機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第127話 アニマ

第127話 アニマ

プトレマイオス2――格納庫。

アルティオールの足元で、レイナスは整備端末を眺めていた。

ELSへの対処で急遽呼び戻されてから、確認するものが次々と増えている。

アーミアの検査。

自分自身の検査。

アルティオールの状態確認。

さらに連邦から回ってくるELS関連の情報。

王留美の護衛という本来の仕事は、今のところ完全に放置である。

「……戻った時の言い訳も考えとかないとな」

端末を閉じる。

世界の危機で納得してくれれば話は早い。

もっとも、留美の場合は納得した上で別の仕事を用意している可能性もある。

「そっちの方がありそうだな……」

「レイナスさん!」

聞き覚えのある声が格納庫に響いた。

レイナスが振り返る。

アーミアがこちらへ走ってくる。

「今度は何だ」

「見てください!」

「走るな。転ぶぞ」

「大丈夫です!」

「そう言う奴ほど転ぶんだよ」

アーミアがレイナスの前で止まる。

少し息を切らしながら、左手を差し出した。

「こっちです」

「何が?」

「ちょっと待ってください」

「呼び止めた本人が待たせるのか」

「集中するんです」

「はいはい」

アーミアが目を閉じる。

左手に意識を集中する。

昨日感じたもの。

ELSに襲われた自分へ、レイナスが流し込んだ《アニマ》。

あの温もり。

しばらくして。

左手の周囲に、淡い青白い光が浮かんだ。

「…………」

レイナスの動きが止まる。

アーミアが目を開けた。

今度は消えない。

嬉しそうに、薄っすらと光る左手をレイナスへ向ける。

「レイナスさん、これって《アニマ》ですか?」

「は?」

レイナスが左手を見る。

アーミアを見る。

もう一度、左手を見る。

「……え?」

青白い光は消えない。

「……は?」

「《アニマ》ですか?」

「いや、聞こえてる」

「じゃあ何で三回も聞き返したんですか」

「俺にも整理する時間くらいくれ」

レイナスは額を押さえた。

珍しく本気で困惑している。

百年以上使ってきた。

だからこそ、見間違えるはずがない。

淡い。

出力と呼べるほどのものでもない。

形も定まっていない。

それでも、この感覚は知っている。

レイナスが指先を近づける。

青白い光へ触れた。

「……《アニマ》だな」

「やっぱり!」

「待て。喜ぶ前に一個聞かせろ」

「はい」

「どうやった?」

「昨日、部屋で考えてたんです」

「何を」

「《アニマ》の使い方です」

「そこまでは分かる」

アーミアは左手を見ながら説明する。

「映画だと、魂の力とか生命の力とか言ってたので」

「そこは忘れろ」

「早い!」

「映画のレイヴンを教材にするな。俺まで責任取らされそうで嫌だ」

「でも、全然分からなかったから途中でやめました」

「賢明だ」

「それで、レイナスさんに助けてもらった時のことを思い出したんです」

レイナスの表情が少し変わる。

「俺に?」

「はい」

アーミアは左手を見る。

光は弱くなったが、まだ消えていない。

「あの時、《アニマ》が身体の中に入ってきたでしょう?」

「ああ」

「温かかったんです」

「温かい?」

「熱いんじゃなくて……なんて言えばいいんだろう」

アーミアは少し考える。

「身体の中から包まれるみたいな感じでした。ELSが入ってきて、すごく怖かったのに、あれが入ってきた時だけ安心できて」

レイナスは黙って聞いている。

「だから、あの温かさが《アニマ》なら、自分の中にも同じものがないかなって」

「それで探した?」

「はい」

「見つかった?」

アーミアが左手を持ち上げた。

「たぶん、これです」

「…………」

レイナスが頭を掻く。

「随分と感覚的だな」

「レイナスさんはどうやって覚えたんですか?」

「気づいたら使えてた」

アーミアがじっと見る。

「……やっぱり」

「何だ、その反応」

「昨日、たぶんそう答えるだろうなって思ってました」

「俺の扱いが雑になってないか?」

「じゃあ、どうやって教えてくれるんですか?」

「教える?」

「使えるようになったなら、次は練習しないと」

「何で俺が担当する前提なんだ」

「他に《アニマ》を教えられる人がいるんですか?」

レイナスが黙った。

いない。

少なくとも、この世界で自分以外に《アニマ》を扱う人間をレイナスは知らない。

アーミアが少し笑う。

「じゃあ、レイナス先生ですね」

「……先生か」

「嫌ですか?」

「嫌というか、俺が一番向いてない職業だと思う」

「でも先生です」

「勝手に決まったな」

「よろしくお願いします、先生」

「まだ引き受けた覚えはないぞ」

そう言いながらも、レイナスの視線はアーミアの左手から離れない。

「一回消してみろ」

「はい」

アーミアが力を抜く。

少し遅れて、青白い光が薄れ、そのまま消えた。

「もう一回」

「やってみます」

目を閉じる。

今度は少し時間がかかった。

それでも、やがて左手に青白い光が戻る。

先ほどより僅かに弱い。

だが、確かに再現できている。

「……偶然じゃないな」

「できてます?」

「ああ」

アーミアが嬉しそうに笑った。

その直後。

銀色の右手が僅かに動いた。

「……?」

アーミアが右手を見る。

指がゆっくりと開いている。

左手の《アニマ》へ反応しているようにも見えた。

レイナスも気づく。

「そっちも何か感じてるらしいな」

「嫌がってます?」

「少なくとも、俺に対する反応とは違う」

レイナスが銀色の右手へ手を伸ばした。

次の瞬間。

右手が素早く引っ込んだ。

アーミアの身体の後ろへ隠れる。

「…………」

「…………」

レイナスが伸ばした手を止める。

「相変わらずだな」

「すごく嫌われてますね」

「念押しするな」

「私の《アニマ》は平気なのに」

「そこは重要だな」

レイナスの表情が少し真面目になる。

アーミアの《アニマ》には、少なくとも今のところ拒絶反応を示していない。

ならばELSが避けているのは《アニマ》そのものではない。

自分だ。

初めて接触した個体を、身体から《アニマ》で無理やり引き剥がし、そのまま破壊した。

その情報が共有されているのなら、辻褄は合う。

もっとも、まだ仮説でしかない。

「……面倒な材料が一つ増えたな」

「私が《アニマ》を使えたことですか?」

「それも含めて全部だ」

レイナスは整備端末を腰へ戻す。

「行くぞ」

「どこへ?」

「報告」

「誰に?」

「面倒事を一緒に抱えてくれる連中」

「言い方」

「一人で抱えるより分担した方が楽だろ」

レイナスが歩き出す。

アーミアも隣へ並んだ。

「先生」

「……もう定着したのか」

「何から教えてくれます?」

「まず勝手に撃たない」

「まだ何も撃てませんよ」

「そういう奴ほど、ある日いきなり撃つんだよ」

「経験談ですか?」

「俺のな」

「またレイナスさんじゃないですか」

「だから経験者として忠告してる」

格納庫を出る二人を、整備員が不思議そうに見送った。

          ◇

プトレマイオス2――ブリッジ。

スメラギはティエリアと一緒に、連邦から送られてきたELS関連の情報を確認していた。

刹那、アレルヤ、マリーも近くにいる。

フェルトとクリスはそれぞれの席で作業中。

ラッセも航行データを確認していた。

扉が開く。

レイナスが入ってきた。

その後ろからアーミアが続く。

スメラギが端末から顔を上げた。

「どうしたの?」

レイナスは短く息を吐いた。

「案件が増えたぞ」

スメラギの眉が僅かに動く。

「その言い方をする時って、ろくな話じゃないのよね」

「安心しろ。今回は悪い話とは限らん」

「余計に嫌な予感がするわ」

「見せた方が早い」

レイナスが横へずれる。

アーミアが前へ出た。

「えっと……」

左手を持ち上げる。

「ちょっと待ってください」

目を閉じる。

集中する。

数秒。

何も起こらない。

「…………」

スメラギがレイナスを見る。

「待て。さっきはできた」

「本当です!」

「俺まで嘘つきみたいになるから頑張れ」

「プレッシャー掛けないでください!」

アーミアがもう一度集中する。

温もり。

あの時の感覚。

胸の奥から腕へ。

そして。

左手へ。

薄っすらと。

青白い光が灯った。

ブリッジが静かになった。

「…………」

スメラギが左手を見る。

ティエリアが目を細める。

刹那が一歩近づいた。

アレルヤとマリーも言葉を失っている。

アーミアが恐る恐る目を開ける。

「……できました」

青白い光は消えない。

レイナスが腕を組む。

「俺が見た限りじゃ《アニマ》だ」

スメラギが片手で額を押さえた。

「どうして一晩で増えるのよ……」

「俺に聞くな」

「あなたの力でしょう」

「俺の所有物じゃない」

ティエリアがアーミアへ近づく。

「いつからだ?」

「昨日です。部屋で一人になってから……」

「身体に異常は?」

「ありません」

「ELS側の反応は?」

レイナスが答える。

「光そのものは避けなかった。俺が右手に近づいたら、いつも通り逃げた」

ティエリアの視線が鋭くなる。

「つまり、ELSが拒絶しているのは《アニマ》ではない可能性が高い」

「今のところはな」

「レイナス個人を避けている?」

アレルヤが言う。

「その線がまた濃くなった」

「どうしてでしょう」

マリーが銀色の右手を見る。

レイナスは肩を竦める。

「最初に会った奴を身体から引き剥がして壊した。そいつの情報が他に伝わってるなら、俺を避ける理由としては十分だろ」

「まだ情報共有の範囲は分かっていない」

ティエリアが補足する。

「だが、アーミアの右手がレイナスだけに明確な回避行動を取ることは事実だ」

スメラギは額を押さえたまま、今度はアーミアの左手を見る。

「ELSと融合して、脳量子波に似た反応が出て、その上《アニマ》まで……」

「一覧にすると酷いな」

レイナスが言う。

「誰のせいだと思ってるの?」

「ELSについては俺じゃないだろ」

「《アニマ》は?」

「俺も今朝まで知らなかった」

「教えたんじゃないの?」

「教えられるなら、俺が一番驚いてない」

アーミアが手を挙げる。

「私が勝手にやりました」

「もっと悪いわ」

スメラギが両手で頭を抱えた。

クリスが席から振り返る。

「また検査項目増やす?」

「増やすしかないでしょうね……」

「医療データだけじゃ足りない」

ティエリアが端末を操作する。

「発現時の脳活動、ELS側の反応、粒子環境への影響も確認したい」

レイナスが嫌そうな顔をする。

「ほら始まった」

「何が?」

アーミアが聞く。

「新しいことを一つ報告すると、確認項目が五つに増える」

「必要な検証だ」

ティエリアが即座に返す。

「分かってるよ。だから止めてないだろ」

刹那はアーミアの左手を見ていた。

「それは、ELSのものじゃない」

アーミアが刹那を見る。

「分かるんですか?」

「ああ」

短く答える。

「右手から感じるものとは違う」

レイナスも頷いた。

「俺もそう見てる。少なくとも、こいつはELSから借りた力じゃない」

アーミアは自分の左手を見る。

淡い青白い光。

まだ、何ができるのかも分からない。

出したり消したりするだけで精一杯だ。

それでも。

自分の力。

その言葉が、妙に嬉しかった。

「じゃあ……」

アーミアがレイナスを見る。

「やっぱり教えてください、先生」

「その話、ここでするのか」

スメラギが顔を上げた。

「先生?」

レイナスが嫌そうに目を逸らす。

「さっき勝手に決められた」

アーミアが訂正する。

「他に《アニマ》を教えられる人がいないので」

「まあ、それはそうね」

「スメラギまで乗るな」

アレルヤが笑う。

「でも、レイナス以外には無理なんじゃないかな」

「僕も同意する」

ティエリアまで続いた。

レイナスが周囲を見る。

「お前ら、こういう時だけ意見が揃うな」

「レイナス先生」

クリスが面白そうに呼ぶ。

「増やすな」

フェルトも口元を緩めている。

「教えるしかないんじゃない?」

「フェルトまでか」

アーミアが嬉しそうに左手を持ち上げた。

「よろしくお願いします、先生」

レイナスは天井を見上げた。

ELS。

アーミア。

そして《アニマ》。

古巣に顔を出した時より、明らかに仕事が増えている。

「……留美の護衛に戻る予定だったんだけどな、俺」

スメラギが笑った。

「予定は変わるものよ」

「この艦にいると特にな」

レイナスは諦めたように息を吐き、アーミアを見る。

「分かった。まずは出したり消したりを安定させるところからだ」

「はい、先生!」

「元気だけはあるな……」

アーミアの左手で。

生まれたばかりの青白い光が、静かに揺れていた。

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