第113話 狙い撃つ
西暦2312年――巨大構造物・内部
銃声。
二つ。
ほぼ同時だった。
ニールが身体を横へ投げる。
弾丸が頬のすぐ横を抜け、背後の壁へ火花を散らした。
サーシェスも身を翻す。
ニールの一発は肩を掠める。
「チッ!」
「相変わらずだな」
ニールは柱の陰へ滑り込んだ。
「人を撃つ時だけは生き生きしてやがる」
「そりゃどうも!」
サーシェスが連射。
壁が削れる。
ニールは姿勢を低くして移動する。
三発。
四発。
弾道を見る。
サーシェスは負傷している。
だが。
腕は落ちていない。
むしろ。
こういう戦いこそ。
あの男の本領だった。
「お前も変わらねえじゃねえか!」
サーシェスが叫ぶ。
「結局俺を殺しに来た!」
「否定はしないさ!」
ニールが応射。
一発。
サーシェスが頭を下げる。
「家族の仇!」
二発目。
「女を襲われた恨み!」
三発目。
「立派な復讐じゃねえか!」
ニールは。
撃たなかった。
一瞬。
絹江の顔が浮かぶ。
家族。
父。
母。
妹。
あの日。
何もかもが。
一瞬で消えた。
その怒りは。
今も消えていない。
許せるはずもない。
「……ああ」
ニールは認めた。
「お前が憎いよ」
サーシェスが笑う。
「ハッ!」
「家族のことも」
ニールが弾倉を交換する。
「絹江のことも」
装填。
「俺自身のこともな」
柱から出る。
射撃。
サーシェスも撃つ。
二人が同時に移動する。
弾丸が壁を削る。
「だったら同じじゃねえか!」
「違うって言ってるだろ!」
ニールが床を蹴る。
隔壁の向こうへ。
サーシェスが追う。
「何が違う!」
「昔の俺なら!」
ニールが振り向きざまに発砲。
サーシェスがかわす。
「お前を殺した後のことなんか考えなかった!」
「何だそりゃ!」
「今は帰る場所がある!」
ニールの声が。
通路へ響いた。
「お前を殺すために生きてるんじゃない!」
サーシェスの顔から。
笑みが消えた。
「俺は!」
ニールが撃つ。
「この先を生きるために!」
もう一発。
「ここでお前との因縁を終わらせる!」
◇
西暦2312年――月・裏側宙域
00ライザーとリボーンズガンダムが激突する。
GNソードIII。
ビームサーベル。
二つの刃が噛み合う。
『甘いんだよ、刹那!』
リボンズが押し込む。
『人間同士が分かり合える?』
「……!」
『歴史を見れば分かる!』
リボーンズガンダムが蹴りを放つ。
00ライザーが吹き飛ぶ。
『人間は争い続けた!』
砲撃。
刹那が回避。
『国! 民族! 宗教! 資源!』
次々と光が走る。
『理由などいくらでも作って殺し合う!』
「だから!」
00ライザーが反転。
「変わる必要がある!」
『だから僕が導くんだ!』
リボーンズガンダムが変形する。
砲撃形態。
複数の砲門。
一斉射撃。
「刹那!」
ラッセ。
00ライザーが急上昇。
光が下を抜ける。
『争いをやめられない人間に未来を委ねるほど、僕は楽観的じゃない』
「お前は――!」
刹那の黄金の瞳が輝く。
「最初から人間を信じようとしていない!」
『信じる?』
リボンズが笑う。
『必要なのは管理だよ』
「違う!」
00ライザーが突進。
「人は変われる!」
『証拠は?』
刹那が。
一瞬。
言葉を失う。
『君自身が変革したから?』
リボンズは畳み掛ける。
『君は特別だ』
「……」
『君が純粋種になったところで、すべての人間が君のようになるわけじゃない』
刹那の脳裏に。
声。
ガガに乗せられたイノベイド。
恐怖。
助けを求める声。
そして。
仲間たち。
沙慈。
ルイス。
アレルヤ。
マリー。
ライル。
ティエリア。
スメラギ。
フェルト。
レイナス。
マリナ。
誰も。
同じではない。
だから。
「同じになる必要なんてない」
『何?』
「違うから」
刹那は答える。
「話すんだ」
黄金の瞳。
「違うから、相手を知ろうとする」
『理想論だ』
「それでも!」
00ライザーが加速する。
「最初から諦めるよりはいい!」
◇
巨大構造物。
その外壁へ。
セラヴィーが到達した。
ティエリアは。
ヴェーダの位置を感じている。
「ここだ」
外壁。
巨大な構造物の一部。
セラヴィーの端末に。
アクセス要求。
反応。
一瞬。
ティエリアの目が見開かれた。
「これは……」
情報が流れ込む。
施設構造。
内部区画。
航行システム。
そして。
この巨大構造物そのものの識別情報。
「外宇宙航行艦……」
ティエリアが。
表示された名称を読む。
「《ソレスタルビーイング》……?」
同じ名称。
自分たちの組織と。
同じ名。
『ティエリア?』
スメラギ。
「この巨大構造物の正体が分かった」
ティエリアは。
その規模を改めて見上げる。
「これは基地じゃない」
『え?』
「艦だ」
ブリッジが静まる。
『……艦?』
クリスティナの声。
「外宇宙航行艦」
一拍。
「名称は――《ソレスタルビーイング》」
『ちょっと待って』
クリスティナ。
『これが全部!?』
「データ上はそうなっている」
『規模がおかしいでしょ!』
「僕に言われても困る」
スメラギは。
すぐに切り替えた。
「ヴェーダは?」
「内部だ」
ティエリアの表情が変わる。
「これから侵入する」
『単独で?』
「ヴェーダへ直接アクセスできるのは僕だ」
スメラギは数秒考える。
「分かった」
そして。
「必ず戻ってきなさい」
ティエリアが。
僅かに目を見開く。
以前なら。
使命を優先した。
自分がどうなろうと。
ヴェーダを取り戻せれば。
そう考えたかもしれない。
今は。
「了解」
短く。
答えた。
◇
外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》・内部
ニールの拳銃。
残弾。
少ない。
サーシェスも。
同じだった。
「ハァ……ハァ……」
サーシェスの呼吸が荒い。
肩。
脇腹。
傷が増えている。
ニールも無傷ではない。
左腕。
弾丸が掠めている。
血。
だが。
銃は握れる。
「しぶてえな……!」
サーシェスが笑う。
「そりゃこっちの台詞だ」
二人の間。
数十メートル。
遮蔽物。
互いに。
位置は分かっている。
サーシェスが。
弾倉を見る。
残り。
僅か。
「ロックオン!」
「何だよ」
「お前、本当に俺を殺したら終われると思ってんのか?」
ニールは。
返事をしない。
「家族は戻らねえ!」
サーシェスの声が響く。
「死んだ奴は生き返らねえ!」
「知ってるよ」
「だったら何になる!」
ニールは。
静かに答えた。
「何にもならない」
サーシェスが黙る。
「家族は戻らない」
ニールは。
拳銃を握る。
「お前を殺しても、昔には戻れない」
「だったら――」
「だから」
ニールが。
遮蔽物から出た。
サーシェスも。
同時に姿を現す。
銃口。
互いへ。
「俺は昔に戻るために来たんじゃない」
サーシェスの指が。
引き金へ。
ニールは。
その動きを見ていた。
「これから先へ進むために来た」
発砲。
サーシェス。
ニールが横へ。
弾丸が脇腹を掠める。
「ぐっ!」
それでも。
倒れない。
ニールが撃つ。
サーシェスの拳銃。
弾かれる。
「なっ――!」
銃が床を滑る。
ニールの銃口が。
サーシェスへ向く。
サーシェスは。
笑った。
「撃てよ」
「……」
「家族の仇だぞ?」
ニールは。
照準を合わせる。
「分かってる」
「俺を殺したかったんだろ!」
「ああ」
迷わない。
だが。
昔とは違う。
怒りだけで。
引き金を引くのではない。
家族を忘れるわけではない。
許すわけでもない。
絹江を襲ったことも。
自分を殺しかけたことも。
全部。
背負っていく。
その上で。
終わらせる。
ニールの呼吸が。
静かになる。
かつて。
何度も口にした言葉。
標的を定め。
引き金を引く。
ロックオン・ストラトスとして。
戦い続けてきた自分の言葉。
だが。
今は。
少しだけ意味が違う。
サーシェスだけを見ているわけではない。
この先を見るために。
最後に。
この男へ照準を合わせる。
ニールは。
静かに告げた。
「――狙い撃つ」
銃声。
一発。
弾丸が。
サーシェスの胸を貫いた。
「……っ」
身体が揺れる。
壁へ。
背中からぶつかる。
サーシェスが。
ゆっくりと座り込んだ。
「ハ……」
まだ。
笑おうとする。
だが。
声にならない。
ニールは。
銃口を下げなかった。
サーシェスの手が。
床を探る。
予備の銃。
ニールの目が細くなる。
もう一発。
銃声。
サーシェスの手が止まった。
そして。
今度こそ。
動かなくなった。
長い沈黙。
ニールは。
その場に立っていた。
勝った。
そんな感覚は。
なかった。
胸の中が晴れたわけでもない。
家族が戻ってくるわけでもない。
ただ。
終わった。
それだけだった。
「……父さん」
小さく。
「母さん」
そして。
「エイミー」
目を閉じる。
数秒。
ニールは。
銃を下ろした。
「終わったよ」
◇
通信端末。
ニールは。
一つの回線を開いた。
『……ニール?』
すぐに。
声が返ってきた。
絹江。
「ああ」
『大丈夫?』
ニールは。
自分の左腕を見る。
血。
脇腹。
痛む。
それでも。
歩ける。
「……大丈夫だ」
『本当に?』
「まあ、帰ったら怒られるくらいには」
短い沈黙。
『誰に?』
ニールが。
少し笑った。
「たぶん、お前に」
向こうから。
小さく息を吐く音。
『当たり前でしょ』
「ああ」
ニールは。
サーシェスへ背を向ける。
もう。
振り返らない。
「今から帰る」
『……うん』
ニールは。
歩き出した。
過去へではなく。
自分を待つ人のいる場所へ。
◇
外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》・ヴェーダ中枢区画
ティエリアが。
足を踏み入れる。
巨大な演算領域。
その中心。
ヴェーダ。
「ようやく来たね」
声。
ティエリアが振り返る。
「リジェネ」
リジェネ・レジェッタが。
そこにいた。
「待っていたよ、ティエリア」
「君は……」
「話は後」
リジェネがヴェーダを見る。
「リボンズはまだヴェーダを掌握している」
外。
00ライザーと。
リボーンズガンダム。
戦いは続いている。
「彼を本当に止めたいなら」
リジェネが告げる。
「ここで切るしかない」
ティエリアは。
ヴェーダを見上げた。
リボンズの支配。
イオリアの計画。
人類の未来。
そして。
今も戦っている仲間たち。
「分かっている」
ティエリアが。
一歩。
前へ出た。
「ヴェーダを――」
瞳が輝く。
「リボンズから解放する」