第12話 ガンダム鹵獲作戦
西暦2307年――地球低軌道・人革連作戦宙域
人革連の包囲網の中で、キュリオスが動きを止めていた。
機体そのものが故障したわけではない。
攻撃による損傷でもない。
問題は、そのコックピットにいた。
『う……あ……っ……!』
アレルヤ・ハプティズは頭を押さえ、苦痛に顔を歪めていた。
脳の奥へ直接何かをねじ込まれるような感覚。
そして、その向こうに――誰かがいる。
近い。
自分と似ている。
けれど、同じではない。
『アレルヤ! 応答しろ!』
通信からロックオンの声が響く。
だが、返事をする余裕さえなかった。
キュリオスへティエレン部隊が殺到する。
ワイヤー。
拘束装置。
四肢を押さえ、機体の自由を奪っていく。
ソーマ・ピーリスもまた、頭の奥に不快な感覚を覚えていた。
しかし彼女は、それを押し殺す。
『目標を拘束します』
作戦指揮艦。
セルゲイ・スミルノフは戦況を見つめていた。
「焦るな。一機ずつでいい」
ガンダムの性能が高いことなど、最初から分かっている。
ならば、その性能を発揮させない。
分断し、消耗させ、動きを封じる。
「確実に捕らえろ」
ガンダム鹵獲作戦は、着実にソレスタルビーイングを追い詰めていた。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「キュリオス、完全に拘束されました!」
フェルトの報告に、スメラギの表情が険しくなる。
「アレルヤとの通信は?」
「回線は生きています。でも応答がありません」
「他の三機は?」
クリスが情報を切り替える。
「エクシアとデュナメスは敵部隊に阻まれてる。ヴァーチェも別働隊と交戦中!」
モニターには、引き離された四つの光点。
その後方でレイナスは腕を組んでいた。
「……綺麗に分けられたな」
勝とうとしているのではない。
捕まえるための戦い。
相手の方が一枚上手だった。
キュリオスを囲む敵影を見ながら、レイナスが口を開く。
「スメラギ」
「何?」
「さっきの話だ。まだ許可は出せないか?」
スメラギは少しも迷わなかった。
「出せないわ」
「……そうか」
それだけだった。
無理に食い下がることもない。
レイナスは再びモニターへ視線を戻す。
フェルトが一瞬だけ彼を見る。
先ほどは、あれほど出たがっていた。
それでも指揮官が駄目だと言えば、今は従っている。
レイナス自身も理解していた。
自分一人が飛び出した結果、救助対象が二人に増えたのでは意味がない。
「ま、出番がないなら、それに越したことはないか」
小さく呟く。
「俺としては退屈なくらいが一番安上がりだ」
クリスが横目を向けた。
「さっきまで暇って言ってた人が?」
「暇と命の値段を比べりゃ、暇の方がずっと安いさ」
その言葉を最後に、レイナスは黙った。
◇
宇宙空間――キュリオス・コックピット
「やめ……ろ……」
敵が迫る。
拘束される。
分かっているのに、身体が動かない。
その時だった。
頭の奥で、もう一人が笑う。
――情けねえな。
「……ハレルヤ……」
――代われよ。
「駄目だ……」
――だったら、このまま捕まるか?
アレルヤの呼吸が止まる。
――ガンダムごとな。
捕まれば。
自分だけでは済まない。
キュリオス。
GNドライヴ。
ソレスタルビーイング。
すべてを敵へ渡すことになる。
俯いていた顔が。
ゆっくりと上がった。
「ったく……」
口元に。
アレルヤとは違う笑みが浮かぶ。
「世話の焼ける奴だぜ」
キュリオスの腕が動いた。
◇
「対象、抵抗!」
拘束されていたキュリオスが、突然猛烈に暴れ始めた。
ワイヤーが千切れる。
ティエレンが蹴り飛ばされる。
『何!?』
ソーマが反応する。
先ほどまでとは違う。
同じ機体。
同じパイロット。
そのはずなのに。
動きがまるで違っていた。
荒い。
攻撃的。
何より、迷いがない。
『こいつ……!』
キュリオスとティエレンタオツーが交錯した。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「キュリオス、動きました!」
クリスの声。
「アレルヤ?」
フェルトが通信を開く。
「アレルヤ、聞こえる?」
『聞こえてるぜ』
ブリッジの空気が変わった。
フェルトが僅かに眉を寄せる。
「……アレルヤ?」
『心配すんな。こんな連中にキュリオスは渡さねえよ』
後方。
レイナスの目が細くなる。
「……随分、雰囲気が変わったな」
スメラギが振り返る。
「分かる?」
「喋り方だけじゃない。動きまで違う」
モニターのキュリオスを見つめる。
「同じ人間が操縦してるとは思えないくらいにな」
スメラギも否定しなかった。
だが、今は追及している余裕がない。
「キュリオス、拘束を突破!」
「そのまま離脱させて!」
一機が危機を脱する。
しかし。
「ヴァーチェに敵部隊接近!」
フェルトの声。
スメラギが振り向いた。
◇
宇宙空間――ヴァーチェ周辺
圧倒的な火力を持つヴァーチェ。
だからこそ、人革連はその火力を撃たせない戦いを選んだ。
距離を詰める。
一機を落とされれば、次が入る。
二機。
三機。
数で張り付く。
『しつこい!』
ティエリアが機体を振る。
だが、次の瞬間。
衝撃。
拘束装置がヴァーチェへ食らいついた。
一基。
二基。
さらに。
『何!?』
機体の自由が奪われていく。
「目標を拘束!」
人革連兵の声。
「装甲部へ固定!」
『離れろ……!』
ティエリアは出力を上げる。
それでも敵は離れない。
このままでは。
ヴァーチェが奪われる。
その脳裏に。
一つの選択肢が浮かんだ。
秘匿されてきたもの。
ヴァーチェの内側に存在する――もう一機のガンダム。
『……僕は……』
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「ヴァーチェ、拘束されます!」
「ティエリア!」
『問題……ない!』
どう聞いても、問題のない声ではなかった。
レイナスはモニターを見る。
キュリオスは持ち直した。
だがエクシアとデュナメスは遠い。
ヴァーチェは今にも敵へ持っていかれる。
「スメラギ」
三度目だった。
今度は。
スメラギもすぐには断らなかった。
戦況を確認する。
距離。
敵戦力。
救援到達時間。
「……イアン」
『聞いてる』
「さっきの酸素供給装置。今ある部品で作れる?」
『専用品じゃないぞ』
「構わない。何分?」
『五分くれ』
レイナスがモニターから目を離さず言った。
「三分じゃ駄目か?」
『無茶言うな!』
「そこを何とか頼みたいところだが……」
イアンの怒鳴り声を聞いて、レイナスは小さく息を吐く。
「命を預ける道具で値切るもんじゃないか。五分で頼む」
『最初からそう言え!』
「昔から金と時間には苦労しててな。つい値切りたくなる」
『知らん! 早く来い!』
スメラギがレイナスを見る。
「五分待って」
「了解」
「まだ出撃許可を出したわけじゃないわ」
レイナスは格納区画へ向かいながら片手を上げた。
「分かってる。準備だけだ」
扉の前で一度止まる。
「その五分で、状況が好転してくれりゃ俺も楽できるんだけどな」
「そう願ってるわ」
「気が合うな」
今度こそ。
レイナスは格納区画へ向かった。
◇
プトレマイオス・格納区画
イアンが作業台へ部品を並べていた。
酸素ボンベ。
レギュレーター。
呼吸用マスク。
固定具。
必要最低限。
それ以上でも。
それ以下でもない。
やって来たレイナスが、それを見る。
「……ずいぶん実用一点張りだな」
「五分で作れと言ったのはお前だ!」
「いや、文句はない。命を預けるなら見た目より中身だ」
ジャケットを脱ぐ。
「できれば両方欲しかったってだけでな」
「注文が多い!」
「次回に期待してるよ」
「次がある前提で話すな!」
イアンが固定具を締める。
「これで酸素は供給できる。ただし、本当に呼吸用だけだ。宇宙服の代わりにはならん」
「そこから先は俺の仕事だ」
「《アニマ》が途切れたら?」
レイナスは少し考える。
「その時は、給料の心配をしなくて済むな」
イアンの手が止まった。
「笑えんぞ」
「……だな。悪かった」
レイナスの顔から笑みが消える。
「途切れさせない。そのためにも、無茶はしないさ」
「最初からそう言え」
「真面目なことを真面目に言うのは、どうも照れ臭くてな」
イアンは呆れながら、酸素供給系を確認する。
「移動方法は?」
「《アニマ》で足場を作る」
「宇宙空間にか?」
「ああ。地上で空中を動く時と原理は同じだ」
「推進器は?」
「いらない」
イアンが手を止める。
しばらく。
レイナスを見る。
「……それも報告してないな?」
「さっきスメラギには話した」
「俺には?」
「今した」
「お前な……」
「悪い。この件は全面的に俺が悪い」
先に降参され。
イアンは怒鳴るタイミングを失った。
「……帰ってきたら全部吐け」
「取り調べみたいになってきたな」
格納庫のスピーカーが鳴る。
『レイナス』
スメラギ。
レイナスの表情が変わる。
「聞こえてる」
『ヴァーチェの拘束が進んでる。エクシアとデュナメスの救援は間に合わない』
「了解」
短い沈黙。
『出撃を許可する』
レイナスは目を閉じ。
一度だけ息を吐いた。
「了解」
『任務はヴァーチェの拘束解除。深追いは禁止。酸素残量はフェルトに管理させる。帰還指示が出たら即座に戻ること』
「ああ」
『勝手に別のことを始めない』
「信用がないな」
『実績があるもの』
レイナスは苦笑した。
「フラッグの件は、まだ借金扱いか」
『返済には時間がかかるわね』
「利息まで付いてないことを祈るよ」
『それと――』
スメラギが一拍置いた。
『敵のMSを拾ってこない』
レイナスは黙った。
イアンが吹き出す。
「……そこまで先回りされると、俺も何も言えんな」
『行ってきなさい』
レイナスの笑みが消える。
「任せてくれ」
外部ハッチが開いた。
その先に広がる。
宇宙。
レイナスは境界線へ立つ。
《アニマ》。
青白い光が身体を覆った。
さらに。
皮膚の外。
身体を包む空間そのものへ広がる。
周囲の空気を閉じ込める。
酸素供給装置を作動。
一度。
深く呼吸する。
イアンが計器を見る。
「圧力は?」
「問題ない」
「温度」
「大丈夫だ」
「酸素供給」
「来てる」
「……戻ってこいよ」
レイナスは振り返らなかった。
宇宙を見たまま。
少しだけ笑う。
「保証なんて高いものは持ち合わせがなくてな」
一歩。
踏み出す。
「その代わり、帰ってくる努力なら安売りしてる。任せてくれ」
イアンが呆れたように笑った。
「……そういう台詞は、ちゃんと帰ってきてから言え」
「それじゃ格好つかないだろ」
レイナスの身体が。
プトレマイオスを離れた。
◇
宇宙空間
真空。
音のない世界。
眼下には地球。
遥か遠く。
戦闘の閃光。
『レイナス、聞こえる?』
クリスの声。
「聞こえてる」
『身体は?』
「今のところ問題なし。酸素も来てる」
『本当に生身で宇宙にいる……』
「言っただろ?」
『言われても普通は信じられないよ』
「まあ、その辺はお互い様だ。俺だって最初にガンダムを見た時は驚いた」
『比較対象がおかしいって』
「俺からすれば似たようなもんさ」
スメラギの声が入る。
『雑談はそこまで。ヴァーチェの位置を送るわ』
「了解」
視界へ情報。
距離。
方角。
レイナスは足元へ《アニマ》を集中する。
何もない宇宙空間。
そこへ。
意思によって足場を作る。
踏む。
青白い光が弾けた。
レイナスの身体が一気に加速する。
さらに。
二歩目。
三歩目。
宇宙を。
走る。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「……速い」
クリスが思わず呟いた。
フェルトは追跡情報を確認する。
「推進反応なし。《アニマ》と思われる発光以外、機械的な推進源はありません」
青白い光点が。
宇宙空間を跳ねる。
直進。
急制動。
方向転換。
再加速。
MSとは根本から違う軌道。
ラッセがモニターを眺める。
「これ、下手なMSより捕まえにくいんじゃないか?」
「でしょうね」
スメラギは腕を組む。
「問題は持続時間よ」
フェルトが酸素残量を見る。
「レイナス」
『聞こえてる』
「酸素残量九十二パーセント」
『了解。八十を切ったら頼む』
「分かった」
通信終了。
フェルトは再び光点を追う。
生身の人間が。
MS同士の戦場へ。
迷うことなく飛び込んでいく。
◇
宇宙空間――ヴァーチェ周辺
『くっ……!』
ヴァーチェを拘束するティエレン部隊。
ティエリアは決断を迫られていた。
このままでは。
ガンダムが奪われる。
ならば。
秘匿されてきた機体を――
その時。
センサーに。
異常な反応。
『何だ?』
人革連側も気づく。
「高速接近物!」
「ミサイルか?」
「違う!」
小さい。
あまりにも小さい。
MSではない。
戦闘機でもない。
「……人間?」
一瞬。
判断が遅れた。
そこへ。
青白い光が飛び込んだ。
ティエレンの眼前。
人影。
レイナス。
「悪いな」
《アニマ》が腕へ集まる。
伸びる。
収束する。
青白い刃。
――アニマソード。
「そいつは、こっちの大事な商売道具なんだ」
一閃。
ヴァーチェを拘束していた装置だけが切断された。
一基。
身体を捻る。
足場生成。
蹴る。
二基。
軌道を変え。
三基目。
切断。
『レイナス!?』
ティエリア。
「遅くなったな」
『何故君がここにいる!?』
「救援だよ」
『そういう意味ではない! 何故生身で宇宙空間にいる!』
レイナスが少し笑った。
「説明は帰ってからにしよう。俺も酸素代を無駄遣いしたくない」
敵機が振り向く。
銃口。
レイナスの表情から。
笑みが消えた。
砲撃。
足場。
踏む。
直角に近い軌道変更。
射線から消える。
「遅い」
ティエレンの懐へ。
アニマソード。
武器を切断。
腕部関節。
脚部推進系。
コックピットを避け。
必要な場所だけを潰す。
次。
背後。
振り返らない。
感覚で捉える。
回避。
腕を掴む。
《アニマ》による身体能力強化。
「邪魔だ」
MSの巨体が。
投げ飛ばされた。
別のティエレンへ衝突。
二機が姿勢を崩す。
ティエリアが一瞬、言葉を失う。
レイナスがヴァーチェを見る。
「ティエリア、動けるか?」
『当然だ!』
「なら残りは任せる。俺は長居できない」
『何故だ?』
「酸素がいる」
沈黙。
『……君は本当に人間なのか?』
レイナスは一瞬だけ困ったような顔をした。
「イアンにも聞かれたよ。俺としては、ちゃんと人間のつもりなんだがな」
『君の自己認識は聞いていない!』
「厳しいな」
だが。
次の瞬間。
ヴァーチェが動く。
残った拘束を引きちぎる。
GNバズーカ。
『レイナス、射線から退け!』
「了解」
青白い足場。
蹴る。
レイナスが一気に上方へ離脱。
巨大な砲口。
閃光。
敵部隊が散開する。
その光景を見下ろし。
レイナスの口元が少しだけ上がった。
「……やっぱりいいな、あれ」
『感想は帰ってからにしろ!』
「褒めたんだが……まあ、今はいいか」
◇
人革連・作戦指揮艦
「砲撃タイプ拘束失敗!」
セルゲイが振り向く。
「原因は?」
「正体不明の小型目標が介入!」
「小型?」
オペレーターが困惑していた。
「人間大です」
「……人間大?」
映像が拡大される。
青白い光。
その中心。
確かに。
人間がいる。
宇宙服ではない。
推進装置も確認できない。
それでも。
MSを上回るほど鋭い軌道で宇宙空間を機動している。
セルゲイは黙って映像を見る。
以前。
地上で報告されていた存在。
ガンダムと共に行動し。
青白い光を使ってMSを無力化した男。
「……あの男か」
「ご存じなのですか?」
「報告書でな」
セルゲイの目が細くなる。
地上だけではない。
宇宙でも戦える。
それも。
生身で。
「映像と観測データをすべて記録しろ」
「追撃しますか?」
「不要だ」
即答。
「目的を見失うな。我々が狙っているのはガンダムだ」
未知の能力者へ戦力を割く。
それは今ではない。
セルゲイは再び全体の戦況を見る。
「作戦を継続する」
◇
宇宙空間――ヴァーチェ帰還経路
『レイナス』
フェルト。
「聞こえてる」
『酸素残量、七十九パーセント』
レイナスが残量表示を見る。
「戦闘すると、思ったより食うな」
『呼吸数が増えてる』
「次はもう少し大きいボンベをイアンに頼むか」
『帰還指示』
「……もう少し働けそうだが」
『スメラギさんの指示』
レイナスは一度、戦場を見る。
敵部隊。
ヴァーチェ。
そして。
プトレマイオスの方向。
「了解。欲張って帰れなくなったら赤字だ」
『赤字?』
「命まで持ち出しになったら大損だろ?」
少しだけ間があった。
『……うん』
「じゃ、帰るよ」
ヴァーチェが横へ並ぶ。
『レイナス』
ティエリア。
「何だ?」
『今回の援護については……』
珍しく。
言葉が止まる。
『……礼を言う』
レイナスが僅かに目を見開いた。
「それはまた、随分と高い報酬だな」
『何?』
「いや。アンタから素直に礼を言われるとは思ってなくてな」
『取り消すぞ』
「そいつは困る。ありがたく受け取っておくよ」
少し笑う。
「どういたしまして、ティエリア」
『…………』
「それと」
『まだ何か?』
「今度ヴァーチェを近くで見せてくれ。それで帳消しでいい」
『断る』
「即答か。世知辛いな」
通信が切れた。
だが。
先ほどまでより。
ほんの僅かに。
二人の距離は縮まっていた。
◇
別宙域――キュリオス
ハレルヤが笑う。
『ははっ!』
キュリオスとティエレンタオツーが交錯する。
荒い。
容赦がない。
ソーマも食らいつく。
互いに。
まだ何も知らない。
だが。
脳量子波だけが。
相手の存在を強烈に告げていた。
人革連の包囲網が。
徐々に崩れていく。
セルゲイは戦況を見て判断する。
これ以上。
鹵獲へ固執すれば。
こちらの損害が増える。
「撤収準備」
人革連部隊が。
戦線から離れ始めた。
◇
プトレマイオス・格納区画
外部ハッチ閉鎖。
加圧。
レイナスを包んでいた青白い光が消える。
マスクを外し。
大きく息を吐いた。
「……やれやれ。宇宙散歩にしちゃ、ずいぶん高くついたな」
イアンがすぐ寄ってくる。
「身体は?」
「問題ない」
「頭痛、吐き気、息苦しさ」
「なし。腹は減った」
「それは後だ」
「健康な証拠だと思うんだがな」
「検査してから言え」
酸素装備を外す。
イアンが残量を見る。
「やっぱり戦闘中の消費が大きい。ボンベ容量を増やすか、供給方法を調整する必要があるな」
レイナスの目が少し輝く。
「次はもっと小さくできないか?」
「容量増やせって話をした直後だぞ」
「性能を上げつつ小型化する。技術屋の腕の見せ所じゃないか」
「簡単に言うな!」
「期待してるよ、イアン」
「勝手な奴だ」
そこへ。
スメラギがやって来る。
レイナスは彼女の顔を見て。
少しだけ嫌な予感を覚えた。
「無事に戻ったぞ」
「ええ」
「ヴァーチェも一緒だ」
「そうね」
「なら、少しくらい褒めても――」
「検査」
「……ですよね」
スメラギが腕を組む。
「その後、能力申告」
レイナスの顔が曇った。
「まだ覚えてたか」
「忘れると思う?」
「できれば戦闘のどさくさで流れてくれないかと期待してた」
「残念だったわね」
「人生、そう都合よくはいかないか」
「あなた、百年以上生きてるって自称してるんでしょう?」
「その辺は嫌ってほど学んだよ」
スメラギが歩き出す。
「医務室」
「了解」
その背中を追いながら。
レイナスは小さく呟いた。
「宇宙戦より逃げ道がないな、こっちは」
◇
数時間後――プトレマイオス・ブリーフィングルーム
戦闘後の確認を終え。
レイナスはスメラギの向かいに座っていた。
机の上には端末。
スメラギが入力画面を開く。
「じゃあ、今度こそ全部言って」
「全部か。長くなるぞ?」
「あなたが今まで言わなかった分でしょう」
「……そいつは反論できないな」
レイナスは椅子へ深く座り直した。
クリス。
フェルト。
ラッセ。
イアン。
そして四人のマイスターもいる。
戦闘後の報告を兼ねていた。
スメラギが促す。
「まず、私たちが把握してるものから」
「身体能力の強化」
スメラギが入力。
「次」
「アニマソード。《アニマ》を剣の形に収束させる。斬るための使い方だな」
ティエリアが反応する。
「先ほど使用していたものか」
「ああ」
「次は?」
「アニマスフィア。簡単に言えば光弾だ」
ロックオンが腕を組む。
「前にミサイルを落としたやつだな」
「それだ。普通に撃つだけじゃなく、誘導もできる」
スメラギが入力する。
「それも確認済みね」
「複数を出して、別々の標的を狙わせることもできる」
クリスが顔を上げた。
「マルチロック?」
「そう考えてくれればいい」
スメラギの指が一瞬止まる。
「まだある?」
「アニマブラスト」
全員の視線が集まった。
イアンが聞く。
「何だ、それは?」
「威力重視の砲撃だ。スフィアみたいな小回りは利かないが、正面をまとめて吹き飛ばすならそっちの方が早い」
スメラギが顔を上げる。
「……それ、まだ見てないわよね?」
「使うような状況になってないからな」
レイナスは少し肩を竦めた。
「平和で何よりだ」
「あなたが言うと安心できないんだけど」
「俺だって撃たずに済むなら、その方がいいさ。疲れるしな」
「続けて」
「バリア。これは見てるな」
「ええ」
「足場生成。今日使ったやつだ。空中でも宇宙でも使える」
ラッセが聞く。
「それで宇宙を走ってたわけか」
「そういうことだ」
「宇宙活動そのものは?」
「《アニマ》で身体と周囲の空気をまとめて覆う。真空や温度差なんかはある程度それで防げる」
スメラギが念を押す。
「酸素は生成できない」
「ああ。そこは普通の人間と同じだよ」
イアンがぼそりと言う。
「そこだけな」
レイナスは聞こえなかったことにした。
スメラギが入力を続ける。
「他には?」
「治癒」
指が止まった。
「……治癒?」
「万能じゃないぞ」
レイナスが先に釘を刺す。
「何でも一瞬で元通り、なんて便利な力じゃない。回復を促進する程度に考えてくれ」
「それでも十分重要よ」
「そう言うと思った」
フェルトが聞く。
「他人にも使える?」
「使える。ただ、傷の程度や相手の状態次第だ。死んだ人間まで戻せるわけじゃない」
フェルトは静かに頷いた。
スメラギが続ける。
「他は?」
「異常耐性」
「具体的には?」
「毒や身体の異常に対する抵抗力を《アニマ》で底上げする。何でも完全無効ってわけじゃない」
「まだ?」
「物質強化」
イアンが反応した。
「物?」
「ああ。物に《アニマ》を通して、一時的に強度を上げる」
「どの程度だ?」
「物による」
「MSにも使えるのか?」
レイナスが少し考える。
「できなくはないと思うが、サイズが大きくなればその分調整が難しいな」
イアンの目つきが変わる。
レイナスがそれを見て。
「……その顔、何か考えてるな?」
「いや?」
「技術屋がその顔をすると、ろくなことにならないって経験上知ってるんだが」
「お前に言われたくない」
「それもそうか」
スメラギが端末を見る。
「これで全部?」
レイナスは少し考えた。
「今思いつく範囲では、それで全部だ」
部屋が静かになった。
スメラギが。
ゆっくり顔を上げる。
レイナスは、その視線の意味を察した。
「言っとくが、今度はちゃんと答えたぞ」
「そうね」
「だったら、その目はやめてくれないか」
「身体強化、剣、光弾、誘導、複数同時攻撃、大出力砲撃、バリア、空中機動、宇宙活動、治癒、異常耐性、物質強化」
一つずつ。
読み上げる。
「これだけできて」
スメラギがレイナスを見る。
「今までの説明が『色々』?」
「……我ながら、もう少しマシな説明はあった気がするな」
「あるわよ!」
クリスが笑いを堪えている。
ロックオンも額へ手を当てた。
ティエリアは呆れている。
刹那だけは真剣だった。
「レイナス」
「何だ?」
「まだ強くなるのか」
その問いに。
レイナスは少しだけ考えた。
「さあな」
軽く笑う。
「百年以上生きてても、自分の限界なんてのは案外分からんもんだ。分かったつもりになった頃に、また先が見える」
刹那は黙って聞いている。
「まあ、今はそんな先の話より――」
レイナスがスメラギを見る。
「俺の信用をどう立て直すかの方が問題らしい」
スメラギが即答する。
「フラッグの件もあるから、現在マイナスね」
「そいつは厳しいな」
「今回の未申告分も追加」
「借金が増えてないか?」
「増えてるわよ」
レイナスは天井を見る。
「……どこの世界へ行っても、借金ってのは追いかけてくるもんだな」
クリスが吹き出した。
「何それ?」
「人生経験だよ」
レイナスは椅子から立ち上がる。
「まあ、仕方ない。これから地道に返していくさ」
一歩。
出口へ向かい。
少しだけ格好をつけて振り返る。
「信用も借金も、踏み倒さず返すのが大人ってもんだろ?」
スメラギが目を細めた。
「フラッグは?」
レイナスが止まった。
数秒。
「……そこは黙ってれば、いい男で終われただろ」
今度こそ。
クリスが声を上げて笑った。
フェルトも。
ほんの少しだけ。
笑っていた。