機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第120話 次回作

第120話 次回作

それから半年後――。

劇場版《ソレスタルビーイング》は、公開当初の予想を遥かに超える大ヒットを記録していた。

興行収入――五百億。

もはや一時的な話題作という規模ではない。

マイケル・チャン、ウォーレン、ジェニファー、オルソン。

映画のために生み出されたキャラクターたちは、それぞれが高い人気を獲得していた。

そして、その中でも異様なほど人気を伸ばした男がいる。

――レイヴン。

          ◇

プトレマイオス2――食堂。

「五百億だってさ」

ライル・ディランディが端末を片手に笑った。

向かいに座るアニュー・リターナーが、その画面を覗き込む。

「まだ上映してるところもあるの?」

「あるみたいだぜ。ロングラン上映に配信、関連商品も絶好調。ここまで来ると、もうどこまで伸びるか分からないな」

クリスティナ・シエラも自分の端末を操作する。

「海外分まで含めて五百億。しかもグッズの売上は別だって。すごいね」

「僕たちは娯楽作品の題材になるために活動していたわけではない」

ティエリア・アーデが淡々と答えた。

「分かってるって。でもティエリアだって人気あるんだよ?」

「僕が?」

「オルソンが」

「僕ではない」

「『逃がさんばい!』」

ティエリアの視線がクリスティナへ向く。

「クリスティナ」

「ごめん、ごめん」

まったく反省していない顔だった。

その様子を横目に、レイナスはコーヒーを飲んでいた。

「五百億ねえ……」

ライルがすぐに反応する。

「どうした、レイヴン?」

「お前までその呼び方をするな」

「いいじゃないか。人気者」

「人気なのは俺じゃない。俺に似た顔で、俺が一度も言った覚えのない台詞を垂れ流してる黒いコートの男だ」

アニューが笑う。

「でもモデルはレイナスでしょう?」

「そこが面倒なんだよ」

レイナスはカップを置いた。

「最近じゃ外を歩く時も帽子に伊達眼鏡だ。昔から顔が知られてたとはいえ、今は別の意味で面倒になった」

「変装してるの?」

クリスティナが尋ねる。

「変装ってほど大袈裟なもんじゃない。パッと見で分からなきゃいいんだよ。留美の護衛中に人だかりでもできたら、何のためについて行ってるのか分からなくなる」

「王留美の護衛がレイナス・レノアークだもんな」

ライルが笑う。

「普通は護衛対象より目立たない奴を選ぶんじゃないか?」

「それは本人にも言った。返ってきた答えが『安心できるでしょう?』だ」

「間違ってはいないわね」

アニューが言う。

「間違ってないから困るんだ」

レイナスは軽く肩をすくめる。

「しかも、この前は帽子に眼鏡まで掛けてたのに子供に見破られた」

クリスティナが身を乗り出した。

「何て言われたの?」

「『本物のレイヴンだ!』」

一瞬の沈黙。

ライルが吹き出した。

「レイナスじゃなくてレイヴンかよ!」

「笑い事じゃない。その後がもっと酷い」

レイナスは嫌そうに続ける。

「『レイヴン・バーストやって!』だとさ」

クリスティナが口元を押さえる。

「やってあげた?」

「やるわけないだろ。こっちは何のために帽子まで被ってると思ってるんだ」

「子供の夢を壊したな」

「俺の人生を勝手に映画へ持ち込んだ奴に言ってくれ」

アニューが笑いながら尋ねる。

「でも、本当にできないの?」

「《アニマブラスト》なら撃てる」

「じゃあ、それをレイヴン・バーストって――」

「呼ばない」

即答だった。

「そこだけは絶対に譲らん。半年も弄られ続けて、今さら俺から公式設定へ寄せに行ってどうする」

ティエリアが端末へ目を落とした。

「とはいえ、興行収入五百億という数字を見れば、娯楽作品として大きな成功を収めたことは事実だ」

「ティエリアまで冷静に評価するのか」

「作品の正確性と商業的成功は別問題だ」

「正論だけに反論しづらいな」

クリスティナが画面をスクロールしていた手を止める。

「あ、レイヴンの人気投票、また一位」

「知らん」

「好きな戦闘シーン一位、レイヴン・バースト」

「知らん」

「好きな台詞一位――『死神すら俺を恐れて近寄らない』」

「……死神も半年くらい待ったんだ。そろそろ仕事してくれてもいいんだぞ」

ライルが肩を震わせる。

「二位は?」

「『戦場こそが俺の故郷だからな』」

「俺の住所を勝手に戦場へ移すな」

アニューまで笑い出した。

「でも、人気があるのはいいことじゃない?」

「他人事ならな」

「本人なのに?」

「だから本人じゃないって言ってるだろ。あれはもう俺から分岐した別の生き物だ」

その時だった。

「あれ?」

クリスティナが端末を覗き込む。

「どうした?」

「公式サイト。何か始まった」

全員の視線が集まる。

劇場版《ソレスタルビーイング》公式サイト。

画面の中央で数字が減っていた。

十。

九。

八。

「カウントダウン?」

アニューが首を傾げる。

「続編じゃないか?」

ライルが言う。

レイナスは嫌そうな顔をした。

「一本で十分だろ。三時間四十八分も使ったんだぞ」

「興行収入を考えれば、続編の企画は十分にあり得る」

「ティエリア。不吉な予測は胸にしまってくれ」

三。

二。

一。

ゼロ。

画面が暗転した。

黒一色の画面。

やがて、青白い光が一本だけ走る。

レイナスの眉が僅かに動いた。

「……この色、嫌な予感がするな」

青白い光が広がる。

その中央に、一人の男が立っていた。

黒いロングコート。

こちらへ背中を向けている。

『世界が俺を忘れても構わない』

食堂が静かになった。

レイナスは無言で画面を見る。

『だが――』

男が振り返る。

レイヴン。

『俺が世界を見捨てることはない』

ライルが横を見る。

レイナスは既に額を押さえていた。

「始まって十秒で帰りたくなった」

「どこへ帰るんだよ。ここプトレマイオスだぞ」

「知らん。レイヴンのいない場所ならどこでもいい」

画面へ巨大な文字が現れた。

《あの男が、帰ってくる。》

「帰ってこなくていい」

さらに文字が続く。

劇場版《ソレスタルビーイング》――興行収入500億突破。

圧倒的人気を獲得したレイヴン、待望の単独主演。

完全新作スピンオフ制作決定。

そして。

青白い光が弾けた。

劇場版《レイヴン》

「…………」

誰も言葉を発しない。

レイナスも画面を見たまま動かなかった。

最初に口を開いたのはライルだった。

「単独主演だってさ」

「見れば分かる」

「おめでとう」

「俺に言うな」

アニューも驚いている。

「一人で映画になるほど人気が出たのね」

「頼むから他人事のままでいてくれ」

だが予告映像は終わらない。

炎の中を、レイヴンが一人で歩いてくる。

『これは――』

低い声が響く。

『世界に背を向けられても』

銃弾が飛び交う。

レイヴンは止まらない。

『愛する者すべてを失っても』

「失ってないぞ」

レイナスが即座に訂正する。

『たった一人で戦い続けた男の物語』

「だから一人じゃない」

レイヴンが足を止める。

『孤独?』

口元に笑みを浮かべた。

『違うな』

レイナスが目を細める。

「来るぞ」

『俺には――孤独すら追いつけないだけだ』

ライルが盛大に吹き出した。

「ハハハッ!」

「笑うな」

「無理だろ!」

クリスティナもテーブルへ顔を伏せる。

「誰がこんな台詞考えてるの……!」

「俺が知りたい」

予告はさらに続く。

無数の敵MS。

その中央に、たった一人で立つレイヴン。

『俺を倒したい?』

拳を握る。

『だったら神にでも祈るんだな』

全身から青白い光が噴き上がった。

『もっとも――』

不敵に笑う。

『その神が俺より強ければ、の話だが』

アニューまで顔を背けた。

「ごめんなさい……ちょっと……」

「笑っていいぞ。半年もやられたら俺も慣れた」

「慣れてるようには見えないが」

ティエリアが指摘する。

「慣れた上でこれなんだよ」

レイヴンが空を見上げる。

『運命』

一歩。

『宿命』

さらに一歩。

『絶望』

青白い光が周囲へ広がる。

『そんなものは――』

拳を構える。

『全部まとめて、俺の後ろに置いてきた』

レイナスは腕を組んだ。

「随分荷物の多い奴だな」

最後にレイヴンがカメラへ視線を向ける。

『俺が歩いた後に道ができるんじゃない』

一拍。

『俺が歩いた場所を――世界が道と呼ぶのさ』

沈黙。

レイナスが口を開いた。

「……こいつ半年でさらに悪化してないか?」

「主演だからな」

ライルが答える。

「台詞も増えるだろ」

「増やす方向を考えろ」

画面が暗転する。

最後にタイトルだけが浮かび上がった。

劇場版《レイヴン》

COMING SOON

食堂に静寂が戻る。

レイナスはコーヒーを一口飲んだ。

既に冷めていた。

「……単独映画か」

「すごいじゃない」

クリスティナが言う。

「俺じゃない」

「でも顔はほとんどレイナスよ?」

アニューが続く。

「それが問題なんだよ」

ティエリアは公開されたばかりの特設ページを確認している。

「作品概要も掲載された」

「読み上げなくていいぞ」

「キャッチコピーは――」

「ティエリア」

「《伝説には、まだ誰も知らない過去がある》」

レイナスの動きが止まった。

「……待て」

ライルがニヤニヤしている。

「何だ?」

「誰も知らない過去って何だ」

「誰も知らないんだろ?」

「そうだな」

「映画会社も知らないよな?」

「当然だろ」

レイナスはしばらく考える。

「……つまり全部作る気か?」

誰も答えなかった。

答える必要もなかった。

レイナスは深く椅子へ座り直す。

「本人も知らない過去を先に映画化されるとは思わなかったな」

「公開されたら見に行こうぜ」

「行かない」

「即答かよ」

「前回は自分がどう料理されたのか気になって見た。今回は予告だけで腹いっぱいだ」

「でも気になるでしょう?」

アニューが笑う。

「ならない」

「本当に?」

「ならない」

レイナスは言い切った。

数秒後。

「……誰も知らない過去って具体的に何をやるつもりなんだ?」

ライルが笑った。

「気になってるじゃないか」

「違う。事故が起きると分かってる現場を見てる気分なんだよ。興味じゃなくて危機管理だ」

          ◇

同じ頃――地球。

劇場版《レイヴン》制作決定の情報は、瞬く間に世界中へ拡散していた。

当然。

一人の少女が持つ端末にも、その知らせは届いている。

アーミア・リーは画面を見つめていた。

《完全新作》

《単独主演》

劇場版《レイヴン》

「…………」

予告映像が始まる。

黒いコート。

青白い光。

そして、半年経っても変わらない――アーミアの推し。

『世界が俺を忘れても構わない』

アーミアの目が輝く。

『だが――俺が世界を見捨てることはない』

「……かっこいい」

さらに。

『俺には――孤独すら追いつけないだけだ』

「かっこいい……!」

そして最後。

『俺が歩いた場所を――世界が道と呼ぶのさ』

予告が終わった。

アーミアはしばらく動かなかった。

やがて、端末を胸元へ抱く。

「絶対観る……!」

公開日はまだ発表されていない。

前売券すら売られていない。

それでも彼女の予定は、もう決まっていた。

劇場版《ソレスタルビーイング》で生まれた一人のレイヴンファンは――。

半年経っても、まったく熱が冷めていなかった。

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