機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第106話 残された航跡

第106話 残された航跡

プトレマイオス2・格納庫

「――残ってる?」

レイナスはガデッサのコクピットを覗き込みながら聞いた。

機体は整備用アームに固定されている。

生体認証による起動制限は、依然として解除できていない。

だが。

乗れないからといって、調べられないわけではなかった。

外装は開かれ。

複数のケーブルが機体内部へ接続されている。

イアンが端末を操作した。

「全部じゃない。戦闘記録や重要データはかなり保護されてる」

「さすがに鹵獲された時のことくらい考えてるか」

「当たり前だ」

「俺なら脱出した時点で全消去するけどな」

「お前の意見は聞いてない」

「厳しいねえ」

イアンが表示を切り替える。

「だが、消せないものもある」

「例えば?」

「機体そのものの記録だ」

レイナスの目が画面へ向く。

「推進剤の消費。GN粒子の運用履歴。各部の稼働時間。機体温度。姿勢制御。それに航法装置の補正記録」

「……なるほど」

レイナスが身を起こした。

「仕事の報告書は消せても、タイムカードまでは消えてなかったわけか」

「まあ、そんなところだ」

イアンが航法データを表示する。

完全な航路ではない。

座標そのものも削除されている。

だが。

機体がどの方向から移動してきたか。

どの地点で航法補正を行ったか。

どれほどの距離を航行したか。

その痕跡までは消えていなかった。

「敵さんも大変だな」

レイナスが画面を見る。

「機体一機の履歴を完全に消そうと思ったら、飛ばす前から細工しとかないと無理ってことか」

「だから普通は敵に持って帰らせないんだ」

「耳が痛いな」

「お前に言ってるんじゃない」

「分かってるよ」

その時。

足音が近づいてきた。

「イアンさん!」

沙慈だった。

端末を抱えている。

「さっき頼まれた補正値、出ました」

「見せてくれ」

沙慈が端末を接続する。

「航法装置の基準座標そのものは消されてます。でも、恒星位置を使った自動補正の履歴は残ってました」

レイナスが沙慈を見る。

「そこから逆算できるのか?」

「一地点までは無理です。でも――」

沙慈がデータを重ねた。

「少なくとも、この機体が戦闘前にどの方向から来たかはかなり絞れます」

画面上。

一本の線が伸びる。

その先。

月。

レイナスの表情が変わった。

「……月か」

「それも」

沙慈が拡大する。

「表側じゃありません」

月の裏側。

イアンとレイナスが顔を見合わせた。

これまで追ってきた情報。

通信。

物資。

資金。

閉鎖された月面施設。

すべてが。

同じ方向を指していた。

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

「ガデッサが月の裏側から?」

スメラギが確認する。

「正確には断定できない」

イアンが答えた。

「だが、戦闘前の航法補正と機体の稼働履歴を逆算すると、その可能性がかなり高い」

メインモニターへ解析結果が表示される。

フェルトが既存の通信記録を重ねた。

「一致してる」

クリスティナも別のデータを開く。

「今まで追ってた通信が消える方向とほとんど同じ」

留美が物流記録を表示する。

「物資の流れとも重なりますわ」

絹江も古い月面開発記録を並べた。

「閉鎖された施設群も、この周辺に集中してる」

一つ一つは。

決定的な証拠ではなかった。

だが。

今まで別々に追っていた情報へ。

敵の実機から得た航跡が重なった。

ティエリアは月の裏側を見つめる。

「偶然と考えるには、重なりすぎている」

「ヴェーダ……」

刹那が呟く。

ティエリアはすぐには頷かなかった。

「可能性は高い。だが、まだヴェーダそのものを確認したわけではない」

レイナスは壁際で腕を組んでいる。

「でも、探す範囲はかなり狭くなったな」

スメラギが見る。

「あら。すぐ偵察に行くって言わないの?」

「言ったら止めるだろ?」

「止めるわ」

「ほらな」

レイナスは肩を竦めた。

「こっちがここまで調べたってことは、向こうも何か仕込んでる可能性がある。新しい機体の初仕事で敵の本社に単独訪問するほど、俺も営業熱心じゃないよ」

「本社とは限らない」

ティエリアが言う。

「例えだよ」

「君の例えは時々分かりにくい」

「最近それを言われる機会が増えたな……」

フェルトが僅かに笑った。

その時。

コンソールから警告音が鳴った。

フェルトの表情が変わる。

「外部通信」

「発信元は?」

スメラギが問う。

「不明」

クリスティナが確認する。

「通常回線じゃない。こっちの通信網へ直接接触してきてる」

ティエリアが即座に反応した。

「遮断しろ」

「待って」

フェルトが画面を見る。

「宛先が指定されてる」

「誰?」

「……ティエリア」

ブリッジが静かになる。

ティエリアの表情が硬くなった。

「僕に?」

画面へ。

名前が表示された。

REGΝE REGETTA

刹那が呟く。

「リジェネ・レジェッタ」

レイナスも覚えている。

「あのパーティーにいた、ティエリアと同じ顔の奴か」

「ああ」

スメラギが即座に指示を出す。

「通信を独立系へ。基幹システムから完全に切り離して」

「了解」

フェルトとクリスティナが回線を隔離する。

「映像、出ます」

メインモニターが切り替わった。

そこに。

ティエリアと同じ顔が現れる。

『久しぶりだね、ティエリア』

ティエリアは画面を睨む。

「何の用だ、リジェネ」

『随分と警戒されているね』

「当然だ」

『まあ、そうだろうね』

リジェネの視線がブリッジを巡る。

刹那。

スメラギ。

留美。

レイナス。

そして。

『……随分と近づいたじゃないか』

誰も答えなかった。

リジェネが笑う。

『月の裏側』

スメラギの目が細くなる。

「こちらの動きを見ていたの?」

『少し違う』

リジェネはティエリアを見る。

『君たちがどこまで辿り着くのか見ていた』

「目的は何だ」

『それを聞く前に』

リジェネの視線が別の方向へ動く。

『面白いものを手に入れたようだね』

レイナスが眉を上げる。

「ガデッサか」

『リヴァイヴから聞いたよ』

「本人は回収されたか。機体だけ置いて帰るとは気前がいいな」

『君が奪ったんだろう?』

「乗れなかったけどな」

『生体認証があるからね』

「そういう大事な話は、できれば奪う前に聞きたかったよ」

『普通は奪われる前提で説明しない』

「それもそうか」

ティエリアがレイナスを見る。

「話を進めてもいいか?」

「どうぞ」

リジェネが面白そうに笑った。

          ◇

「ガデッサは、どこから来た」

ティエリアが問う。

『もう分かっているんじゃないのかい?』

「確認している」

『なるほど』

リジェネは少し考える。

『君たちの解析は正しいよ』

ブリッジの空気が変わった。

『あの機体は、月の裏側にある拠点を経由している』

スメラギが問う。

「イノベイターの拠点?」

『そう考えてもらって構わない』

「ヴェーダもそこにあるのか」

ティエリアが踏み込む。

リジェネは。

すぐには答えなかった。

『随分と急ぐね』

「答えろ」

『以前の君なら、ヴェーダのこととなればもっと感情的だった』

「僕は変わった」

一瞬。

リジェネの表情が止まる。

そして。

微笑んだ。

『そうみたいだ』

ティエリアは視線を逸らさない。

「もう一度聞く。ヴェーダは月の裏側にあるのか」

『……あるよ』

静かな答えだった。

誰も言葉を発しない。

リジェネが続ける。

『君たちが追っている方向で間違っていない』

ティエリアの拳が握られる。

探し続けていたもの。

ソレスタルビーイングの根幹。

そして。

リボンズが掌握している量子型演算処理システム。

「正確な座標は?」

スメラギが聞く。

『そこまで教えるつもりはない』

「何故?」

『君たちなら辿り着けるからさ』

リジェネは楽しそうに答えた。

『ガデッサからそこまで引き出せた。通信、物流、過去の月面記録も持っている。あと少しだ』

レイナスが口を開く。

「ずいぶん中途半端な親切だな」

『不満かい?』

「いや」

レイナスは月の裏側を示すデータを見る。

「全部答えを渡されるよりは信用できる。突然地図に丸付けて『ここです』って言われたら、まず罠を疑うからな」

スメラギが横目で見る。

「今も疑ってるわよ」

「そりゃそうだ」

リジェネが笑う。

『君は本当に現実的だね』

「百年以上生きてりゃ、うまい話には一回くらい裏があるって覚えるさ」

『一回どころではなさそうだけど』

「そこは掘らなくていい」

          ◇

刹那がリジェネを見る。

「何故、俺たちに教える」

リジェネの視線が。

刹那へ移った。

『君を見たいからだよ』

「俺を?」

『正確には、君が何になるのかを』

刹那の表情が変わる。

『始まっているんだろう?』

「何がだ」

『変革が』

ブリッジが静まる。

リジェネは刹那の目を見る。

『瞳が輝くようになった』

レイナスの表情から軽さが消えた。

「……それまで知ってるのか」

『ヴェーダには多くの情報が集まる』

ティエリアが睨む。

「刹那に起きていることを知っているのか」

『もちろん』

「純粋種のイノベイター」

アニューが呟いた。

リジェネが彼女を見る。

『その言葉を覚えていたんだね、アニュー』

アニューの身体が僅かに強張る。

ライルはこの場にいない。

それでも。

彼女は目を逸らさなかった。

「私は、もうあなたたちのところには戻りません」

『それも君が選んだことなら好きにすればいい』

アニューが僅かに驚く。

リジェネは再び刹那を見る。

『君はまだ完全には覚醒していない』

刹那は黙って聞いている。

『けれど、変化は始まっている』

「人間がイノベイターへ変わる……」

『僕たちのように造られた存在とは違う』

リジェネは言う。

『人間自身が変革した存在――純粋種』

刹那の瞳は。

今は輝いていない。

だが。

その言葉だけは。

はっきりと彼の中へ残った。

          ◇

ティエリアがリジェネを見る。

「お前の目的は何だ」

『リボンズにすべてを決めさせるつもりがない。それだけだよ』

「リボンズを裏切るのか」

『僕は彼の所有物じゃない』

リジェネの声から。

僅かに笑みが消える。

『イオリアの計画は、リボンズ・アルマーク一人のために用意されたものじゃない』

ティエリアは黙っている。

『ヴェーダへ辿り着きたいなら、自分たちで来るといい』

「待っているのか?」

『さあ』

リジェネは微笑んだ。

『ただ、急いだ方がいい』

「何故だ」

『君たちは近づきすぎた』

通信に僅かなノイズが入る。

『ガデッサを持ち帰ったことも』

ノイズ。

『月の裏側まで絞ったことも』

映像が乱れる。

『リボンズが、いつまでも見ているだけだとは思わない方が――』

通信が切れた。

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

静寂。

最初に動いたのはスメラギだった。

「フェルト、通信記録を保存。侵入経路も調べて」

「了解」

「クリスはガデッサの解析データと、リジェネの発言を照合」

「任せて」

「留美、絹江。物流と過去の月面施設をもう一度。範囲はガデッサの航跡を中心に絞って」

「承知しました」

「分かったわ」

「ティエリア」

「ああ」

ティエリアは月の裏側を見つめていた。

「ヴェーダがあるという言葉そのものは信用しない。だが、僕たちが自力で得た情報とは一致している」

「それで行きましょう」

スメラギが頷く。

「リジェネの情報を起点にはしない。私たちが持っている証拠を、彼の発言で再確認する」

レイナスが壁から背を離した。

「結局、最後は現物確認か」

「行きたそうね」

「そりゃ気にはなるさ」

「ヴェーダが?」

レイナスは少し考える。

「それもある」

スメラギが嫌そうな顔をする。

「他は?」

「月の裏側にイノベイターの拠点があるんだろ?」

「そうね」

「なら、まだ見たことない機体も――」

「レイナス」

「冗談だよ」

「間が本気だったわよ」

「アルティオールが完成したばかりなんだ。さすがに今すぐ乗り換える気はないって」

スメラギは額を押さえた。

「乗り換える気がないだけで、持って帰らないとは言わないのね」

「……そこまで先の予定は、現場を見てからだな」

「先に言っておくわ。格納庫に空きはないから」

「そこが一番厳しい条件だな」

フェルトが小さく笑った。

メインモニターには。

月の裏側が映っている。

これまで。

何もないように見えていた場所。

だが。

通信が消え。

物資が消え。

そして。

ガデッサがやって来た場所。

そこに。

ヴェーダがある。

まだ正確な座標までは分からない。

それでも。

探すべき場所は。

もう広大な世界ではなかった。

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