機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第107話 決戦前夜

第107話 決戦前夜

プトレマイオス2・ブリッジ

月の裏側。

長く追い続けてきた糸が、ようやく一つの場所へ収束した。

ガデッサに残されていた航法補正履歴。

フェルトとクリスティナが追跡してきた通信経路。

王留美が洗い出した物資と資金の流れ。

絹江が過去の資料から掘り起こした、閉鎖済みの月面開発施設。

そして、リジェネ・レジェッタから得た情報。

どれか一つだけなら、まだ疑う余地はあった。

だが、それぞれ別の方向から集められた情報が、同じ場所を指している。

「出た」

クリスティナの声に、ブリッジにいた者たちの視線が集まった。

月の裏側を表示していた星図が拡大される。

「ガデッサの航法補正記録から推定した経路。こっちが今まで追ってた通信記録」

二つの領域が重なる。

フェルトがさらにデータを追加した。

「追跡できなくなった通信も、この範囲で集中してる」

「物流も一致しますわ」

留美が別の情報を重ねる。

複数の企業や団体を経由し、名義を変えながら月へ送られていた物資。

その行き先も同じ宙域へ収束していた。

絹江が古い月面図を開く。

「ここには以前、月面資源の調査施設があった。でも公式記録では、とっくに閉鎖されてる」

「閉鎖後も物資は送られていた」

ティエリアが言う。

「そう。しかも当時の施設規模では説明できない量がね」

ティエリアは表示された座標を見つめた。

リジェネの証言だけを信用したわけではない。

自分たちで追い続けた情報。

敵から鹵獲した実機。

過去の記録。

そのすべてが、一点へ重なった。

そして何より。

その場所を見ていると。

ティエリアの中に残るヴェーダとの接続記憶が反応する。

「間違いない」

静かな声だった。

「ヴェーダはここにある」

誰もすぐには声を上げなかった。

五年前。

ソレスタルビーイングが失ったもの。

リボンズ・アルマークに掌握され、世界の情報統制に利用され続けてきた量子型演算処理システム。

その所在が。

ついに判明した。

スメラギがゆっくり息を吐く。

「ヴェーダの位置を特定」

レイナスは壁際で腕を組み、月の裏側に表示された一点を見ていた。

「ようやく住所まで出たか」

フェルトが振り返る。

「住所?」

「今までは宛先不明の荷物を追いかけてたようなもんだろ。場所が分かったなら、やっと現場の話ができる」

「観光に行くわけじゃないわよ」

スメラギが釘を刺す。

「分かってるさ」

レイナスの表情から、普段の軽さが少し消えた。

「向こうも、こっちが近づいてるのは承知してる。ここから先は調査報告だけじゃ終わらないだろうな」

「ええ」

スメラギが表示を切り替えた。

アロウズ。

イノベイター。

リボンズ。

そしてヴェーダ。

「ここからは戦いになる」

          ◇

プトレマイオス2・ミーティングルーム

「私たちだけで全部を相手にする必要はないわ」

スメラギの前には、地球圏の勢力図が表示されていた。

カタロン。

地球連邦正規軍。

アロウズ。

そのどれもが、もはや一枚岩ではない。

「まずカタロン」

通信が繋がる。

画面にクラウス、シーリン、マリナが現れた。

『ヴェーダの場所が分かったのか』

「あくまで私たちの解析では、だけどね」

スメラギが説明する。

月の裏側。

ヴェーダ。

イノベイターの拠点。

リボンズがそこにいる可能性。

すべてを聞き終えたクラウスは、しばらく黙っていた。

『ついにそこまで辿り着いたか』

「ええ」

『それで、我々に何を求める?』

「アロウズを月へ集中させたくない」

スメラギは地球圏の配置を示した。

「カタロンには地球圏で動いてほしい。こちらへ向けられる戦力を少しでも分散させる」

クラウスがシーリンを見る。

彼女が頷いた。

『協力する』

シーリンが答えた。

『私たちにとっても、アロウズとの戦いを終わらせる機会になる』

「助かるわ」

シーリンは少し考えてから続ける。

『ただ、リボンズを倒しただけで世界が全部変わるわけじゃない』

「分かってる」

スメラギは即答した。

「人間同士の問題は残る。私たちが今回止めるのは、誰か一人がヴェーダを握って世界そのものを操作している状況よ」

シーリンは静かに頷いた。

その隣で。

マリナが刹那を見ていた。

『刹那』

「マリナ」

少しの沈黙。

『帰ってきて』

刹那の目が僅かに見開かれる。

『この戦いが終わったら、あなたと話がしたい』

以前なら。

戦いの後の自分など考えなかった。

だが今は違う。

「ああ」

刹那ははっきりと答えた。

「俺も話したい」

マリナが小さく微笑んだ。

          ◇

地球連邦軍施設

『大佐』

通信画面に映ったマリーを見て。

セルゲイ・スミルノフ大佐の厳しい表情が僅かに緩んだ。

「マリー」

『お久しぶりです』

「ああ。元気そうだな」

『はい』

「アレルヤも一緒か?」

マリーが頷く。

『今も近くにいます』

「そうか」

それ以上は聞かなかった。

マリーが自分の意志で選んだ道だ。

セルゲイはそれを知っている。

『大佐。今日はお願いがあります』

「聞こう」

通信へスメラギが加わった。

「セルゲイ・スミルノフ大佐。お久しぶりです」

『ソレスタルビーイングの戦術予報士か』

「スメラギ・李・ノリエガです」

セルゲイは黙って続きを促した。

スメラギは必要な情報を伝える。

リボンズ・アルマーク。

ヴェーダ。

アロウズの情報統制。

そして、月の裏側に存在するイノベイターの拠点。

セルゲイは途中で口を挟まなかった。

すべてを聞き終えてから、静かに答える。

『私が独自に調べてきた情報とも符合する』

「やはり正規軍でも動きが?」

『ああ』

セルゲイが別の資料を開く。

『アフリカタワー以降、アロウズ内部にも変化がある』

表示されたのは、一つの艦隊。

指揮官。

カティ・マネキン大佐。

『マネキン大佐の部隊が、アロウズ上層部から距離を取り始めている』

スメラギの目が細くなる。

「独自行動を?」

『完全な離反ではない。表向きは現在もアロウズだ』

セルゲイは続ける。

『だが、上層部の命令をそのまま実行せず、独自に情報を確認する動きが増えている。部隊運用にも中央の意向と一致しないものがある』

「アフリカタワーで、彼女自身が見たものがある」

『そういうことだろう』

スメラギは少し考えた。

カティ・マネキン。

戦術予報士として無視できない相手。

そして。

事実を知った上で、なお盲目的に命令へ従う人物でもない。

「大佐」

『何だ』

「マネキン大佐へ、この情報を渡せますか?」

セルゲイが僅かに眉を動かす。

「こちらから直接接触するより、あなたを通した方がいい」

『伝手はある』

「お願いします」

『彼女が君たちに協力する保証はないぞ』

「必要なのは協力の約束じゃありません」

スメラギは答える。

「彼女自身が判断するための情報です」

セルゲイは数秒黙った。

『分かった。私から伝えよう』

          ◇

アロウズ艦隊・旗艦

カティ・マネキンは。

セルゲイから届いた情報を無言で読み続けていた。

アフリカタワー。

メメントモリ。

改竄された戦闘記録。

隠蔽された被害。

そして。

リボンズ・アルマーク。

ヴェーダ。

これまで彼女自身が抱いてきた疑念と、送られてきた情報が繋がっていく。

「大佐」

隣からパトリックが声を掛ける。

「何だ、パトリック」

「怖い顔してますよ」

「元からだ」

「そうでしたっけ?」

カティが睨む。

「何でもありません!」

パトリックが姿勢を正した。

カティは再び情報を見る。

ソレスタルビーイングから渡されたものだから信用するのではない。

セルゲイが送ってきたから無条件で信じるのでもない。

自分が見たものと。

自分が保存してきた記録。

その二つへ照らし合わせる。

矛盾しない。

むしろ。

今まで説明できなかった部分が埋まっていく。

カティは端末を閉じた。

「各艦へ通達」

「はい!」

「本隊との情報共有を必要最低限に制限する」

パトリックの表情から軽さが消えた。

「……アロウズ本隊とですか?」

「ああ」

「大佐」

「何だ」

「それって、かなりマズい奴じゃないですか?」

「今さら気づいたのか」

「いや、気づいてましたけど!」

カティは立ち上がる。

「私はこれ以上、誰かに用意された情報だけで部下を戦わせるつもりはない」

アフリカタワーで。

敵も味方も関係なく。

人々は落下するピラーから地上を守った。

その直後。

アロウズの一部はソレスタルビーイングへ攻撃を仕掛けた。

そして。

記録は書き換えられた。

「自分の目で確かめる」

パトリックはカティを見る。

「じゃあ、行くんですね」

「ああ」

「了解です!」

即答だった。

カティが横目を向ける。

「理由を聞かないのか?」

「大佐がそこまで調べて決めたんでしょう?」

パトリックは胸を張った。

「だったら俺はついて行きますよ」

カティは少しだけ目を細めた。

「……準備しろ、パトリック」

「はい!」

アロウズに所属しながら。

その指揮系統から外れ始めた艦隊が。

静かに動き出した。

          ◇

月・イノベイター拠点

同じ頃。

月の裏側でも。

ソレスタルビーイングの動きは察知されていた。

「……近づいているね」

リボンズ・アルマークは、地球圏の情報を眺めていた。

カタロンの動き。

地球連邦正規軍内部の変化。

アロウズの一部艦隊に見られる不自然な行動。

そして。

ソレスタルビーイング。

「彼らはヴェーダの位置を特定した可能性がある」

リジェネが言う。

リボンズが振り返る。

「そう思うのかい?」

「通信、物流、過去の月面記録。彼らは随分前から外側を調べていた」

リジェネは平然と答える。

自分がティエリアたちへ接触したことには触れない。

「それに」

リジェネの視線が。

少し離れた場所へ向く。

「ガデッサもある」

リヴァイヴの眉が動いた。

「……僕のガデッサだ」

ヒリングが笑う。

「まだ言ってるの?」

「まだとは何だ」

「取られてから何回目よ、それ」

「奪われたわけじゃない」

ヒリングが首を傾げる。

「じゃあ何?」

リヴァイヴが黙った。

機能を失ったGN-X IIIを回収しようとした。

その結果。

レイナスは機体を捨て、生身で宇宙へ出てきた。

ガデッサへ乗り込み。

自分をコクピットから引きずり出した。

そして。

ガデッサだけがソレスタルビーイングの手に残った。

ヒリングが笑みを深める。

「それを奪われたって言うんじゃない?」

「生体認証がある」

リヴァイヴは言い返した。

「レイナス・レノアークには起動できない」

「でも持って帰られた」

「……」

「しかも乗る気だったんでしょ?」

「ヒリング」

「何?」

「黙れ」

ヒリングが楽しそうに笑う。

ブリングは二人のやり取りを黙って見ていた。

ディヴァインが口を開く。

「問題は、ガデッサを運用できるかではない」

リヴァイヴが彼を見る。

「何?」

「解析される」

短い一言。

リヴァイヴの表情が変わった。

「戦闘データの主要部分は保護されている」

「主要部分は、だ」

ディヴァインが返す。

「機体が動いた事実までは消えない」

沈黙。

推進系。

GN粒子の消費。

各部の稼働時間。

航法装置。

自動補正。

戦闘記録とは別に蓄積される情報。

リヴァイヴの顔から。

僅かに血の気が引いた。

「……航法補正記録」

ヒリングの笑みも消える。

リヴァイヴがリボンズを見る。

「リボンズ」

「何だい?」

「ガデッサに残された航法記録から、こちらの拠点を逆算される可能性がある」

「あるだろうね」

あまりにも平然と。

リボンズは答えた。

リヴァイヴが目を見開く。

「分かっていたのか?」

「もちろん」

「なら、何故――」

言葉が止まる。

リボンズは微笑んでいる。

「君は機体を失った」

「……」

「けれど、問題はそこじゃない」

リボンズは立ち上がった。

「彼らがヴェーダを探している以上、いずれここへ近づくことは避けられなかった」

リジェネが横目で見る。

「随分と余裕だね」

「余裕?」

リボンズは笑った。

「彼らが場所を知ったところで、何が変わる?」

巨大な構造物の中心。

そのさらに奥に存在するヴェーダ。

「ヴェーダは僕が掌握している」

リボンズの声には。

揺らぎがない。

「そして、イオリアの計画を正しく導けるのも僕だ」

画面が切り替わる。

00ライザー。

刹那・F・セイエイ。

量子化。

増大する脳量子波。

そして。

瞳に現れ始めた光。

リボンズの笑みが薄くなる。

「ただ――彼は予定と違った」

リジェネが言う。

「純粋種」

「ああ」

リボンズは刹那を見つめる。

「僕たちが人類を導く。そのために存在するはずの計画の中で、人間自身が変革を始めている」

次に。

別の機体が表示された。

完成したばかりのガンダムアルティオール。

そして。

レイナス・レノアーク。

「さらに、彼」

ヒリングが顔をしかめる。

「あの化け物?」

「彼はイオリアの計画には存在しない」

リボンズが答える。

「ヴェーダにも定義できない」

リヴァイヴの表情が険しくなる。

レイナスの姿を見るだけで。

宇宙空間で自分のガデッサへ平然と乗り込んできた光景が蘇る。

「次は」

リヴァイヴが口を開く。

「レイナス・レノアークは僕が相手をする」

ヒリングが横を見る。

「ガデッサを取り返したいの?」

「違う」

「意地?」

「違う!」

思わず声が大きくなった。

ヒリングの口元が緩む。

「……笑うな」

「まだ笑ってないけど?」

「顔が笑っている!」

「リヴァイヴ」

リボンズの一言で。

空気が変わった。

「個人的な感情で動く必要はない」

「……分かっている」

「君たちの役割は変わらない」

リボンズは全員を見る。

「彼らは来る」

月の裏側。

ヴェーダを中心に。

防衛戦力が展開されていく。

「ならば迎えればいい」

リジェネだけが。

何も言わずリボンズを見ていた。

リボンズはまだ知らない。

そのリジェネ自身が。

すでにソレスタルビーイングへ接触していることを。

「最終段階へ進もう」

月の裏側でも。

最後の戦いへ向けた準備が始まった。

          ◇

プトレマイオス2・食堂

決戦準備が進んでいる。

それでも。

食堂にはいつもと変わらず食事が並び。

人が集まる。

ただ。

話題だけは。

いつもと少し違っていた。

「この戦いが終わったら、かぁ」

クリスティナがテーブルへ頬杖をつく。

「考えたことある?」

向かいのリヒティが首を傾げる。

「俺っすか?」

「他に誰がいるのよ」

「いや……あんまり」

「私は旅行したい」

「旅行?」

「そう。任務でも逃亡でもなく、普通に」

クリスティナは少し笑った。

「海とか行きたいな」

「いいっすね」

「でしょ?」

「じゃあ、一緒に行きましょうよ」

クリスティナが止まった。

「……一緒に?」

「え?」

今度はリヒティが止まる。

「いや、今のは、その――」

「別に嫌とは言ってないけど」

「え?」

「二回言わせないで」

クリスティナは顔を逸らす。

リヒティの表情が。

見るからに明るくなった。

少し離れた席で。

ミレイナがじっと二人を見ていた。

クリスティナが気づく。

「ミレイナ」

「何も言ってませんですぅ」

「顔がうるさい」

          ◇

沙慈はルイスと並んで座っていた。

「沙慈は?」

「僕?」

「この後」

沙慈は少し考える。

「普通に暮らしたい」

「普通って?」

「朝起きて、仕事をして、帰ってきて」

沙慈は苦笑した。

「ガンダムとか戦争とか、そういうことを考えなくても一日が終わる生活」

「……地味ね」

「駄目?」

「ううん」

ルイスは首を横に振った。

「今は、そういうのがいい」

沙慈は少し迷ってから。

「できれば、ルイスと一緒に」

ルイスが横を見る。

「私も?」

「嫌なら――」

「嫌じゃない」

早かった。

言った本人が少し驚くほどに。

「私も、戻りたい」

ルイスは小さく息を吐く。

失ったものは戻らない。

家族も。

過ぎ去った時間も。

それでも。

これから先まで戦いに奪われ続ける必要はない。

テーブルの下で。

沙慈の手がルイスの手に触れた。

ルイスは。

その手を握り返した。

          ◇

「アレルヤは?」

マリーに尋ねられ。

アレルヤは少し考えた。

「マリーと一緒にいたい」

「それだけ?」

「まずはね」

アレルヤは笑う。

「今まで離れていた時間が長すぎたから。戦いが終わったら、何をするか二人で考えたい」

マリーも微笑む。

「私も、そうしたい」

今度は。

誰かに決められるのではなく。

自分たちで。

          ◇

「ライルは?」

アニューが尋ねる。

「俺か?」

「戦いが終わったら、何をするんですか?」

ライルは椅子へ深く座った。

「まだ決めてねえな」

「そうなんですか?」

「戦いが終わる前から、その先の予定まで全部埋める必要もないだろ」

「それもそうですね」

「ただ」

ライルがアニューを見る。

「考える時には、お前もいると思ってる」

アニューが目を見開く。

少し遅れて。

頬が赤くなる。

「……そういうことを、普通に言うんですね」

「嫌か?」

「いいえ」

アニューは笑った。

「嬉しいです」

          ◇

ニールと絹江は。

食堂の端に並んでいた。

「私は記事を書く」

絹江は迷わなかった。

「アロウズのことも。メメントモリも。情報がどう書き換えられていたのかも」

「相変わらず仕事熱心だな」

「誰かが残さないと、また都合よく消されるでしょう?」

「違いない」

「あなたは?」

ニールは少し考える。

「しばらく休みたいな」

「珍しい」

「俺だって休みたい時くらいあるさ」

「どこで?」

ニールは絹江を見る。

「お前のいるところで」

絹江が黙る。

「……そういうの、急に言うのやめてくれない?」

「嫌だったか?」

「嫌とは言ってない」

絹江の肩が。

自然にニールへ寄った。

          ◇

フェルトは少し離れた席にいた。

その向かいへ。

レイナスが腰を下ろす。

「ここ空いてる?」

「うん」

周囲では。

戦いの後の話が続いている。

フェルトがレイナスを見る。

「レイナスは?」

「何が?」

「この戦いが終わったら」

レイナスはしばらく考え込んだ。

「困ったな」

「何が?」

「百年以上生きてるのに、こういう質問の答えだけは在庫がない」

フェルトが小さく笑う。

「モビルスーツならすぐ答えるのに」

「そっちは専門分野だからな」

レイナスは椅子の背へ身体を預ける。

「まあ……しばらく何もしないってのも悪くないか」

「何もしない?」

「ああ。朝起きても予定がない。呼び出しもない。戦争もない。世界をどうにかしろって話も来ない」

「耐えられる?」

「……三日くらいなら」

フェルトが吹き出した。

「短い」

「俺も今、口に出してから思った」

「でしたら」

横から声がした。

レイナスが顔を向ける。

留美が立っていた。

「することがないのでしたら、私の仕事を手伝っていただきましょうか」

「……今、休みの話をしてたんだけどな」

「三日で飽きるのでしょう?」

「そこだけ拾ったのか」

留美は優雅に微笑む。

「世界が落ち着いたとしても、やるべきことはいくらでも残りますわ」

「そこで俺を使う気か?」

「長い付き合いですもの」

留美は空いていた椅子へ腰を下ろす。

「それに、レイナスさんは放っておけば、面白そうなものを見つけて勝手にどこかへ行ってしまいそうですから」

「俺を野良猫か何かだと思ってないか?」

「猫なら、もう少し大人しくしているのでは?」

フェルトが俯く。

肩が震えていた。

「フェルト、そこで笑われると俺の立場がないんだが」

「ごめん」

まったく申し訳なさそうではない。

レイナスは息を吐く。

「戦争が終わった翌日から出勤、なんて話は勘弁してくれよ」

「三日はお休みになられるのでしょう?」

「本当に三日で採用する気か」

「不足でしたら交渉には応じますわ」

「急に雇用条件の話になったな……」

留美が笑う。

フェルトが尋ねた。

「でも、手伝うの?」

レイナスは少し考えた。

「その時になってみないと分からないな」

断るとも。

引き受けるとも言わない。

「百年以上、行く先々で次の仕事が転がってきたんだ。今度くらいは、終わってから考えても罰は当たらないだろ」

「では、その時に改めてお誘いしますわ」

「予約だけ入ったか」

レイナスは苦笑する。

そして。

賑やかな食堂を見渡した。

昔なら。

戦いが終われば。

次の場所へ行く。

それだけだった。

だが今は。

「……まあ」

レイナスが呟く。

「次にどこかへ行く時は、帰ってくる場所くらい決めてから出掛けるのも悪くないか」

フェルトが彼を見る。

留美も。

何も言わなかった。

答えを求める言葉ではない。

二人とも。

それを分かっていた。

          ◇

プトレマイオス2・展望区画

月が見える。

刹那は一人。

その光を見つめていた。

――帰ってきて。

マリナの言葉が残っている。

かつて。

刹那にとって。

戦いの先など存在しなかった。

ガンダムになる。

戦争を根絶する。

そのために戦う。

自分自身がその後どう生きるかなど。

考える必要さえないと思っていた。

今は。

遠くにいる誰かの存在を感じる。

声ではない。

それでも。

確かに。

以前より世界が近い。

刹那の瞳に。

淡い光が宿った。

ほんの一瞬。

静かな輝き。

「俺は……」

刹那は月の向こうを見る。

「戦いの先へ行く」

変わるために。

分かり合うために。

そして。

帰るために。

          ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

翌日。

最終作戦へ向けたブリーフィングが始まった。

月の裏側。

特定されたヴェーダの位置。

想定されるイノベイター戦力。

アロウズ。

カタロン。

地球連邦正規軍。

そして。

カティ・マネキン大佐の艦隊。

「カタロンは地球圏で行動を開始する」

スメラギが説明する。

「アロウズの戦力を分散させ、こちらへの集中を防ぐ」

表示が切り替わる。

「セルゲイ大佐は正規軍内部から情報を提供してくれる。同時に、マネキン大佐へ私たちの持つ情報が渡った」

グラハムが画面を見る。

「彼女はどう動く?」

「まだ分からない」

スメラギは正直に答える。

「ただし、マネキン大佐の部隊はすでにアロウズ本隊から距離を取り始めている」

ティエリアが言う。

「味方と考えるべきではないな」

「ええ」

スメラギが頷く。

「彼女自身が見た事実と、渡した情報から判断することになる」

レイナスが月の裏側を見る。

その先には。

ヴェーダ。

リボンズ。

そして。

これまで世界の裏側から糸を引いてきた存在がいる。

格納庫では。

00ライザー。

ケルディム。

アリオス。

セラヴィー。

GNアーチャー。

スサノオ。

そして。

完成したガンダムアルティオールが出撃を待っている。

レイナスが立ち上がった。

「長かったな」

スメラギが見る。

「ここまで?」

「ああ」

五年前。

何も知らずにこの世界へ流れ着いた。

ソレスタルビーイングと出会い。

戦い。

一度は世界を変え。

それでも終わらず。

ようやく。

その根にいる相手まで辿り着いた。

「後の予定まで考え始めたんだ」

レイナスは月へ背を向ける。

「まずは目の前の仕事を片付けて、生きて帰らないとな」

刹那も立ち上がる。

ティエリア。

アレルヤ。

ライル。

マリー。

グラハム。

それぞれが続く。

スメラギは彼らを見渡した。

戦うためだけではない。

戦いの後へ進むために。

「最終作戦を開始する」

月の裏側。

ヴェーダ。

リボンズ・アルマーク。

両陣営が。

互いの存在を意識しながら。

最後の戦いへ向けて動き始めた。

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