機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第104話 新しい翼

第104話 新しい翼

プトレマイオス2・食堂

戦闘が終わり、艦内には日常が戻っていた。

もっとも、以前とまったく同じではない。

人が増えた。

それぞれの関係も少しずつ変わっている。

そして何より――機体が増えすぎた。

「結局、ガデッサはどうするんですぅ?」

ミレイナの問いに、イアンの手が止まった。

「解析が終わるまでは置く」

「その後はレノアークさんが乗るんですか?」

「乗せん!」

食堂中に声が響いた。

少し離れた席で食事をしていたレイナスが、面倒そうに顔を上げる。

「……まだ何も言ってないだろ、俺」

「お前は言う前に分かる!」

「随分な信用だな」

「生体認証を解除できないか聞きに来たのは誰だ!」

「そりゃ聞くだろ。目の前に動かない新型が一機転がってるんだ。原因が分かってるなら、外せるか確認くらいするさ」

「その次に『外せたら動かせるんだよな?』と言った!」

レイナスは箸を止めた。

「……まあ、そこまで直したなら動作確認は必要だろ?」

「お前がする必要はない!」

「そこまで言うかね……」

「言う!」

クリスティナが吹き出した。

「完全に信用なくしてるじゃない」

「別に壊したことはないだろ、ガデッサは」

「奪ったけどね」

「敵が俺を連れて帰ろうとしたから、こっちも相手の足を借りようとしただけだよ。現場じゃよくある話だ」

「ないわよ!」

「そうか?」

フェルトは二人のやり取りを聞きながら、僅かに口元を緩めていた。

「でも、格納庫は本当に狭くなった」

「笑えないっすよ」

リヒティが肩を落とす。

「整備スペースまで削られてるんすから。機体を動かすたびに別の機体をずらしてるんすよ?」

「そこは悪いと思ってる」

レイナスは素直に認めた。

「解析の終わった機体から外部係留に回すなり、そろそろ置き場は考えた方がいいな」

「増やさなければ済む!」

イアンが即答する。

「それは今後の努力目標にしとくよ」

「目標じゃなくて守れ!」

          ◇

少し離れた席では。

沙慈とルイスが同じ皿を覗き込んでいた。

「沙慈、それ取って」

「これ?」

「そっちじゃなくて、その隣」

「あ、こっちか」

沙慈が皿を渡す。

「ありがとう」

ほんの短いやり取り。

それでも以前のようなぎこちなさは薄れていた。

昔へ戻ったわけではない。

戻る必要もない。

二人は、今の自分たちとして新しい距離を作り始めている。

その様子を。

ミレイナが見逃すはずもなかった。

「クロスロードさん」

「何?」

「本日のチェックですぅ」

「何の!?」

沙慈が反射的にテーブルの下を見る。

ルイスもつられて自分の手元を確認した。

今日は繋いでいない。

ミレイナの目が細くなる。

「……お二人とも、真っ先に手を見るんですね」

「ミレイナ!」

「クロスロードさん、分かりやすいですぅ」

「ルイスも見たじゃないか!」

「沙慈が見るからでしょ!」

「僕のせいなの!?」

「仲いいですぅ」

二人が同時に黙った。

顔を見合わせ。

先にルイスが笑う。

沙慈も遅れて苦笑した。

クリスティナが頬杖をつく。

「いい感じじゃない」

「クリスさんも人のことばかり言っていられないですぅ」

「何で私に来るの!?」

ミレイナの視線が。

ゆっくりリヒティへ移る。

「いや、そこで俺を見るのやめてもらえます?」

「リヒティ!」

「俺、何も言ってないっすよ!?」

「顔!」

「顔まで責任持てないっす!」

今度は食堂のあちこちから笑いが起きた。

          ◇

その騒ぎを少し離れた席から眺めていた絹江が、コーヒーを口へ運ぶ。

「前に乗った時より、随分賑やかになったわね」

「人数も増えたからな」

向かいのニールが答えた。

「それだけじゃないでしょ」

絹江の視線が食堂を巡る。

沙慈とルイス。

騒ぐクリスティナとリヒティ。

それを面白そうに見ているミレイナ。

静かに笑うフェルト。

少し離れた席では、アレルヤとマリーが自然に隣り合っている。

「前よりみんな、普通に笑うようになった気がする」

「……そうかもな」

「あなたもよ」

ニールが目を細める。

「俺?」

「前はもう少し、一人で抱え込んでた」

「昔の話だろ」

「そんなに昔でもないわよ」

「記者は細かいな」

「今さら?」

ニールが笑った。

「そいつは悪い変化じゃなさそうだ」

「ええ」

テーブルの下。

絹江の手がニールの手へ触れた。

ニールは何も言わず、その手を握る。

絹江も離さなかった。

その時。

「……」

二人が同時に横を見る。

少し離れた場所で。

ミレイナがこちらを見ていた。

「言うなよ?」

ニールが先手を打つ。

「まだ何も言ってないですぅ」

「目がもう喋ってる」

「ディランディさん、鋭いですぅ」

「その辺で勘弁してくれ」

絹江が小さく笑った。

          ◇

プトレマイオス2・通路

「見られましたね」

アニューが言った。

「何を?」

隣を歩くライルが聞き返す。

「食堂で。私たちのこと」

「ああ」

「気にしないんですか?」

「別に隠してるわけじゃねえだろ?」

「そうですけど……」

アニューは少し困ったように笑う。

「まだ慣れなくて」

「俺も慣れてるわけじゃねえよ」

「そう見えません」

「表に出ないだけだ」

「本当に?」

「疑うなよ」

二人は並んで歩く。

しばらくして。

アニューの指先が、ライルの手へ触れた。

ライルが横を見る。

今度は彼から手を握る。

アニューは僅かに頬を赤くしたが。

離さなかった。

「……こういうのも見つかったら、またチェックされますね」

「その時はその時だ」

「やっぱり気にしてないじゃないですか」

「今さら手を離す方が不自然だろ」

アニューは笑った。

「ライルらしいですね」

          ◇

プトレマイオス2・格納庫

大型モニターには、ガンダムアルティオールの最終設計が表示されていた。

レイナス。

イアン。

リンダ。

そしてグラハムが集まっている。

「――フレームの再構築はほぼ終わった」

イアンが説明する。

「残るのは最終調整と外装、各システムの統合だ」

レイナスは画面を拡大する。

アステリオンを修理しただけではない。

メメントモリの砲撃を受け、大破した機体。

使えるものは残し。

必要な部分は捨て。

構造そのものから組み直した。

「右側は完全に作り直しか」

「ああ」

リンダが頷く。

「途中案より手間は増えたけどね。性能を優先したいって言ったのはあなたでしょう?」

「言ったさ」

レイナスは設計図を眺める。

「GN-X IIIが使える間に仕上げられるなら、急いで半端なものを出す理由もない。完成した翌日に『やっぱりここ直しましょう』なんて話になる方が面倒だ」

「そのGN-X IIIを壊しかけたけどな」

イアンが言う。

「エンプラスの電撃だろ、あれは。さすがに俺の請求書に乗せられると困る」

「その直後にガデッサを奪った!」

「そっちは別件だ」

「同じ戦闘だ!」

「一つの現場で問題が二件起きることくらいあるだろ?」

「お前の場合、二件目を自分で増やしてるんだ!」

レイナスは少し考え。

「……そこは否定しづらいな」

リンダが笑う。

「相変わらずね」

「本人は真面目なんだけどな」

「それが一番困るんだ!」

イアンの怒声を流し。

レイナスは画面へ視線を戻した。

「《オーバーライズ》は?」

イアンも表情を切り替える。

「ああ。そこが今回の改修の肝だ」

別の表示が開く。

アステリオンは、レイナスの《アニマ》による強化に耐えることを重視していた。

だが。

実戦でレイナスが見せた出力は、設計時の想定をさらに越えた。

特にメメントモリ戦。

《オーバーライズ》状態で大出力の障壁を形成し、巨大レーザーを受け止めた結果。

パイロットは無傷。

機体だけが大破した。

「アルティオールでは、《アニマ》を機体全体へ一律に通すんじゃない」

イアンが機体各部を示す。

「必要な部分へ、必要な量を振り分ける。フレーム、推進、武装、防御。それぞれ独立して調整できるようにする」

「今までより細かく使えるわけか」

「お前が細かく使えばな」

「そこまで信用ないか?」

「メメントモリ相手に最大出力を叩き込んだ奴に言われたくない」

「必要だったろ、あれは」

「だから機体側を直してるんだ!」

「そりゃ助かる」

レイナスの口元が上がった。

「今度は機体の方にも最後まで付き合ってもらいたいからな」

          ◇

「こちらも見てもらおう」

グラハムが言った。

画面が切り替わる。

マスラオ。

その改修仕様。

外見そのものが別物になるわけではない。

基本となるシルエットはマスラオのものを引き継いでいる。

しかし。

内部と装備には大きく手が入っていた。

各部コンデンサーの増設。

近接戦闘用のGNクロー。

射撃武装《トライパニッシャー》。

主兵装だった二振りのGNビームサーベルも強化される。

《シラヌイ》。

《ウンリュウ》。

そして。

黒と赤だったカラーリングは。

黒と白へ。

レイナスは画面を眺める。

「見た目はマスラオの流れを残してるけど、中身は結構手を入れたな」

「無論だ」

グラハムは満足そうだった。

「先の戦闘では、イノベイターの機体を相手に不足している部分も見えた」

「それで武装を増やしたわけか」

「近接戦闘だけに拘る理由もないからな」

レイナスがグラハムを見る。

「……お前がそれ言うと、ちょっと意外だな」

「私とて戦いから学ぶ!」

「いや、分かってるよ。分かってるけど、剣一本あればいいとか言い出しそうな印象があってな」

「それでは対応できぬ相手もいる!」

「まともなこと言ってるのに妙に驚くな、これ」

「レイナス!」

「悪い悪い」

グラハムは画面へ向き直った。

「そして、名も改める」

「もう決めてるんだろ?」

「無論!」

一拍。

「――スサノオ」

レイナスが眉を上げる。

「日本神話まで行ったか」

「不満か?」

「いや」

改修後の機体を見る。

黒と白。

マスラオから受け継いだ鋭い姿。

「お前なら名前負けの心配はなさそうだ」

「当然だ!」

「そこで即答できるのは大したもんだよ」

          ◇

イアンが別のデータを表示した。

「それと、スサノオの改修はアルティオールにも無関係じゃない」

レイナスの視線が動く。

「TRANS-AMか」

「ああ」

マスラオで使用していたTRANS-AM。

実戦データを基に。

スサノオでは粒子制御と各部コンデンサーの管理がさらに洗練されている。

原理は《オーバーライズ》と異なる。

だが。

通常状態から急激に機体出力を引き上げ。

その変化を機体全体で制御する。

その技術思想には参考にできる部分があった。

「スサノオのTRANS-AM制御データを、アルティオールの出力管理にも使う」

イアンが説明する。

「TRANS-AMをそのまま載せるわけじゃないぞ」

「分かってる」

レイナスはデータを追う。

「《オーバーライズ》へ入った瞬間の出力変化を、機体側で受け止めるための制御か」

「そうだ」

リンダが続ける。

「あなたが全部を力任せに押さえ込むんじゃなくて、機体側からも最適化するの」

「いいな」

レイナスの返事は早かった。

イアンが横目で見る。

「嬉しそうだな」

「そりゃな」

隠す気はなかった。

「新しい機体が仕上がるって時に、つまらなそうな顔してる方が難しいだろ?」

「完成するまで触るなよ」

「見るくらいはいいだろ」

「毎日来てる!」

「進捗確認だよ」

「昨日から外装一枚しか増えてない!」

「一枚進んでるじゃないか」

「帰れ!」

「はいはい。邪魔になる前に引き上げるよ」

そう言いながら。

レイナスはもう一度アルティオールを見上げてから格納庫を出ていった。

          ◇

プトレマイオス2・医務区画

ルイスの検査時間は、以前より短くなっていた。

強い頭痛はほぼない。

あの声も聞こえない。

薬を必要とする機会も大幅に減っている。

ただ。

治療そのものが終わったわけではなかった。

「数値は?」

沙慈が尋ねる。

「前回とほとんど変わらないって」

ルイスが端末を見る。

「悪くなってないなら、安心していいのかな」

「焦らなくてもいいよ」

「沙慈が言う?」

「何で?」

「最近、トレーニングだけは妙に真面目じゃない」

「それと治療は別だよ」

「腕、ちょっと太くなったし」

「またそこ?」

ルイスが沙慈の上腕へ手を伸ばす。

軽く触れる。

「やっぱり」

「ルイス」

「何?」

「近い」

「……」

二人とも止まる。

ルイスがゆっくり手を離した。

「ご、ごめん」

「いや……嫌じゃないけど」

「……」

「……」

扉が開いた。

「クロスロードさん!」

「うわっ!」

沙慈が飛び上がる。

ミレイナが目を丸くした。

「何でそんなに驚くんですぅ?」

「タイミングだよ!」

ミレイナは沙慈を見る。

ルイスを見る。

二人の距離を見る。

「……チェックですぅ」

「何もしてないから!」

「今は、ですね?」

「何で含みを持たせるの!?」

ルイスは顔を赤くしながら。

それでも楽しそうに笑っていた。

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

「月周辺の情報は?」

スメラギの問いに、絹江が端末を操作する。

「閉鎖された施設周辺で、記録に残らない物資移動がまだある。ただし頻度は落ちてる」

留美が表示を見る。

「こちらの調査に気づいた可能性もありますわね」

「あると思う」

ティエリアが別の情報を重ねる。

「アニューへの接続が切れた直後から、一部の通信経路も変更されている」

「リボンズが動いた」

刹那が言う。

「ああ」

ティエリアは月を見据えた。

「だが、痕跡までは消せていない」

絹江が頷く。

「全部は消せないわ」

皆が彼女を見る。

「物を作れば材料が要る。運べば記録が残る。人が関われば、誰かが見てる。情報そのものを消しても、その周りにあったものまで完全には消せない」

「お金も同じですわ」

留美が続ける。

「通信も」

フェルトが言った。

クリスティナが複数の情報を重ねる。

一つでは意味を持たない痕跡が。

同じ場所へ集まり始める。

月の裏側。

スメラギは表示を見つめた。

「調査を続けるわ」

まだ突入する段階ではない。

だが。

どこにいるかすら分からなかった相手へ。

確実に近づいていた。

          ◇

数日後――プトレマイオス2・格納庫

最後の外装が固定された。

整備用アームが離れていく。

レイナスは。

珍しく何も言わなかった。

白を基調とした装甲。

アステリオンの設計を受け継ぎながら。

そのまま元へ戻すことを捨てた機体。

大破したフレームを再構築。

《アニマ》伝達経路を全面的に見直し。

《オーバーライズ》を前提とした出力制御。

そして。

スサノオで洗練されたTRANS-AM制御技術から得たデータを応用した、新たな機体制御。

アステリオンの修理機ではない。

その先。

「待たせたな」

イアンが言った。

レイナスは機体を見上げたまま答える。

「待ったよ」

「文句か?」

「まさか」

少しだけ笑う。

「急かさなくて正解だった。いい仕事してるよ」

イアンが鼻を鳴らした。

「当然だ」

リンダが端末を操作する。

各部システム起動。

GN粒子が静かに放出される。

続いて。

レイナスが機体へ手を触れた。

《アニマ》。

青白い光が装甲を走る。

内部へ。

フレームへ。

各部へ。

以前より遥かに滑らかに力が流れていく。

モニターの数値は安定。

警告は出ない。

レイナスの目が細くなる。

「……いいな」

「正式登録するわ」

リンダが尋ねる。

「機体名は?」

レイナスは迷わなかった。

「――ガンダムアルティオール」

より高く。

アステリオンの先へ。

          ◇

同じ格納庫の反対側。

もう一機の改修も完了していた。

基本シルエットはマスラオを継承している。

だが。

赤かった部分は白へ。

黒と白を基調とした姿へ変わった。

増設されたコンデンサー。

GNクロー。

《トライパニッシャー》。

そして。

二振りの強化サーベル。

《シラヌイ》。

《ウンリュウ》。

グラハムが新たな愛機を見上げる。

「スサノオ」

その声には満足感が滲んでいた。

レイナスが隣へ来る。

「こうして見ると、マスラオの面影は結構残ってるな」

「当然だ。マスラオを否定したわけではない」

「足りなかったところを詰め直したわけか」

「そういうことだ」

「なら俺と似たようなもんだな」

グラハムがアルティオールを見る。

「確かにな」

二人の前に。

ガンダムアルティオール。

スサノオ。

新たな二機が並び立つ。

しばらくレイナスは黙っていたが。

やがて格納庫全体へ視線を向けた。

00ガンダム。

オーライザー。

ケルディム。

アリオス。

セラヴィー。

GNアーチャー。

三機のGN-X III。

アヘッドスマルトロン。

ガデッサ。

スサノオ。

そしてアルティオール。

「……なあ、イアン」

「何だ」

「アルティオールが完成したってことは、建造スペースが空いたんだよな?」

イアンの表情が止まった。

「何を考えてる」

「いや、格納庫問題も少しは楽になるかと思って」

「増やしていいという意味じゃないからな!」

「まだ何も言ってないだろ」

「先に言っておく!」

レイナスは苦笑した。

「信用の回復には時間が掛かりそうだな」

「回復させる気があるなら、まずガデッサから離れろ!」

「今アルティオールの前にいるだろ」

「視線がガデッサに向いてる!」

「……よく見てるな」

「レイナス!」

格納庫に怒声が響く。

その中で。

レイナスはもう一度、完成したアルティオールを見上げた。

長かった代車生活は終わった。

次に戦場へ出る時。

彼の翼は再び――

自分の機体だった。

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