第13話 アレルヤ
西暦2307年――プトレマイオス・格納庫
人革連によるガンダム鹵獲作戦から数日。
四機のガンダムは整備を終え、プトレマイオスは次の武力介入に備えていた。
レイナスはキュリオスの足元から機体を見上げている。
「……可変機ってのもいいな」
隣にいたロックオンが笑った。
「まだ言ってんのか」
「見るだけならタダだろ」
「乗りたいんだろ?」
「もちろん」
即答だった。
そこへアレルヤがやってくる。
「駄目だからね」
「まだ何も言ってないぞ」
「顔に書いてある」
レイナスは少し笑った。
「俺も随分分かりやすくなったもんだな」
前回の戦闘以降。
アレルヤの様子は、完全に元へ戻ったわけではない。
それでも。
あえてレイナスは聞かなかった。
本人が話す気になるまでは、それでいい。
「レイナス」
「ん?」
「この前は助かったよ」
「ヴァーチェを助けに行ったんだけどな」
「分かってる。それでも」
レイナスは少しだけ考え。
「ああ。どういたしまして」
それ以上は続けなかった。
アレルヤも。
少しだけ笑った。
◇
プトレマイオス・ブリーフィングルーム
その日の後。
アレルヤ自身の口から。
人革連の超人機関について語られた。
幼い子供たちを集め。
人体へ処置を施し。
超兵として育てる研究施設。
そして。
アレルヤ自身も、その出身だった。
先日の戦闘で彼を苦しめたソーマ・ピーリスも。
同じ超兵。
「今も研究は続いてる」
アレルヤは言った。
「僕みたいな子供が、まだあそこにいる」
スメラギが問う。
「それで?」
「超人機関を破壊したい」
個人的な過去。
罪悪感。
そして。
今も続いている研究。
複数の理由が絡んでいることを、アレルヤ自身も分かっていた。
調査の結果。
超人機関が現在も稼働していることが確認された。
スメラギは介入を決定した。
主軸は。
キュリオス。
「俺は?」
レイナスが聞く。
「今回は待機」
スメラギの答えは短かった。
「了解」
今度は素直だった。
クリスが意外そうに見る。
「文句言わないんだ?」
「今回はアレルヤがやるべきなんだろ」
レイナスは椅子の背へ身体を預ける。
「だったら俺が横から出張る話じゃない」
アレルヤを見る。
「行ってこい」
「ああ」
「キュリオスは壊すなよ」
アレルヤが眉を上げる。
「そっち?」
「まだ乗せてもらってないからな」
「乗せないって」
「交渉は長期戦だと思ってる」
「諦めろなよ」
「それができたら苦労しないさ」
ロックオンが笑った。
少しだけ。
部屋の空気が軽くなった。
◇
宇宙空間――超人機関研究施設周辺
キュリオスが。
目標施設を捉える。
アレルヤの手が震えた。
過去。
実験。
痛み。
仲間。
逃亡。
置き去りにした者たち。
引き金を引けば。
すべてが終わる。
だが。
そこには今も。
人がいる。
「……僕は……」
――甘いな。
ハレルヤの声。
――だから何も終わらねえ。
「黙れ……」
――撃てないなら代われ。
アレルヤは目を閉じる。
「違う」
――あ?
「これは僕がやる」
目を開く。
照準。
「僕が決めたんだ」
キュリオスの砲撃。
光が走った。
研究施設へ。
爆発。
さらに。
爆発。
炎が。
アレルヤの過去を呑み込んでいった。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「目標施設、破壊を確認」
フェルトが報告する。
スメラギは静かに頷いた。
「キュリオスへ帰還指示」
「了解」
後方で。
レイナスもモニターを見ていた。
何も言わない。
ここで何か言ったところで。
アレルヤがやったことは変わらない。
なら。
帰ってきてからでいい。
◇
プトレマイオス・格納庫
キュリオスが帰還する。
アレルヤがコックピットから降りてきた。
顔は。
晴れていない。
当然だった。
過去に決着をつけたからといって。
何もかもが綺麗になるわけではない。
レイナスは少し離れたところで待っていた。
アレルヤが近づく。
「……終わった」
「ああ」
「これで良かったのかな」
レイナスは少し考える。
「さあな」
アレルヤが顔を上げる。
「俺に聞かれても困る。俺が正しかったって言えば、お前は納得できるのか?」
「……できないと思う」
「だろ?」
レイナスはキュリオスを見上げた。
「だったら今すぐ答えを決めなくてもいいんじゃないか」
アレルヤは黙っている。
「時間が経ってから分かることもある。逆に、何年経っても分からないこともある」
一拍。
「そういうもんだよ」
アレルヤが僅かに笑う。
「百年以上生きてる経験?」
「そこはまだ信用されてないから参考記録扱いで頼む」
今度は。
少しだけはっきりと。
アレルヤが笑った。
「腹減ってないか?」
「……少し」
「なら飯にしよう。悩むのは食ってからでもできる」
「レイナスって、結局そこに戻るよね」
「食事を軽く見ると後悔するぞ」
二人が格納庫を出ていく。
◇
数日後――プトレマイオス・ブリッジ
次の武力介入。
さらに。
その次。
ソレスタルビーイングは止まらない。
レイナスもまた。
正式なガンダムマイスターではないまま。
プトレマイオスでの日々を重ねていた。
戦闘に参加することもあれば。
何もせず留守番することもある。
格納庫へ行けばイアンの邪魔をし。
食堂へ行けばクリスやラッセと話し。
フェルトとは。
必要な時に必要な言葉を交わす。
そして。
暇があればガンダムを見る。
そんな日々。
だが。
世界は確実に動いていた。
◇
中東――アザディスタン王国
乾いた大地。
強い日差し。
遠くに見える。
軌道エレベーターとは。
まるで違う世界。
貧困。
宗教対立。
エネルギー問題。
そして。
国内の分裂。
王宮。
一人の女性が。
窓の外を見つめていた。
マリナ・イスマイール。
アザディスタン第一皇女。
国を。
変えなければならない。
だが。
どうすればいい。
その答えは。
まだ見えない。
◇
プトレマイオス・ブリーフィングルーム
「アザディスタン?」
レイナスが表示された地図を見る。
スメラギが説明する。
「中東の国家よ。太陽光発電紛争の影響を強く受けている」
「なるほど」
宗教。
政治。
エネルギー。
国内対立。
説明を聞くほど。
レイナスの顔が微妙になっていく。
「……面倒そうだな」
ロックオンが笑う。
「分かりやすい顔するな」
「銃撃戦なら敵と味方を見ればいい。政治と宗教はそうはいかないだろ」
「珍しく正論ね」
スメラギが言う。
レイナスは地図を眺める。
「こういうのは苦手なんだよ。殴れば解決する相手の方が、まだ話が早い」
ティエリアが冷たく言う。
「君はそれでも武力介入へ同行するつもりか?」
「仕事ならな」
「仕事?」
レイナスは少し考え。
「……いや、給料出てないな」
クリスが吹き出す。
スメラギが額を押さえた。
「そこに戻らないで」
「悪い。最近ちょっと癖になってきた」
「誰の影響よ」
「俺の人生経験かな」
スメラギは無視した。
「今回の介入は、今までより複雑になる可能性があるわ」
レイナスの顔から。
軽さが少し消える。
モニター。
アザディスタン。
「……そうみたいだな」
中東。
揺れる国。
マリナ・イスマイール。
そして。
ソレスタルビーイング。
新しい介入が。
始まろうとしていた。