第109話 人類の変革
西暦2312年――月・裏側宙域
戦端が開かれた。
アロウズ艦隊から放たれた無数のGNビームが、暗い宇宙を赤く染める。
その光の雨へ。
00ライザーを先頭に、ソレスタルビーイングのモビルスーツ部隊が突入した。
「刹那、右から来る!」
『分かっている!』
ラッセの声に応じるより早く、00ライザーが機体を翻す。
直前までいた空間を、アヘッドのビームが貫いた。
00ライザーは回避と同時にGNソードIIIを振るう。
一閃。
アヘッドの武装と右腕がまとめて切断された。
背後からGN-X IIIが二機。
だが、照準を合わせる前に長距離から二条の光が走る。
一機のライフル。
もう一機の脚部。
正確に撃ち抜かれた。
『狙い撃つぜ!』
ケルディム。
ライルは次の標的へ照準を移している。
「兄さん、そっちに三機!」
『見えてる!』
少し後方では、ニールのGN-X IIIが敵機と交差する。
同型機。
違うのは識別信号だけだった。
「こうして見ると妙な気分だな!」
ビームライフルを連射。
一機を牽制しながら接近し、蹴りで姿勢を崩す。
そこへケルディムの射撃。
敵GN-X IIIのライフルだけが吹き飛んだ。
『借り物なんだから傷つけんなよ、兄さん』
「そっちまでイアンみたいなこと言うな」
『俺は後で怒られたくないだけだ』
「俺の機体なんだけどな、これ」
『元は敵のだろ』
「細かいこと気にすんな!」
兄弟のGN-X IIIとケルディムが左右へ分かれる。
その間を。
橙色の機体が高速で突き抜けた。
アリオス。
「マリー!」
『右は任せて!』
GNアーチャーがアリオスの側面へ並ぶ。
二機がほぼ同時に射撃。
進路を塞ごうとしていたGN-X III部隊が散開した。
アリオスはその隙間へ突入。
一機。
二機。
すれ違いざまに武装を破壊していく。
マリーのGNアーチャーが、後方から迫った機体を正確に押さえる。
『随分息が合ってるな』
ライルの声。
「ずっと一緒に戦ってきたからね」
『それ、戦場で言うと惚気に聞こえるぜ?』
「え?」
『ライル!』
マリーの声が飛んだ。
『はいはい。仕事しますよ』
◇
別方向。
セラヴィーが四門のGNキャノンを展開した。
「射線上から離れろ!」
味方機が散る。
直後。
四本の太い光が敵陣を貫いた。
アロウズ艦が防御フィールドを展開する。
だが。
その側面へ黒と白の影が迫った。
スサノオ。
「そこか!」
《シラヌイ》が防御フィールド発生器を切り裂く。
反転。
《ウンリュウ》がもう一基を破壊。
フィールドが消える。
その瞬間。
ケルディムの狙撃が艦の主砲を撃ち抜いた。
『見事だ、ディランディ!』
『そっちもな、エーカー少佐!』
グラハムが笑う。
敵味方として戦った者たちが。
今は同じ方向へ刃を向けている。
その光景を。
スメラギはプトレマイオス2のブリッジから見ていた。
「敵第一陣、中央が崩れます!」
「そのまま押すわ」
スメラギが戦域図を見る。
アロウズの数は多い。
だが。
こちらには質がある。
何より。
彼らはもう、かつてのソレスタルビーイングではない。
四年前とは違う。
失ったもの。
得たもの。
それぞれが抱えたものを持って。
ここまで来た。
「プトレマイオス2、前進」
『了解!』
リヒティが応じる。
「GNフィールド展開!」
フェルトが叫ぶ。
プトレマイオス2を覆った光の膜へ、敵艦からの砲撃が次々と着弾する。
艦体が揺れた。
「まだ持つ!」
クリスティナが端末を叩く。
「正面、敵巡洋艦二隻!」
「ミサイル発射!」
GNミサイルが飛ぶ。
敵艦隊の防御陣形が崩れた。
その中央へ。
白い機体が突っ込んでいく。
◇
ガンダムアルティオール。
「右推進系に二十」
レイナスが呟く。
《アニマ》が応える。
青白い光が右側の推進系へ集中した。
アルティオールの軌道が鋭く変わる。
三方向から放たれたビーム。
その間を。
機体が滑るように抜けた。
「次、フレーム」
光の流れが変わる。
一瞬だけ右腕へ。
GN-X IIIのビームサーベルをアルティオールが受け止める。
押し返す。
「武装」
再び配分が変わった。
振るった刃が敵機のビームライフルと肩部をまとめて切断する。
機体そのものは斬らない。
蹴り飛ばす。
「なるほどな」
レイナスの口元が上がる。
「アステリオンじゃ、ここまで細かく切り替えられなかった」
『レイナス! 感想は後にして!』
スメラギ。
「実戦試験も仕事のうちだろ」
『今は最終決戦!』
「分かってるさ」
正面。
アヘッド四機。
その後ろからGN-X III。
「だから急いで片付けてる」
アルティオールが加速した。
一機目。
射撃をかわしながら懐へ入り、ライフルを切断。
二機目。
左脚へ蹴り。
三機目。
《アニマスフィア》が一瞬だけ展開され、放たれたビームを逸らす。
四機目が背後へ回る。
レイナスは振り返らない。
青白い球体が機体の背後へ飛ぶ。
追尾。
敵機の武装へ命中。
爆発。
「悪くない」
『何がだ?』
通信にグラハム。
「アルティオールだよ」
レイナスが機体を反転させる。
「こっちが無理して機体に合わせる必要がない。欲しいところに欲しいだけ回せる」
『ならば、こちらも負けてはいられんな!』
スサノオがトランザムを起動する。
赤い光。
アルティオールの青白い光。
二機が別方向へ飛び込んだ。
「張り合うところじゃないだろ」
そう言いながら。
レイナスも少し楽しそうだった。
◇
戦況は。
確実に動いていた。
アロウズ艦隊の第一防衛線が崩れる。
『敵艦隊、後退を開始!』
フェルトの報告。
「追いすぎないで!」
スメラギが即座に命じる。
「目的は敵艦隊の殲滅じゃない。ヴェーダへの到達を優先!」
各機が巨大構造物へ向けて進路を取る。
距離が縮まるほど。
その異常な規模がはっきりする。
「……近づくほどでかく見えるな」
レイナスが呟く。
『普通はそうだろ』
ニール。
「限度ってもんがあるだろ。これ、どこが入口なんだ?」
『探すところからかよ』
ライルが笑う。
その時だった。
『待って!』
フェルトの声。
『巨大構造物から、新たな熱源!』
レーダー。
最初は数十。
それが。
百。
さらに増える。
「なんだ、この数……」
アレルヤが息を呑む。
巨大構造物の各所から。
小型の機体が次々と射出されていた。
同じ形。
同じ動き。
異様なほど単純な進路。
ティエリアが機体データを解析する。
「ガガ……?」
『知ってるのか?』
レイナス。
「ヴェーダ内に存在していた機体データだ。だが、この運用方法は――」
言葉が止まる。
ガガの群れが。
一斉に加速した。
真っ直ぐ。
こちらへ。
回避しない。
射撃もしない。
ただ速度だけを上げている。
「……特攻!?」
クリスティナが叫ぶ。
次の瞬間。
先頭のガガがアロウズ艦艇の横をすり抜け。
00ライザーへ突っ込んだ。
「刹那!」
ラッセ。
00ライザーが急旋回。
ガガがすぐ横を通過する。
そのまま後方のGNフィールドへ激突。
爆発。
「有人機だ!」
ティエリアの声が響く。
「全機にイノベイドが搭乗している!」
「これ全部かよ……!」
ライルの声から軽さが消えた。
第二波。
数十機。
その後ろ。
さらに数え切れないほどのガガ。
「迎撃!」
スメラギの命令。
ケルディムが撃つ。
セラヴィーが砲撃。
アリオス。
GNアーチャー。
スサノオ。
アルティオール。
次々とガガを落とす。
だが。
止まらない。
破壊された機体の間から。
次のガガが飛び込んでくる。
◇
00ライザー。
「……っ!」
刹那の動きが止まった。
『刹那!?』
ラッセ。
「待て……」
声が。
聞こえる。
――怖い。
刹那の瞳が揺れる。
――死にたくない。
「……何だ」
――命令。
――行け。
――ぶつかれ。
――怖い。
――助けて。
「やめろ……」
GNソードIIIを構える。
正面から。
一機のガガ。
その向こう。
コクピットにいる誰かを。
感じる。
「こいつらは……」
『刹那、来るぞ!』
ガガが突っ込む。
刹那は反射的に機体をかわした。
撃てなかった。
ガガは00ライザーを通過。
後方へ。
「刹那!」
ラッセが叫ぶ。
刹那の呼吸が荒くなる。
聞こえる。
一人ではない。
十。
百。
もっと。
声。
恐怖。
諦め。
理解できないまま与えられた命令。
死。
「違う……」
00ライザーから。
GN粒子が溢れ始めた。
「こいつらは、戦いたいんじゃない……!」
◇
「っ……!」
アレルヤが頭を押さえた。
「アレルヤ!?」
マリーも同時に顔を上げる。
「これは……」
二人が感じる。
強烈な脳量子波。
だが。
自分たちのものとは違う。
「刹那……?」
アレルヤが00ライザーを見る。
マリーも息を呑む。
「違う……私たちとは……」
セラヴィー。
ティエリアも異変を感じていた。
「この脳量子波……」
ヴェーダの記録。
イオリア・シュヘンベルグが残した計画。
その先。
人類が宇宙へ進出するために必要とされたもの。
「まさか……」
ティエリアの瞳が見開かれる。
「これが……人類の変革……」
◇
00ライザーのコクピット。
刹那の瞳に。
光が宿る。
これまでのような。
一瞬のものではない。
黄金。
鮮明な輝きが。
両目に灯っていた。
「聞こえる……」
声。
ガガの中のイノベイド。
アレルヤ。
マリー。
ティエリア。
ライル。
ニール。
スメラギ。
フェルト。
沙慈。
ルイス。
グラハム。
レイナス。
知らない人間たち。
敵。
味方。
区別なく。
そこにいる。
その存在が。
以前より遥かに近い。
そして。
もっと遠く。
地球。
――刹那。
「……マリナ」
聞こえた気がした。
本当に声が届いたのか。
それとも。
自分が彼女を思い出しただけなのか。
もう分からない。
それでも。
さらに向こう。
月の裏側。
巨大構造物の中。
強い意思。
自分を見ている存在。
「……リボンズ」
刹那の黄金の瞳が。
正面を見据えた。
「分かる」
「そこにいるのが」
世界が。
今までとは違って感じられる。
遠い。
近い。
そんな距離だけではない。
人の意思が。
存在が。
互いに触れられる。
「俺たちは……」
刹那が呟く。
「分かり合える」
◇
アルティオール。
レイナスは00ライザーを見ていた。
機体から放出されるGN粒子。
それだけではない。
刹那自身が。
明らかに変わった。
理屈は分からない。
脳量子波など専門外だ。
だが。
人を見る目には。
それなりに自信がある。
「……そうか」
以前から。
少しずつ変わっていた。
戦うだけだった少年が。
他人の声を聞こうとするようになった。
「完成したって顔じゃないな」
レイナスが小さく笑う。
「ようやく始まったってところか」
◇
巨大構造物・内部
静かな空間。
リボンズ・アルマークが。
目を見開いた。
モニターには00ライザー。
そして。
黄金に輝く刹那の瞳。
「……これは」
初めて。
その表情から余裕が消えた。
「純粋種……」
少し離れた場所。
リジェネ・レジェッタが。
微笑んだ。
「現れたね、リボンズ」
「……」
「君たちが人類を導くんじゃない」
リジェネが画面を見る。
「人類は、君たちを必要とせずに変わり始めた」
リボンズの目が細くなる。
「黙れ、リジェネ」
声は静かだった。
だが。
そこには。
今までになかった苛立ちが混じっていた。
◇
戦場。
ガガの攻撃は止まらない。
「刹那!」
スメラギの声。
刹那が顔を上げる。
黄金の瞳は。
まだ輝いている。
「分かっている」
00ライザーが動く。
今度は。
迷わない。
迫るガガの軌道。
搭乗者の意思。
その両方を感じる。
機体を滑らせる。
直撃を避け。
GNソードで推進器だけを切断。
別のガガ。
脚部。
次。
武装。
「殺さなくても止められる!」
ラッセが息を呑む。
刹那は。
ガガが動くより早く。
その動きを感じている。
だが。
数が多すぎる。
「くっ……!」
ニールのGN-X IIIがガガを撃ち落とす。
次の一機。
かわす。
さらに一機。
「しつこい!」
至近距離。
ガガが爆発した。
爆風。
GN-X IIIが大きく流される。
『兄さん!』
「まだ動く!」
警告表示。
右脚。
左肩。
推進系。
次々と異常。
「……いや、思ったより動かねえな」
『ニール!』
スメラギ。
『帰艦して!』
「まだやれる!」
『その機体じゃ次の戦闘は無理よ!』
ニールは一瞬黙る。
モニター。
巨大構造物。
まだ。
その先がある。
ここで機体を潰しても仕方がない。
「……了解」
GN-X IIIを反転。
『兄さん』
ライル。
「心配すんな」
ニールが笑う。
「先に戻ってコーヒーでも淹れとく」
『勝手に終わった気になるなよ』
「分かってるって」
損傷したGN-X IIIが。
プトレマイオス2へ向かう。
◇
その時。
刹那が顔を上げた。
「来る」
『何が?』
ラッセ。
「艦隊」
『敵の増援!?』
「違う」
刹那は。
遠くを見る。
まだレーダーには映っていない。
だが。
分かる。
「俺たちと同じ方向を見ている」
数秒後。
フェルトの声が響いた。
『新たな艦影!』
ブリッジ。
レーダー上に。
複数の反応。
「識別!」
クリスティナが情報を開く。
そして。
目を見開いた。
「連邦軍!?」
通信が入る。
正面モニターに。
一人の女性士官が映った。
『こちら地球連邦軍、カティ・マネキン大佐』
スメラギが立ち上がる。
「カティ……」
『ソレスタルビーイング。聞こえているか』
「ええ」
カティの表情は厳しい。
『勘違いするな。我々は貴官らに加勢するために来たのではない』
一拍。
『我々は我々の判断で――世界を私物化する者と戦う』
カティの艦隊が。
アロウズ艦隊へ砲門を向ける。
その別方向。
さらに新しい反応。
『こちら地球連邦正規軍、セルゲイ・スミルノフ大佐』
GNアーチャーの中。
マリーが息を呑んだ。
「大佐……!」
『マリー』
セルゲイの声。
『無事だな』
「はい!」
『アレルヤも一緒か?』
『はい、大佐』
アレルヤが答える。
短い沈黙。
そして。
『話は帰ってからだ』
マリーの表情が緩む。
「……はい!」
さらに。
カティの通信へ。
やけに元気な声が割り込んだ。
『大佐ぁ! 敵がこっちにも来ます!』
『見れば分かる! パトリック、迎撃しろ!』
『了解です、大佐!』
GN-X IIIが飛び出す。
「大佐の敵なら俺の敵だぁぁぁ!」
レイナスがその声を聞いた。
「……あいつも来たのか」
『知っているのか?』
グラハム。
「昔ちょっと機体を借りた」
『借りた?』
「細かい話は後だ」
『レイナス・レノアーク!』
パトリックの声が通信へ飛び込んできた。
『お前! まだ人の機体盗んでんのか!』
「今乗ってるのは俺のだ!」
『今はって何だぁ!』
「ほら、ガガ来てるぞ」
『誤魔化すなぁぁぁ!』
通信が切れた。
レイナスは小さく息を吐く。
「元気そうで何よりだ」
◇
戦場が。
変わる。
カティ・マネキン率いる部隊。
セルゲイを中心とする連邦正規軍。
彼らが。
ガガとアロウズ艦隊を押さえ始める。
スメラギは状況を見た。
「今よ」
各機へ通信。
「外側の敵は連邦軍に任せる」
「私たちはヴェーダへ向かう!」
00ライザー。
ケルディム。
アリオス。
GNアーチャー。
セラヴィー。
スサノオ。
アルティオール。
七機が。
巨大構造物へ向けて加速する。
その先。
新たな反応。
今までとは違う。
強いGN粒子。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
そして――五つ。
ティエリアが息を呑む。
「来るぞ」
巨大構造物の各所から。
異形のモビルスーツが姿を現す。
ガラッゾ。
もう一機のガラッゾ。
エンプラス。
そして。
見たことのない新型機。
リヴァイヴ・リバイバルが。
そのコクピットで00ライザーを見つめていた。
「刹那・F・セイエイ……」
次に。
アルティオール。
「そして、レイナス・レノアーク」
失ったガデッサ。
あの屈辱。
忘れた日はない。
「今度こそ――」
そのさらに奥。
巨大構造物の影から。
白いモビルスーツが。
ゆっくりと姿を現した。
Oガンダムを思わせる姿。
だが。
その背には。
片側だけに並んだ六基の巨大な翼。
否。
大型のフィンファング。
左右非対称のシルエット。
レイナスが目を細めた。
「……あれか」
白い機体から。
通信が入る。
『待っていたよ』
聞き覚えのある声。
『レイナス・レノアーク』
レイナスの表情から。
笑みが消える。
「リボンズ・アルマーク」
白い機体の瞳が輝く。
六基の大型フィンファングが。
ゆっくりと展開を始めた。
『君という計画外の存在を』
リボンズは静かに告げる。
『今度こそ、僕自身の手で排除する』
レイナスは操縦桿を握り直す。
アルティオールの各部を。
青白い光が走った。
「ようやく現場に出てきたか」
正面。
白いガンダム。
その機体名が。
レイナスのモニターへ表示される。
RE.NEW GUNDAM
「……リ・ニューガンダム」
六基のフィンファングが広がる。
レイナスは。
その機体を見て。
僅かに口元を上げた。
「いい機体じゃないか」
『君は本当に――』
リボンズが笑う。
『こんな時でも、それなんだね』
「声と機体だけは知ってる奴によく似ているな」
青白い光が強くなる。
純粋種へ覚醒した刹那。
集結した連邦軍。
そして。
姿を現したイノベイターたち。
巨大構造物を目前に。
戦いは。
次の段階へ入った。