第119話 レイヴンのファン
劇場版《ソレスタルビーイング》の公開からしばらく――。
映画は予想以上の勢いで客を集めていた。
マイケル・チャン、ウォーレン、ジェニファー、オルソン。
そして、レイヴン。
中でも、実在する人物をモデルにしていることが一目で分かるレイヴンは話題になりやすかった。
もっとも。
モデルにされた本人が、それを喜んでいるかどうかは別の話である。
◇
地球――王留美所有施設。
「随分人気ね、レイヴンさん?」
「……朝一番で聞く台詞がそれか」
レイナスはソファへ腰を下ろしたまま、端末から顔を上げた。
向かいには王留美がいる。
あれから一年。
ソレスタルビーイングの活動が大きく縮小してからも、二人の付き合いは続いていた。
考えてみれば長い。
この世界へ来たばかりのレイナスを見つけ、ソレスタルビーイングへ引き込んだのも留美だった。
戦争が終わったからといって、その関係までなくなるわけではない。
長年使っていた敬語も、今ではすっかり消えていた。
留美が端末をレイナスへ向ける。
画面には劇場版《ソレスタルビーイング》の特集記事が表示されていた。
レイヴンの写真が大きく載っている。
「人気投票でも上位みたいよ」
「知らん」
「『圧倒的な強さと孤独を背負った姿が魅力』」
「誰が孤独だ」
「『普段は冷徹だが、仲間のためなら命すら惜しまない』」
「勝手に殺そうとするな」
「『俺の拳は運命すら砕く』」
「留美」
「何?」
「楽しんでるだろ」
「ええ」
即答だった。
レイナスは端末へ視線を戻す。
「否定くらいしてくれ。雇い主にまで弄られる契約だった覚えはないぞ」
「契約書に禁止事項として書いてなかったもの」
「次の更新で追加しとくか」
留美が笑う。
戦争が終わった後、これからどうするのかと聞かれても、レイナスには特に答えがなかった。
百年以上生きてきた。
様々な世界を見て、様々な戦場を経験した。
それでも、平和になった後に何をしたいのかと改めて聞かれれば、案外答えに困る。
そんなレイナスへ仕事を持ってきたのが留美だった。
仕事内容は単純。
王留美の護衛。
世界規模の情報網と財力を持ち、かつてソレスタルビーイングを支援していた人間である。
戦争が終わったところで、彼女に敵がいなくなるわけではない。
むしろ表立った戦闘が減ったからこそ、別の形で身を守る必要があった。
そこで留美は、知っている中で最も護衛に向いている人間へ声を掛けた。
「しかし、お前もよく俺をボディガードにしようと思ったな」
「何か問題ある?」
「過剰戦力だろ」
「安心できるじゃない」
「強盗一人に戦艦を持ち出すような話だぞ」
「強盗が来ても困らないでしょう?」
「相手の方が気の毒になってくるな」
レイナスは端末を閉じた。
「で、今日はどこだ?」
「午後から会合が一件。その後、会食」
「分かった」
「随分真面目ね」
「金を貰ってるからな。仕事を受けた以上は働くさ」
「レイヴンなら無償で世界を守ってくれるのに」
レイナスが立ち上がる。
「じゃあレイヴンを雇え」
「でも、私が雇いたいのはレイナスだもの」
その返しに、レイナスは一瞬だけ留美を見る。
留美は何事もなかったように紅茶を飲んでいた。
「……そういう台詞をさらっと挟むようになったな、お前」
「長い付き合いだもの」
「昔はもう少し遠慮があった気がするんだが」
「気のせいじゃない?」
「雇用環境が年々悪化してるな」
「辞める?」
「今のところその予定はない」
「なら問題ないわね」
レイナスは肩をすくめた。
昔なら、留美はもう少し距離を取っていた。
レイナスさん。
そう呼び、どれだけ親しくなっても丁寧な口調を崩さなかった。
それがいつから変わったのか、明確な境目は覚えていない。
戦争が終わり、互いに戦場以外の時間を過ごすようになったからかもしれない。
「そういえば」
留美が思い出したように口を開く。
「レイヴンのグッズも出るらしいわ」
「買わないぞ」
「まだ何も言ってないでしょう」
「お前の顔を見れば分かる」
「等身大パネルなんてどう?」
「どこに置くんだよ」
「玄関」
「毎朝あいつと顔を合わせろって?」
「本人同士、仲良くなれるかもしれないじゃない」
「一週間以内に外へ出す自信がある」
「残念」
「本気で残念そうな顔するな」
留美は笑いながら立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか」
「ああ」
レイナスは自然に先へ出る。
戦場ではない。
ガンダムに乗る必要もない。
それでも仕事は仕事だった。
扉の外を確認し、留美の進路を確保する。
「レイヴンさん」
「まだ言うか」
「護衛、よろしくね」
「……追加料金取るぞ」
「検討しておくわ」
二人は並んで歩き出した。
◇
地球――別の都市。
劇場版《ソレスタルビーイング》。
上映終了。
館内の照明がゆっくりと戻っていく。
大勢の観客が席を立ち、興奮した様子で映画の感想を言い合っていた。
その中で、一人だけ座席に残っている少女がいた。
ボブカットの髪。
まだ幼さを残す顔立ち。
その視線は、エンドロールが終わったスクリーンから離れない。
少女の名は――。
アーミア・リー。
「…………」
頭の中に、先ほどまで見ていた光景が残っている。
黒いコート。
青白い光。
敵の大軍を前にしても一歩も退かない男。
『死神すら、俺を恐れて近寄らないがな』
アーミアの目が輝く。
『俺の拳は――運命すら砕く!』
「…………」
そして、あの必殺技。
『超絶究極――レイヴン・バーストォォォォッ!!』
アーミアは胸元で両手を握った。
「……レイヴン、かっこいい……」
完全に刺さっていた。
周囲の観客が席を立っていく中、アーミアはパンフレットを開く。
当然、探すページは決まっていた。
レイヴン。
《戦場に舞い降りた孤高の超戦士》
《圧倒的な戦闘能力を持ちながら、その力を己のためには使わない》
《仲間の未来を守るため、孤独な戦いを続ける謎の男》
「かっこいい……」
もう一度呟く。
映画の脚色を知る当事者が聞けば頭を抱えそうな紹介文だった。
だが、アーミアはそんなことを知らない。
ページをめくる。
レイヴンの設定画。
レイヴンの名台詞。
レイヴンの戦闘シーン。
さらにページの端には、モデルとなった人物についての短い説明が掲載されていた。
レイナス・レノアーク。
アーミアの指が止まる。
「……モデル?」
映画の登場人物が実在の人物を参考にしていることくらいは知っていた。
ソレスタルビーイングそのものが実在した組織なのだから当然だ。
だが、マイケルたちとは違い、レイヴンには明確なモデルがいる。
しかも顔まで似ている。
アーミアは記事を読む。
ソレスタルビーイングに協力した人物。
数々の戦闘で目撃され、その常識外れの身体能力についても多くの証言が残されている。
ガンダムを含む複数のモビルスーツへ搭乗。
そして――。
生身でモビルスーツと交戦したという記録。
「…………」
アーミアはゆっくり顔を上げた。
もう何も映っていないスクリーンを見る。
映画の中でレイヴンが拳一つでモビルスーツを破壊した場面を思い出す。
「……本当にやったの?」
映画だから盛ったのだと思っていた。
どうやら、そこは完全な創作ではないらしい。
アーミアは再びパンフレットを見る。
レイナス・レノアークの写真。
そして隣に掲載されたレイヴン。
何度も見比べる。
「……似てる」
当然である。
モデルなのだから。
それでも、少女にとって重要なのはそこではなかった。
「本物のレイヴン……」
完全に認識が逆転していた。
レイナスが先に存在し、レイヴンが後から作られた。
だがアーミアにとっては、先に知ったのがレイヴンだった。
そのため――。
レイナス・レノアーク=本物のレイヴン。
そんな認識が、少女の中で出来上がりつつあった。
「会ってみたいな……」
アーミアはパンフレットを大切そうに閉じる。
まだ知らない。
実際のレイナス・レノアークが、映画のレイヴンとは似ても似つかない性格であることを。
そして本人が、
『レイヴン・バースト』
という言葉を聞くだけで嫌そうな顔をすることも。
何より――。
この映画をきっかけに興味を持った男と、自分自身がやがて深く関わることになるなど。
今のアーミア・リーには、知る由もなかった。
ただ一つだけ。
この日、一人の少女に新しい推しができた。
その名は――。
レイヴン。
ようやく登場した玄関子ことアーミア・リー
このキャラを魔改造するためにこの作品を作ったと言っても過言ではない