第11話 大国の威信
西暦2307年――人類革新連盟・軌道軍施設
ソレスタルビーイング。
世界各地へ武力介入を続ける、正体不明の私設武装組織。
そして。
その象徴たる四機のガンダム。
各国がその性能を分析し、対抗策を模索する中。
人類革新連盟は一つの答えを出した。
撃破ではない。
――鹵獲。
「作戦の目的は、ガンダムの捕獲だ」
セルゲイ・スミルノフ中佐の声が、ブリーフィングルームへ響く。
モニターには過去の戦闘記録。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
その圧倒的な性能は、既存のモビルスーツを大きく凌駕している。
正面から戦えば不利。
ならば。
正面から戦わなければいい。
人革連が持つ物量。
情報。
軌道上の監視網。
そして。
「ソーマ・ピーリス少尉」
「はい」
一人の少女が立つ。
超兵。
人革連が生み出した強化兵士。
セルゲイは彼女を見る。
「君にも重要な役割を担ってもらう」
「了解しました」
少女の返答に迷いはない。
セルゲイは再びモニターを見る。
ガンダムを捕らえる。
それが成功すれば。
軍事的価値だけではない。
ソレスタルビーイングという組織そのものへ、大きな打撃を与えることになる。
「相手が高性能機だからこそ、こちらは戦い方を選ぶ」
力比べをする必要はない。
見つける。
追い込む。
分断する。
そして捕らえる。
「始めるぞ」
人革連の威信を賭けた作戦が。
静かに動き始めた。
◇
地球低軌道――プトレマイオス・ブリッジ
「……多いな」
後方に立つレイナスがモニターを見ていた。
人革連の艦艇。
輸送艦。
モビルスーツ。
その配置情報が次々と更新されている。
スメラギは中央席で黙ったまま画面を見つめていた。
クリスが情報を整理する。
「人革連の軌道活動、ここ数日でかなり増えてる」
「通常の訓練ではありません」
フェルトが続ける。
「通信量も増加しています」
ラッセが腕を組む。
「俺たちを探してるってことか」
「可能性は高いわね」
スメラギが答える。
レイナスは別の画面を見る。
「ずいぶん手間かけてるな」
「ガンダムが欲しいんでしょうね」
「壊すんじゃなくて?」
「鹵獲できれば、その方が価値があるもの」
「まあ、そりゃそうか」
レイナスは壁へ背を預けた。
「俺でも欲しいしな」
クリスが振り返る。
「そこ、人革連と同じなんだ」
「一緒にするな。俺は眺めて乗りたいだけだ」
「十分危ないよ」
「最近そればっかり言われるな」
スメラギがレイナスを見る。
「実績があるからでしょう?」
「フラッグなら返した」
「はいはい」
「誰も評価してくれんな……」
レイナスは小さく息を吐く。
その間にも。
スメラギの視線は配置図から離れない。
人革連の行動範囲。
通信。
移動。
補給。
一つ一つなら不自然ではない。
だが。
重ねれば違うものが見えてくる。
「……嫌な配置ね」
スメラギが呟く。
レイナスが横目を向けた。
「罠か?」
「まだ分からない」
「でも嫌な感じはする?」
「ええ」
レイナスはそれ以上聞かなかった。
戦術予報士。
それがスメラギの役割だと聞いている。
なら。
自分が横から半端な知識で口を出す場面ではない。
「マイスターを呼んで」
スメラギが指示する。
「了解」
クリスが通信を開いた。
◇
プトレマイオス・ブリーフィングルーム
四人のガンダムマイスター。
刹那。
ロックオン。
アレルヤ。
ティエリア。
そして。
部屋の端にはレイナスもいた。
「人革連が大規模な軌道活動を始めているわ」
スメラギがモニターを切り替える。
「狙いは私たちと考えていい」
ロックオンが配置を見る。
「随分な数だな」
「物量で探し出す気か」
ティエリアの表情が険しくなる。
アレルヤも画面を見る。
「プトレマイオスを見つけるために?」
「それだけならまだいいんだけどね」
スメラギが別のデータを表示する。
「私なら、見つけた後にガンダムを分断する」
レイナスが壁際から言う。
「一機ずつ潰す?」
「捕まえる」
「なるほど」
「ガンダムを一機でも鹵獲できれば、相手にとっては大戦果よ」
「機体だけじゃなく技術も手に入るからな」
「そういうこと」
刹那が言う。
「鹵獲はさせない」
「もちろん」
スメラギは四人を見る。
「でも、敵も馬鹿じゃない。これまでの戦闘記録からガンダムの性能を調べているはずよ。今まで通りにはいかないと思って」
レイナスが腕を組む。
「で、俺は?」
スメラギが見る。
「待機」
「……やっぱりか」
「不満?」
「そりゃ多少はな」
ティエリアが言う。
「当然だ。君には宇宙戦闘に使用できる機体がない」
「まあな」
「なら話は終わりだ」
「冷たい奴だな」
「事実を言っているだけだ」
「分かってるさ」
レイナスは素直に引いた。
その横で。
刹那が彼を見る。
「戦いたいのか」
「面白そうな相手ならな」
「遊びではない」
「知ってる」
少しだけ声が変わる。
「だから邪魔になるなら出ない。それくらいは弁えてる」
スメラギが一瞬だけレイナスを見る。
以前なら。
機体がないなら現地でどうにかする。
そんなことを言い出しても不思議ではなかった。
だが宇宙ではそうもいかない。
少なくとも。
スメラギはそう思っていた。
この時点では。
◇
数時間後――プトレマイオス
索敵は続いていた。
敵もこちらを探している。
こちらも敵の動きを追っている。
姿の見えない戦い。
レイナスにとっては、あまり得意な時間ではなかった。
「……暇だな」
ブリッジ後方。
「暇なのはいいことだよ」
クリスが言う。
「戦闘が始まってないってことだから」
「理屈は分かる」
「じゃあ我慢して」
「努力する」
フェルトがセンサーを確認したまま言う。
「さっきから十分ごとに暇って言ってる」
「数えてたのか?」
「暇だから」
「フェルトまで暇なんじゃないか」
「仕事はしてる」
「そうかい」
レイナスが苦笑する。
その時だった。
「反応!」
フェルトの声が変わった。
「複数!」
クリスも端末を操作する。
「人革連!」
空気が一変する。
スメラギが立つ。
「数は?」
「増えてる……まだ増える!」
モニターに光点が現れる。
一つ。
二つ。
十。
さらに。
レイナスの表情からも気怠さが消えた。
「こいつは……」
ラッセが呟く。
「囲まれたか?」
スメラギは答えない。
画面を見る。
敵の配置。
接近速度。
こちらの位置。
そして。
「見つけられた」
その声に迷いはなかった。
「マイスター、出撃準備!」
『了解!』
艦内が一気に動き始める。
◇
プトレマイオス・格納区画
四機のガンダムが発進準備へ入る。
GN粒子。
機械音。
整備員の声。
レイナスは少し離れた場所からそれを見ていた。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
「……いいな」
横にいたイアンが振り返る。
「何がだ?」
「こういうの」
「出撃前だぞ」
「だからだろ」
レイナスの目は四機から離れない。
緊張。
騒音。
出撃を待つ機体。
長く生きても。
こういうものだけは飽きなかった。
「お前も乗りたい顔してるな」
「乗せてくれるなら」
「無理だ」
「知ってる」
イアンが笑う。
エクシアが移動する。
刹那の声が通信から響く。
『刹那・F・セイエイ。エクシア、出る』
一機。
また一機。
宇宙へ。
レイナスはそれを見送った。
最後の光が消える。
「……さて」
やることがない。
「俺はブリッジ戻るか」
「大人しくしてろよ」
「俺を何だと思ってる」
イアンが即答する。
「勝手に他人のMSに乗る奴」
「一回だけだろ」
「一回あれば十分だ」
「世知辛いな」
◇
宇宙空間――プトレマイオス周辺宙域
人革連のモビルスーツ部隊が展開する。
数。
数。
さらに数。
一機の性能で劣るなら。
物量で押さえる。
それだけではない。
通信。
陽動。
配置。
ガンダムの行動を誘導し。
互いの距離を引き離していく。
セルゲイは戦況を見ていた。
「焦るな」
ガンダムは強い。
だからこそ。
戦わせればいい。
消耗させる。
注意を分散させる。
そして。
好機を待つ。
「少尉」
『はい』
「予定通りだ」
『了解』
ソーマ・ピーリスのティエレンタオツーが動く。
その先には。
キュリオス。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「キュリオス、予定航路から外れます!」
フェルト。
「アレルヤ?」
スメラギが画面を見る。
反応がおかしい。
キュリオスの動きが鈍る。
『う……っ!』
アレルヤの苦しげな声。
「アレルヤ!」
『頭が……!』
レイナスがモニターを見る。
「何だ?」
「分からない!」
クリスが通信状態を確認する。
機体故障ではない。
外部から攻撃を受けた形跡もない。
だが。
アレルヤ自身が明らかに異常を起こしている。
そして。
そこへ。
一機のティエレンが迫る。
「まずいわ!」
スメラギが指示を飛ばす。
「他のマイスターは!?」
「敵部隊に分断されています!」
フェルトが答える。
レイナスの目が細くなる。
モニターの中。
キュリオスへ。
人革連機が迫る。
「……うまいな」
スメラギが振り返る。
「何が?」
「人革連だ」
レイナスは敵の配置を見る。
「最初からこれが狙いか」
スメラギも分かっている。
だからこそ。
表情が険しい。
一機。
孤立させた。
「キュリオス、敵機に接触!」
フェルトの声。
「アレルヤ、応答して!」
『…………』
返答が弱い。
レイナスは画面を見たまま。
「スメラギ」
「何?」
「俺も出る」
即答だった。
「駄目」
「まだ何も説明してないぞ」
「機体がないでしょう」
「なくても行ける」
「……何?」
スメラギが振り返った。
レイナスはごく普通のことを言うように続ける。
「生身で出ればいい」
ブリッジが。
静かになった。
ほんの一瞬。
警報と機器音だけが残る。
スメラギが眉を寄せた。
「……今、何て言った?」
「生身で出る」
「それは聞こえたわ」
スメラギが立ち上がる。
「どうやって宇宙に出るの?」
「《アニマ》で身体の周りに空気を保持する」
「…………」
「そのまま全身を包めば、真空は防げる」
クリスが振り返っていた。
フェルトも。
ラッセも。
全員が。
レイナスを見ている。
レイナスが周囲を見る。
「……何だ?」
スメラギの目が据わった。
「レイナス」
「何だ?」
「それ、私は初耳なんだけど」
「ああ」
「どうして報告してないのよ!」
「使う機会が――」
言いかけ。
止まる。
スメラギの顔を見る。
一拍。
「……悪い。これは俺が悪かった」
クリスが目を丸くする。
「引くの早っ」
「勝てない話で粘るほど若くない」
「その年齢も確認できてない!」
スメラギが即座に返す。
「今そこまで拾うのか……」
「当然でしょう!」
だが。
スメラギはすぐに指揮官の顔へ戻る。
「活動時間は?」
「酸素次第だ」
「《アニマ》で酸素を作れる?」
「無理だ」
「持って出た空気だけ?」
「何も用意しないならな」
「戦闘すれば酸素消費は増える」
「ああ」
「正確な活動限界は?」
「状況次第だな」
「却下」
「早いな」
「当たり前でしょう!」
レイナスも反論できない。
作戦として考えれば。
スメラギの判断が正しい。
だが。
モニターではキュリオスが追い込まれている。
「待て」
別の声。
イアンだった。
格納区画から通信で話を聞いていたらしい。
『生命維持全部を《アニマ》で代用できるなら、必要なのは酸素だけか?』
「そうなるな」
『温度は?』
「ある程度なら防げる」
『放射線は?」
「《アニマ》で遮れる範囲ならな」
『圧力は?』
「問題ない」
短い沈黙。
『……お前さん、人間か?』
レイナスの眉が動いた。
「失礼だな。人間だよ」
『生身でMSを止める』
「まあな」
『輸送機から飛び降りる』
「あれは必要だった」
『空中で軌道を変える』
「《アニマ》使えばな」
『妙な光弾を飛ばす。刃を作る。攻撃まで防ぐ』
「妙は余計だろ」
『その上、宇宙空間まで生身で出られる?』
「酸素はいるぞ」
『そこだけ妙に人間らしいのが腹立つな!』
「俺に言われても困る」
ラッセが口を挟む。
「なら酸素ボンベ背負わせりゃいいんじゃないか?」
イアンが止まった。
『…………』
レイナスも止まった。
「……それだ」
「それだ、じゃない!」
スメラギの一喝。
だがイアンはもう技術屋の顔になっている。
『待て。生命維持装置はいらん。呼吸用の酸素だけ供給できりゃいいなら――』
「イアン!」
『分かってる! 今すぐ用意できるって話じゃない!』
「なら今回は――」
「待ってくれ」
レイナスの声。
今度は。
軽くなかった。
スメラギが見る。
「アレルヤが捕まりそうなんだろ」
「……ええ」
「他の三機は?」
「すぐには回せない」
「なら俺が行く」
「活動限界が分からない」
「分かってる」
レイナスはモニターを見る。
キュリオス。
動きが鈍い。
敵が迫る。
「無茶して遠くまで行く気はない。キュリオスを引き剥がして、すぐ戻る」
「あなたが戻れなくなったら?」
「その時は――」
一瞬。
いつもの軽口を言いかけ。
やめた。
「戻るさ」
スメラギを見る。
「こういう時くらい、格好つけさせてくれ」
「…………」
「目の前で仲間が捕まりそうなのに、機体がないから見てましたじゃ、後で飯が不味くなる」
クリスが小さく言う。
「最後で台無しだよ」
「照れ隠しだ。拾うな」
それでも。
スメラギは許可しない。
「駄目」
レイナスが目を細める。
「まだ駄目か」
「あなたの能力を疑ってるんじゃない」
スメラギは真っ直ぐ言った。
「私があなたの活動限界を知らない。あなた自身も正確に把握してない。そんな状態で出撃許可なんて出せない」
「……なるほどな」
「助けに行った人まで帰ってこなくなる作戦を、私は立てない」
その言葉に。
レイナスは黙った。
数秒。
「分かった」
スメラギが少し意外そうにする。
「聞くの?」
「筋は通ってる」
壁から身体を離す。
「なら今はアンタの判断に従う」
「ありがとう」
「ただし」
モニターを見る。
「本当にどうにもならなくなったら、もう一回聞く」
「……その時に考えるわ」
「十分だ」
再び。
全員が戦況へ集中する。
◇
宇宙空間――キュリオス周辺
アレルヤの視界が歪む。
頭の奥へ。
何かが突き刺さる。
近い。
誰かがいる。
自分と同じ――
違う。
けれど。
似ている。
『うああああっ!』
キュリオスが姿勢を崩す。
そこへ。
ティエレンタオツー。
ソーマ・ピーリス。
『対象の動きが停止』
少女は冷静に告げる。
だが。
その頭にも。
微かな不快感が走っていた。
何かが。
いる。
自分の意識へ触れる何か。
『……っ』
それでも。
任務を優先する。
キュリオスを捕らえる。
人革連部隊が動く。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「キュリオス――拘束されます!」
フェルトの声。
レイナスの目が細くなる。
スメラギも。
状況を見つめる。
原作ならば。
ここから。
人革連によるガンダム鹵獲作戦は。
さらに深く。
ソレスタルビーイングを追い詰めていく。
だが。
このプトレマイオスには。
本来なら存在しない選択肢が一つ増えていた。
モビルスーツを持たず。
宇宙服すら必要とせず。
ただ。
呼吸するための酸素だけを必要とする男。
イアンが通信越しに呟く。
『……酸素供給だけなら、そんな大掛かりなもんはいらんな』
レイナスが反応する。
「どのくらいで作れる?」
スメラギが振り返る。
「レイナス」
「今すぐ出るとは言ってない」
一拍。
「次に同じことがあった時、機体がないから見てるだけってのは御免なんでな」
イアンが笑った。
『面白くなってきた』
「だろ?」
「イアンまで乗らない!」
スメラギの声が飛ぶ。
その横で。
ラッセが小さく笑う。
「専用機より先に、酸素ボンベが専用装備になりそうだな」
レイナスは少し考え。
「……格好つかんな」
「生身で宇宙に出る奴が何言ってんだ」
「そこは大事だろ」
フェルトが振り返る。
「酸素切れより?」
「……酸素の方が大事だな」
「うん」
「真顔で言われると結構くるな」
だが。
その軽口とは裏腹に。
レイナスの目は。
捕らえられようとしているキュリオスから離れていなかった。
戦況は。
まだ終わっていない。
むしろ。
ここからが本番だった。