第102話 アニュー・リターナー
プトレマイオス2・ブリッジ
「月の裏側……」
アニュー・リターナーは、メインモニターに表示された宇宙図を見つめていた。
地上から宇宙へ伸びる通信経路。
途中で消失する記録。
閉鎖されたはずの月面施設。
その後も続いていた物資輸送。
まだヴェーダの所在が確定したわけではない。
それでも、バラバラだった情報は少しずつ一つの方向へ集まり始めていた。
「アニュー?」
「……え?」
隣から呼ばれ、アニューは顔を上げた。
クリスティナがこちらを見ている。
「どうしたの? さっきからぼーっとしてるけど」
「あ……すみません。少し考え事を」
「疲れてるなら休んだ方が――」
その途中だった。
頭の奥に。
何かが触れた。
『――アニュー』
「……っ」
視界が揺れた。
アニューがコンソールへ手をつく。
「アニュー?」
今度はフェルトも振り向く。
「大丈夫?」
「ええ……少し、頭が……」
額へ手を当てる。
頭痛。
それだけではない。
誰かがいる。
自分の頭の中に。
『ようやく見つけたよ』
「……!」
知らないはずの声。
なのに。
聞いた瞬間、名前が浮かんだ。
『君の役目を果たす時だ』
「……リボンズ……」
自分の口から漏れた名前に、アニュー自身が目を見開いた。
フェルトの表情が変わる。
「今、リボンズって……?」
「違……私は……」
何故知っている。
何故、名前が分かる。
『こちらへ戻るんだ、アニュー』
「やめて……」
『君は僕たちの同類だ』
「私は……」
頭痛が強くなる。
視界が白く染まった。
「アニュー!」
クリスティナの声が遠ざかる。
そして。
アニューの瞳から感情が消えた。
◇
同時刻――格納庫
「右側のフレームをここまで変えるなら、推進系の配置も見直した方が――」
アルティオールの設計画面を見ていたレイナスが、不意に口を閉じた。
イアンが振り向く。
「どうした?」
「……何だ、今の」
胸の奥に残る違和感。
敵意ではない。
《アニマ》で感じる生命反応とも違う。
それでも覚えがあった。
ルイスを治療した時。
彼女の身体と意識へ、外側から何かが食い込んでいるような、あの感覚。
「レイナス?」
「悪い。ちょっと外す」
「どこへ行く?」
「分からない」
「は?」
レイナスは手にしていた端末をイアンへ渡した。
「分からないから確認してくる」
「お前な――」
「こういう嫌な予感を放置すると、後になって余計な仕事が増えるんだよ。経験上、先に見た方が傷は浅い」
格納庫を出ようとした瞬間。
艦内警報が鳴った。
『ブリッジで異常事態発生! 医療班は――』
レイナスの表情が変わった。
「……予想より納期が早かったな」
「何の話だ?」
「面倒事」
走り出す。
そこから先に、軽口はなかった。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「動かないで!」
クリスティナの声が響いた。
アニューはフェルトを拘束していた。
その手には拳銃。
銃口はフェルトへ向けられている。
スメラギは艦長席の前で動きを止めていた。
リヒティもコンソールから立てない。
「アニュー」
スメラギが静かに呼ぶ。
「何をしているの?」
「……月面施設の座標データを渡してください」
声には抑揚がなかった。
「何に使うの?」
「あなたが知る必要はありません」
「誰の指示?」
一瞬。
アニューの唇が止まる。
「リボンズ・アルマーク」
ブリッジの空気が変わった。
「アニュー……あなた……」
クリスティナの声が震える。
「私は――」
アニューの表情が僅かに歪んだ。
「私は……イノベイター……」
頭を押さえる。
「違う……私は……」
『アニュー』
再び声が響く。
その瞬間、瞳から迷いが消えた。
「座標データを渡してください」
フェルトへ向けた銃口が動く。
そこへ。
ブリッジの扉が開いた。
「随分まずいところまで進んでるな」
レイナスだった。
アニューが振り向く。
銃口も動く。
「来ないでください」
「了解」
レイナスはその場で止まった。
両手を見える位置へ上げる。
「ここから動かない」
「レイナス」
スメラギが呼ぶ。
「状況は見れば分かる。説明は後で頼む」
視線をアニューへ向ける。
「一つだけ聞かせてくれ」
「……」
「今やってることは、お前がやりたいことか?」
アニューの眉が僅かに動いた。
「私の……任務です」
「任務の話はしてない」
レイナスの声は静かだった。
「命令を受けたからやってるのか、自分で選んでやってるのか。そこを聞いてる」
「同じことです」
「違うだろ」
アニューの手が震える。
「仕事だから仕方なくやるのと、自分で納得してやるのじゃ、後に残るものが全然違う」
「黙って……」
「アニュー」
「黙ってください!」
銃口がフェルトから外れた。
レイナスへ向く。
銃声。
乾いた音がブリッジに響いた。
弾丸はレイナスの横を抜け、背後の壁へ突き刺さった。
レイナスは動かなかった。
アニュー自身が、撃った先を見ている。
「……外したな」
「違う……」
「この距離だ。外したんじゃないだろ」
「違う!」
「撃ちたくなかったんじゃないのか?」
アニューの瞳が大きく揺れる。
「私はイノベイターです!」
「そうらしいな」
「あなたたちを監視するために送り込まれた!」
「それを最初から知ってたのか?」
アニューが止まった。
「……え?」
「この艦へ来る前から、自分がイノベイターだと知ってたのか?」
「私は……」
記憶が蘇る。
ソレスタルビーイングへ来た時。
仕事を任された時。
クリスティナと話した時。
フェルトと働いた時。
そして。
ライルと過ごした時間。
そのどこにも、自分がスパイだという自覚はなかった。
「……知らなかった」
か細い声だった。
「だったら、ここで笑ったり悩んだりしたことまで、誰かに命令されてたわけじゃないだろ」
「でも……!」
「後から出てきた事情一つで、それまでの時間を全部偽物にする必要はない」
「私は――!」
頭の奥で声が膨れ上がる。
『もういい』
「っ――!」
激痛。
アニューが膝をついた。
銃が床へ落ちる。
「アニュー!」
レイナスが駆け出した。
「来ないで……!」
「悪い。今は聞けない」
倒れかけた身体を支える。
その瞬間。
確信した。
いる。
アニュー本人とは別の何かが。
外側から意識へ干渉している。
「……また他人の頭に勝手な配線か」
淡い光がレイナスの手から広がった。
《アニマ》。
「レイナス!?」
スメラギが声を上げる。
「ルイスの時と似てる」
アニューの頭部へ意識を集中する。
「仕組みは違うみたいだけど、本人以外の何かが無理やり割り込んでる」
「頭の……中に……声が……!」
「聞こえてるなら、そいつに付き合う必要はない」
《アニマ》の光が強くなる。
「悪いが、勝手に引かれた回線は撤去させてもらうぞ」
◇
場所不明――リボンズの拠点
リボンズ・アルマークが目を開いた。
「……また君か」
傍らにいたヒリング・ケアが振り向く。
「どうしたの?」
「アニューとの接続が乱れている」
「覚醒させたんじゃなかったの?」
「そのはずだった」
リボンズは意識を集中する。
アニューは自分たちと同じ存在。
ヴェーダを介し。
脳量子波によって繋がる。
それなのに。
全く別の力が、外側から接続を押し返している。
「レイナス・レノアーク……」
ルイス・ハレヴィ。
そして今度はアニュー・リターナー。
また彼だった。
「本当に、僕の知らないことばかりしてくれる」
ヒリングが笑う。
「切られそう?」
「……ああ」
次の瞬間。
接続が途切れた。
リボンズはしばらく何も言わなかった。
怒りではない。
むしろ。
理解できないものへ向ける興味が、さらに深くなっていた。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「アニュー!」
扉が開き、ライルが飛び込んできた。
床に落ちた拳銃。
壁に残る弾痕。
座り込むアニュー。
その身体を支えるレイナス。
「アニュー!」
「ライル……」
アニューが顔を上げる。
瞳に感情が戻っていた。
ライルが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「私……」
声が震える。
「私、イノベイターだった」
ライルの表情が僅かに固まる。
「……ああ」
「知らなかった」
「聞いた」
「みんなに銃を向けた」
アニューが床の拳銃を見る。
「フェルトを人質にして……レイナスさんにも撃った」
「アニュー」
「私、ここにいたら――」
「待て」
ライルが遮った。
「一人で結論出すな」
アニューが顔を上げる。
「でも……!」
「お前、自分でやりたくてやったのか?」
「違う!」
即答だった。
「そんなこと、したくなかった……!」
ライルはその答えを聞き、ゆっくり息を吐いた。
「俺が聞きたかったのはそこだ」
「ライル……」
「ここに来たことも、俺たちと過ごしたことも全部演技だったのか?」
「違う」
「俺と話してた時も?」
「違う!」
「だったら俺が知ってるアニューまで消えたわけじゃない」
アニューの目から涙が落ちた。
「でも、また操られるかもしれない」
「その時は止める」
「簡単に言わないで!」
「簡単だなんて思ってねえよ」
ライルの声が低くなる。
「怖いに決まってるだろ」
アニューが黙る。
「お前が俺を撃つかもしれない。俺がお前を止めなきゃならなくなるかもしれない。そんなの考えたくもねえ」
一歩近づく。
「だからって、今ここでお前を一人にする理由にはならねえだろ」
「……」
ライルが手を差し出す。
「立てるか?」
アニューは、その手を見つめた。
迷いながら。
震える手を伸ばす。
ライルがしっかり掴んだ。
◇
プトレマイオス2・医務区画
検査結果が表示される。
ティエリアは何度かデータを確認してから口を開いた。
「身体的な異常は見当たらない」
ベッドにはアニュー。
その横にライル。
スメラギとレイナスもいる。
「ただし、アニューが僕たちと近い存在であることは間違いないだろう」
「イノベイター……」
アニューが呟く。
「少なくとも、リボンズたちはそう呼んでいる」
ティエリアは淡々と答えた。
「ティエリアも……?」
「ああ」
ティエリアは躊躇しなかった。
「僕にもヴェーダとのリンク能力がある。君と僕の構造が完全に同一かまでは分からないが、共通する部分は多いはずだ」
アニューは自分の手を見る。
「私、何なんでしょう」
誰もすぐには答えなかった。
ティエリアが静かに口を開く。
「僕も、それを考えたことがある」
アニューが顔を上げる。
「自分が何のために生み出されたのか。与えられた役割から外れた時、自分には何が残るのか」
「答えは出たんですか?」
「今も考えている」
ティエリアは正面からアニューを見る。
「だが、リボンズに答えを決めてもらうつもりはない」
アニューは、その言葉をしばらく黙って受け止めた。
スメラギがレイナスを見る。
「リボンズとの接続は?」
「今は感じない」
答えたのはアニューだった。
「さっきまで頭の中に誰かがいるみたいだったのに……今は静かです」
レイナスが壁へ背を預ける。
「俺がやったのは、外から入ってきてた干渉を押し返しただけだ。向こうの仕組みまで理解したわけじゃない」
「完全に切れたかは分からない?」
「保証はできないな」
レイナスはアニューを見る。
「一回直したから永久保証です、なんて言えるほど仕組みが分かってない。ティエリアとデータを詰めて、再発するなら兆候を先に拾えるようにしたい」
「僕も協力する」
ティエリアが頷く。
「僕自身のリンクとの違いを調べれば、対策を構築できる可能性がある」
アニューが躊躇いながら口を開く。
「……私を、このまま艦に置くんですか?」
スメラギは少し考えた。
「監視は付けるわ」
ライルが反応しかける。
だが、スメラギが先に続けた。
「あなたを敵だと決めつけているからじゃない。再びリボンズから干渉された時、あなた自身を守るためでもある」
アニューは黙って聞く。
「しばらくブリッジの重要システムへのアクセス権も制限する。単独行動も避けてもらう」
「……はい」
「今日起きたことも全部調べる。何もなかったことにはできないわ」
「分かっています」
スメラギはアニューを真っ直ぐ見る。
「その上で聞かせて。あなたは、これからどうしたい?」
アニューはすぐには答えなかった。
ライルを見る。
ティエリアを見る。
レイナスを見る。
そしてスメラギへ戻る。
「……ここにいたいです」
小さな声。
しかし、はっきりしていた。
「今度は、自分で選んで」
スメラギはその答えを聞き、静かに頷いた。
「分かったわ。まずは身体を休めて」
◇
プトレマイオス2・展望区画
検査を終えた後。
アニューは一人、窓の外を見ていた。
「隣、いいか?」
振り向かなくても分かった。
「……どうぞ」
ライルが隣へ立つ。
しばらく。
二人とも何も話さなかった。
「怖い」
やがてアニューが言った。
「自分の中に、自分の知らないものがあった」
ライルは黙って聞いている。
「今日までの記憶も、考えたことも、好きになったものも……どこからが私で、どこからが最初から仕組まれていたものなのか分からない」
「じゃあ」
ライルが窓へ背を預ける。
「一個ずつ確かめるか」
「え?」
「今、何食いたい?」
「……何ですか、急に」
「何でもいい」
「そんなこと……」
アニューは困ったように考える。
「甘いもの」
「一個目」
「それで何が分かるんですか?」
「知らねえよ」
「もう……」
思わず笑ってしまった。
ライルも笑う。
「今のは?」
「え?」
「今笑ったのも、リボンズに命令されたか?」
アニューの笑みが止まる。
「……違います」
「じゃあ一個増えた」
アニューはライルを見つめた。
「乱暴ですね」
「細かい話はティエリアに任せる。俺まで難しい顔してたら疲れるだろ」
「ライルらしいです」
「それも覚えてたか」
「当たり前です」
また自然に笑えた。
少しだけ沈黙が続く。
「ライル」
「ん?」
「私がここにいたいって言ったのは……」
アニューの指が僅かに動く。
「ソレスタルビーイングだから、だけじゃないんです」
ライルは何も言わず待った。
「あなたがいるから」
今度は目を逸らさなかった。
「私、あなたが好きです」
ライルの目が僅かに見開かれる。
「……参ったな」
「迷惑でした?」
「逆だよ」
ライルが苦笑する。
「先に言われた」
「え?」
「俺から言おうと思ってたんだよ」
アニューが瞬く。
ライルが彼女へ向き直った。
「俺も好きだ、アニュー」
「……」
「お前が何者として作られたかなんて、俺には変えられねえ」
ライルの手が伸びる。
アニューの手を取った。
「でも、これからお前とどうしたいかは俺が決められる」
アニューの指が、ライルの指へ絡む。
「……私も、自分で決めます」
二人はしばらく。
手を繋いだまま、窓の外を見ていた。
◇
プトレマイオス2・ブリーフィングルーム
「アニュー本人は、ヴェーダの位置を知らない」
スメラギが確認する。
「少なくとも、本人の記憶を確認した範囲では」
ティエリアが答えた。
「リボンズの居場所も知らない。無意識下で情報を送っていた可能性はあるが、それを本人の記憶として取り出すことは難しいだろう」
月の裏側が表示される。
レイナスは腕を組み、画面を見ていた。
「都合よく住所を知ってました、とはいかなかったか」
「そんなに簡単なら苦労しないわよ」
スメラギが返す。
「だろうな」
レイナスは息を吐いた。
「ここまで地道に追ってきたんだ。最後だけ近道しようってのも虫が良すぎるか」
ティエリアがレイナスを見る。
「アニューへの干渉を解除したことで、リボンズはこちらが異常に気づいたと判断するだろう」
「ああ」
「月周辺の警戒も強化される可能性がある」
「仕事が一段増えたな」
レイナスは月面図を眺める。
「こっちが一つ進めば、向こうも仕様変更してくる。面倒な相手だよ、本当に」
「でも予定は変えないわ」
スメラギが表示を切り替える。
「月周辺の調査を続行する。偵察方法も詰めるわ」
「了解」
レイナスが立ち上がる。
「俺は?」
「待機」
「まだ?」
「まだ」
「……長いな」
「休める時に休みなさい」
「昨日から挑戦してるんだけど、どうにも上手くいかなくてね」
「休むのに挑戦が必要な時点でおかしいのよ」
「その指摘は何度か聞いたよ」
レイナスは扉へ向かう。
途中で足を止めた。
「スメラギ」
「何?」
「アニューの件」
振り返らずに言う。
「本人が知らないところで仕込んで、必要になったら勝手に起動する。随分と人を舐めたやり方だ」
声は静かだった。
「リボンズがヴェーダを使って世界そのものを同じように扱ってるなら――」
一拍。
「そろそろ管理者気取りを降りてもらわないとな」
そのままブリーフィングルームを出ていった。
◇
場所不明――リボンズの拠点
「アニューとのリンクは?」
ヒリングの問いに、リボンズは静かに目を開いた。
「戻らない」
「やっぱりレイナス?」
「ああ」
モニターにはアニュー・リターナーのデータが表示されている。
必要な時に覚醒させる。
ソレスタルビーイング内部から情報を得るための目として。
必要なら、そのままこちらへ帰還させる。
本来ならば。
そのはずだった。
だが、その経路は失われた。
「ルイス・ハレヴィに続いてアニューまで」
ヒリングが不満そうに腕を組む。
「本当に邪魔するね、あの人」
「そうだね」
リボンズの声は穏やかだった。
視線が別のモニターへ移る。
月周辺。
そこに、僅かな異常が生じている。
ソレスタルビーイングはヴェーダへ直接アクセスできない。
正確な位置も掴んでいない。
それでも。
探している。
世界中に残された古い記録。
ヴェーダの情報操作から外れた通信。
消し損ねた物流記録。
一つずつ拾い集め。
少しずつ。
月へ近づいている。
「思っていたより早い」
「何が?」
「彼らだよ」
リボンズが月を表示する。
「メメントモリを二基失った。アロウズへの疑念も広がり始めている。そして今度は、ヴェーダの所在まで探し始めた」
ヒリングの表情から笑みが薄れる。
「見つかると思う?」
「今すぐにはね」
リボンズは微笑む。
「でも、彼らは一度掴んだ糸を手放さない」
王留美。
絹江・クロスロード。
スメラギ・李・ノリエガ。
ティエリア・アーデ。
そして。
「レイナス・レノアーク」
その名だけを、ゆっくり口にする。
ルイスへの干渉を失わせ。
アニューとのリンクまで押し返した。
《アニマ》。
《オーバーライズ》。
どちらもヴェーダには存在しない。
さらに。
予測された性能を越え始めた00ライザー。
「観察を続けるつもりだったんだけどね」
「気が変わった?」
「彼らは少し、こちらへ近づきすぎた」
リボンズが表示を切り替える。
複数の人物と機体が映し出された。
リヴァイヴ・リバイバル。
ガデッサ。
ブリング・スタビティ。
ガラッゾ。
ヒリング・ケア。
そして。
もう一人。
「ディヴァイン」
呼びかけに応じ、一人のイノベイターが姿を現した。
ディヴァイン・ノヴァ。
「出番か」
「そうだよ」
その横に表示された機体を見て、ヒリングが僅かに笑う。
大型モビルアーマー。
エンプラス。
通常のモビルスーツとは明らかに異なる巨大な機体。
「エンプラスまで使うんだ?」
「実戦データも欲しかったところだからね」
リボンズは淡々と答える。
「ガデッサとガラッゾだけでは、前回00ライザーの性能を測り切れなかった」
画面に、00ライザーの量子化記録が再生される。
機体そのものがGN粒子へ溶けるように消失し。
別の位置へ再出現する。
「ツインドライヴは僕の予想以上の領域へ進み始めている」
次の映像。
メメントモリの砲撃を受け止めたアステリオン。
「そしてアステリオンは失われた」
ヒリングが笑う。
「じゃあ、レイナスは今弱くなってる?」
「それを確認する」
リボンズは表示を切り替えた。
GN-X III。
現在レイナスが使用している機体。
「彼自身の力が、機体にどこまで依存しているのか」
「生身で軌道エレベーターから降りてきた人だよ?」
「だからこそ興味深いんじゃないか」
リボンズの笑みが僅かに深くなる。
ディヴァインがエンプラスのデータを見る。
「目的は?」
「複数ある」
リボンズは指を一本立てた。
「ソレスタルビーイングがヴェーダへどこまで近づいているかを確認する」
二本目。
「00ライザーの現在の能力を測る」
三本目。
「レイナス・レノアークの戦力を再評価する」
そして。
最後。
「可能ならアニューを回収する」
ヒリングが首を傾げる。
「殺しちゃ駄目なの?」
「アニューはまだ利用価値がある」
「レイナスは?」
リボンズは少しだけ考えた。
「彼も可能なら生かしてほしい」
「捕まえるの?」
「できるならね」
ヒリングが笑った。
「難しそう」
「だからエンプラスを使う」
ディヴァインが口を開く。
「あれを試すのか」
「ああ」
リボンズの視線が、エンプラスの特殊装備へ移る。
GNフィールド。
そして。
敵機の動きを封じるための装備。
「彼らがどこまで抵抗できるのか、見せてもらおう」
◇
プトレマイオス2・格納庫
その頃。
レイナスはGN-X IIIのコクピットから降りていた。
「今日は乗らないんじゃなかったのか!」
下からイアンが怒鳴る。
「乗ってない。座ってただけだ」
「同じだ!」
「全然違うだろ。起動すらしてない」
「休めと言われたんじゃないのか!」
「だから休んでるって。操縦してないし、整備もしてない。ただ座って機体の状態を確認してただけだ」
「それを仕事と言うんだ!」
「……休暇の定義って厳しいな」
「お前が緩すぎるんだ!」
タラップを降りる。
視線の先では。
アルティオールのフレームが固定されていた。
まだ外装すら揃っていない。
アステリオンだった機体は、少しずつ新しいガンダムへ変わり始めている。
一方。
当面の相棒はGN-X III。
レイナスはその脚部装甲を軽く叩いた。
「代車生活も長くなってきたな」
「誰のせいだと思ってる」
「メメントモリ」
「お前の使い方もだ!」
「そっちもあるな」
「簡単に認めるな!」
レイナスは苦笑した。
「まあ、こいつも悪くないよ。量産機としては素直だし、扱いやすい」
「だから壊すなよ」
「今日は飛ばしてすらいないだろ」
「今日だけの話をしてるんじゃない!」
「先の話までまとめて怒られると、こっちも改善計画が立てづらいんだけどな」
「まず普通に使え!」
「善処するよ」
「その返事が一番信用できん!」
レイナスは肩を竦め、格納庫の出口へ向かう。
その途中。
一度だけ足を止めた。
「……?」
「今度は何だ?」
イアンが尋ねる。
レイナスは格納庫の天井を見る。
何かを感じたわけではない。
敵意も。
《アニマ》へ触れる気配もない。
ただ。
妙に静かだった。
「いや」
首を振る。
「今度こそ店じまいにするよ」
「最初からそうしろ」
「それができれば苦労しないさ」
片手を上げ。
格納庫を出ていく。
その背後には。
現在の乗機であるGN-X III。
そして。
未完成のガンダムアルティオール。
今のソレスタルビーイングは、次の戦いへ向けて戦力を整えている途中だった。
だが。
その完成を待つつもりは。
リボンズにはなかった。
宇宙の闇を。
複数のGN粒子反応が進んでいた。
ガデッサ。
ガラッゾ。
そして。
その中央を進む大型モビルアーマー。
エンプラス。
ディヴァイン・ノヴァが操るその機体は。
プトレマイオス2の航路へ向けて、静かに進路を変えた。