機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第1話 世界の違う空

第1話 世界の違う空

宇宙世紀0093年3月12日――地球衛星軌道・アクシズ周辺

宇宙が、緑色の光に染まっていた。

地球へ落下を続ける巨大質量――アクシズ。

その表面へ、連邦軍のモビルスーツが次々と取り付いていく。

ジェガン。

ジムIII。

そして、本来なら敵であるはずのネオ・ジオンの機体まで。

レイナス・レノアークは、その光景をコクピットから見つめていた。

誰かに命令されたわけではない。

あれを落としてはいけない。

ただそれだけの理由で、それまで殺し合っていた者たちが同じ方向へ機体を押している。

だが――。

「……それで押し返せるような質量じゃないだろ」

モビルスーツが何十機集まろうと、アクシズとの質量差は比較にすらならない。

本来なら。

レイナスは視線を中心へ向けた。

νガンダム。

そこから発生した緑色の光が、アクシズを包み込んでいる。

サイコフレーム。

人間の意思に反応する特殊素材。

存在も性質も知っている。

だが、目の前で起きている現象は、そんな説明だけで片づけられるものではなかった。

アクシズの軌道が変わり始めている。

「……本当に動かしてるのか」

自機の計器へ視線を落とす。

警告表示がいくつも並んでいた。

機体は既に満身創痍。

推進剤にも余裕はない。

通信からは退避を促す声が飛び交っている。

ここから離脱するなら今しかない。

レイナスは眼下に広がる地球を見た。

百年以上。

ずいぶん長く生きた。

一つの世界だけを歩いてきたわけでもない。

そのたびに戦争を見た。

国家が争い、思想がぶつかり、人間が人間を殺す。

嫌になるほど見慣れた。

それでも――。

地球そのものを諦めることにまで慣れた覚えはない。

「……まあ、そうなるか」

操縦桿を倒した。

機体がアクシズへ向かう。

『レイナス! 離れろ!』

ノイズ混じりの通信が飛び込んできた。

誰の声かまでは判別できない。

「悪い。もう少しだけ付き合う」

スロットルを押し込む。

その瞬間だった。

νガンダムを中心に広がっていた緑色の光が、一気に膨れ上がった。

「――っ!」

モニターが白く染まる。

レーダーが沈黙する。

通信が途切れた。

センサー。

姿勢制御。

航法装置。

次々と異常表示が点灯する。

だが、レイナスの意識は計器ではなく、自分の周囲へ向いていた。

「この感覚……」

知っている。

まったく同じではない。

だが、似ている。

空間が歪む。

自分と世界との繋がりそのものが薄れていくような感覚。

過去にも何度か経験していた。

レイナスは反射的に《アニマ》を全身へ巡らせた。

生命と精神を源として生まれ、意思によって形を変える力。

肉体を強化し、外部へ放出し、時には物理的な現象として顕現させる。

長い年月をかけてレイナスが磨き上げてきた力だった。

淡い光が身体を包む。

だが、周囲で起きている現象は止まらない。

アクシズが消える。

地球が消える。

モビルスーツの反応も失われていく。

白。

緑。

青。

いくつもの光が混ざり合い、視界を埋め尽くした。

「……このタイミングでか」

世界移動。

あるいは、それに類する現象。

経験があるからこそ分かる。

そして経験があるからといって、自分の意思で止められるわけでもない。

「せめて、あっちがどうなったかくらい確認させてほしいんだけどな」

返事などあるはずもない。

視界が完全に白く染まり――。

意識が途切れた。

          ◇

西暦2307年――地球

風が頬を撫でた。

草の匂い。

鳥の声。

遠くから聞こえる車両の走行音。

レイナスはゆっくりと目を開いた。

青空が広がっている。

数秒、そのまま眺める。

そして小さく息を吐いた。

「……やっぱりか」

身体を起こす。

草地だった。

少し離れたところに舗装道路。

その向こうには建物も見える。

重力。

大気。

気温。

どれにも大きな違和感はない。

「地球……だとは思うけどな」

立ち上がる。

身体を確認する。

怪我はない。

衣服もそのまま。

最低限の所持品も残っている。

ただし――。

周囲を見渡す。

「機体までは来なかったか」

モビルスーツはない。

残骸すら見当たらない。

レイナスは目を閉じた。

《アニマ》をわずかに外へ広げる。

攻撃でも身体強化でもない。

周囲に存在する生命を捉えるための、ごく小さな操作。

遠くに複数の人間。

小動物。

道路上を高速で移動する車両。

大きな敵意は感じない。

少なくとも戦場へ放り込まれたわけではないらしい。

「それなら、まだマシか」

服についた草を払う。

世界を越えること自体は初めてではない。

ならば、やることも分かっている。

現在地。

年代。

文明。

政治情勢。

歴史。

元いた世界との相違点。

まずは情報を集める。

帰還方法を考えるのは、それからだ。

「人里は……あっちか」

レイナスは道路へ向かって歩き始めた。

          ◇

最初に見た自動車で、早くも違和感を覚えた。

知らない車種。

二台目も。

三台目も。

道路標識を見る。

文字は読める。

言語が通じるのはありがたい。

世界によっては、情報収集以前にそこから始めなければならないこともある。

市街地へ入る。

レイナスは歩きながら周囲を観察した。

建築物。

広告。

通信端末。

服装。

道路設備。

車両。

一つ一つを見る。

未来へ来ただけ――という感じではない。

技術水準の問題ではなかった。

発展してきた方向そのものが違う。

「……宇宙世紀じゃないな」

公共端末らしきものを見つけた。

他人が操作している様子を少し眺めてから、自分でも触れてみる。

最初に確認したのは日付。

西暦2307年。

「西暦……2307年」

その数字を頭へ入れる。

次に歴史。

国家。

宇宙開発。

過去の戦争。

エネルギー政策。

一つの情報源だけでは判断しない。

複数の資料を照合していく。

ユニオン。

人類革新連盟。

AEU。

三基の軌道エレベーター。

太陽光発電システム。

化石燃料の枯渇。

調べれば調べるほど、自分の知る歴史から離れていく。

一年戦争は存在しない。

ジオン公国もない。

地球連邦もない。

宇宙移民の歴史も異なる。

ミノフスキー粒子という言葉すら見つからない。

しばらく調べたところで、レイナスは端末から手を離した。

「……今回も、かなり違うな」

驚きより確認に近かった。

元の世界と似た歴史を辿る世界もあれば、途中から大きく枝分かれした世界もある。

最初からほとんど別物と言っていい世界もあった。

今回はかなり後者に近い。

「それでも地球なのは助かるけどな」

宇宙のどこかへ放り出されるよりは、ずっといい。

呼吸できる。

水がある。

食料がある。

人間社会が成立している。

問題は帰還方法だが、アクシズ周辺で起きた現象をこちら側からすぐ再現できるとも思えない。

「しばらくは、こっちで生活するしかないか」

そこで現実的な問題に気づいた。

財布を取り出す。

中を見る。

宇宙世紀で使っていた通貨。

カード。

身分証。

個人端末。

どれも、この世界では意味を持たない。

レイナスは数秒黙った。

財布を閉じる。

「……そこからか」

世界を越えた直後でも、腹は減る。

寝る場所も必要になる。

生活には金がいる。

その辺りだけは、どこの世界でも妙に変わらない。

          ◇

情報収集を続けている途中。

一つの単語が目に入った。

モビルスーツ。

レイナスの指が止まった。

「あるのか」

すぐに資料を開く。

最初に表示されたのは、細身の機体だった。

ユニオンフラッグ。

航空機から発展したことが分かる設計。

可変機構。

高速戦闘を意識した機体構造。

詳細資料へ移る。

重量。

推進系。

武装。

運用思想。

「へえ……」

先ほどまで歴史資料を読んでいたときより、明らかに集中している。

宇宙世紀のMSとは技術体系が違う。

それが面白かった。

次に表示する。

AEUイナクト。

「フラッグに近いな」

さらに。

ティエレン。

こちらは方向性がまるで違う。

重装甲。

堅牢性。

兵器としての実用性を前面に出した設計。

「これはこれで嫌いじゃない」

いくつか資料を見たあと、再びフラッグへ戻る。

可変機構を拡大する。

構造を眺める。

「……一度乗ってみたいな」

自然に口から出た。

直後、自分の状況を思い出す。

この世界では身元不明。

金もない。

軍との接点もない。

目の前の機体はユニオンの軍用MS。

「まあ……機会があれば、だな」

今すぐどうこうする話ではない。

画面を閉じる。

それより先に解決すべき問題があった。

腹が減っている。

          ◇

飲食店の前。

店頭に料理の写真が並んでいる。

レイナスは足を止めた。

美味そうだった。

財布を開く。

使えない通貨。

店を見る。

もう一度財布を見る。

「…………」

少し考える。

「無理だな」

当たり前だった。

無銭飲食という選択肢はない。

盗むのも同じ。

となれば。

「働くしかないか」

百年以上生きても。

《アニマ》を使えても。

モビルスーツと戦える力があっても。

世界を越えても。

腹は減る。

生活費も必要になる。

妙なところだけは平等だった。

          ◇

数日後――市街地・倉庫区画

「おい、それ一人で持つな!」

声を掛けられ、レイナスは足を止めた。

大型の資材を抱えている。

「これ?」

「二人で運ぶやつだ。腰やるぞ」

言われて手元を見る。

「ああ……そうか」

《アニマ》は使っていない。

それでも、レイナス自身の身体能力は普通の人間とは大きく違う。

自分にとって軽いからといって、周囲も同じ感覚ではない。

「悪い。次から気をつける」

作業員が反対側を持つ。

今度は相手に合わせて歩いた。

数日かけて、日雇いの仕事を見つけていた。

荷運び。

倉庫作業。

機械整備の補助。

身分確認が比較的緩く、その日のうちに報酬を受け取れる仕事。

長期間続けるには問題がある。

それでも当面の食費と宿代は確保できる。

休憩時間。

一緒に働いていた男から飲み物を渡された。

「ほら」

「ありがとう」

受け取って口をつける。

「兄ちゃん、どこから来たんだ?」

レイナスは一拍置いた。

正直に答えれば、説明だけで日が暮れる。

「かなり遠く」

「外国か?」

レイナスは少し笑った。

「まあ、似たようなものだよ」

嘘ではない。

外国どころではないだけだった。

          ◇

同日夜――安宿

狭い部屋だった。

ベッド。

机。

小さな浴室。

最低限しかないが、一人で過ごすには十分だった。

レイナスは買ってきた食事を机へ置き、テレビをつけた。

ニュースが流れる。

各地の紛争。

民族対立。

宗教問題。

エネルギーを巡る争い。

三大国家群の政治的駆け引き。

数日調べただけでも、この世界が決して平和ではないことは分かっていた。

「世界が変わっても、そこは同じか」

食事を口へ運ぶ。

ニュースが切り替わった。

AEUによる新型モビルスーツの公開演習。

画面に現れた機体を見て、少し姿勢を正す。

「イナクトか」

資料では既に見ている。

実際の動きを確認するのは初めてだった。

最新鋭機。

その性能を示すための公開演習。

レイナスは食事を続けながら画面を見る。

イナクトが動く。

そのときだった。

上空から、一機のモビルスーツが降下してきた。

レイナスの手が止まった。

白。

青。

赤。

額から伸びた二本のアンテナ。

「…………」

知らない。

この世界へ来てから調べた、どのMSとも違う。

そして当然、自分の知る宇宙世紀の機体でもない。

だが。

見た瞬間。

頭に浮かんだ名前があった。

「……ガンダム?」

自分でも少し可笑しくなった。

形が似ている。

それだけだ。

歴史が違う。

技術体系も違う。

この世界に、自分の知るガンダムが存在する理由などない。

それでも。

そう呼ぶのが妙にしっくりくる。

白いMSがイナクトと交戦した。

レイナスの表情から、わずかな笑みが消える。

真剣な目で戦闘を見る。

「速いな」

それだけではない。

出力。

反応。

装甲。

武装。

明らかに既存MSとは技術水準が違う。

イナクトが圧倒される。

さらに気になるものがあった。

白い機体の周囲へ放出されている、淡い緑色の粒子。

「何だ、あれ」

知らない。

ミノフスキー粒子ではない。

そして――。

レイナスは画面へ少し身を寄せた。

「《アニマ》でもないな」

当然だ。

《アニマ》は機械の動力として扱うようなものではない。

少なくとも、レイナスが知る限りでは。

まったく未知の技術だった。

「……面白いものを使ってるな」

映像が切り替わる。

別の地域。

そこにも、既存の軍用MSとは明らかに異なる機体が現れていた。

一機ではない。

複数存在する。

やがて映像の上に速報が重なる。

そして――。

声明が始まった。

私設武装組織。

ソレスタルビーイング。

彼らは自らの保有するモビルスーツを――。

ガンダム。

そう呼んだ。

レイナスは、その言葉を聞いた瞬間だけ僅かに眉を上げた。

画面を見る。

先ほど自分が何となくそう呼んだ機体。

本当に同じ名前だった。

「……本当にガンダムなのか」

偶然。

そう考えるのが自然だ。

この世界と宇宙世紀の間に技術的な繋がりがあるとは思えない。

それでも奇妙な感覚が残る。

声明は続いていた。

あらゆる戦争行為に対する武力介入。

目的は――戦争の根絶。

レイナスは最後まで黙って聞いた。

声明が終わってから、椅子へ深く腰を預ける。

「武力で戦争をなくす、か」

ずいぶん矛盾した方法だった。

だが、それを外から指摘するのは簡単だ。

こんな声明を世界へ向けて発表すればどうなるか。

各国から敵視される。

テロリストと呼ばれる。

いずれ世界中の軍隊を相手にすることになる。

その程度のことを考えていないはずがない。

「分かってて始めたんだろうな」

食事へ手を伸ばす。

まだ肯定も否定もしない。

判断材料が少なすぎる。

理想だけを掲げた集団なのか。

何か別の目的があるのか。

本当に世界中の戦争へ介入するつもりなのか。

何も分からない。

ただ――。

興味は湧いた。

レイナスは再びテレビを見る。

先ほどの白いガンダムが映っている。

個別の機体名は報じられていない。

パイロットも不明。

所属がソレスタルビーイングであること以外、ほとんど何も分からない。

「ソレスタルビーイング……ね」

その名を覚える。

すぐに接触しようとは思わなかった。

今の自分は、この世界について知らなさすぎる。

まず生活基盤。

次に情報。

それから判断すればいい。

急ぐ理由はない。

「……しばらく見せてもらうか」

レイナスは食事を再開した。

画面の中には、名も知らない一機のガンダム。

違う世界。

違う歴史。

違う技術。

それでもまた、その名前と出会った。

西暦2307年。

レイナス・レノアークとソレスタルビーイング。

この時点では、まだ互いの存在すら知らない。

二つの道は、まだ交わっていなかった。

 

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