住む子供達は留守にしていたようだ。皆にも挨拶と土産を持ってきていたのだが、タケミカヅチから渡して伝えてくれればいいと言う宗次郎。
「殺しはやめるのか?」
「人斬りは人斬りですよ、タケミカヅチさん。僕はその運命から逃げたりはしない」
そして話を終えた宗次郎が立ち去ろうと立ち上がった時、タケミカヅチから直球で尋ねられたのはこれからの事。タケミカヅチのみが、宗次郎が殺しをしている事を知っており、どうにかやめさせられないかと心優しいタケミカヅチは常から思っていたが故の問い。
しかし、宗次郎の在り方は既に強固に定まっており、答えは変わらない。今も腰にある二振りの名刀──菊一文字則宗と長曾禰虎徹を撫でながら、迷いなく答えた。
「………そうか。ならば俺からはもう何も言わん!達者でな」
「ええ、皆さんも。──それでは」
その迷いない答えに、説得を諦めたタケミカヅチは最後に別れの挨拶を一言。それに同じく一言返した宗次郎が右足を一定間隔で突き、一瞬で社を去っていった。
こうして知り合いへの挨拶も済ませた宗次郎は、そのままの足で極東の地から立ち去ったのだった。