機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第130話 避けられる男

第130話 避けられる男

プトレマイオス2――周辺宙域。

《エウロパ》の姿を模した巨大なELSが、無数の小型ELSを伴って接近していた。

その進路上へ、ソレスタルビーイングの機体が展開する。

粒子貯蔵タンク型ダブルオーライザー。

ガンダムサバーニャ。

ガンダムハルート。

ラファエルガンダム。

そして、ガンダムアルティオールネクスト。

前大戦で大破したアルティオールを全面的に改修した、レイナスの現在の機体だった。

『全機、先制攻撃は禁止』

スメラギの声が通信に響く。

『ELSは刹那とアーミアの脳量子波に反応している可能性が高い。まずは行動を確認するわ』

「近づけるな、でも撃つな。毎度ながら現場泣かせの注文だな」

『接触されたら迎撃を許可するわよ』

「その一言があるだけで随分違う」

レイナスは前方を見る。

《エウロパ》型ELSの周囲から、小型ELSが次々と離れていく。

『小型ELS、加速!』

フェルトの声。

銀色の群れは一斉にこちらへ向かってきた。

サバーニャがライフルビットを展開し、ハルートとラファエルも即座に迎撃態勢へ入る。

だが、ELSは彼らには目もくれない。

群れの大半がダブルオーライザーへ向かっていた。

『やっぱり刹那か』

ライルが呟く。

「……俺を感じている」

刹那には分かった。

敵意ではない。

ただ、こちらへ向けられる意識が強い。

知ろうとしている。

そのために、近づこうとしている。

プトレマイオス2のブリッジでは、アーミアも胸元を押さえていた。

瞳が金色に変わっている。

「来てます」

「刹那のところ?」

スメラギが尋ねる。

「はい。でも……私のことも見てる」

一部の小型ELSが群れから離れた。

ダブルオーライザーではなく、プトレマイオス2へ進路を取る。

アーミアが息を呑む。

「こっちにも来る」

『二つの脳量子波源を認識しているようだ』

ティエリアが分析する。

『現状では、より近い刹那へ向かう個体が多い』

「随分と積極的な挨拶だな」

レイナスがアルティオールネクストを移動させる。

プトレマイオス2へ向かおうとしていた小型ELSの側面へ回り込んだ。

その瞬間だった。

銀色の群れが崩れた。

「……ん?」

先頭の数体が急激に進路を変更する。

続くELSも左右へ散り、アルティオールネクストとの距離を取った。

『ELS、軌道変更!』

フェルトが声を上げる。

レイナスは機体を止めた。

「俺、何もしてないぞ」

『レイナス、少し右へ動いて』

スメラギの指示。

「今度は俺が観察対象か」

『いいから』

「へいへい」

アルティオールネクストが右へ移動する。

進路上にいた小型ELSがまた散った。

機体を左へ振る。

今度も避ける。

明らかだった。

「……俺か」

プトレマイオス2。

アーミアが自分の銀色の右手を見る。

「私の右手と同じ……」

『そう考えるのが自然だ』

ティエリアが答える。

『アーミアと融合している個体とは別のELSも、レイナスを避けている』

「じゃあ、情報が伝わってる?」

絹江が尋ねる。

『可能性は高くなった。しかし、どの範囲まで共有されているかは分からない』

アーミアが通信を開く。

「先生」

『なんだ』

「やっぱり嫌われてますね」

『帰ったら左手の維持訓練、倍な』

「横暴です!」

『先生に喧嘩売るからだ』

「そういう時だけ先生になるんですか!?」

レイナスは小さく笑い、再び小型ELSを見る。

だが――。

「……待て」

散ったELSは逃げていなかった。

アルティオールネクストを大きく迂回しただけだ。

左右へ分かれた群れが、その後方で再び進路を修正する。

向かう先はダブルオーライザー。

さらに別の一群は、大きな弧を描きながらプトレマイオス2へ向かおうとしている。

「俺を避けて、また戻ってきたぞ」

『レイナスへの接触回避より、脳量子波源への接近を優先している』

ティエリアが観測結果を告げる。

「なるほど。俺の顔を見るのは嫌だが、仕事は別ってか」

『レイナスらしいね』

アレルヤが苦笑する。

「どういう意味だ、それ」

『なんとなく』

「便利な言葉だな」

その時、一体の小型ELSがアルティオールネクストの近くを通過した。

他の個体ほど大きく避けない。

最低限だけ軌道をずらし、そのままダブルオーライザーへ向かう。

レイナスがその姿を追った。

「お前は来るのか」

『反応には個体差があるようだ』

ティエリアが言う。

『あるいは刹那の脳量子波への反応が、レイナスへの忌避を上回っている』

「全員が同じ動きをするわけじゃないってことか。そっちの方が厄介だな」

銀色の群れがダブルオーライザーへ迫る。

刹那は動かなかった。

『刹那、近いわ!』

スメラギが警告する。

「分かっている」

『直接触らせないで』

「ああ」

刹那が意識を集中する。

粒子貯蔵タンクから放出されたGN粒子が、ダブルオーライザーの周囲へ広がった。

「俺の声が聞こえるか」

小型ELSの動きがわずかに変わる。

答えはない。

代わりに――何かが刹那へ流れ込んだ。

「っ……!」

『刹那!?』

無数の映像。

星。

暗闇。

光。

遠い場所。

数え切れないほどの存在。

言葉ではない。

人間の思考とも違う。

一度に押し寄せる情報量に、刹那が息を詰める。

それでも。

「……敵意じゃない」

『分かるの?』

アレルヤが尋ねる。

「あいつらは……知ろうとしている」

刹那は目の前のELSを見つめる。

「俺たちを」

プトレマイオス2で、アーミアも同じものを感じていた。

「でも……やり方が違う」

銀色の右手が震える。

「触って、混ざって……同じになろうとしてる」

『それがあいつらにとっての理解なのかもしれない』

ティエリアが言う。

レイナスが息を吐いた。

「随分と強引だな。初対面で相手の身体に入り込むのを挨拶とは呼ばんぞ」

『彼らには、その違いが分からないのかもしれない』

刹那が答える。

「だったら教えるしかないか」

『レイナス?』

「知らないから許されるって話でもないだろ。こっちは触られたら洒落にならん。向こうが知りたいなら、人間には人間の都合があるって覚えてもらわないとな」

その直後。

《エウロパ》型ELSが大きく動いた。

『巨大ELS、加速!』

フェルトの警告。

巨大な銀色の船体が、ダブルオーライザーへ向かう。

「刹那!」

『下がって!』

ダブルオーライザーが後退する。

それでも《エウロパ》型ELSは追う。

レイナスが舌打ちした。

「そっちは距離感を覚える気なしか」

アルティオールネクストが加速する。

『レイナス、何をするつもり?』

「さっきの続きを確認するだけだ」

『無茶はしないで』

「触られたくないのは俺も同じだ」

アルティオールネクストが《エウロパ》型ELSとダブルオーライザーの間へ回り込む。

周囲の小型ELSが真っ先に反応した。

多くが左右へ散る。

だが、すべてではない。

数体は進路をわずかに変えただけで、アルティオールネクストの近くを抜けようとする。

さらに別の群れは大きく迂回し、そのまま刹那へ向かった。

「やっぱり壁にはならんか」

『先生、後ろ!』

「見えてる」

レイナスは武器を使わず、機体をずらす。

接触寸前だった一体が急旋回した。

それでもダブルオーライザーへ向かう。

「嫌なら素直に帰ってくれりゃ楽なんだがな」

そして、《エウロパ》型ELSも反応した。

巨大な船体が揺らぐ。

一度、進路が逸れる。

「お?」

アルティオールネクストが少し追う。

《エウロパ》型ELSはさらに距離を取った。

だが――止まらない。

大きく迂回しながら、再びダブルオーライザーへ向かおうとする。

レイナスが目を細めた。

「なるほどな」

『何?』

スメラギが聞く。

「こいつも俺には近づきたくないらしい。ただ、それ以上に刹那が気になる」

『そのようだ』

ティエリアが答える。

『レイナスから一定の距離を取ろうとしながら、刹那への接近を継続している』

「嫌われてるだけで仕事が片づくほど世の中甘くないか」

レイナスはアルティオールネクストを止めた。

「刹那。そっちは任せる」

『ああ』

「ただし、触られる前には逃げろよ。俺みたいに身体の中から追い出せる保証はない」

『分かっている』

刹那が再び《エウロパ》型ELSへ意識を向ける。

「俺たちは、お前たちをまだ知らない」

銀色の船体が揺れる。

「お前たちも、俺たちを知らない」

小型ELSがダブルオーライザーの周囲を漂う。

近づこうとする。

だが、先ほどまでの勢いはない。

「触れて、一つになるだけが理解じゃない」

言葉が届いているのかは分からない。

それでも刹那は続けた。

「俺は、お前たちを知りたい」

アーミアも目を閉じた。

刹那ほど明確にはできない。

それでも自分へ向けられているELSの意識に、自分の意思を返そうとする。

「私も……」

銀色の右手を握る。

「でも、勝手に入ってくるのは駄目です」

レイナスの通信が割り込んだ。

『そこは大事だな』

「先生、今いいところなんですから!」

『いや、そこ曖昧にするとまた俺の仕事が増えるだろ』

「もう!」

しかし。

アーミアは少し笑った。

その感情まで伝わったのか。

小型ELSの動きが変わった。

接近していた個体が速度を落とす。

《エウロパ》型ELSもまた、ダブルオーライザーへ向けていた進路を止めた。

『ELS、減速』

フェルトが報告する。

誰も攻撃しない。

ELSも動かない。

しばらく、人類と銀色の生命体は宇宙空間で向かい合った。

やがて――。

《エウロパ》型ELSがゆっくりと旋回した。

『進路変更』

スメラギがモニターを見る。

「こっちじゃない?」

『はい。離れていきます』

小型ELSも動き始める。

すべてが一斉に従うわけではなかった。

なおもダブルオーライザーへ近づこうとする個体。

アーミアのいるプトレマイオス2を気にするように漂う個体。

アルティオールネクストとの距離を大きく取る個体。

それぞれが異なる動きを見せながら、やがて大半が《エウロパ》型ELSを追って離れていく。

最後まで刹那の周囲に残っていた一体も、しばらくダブルオーライザーを見つめるように停止した後、銀色の群れへ戻っていった。

「……行った」

アーミアが目を開く。

金色だった瞳が、ゆっくり元の色へ戻った。

スメラギが息を吐く。

「全機、その場で警戒を継続。追跡はしない」

『了解』

ライルがサバーニャの武装を収める。

ハルートもラファエルも警戒態勢を解いた。

レイナスは遠ざかる銀色の群れを見送る。

「結局、会話成立ってところまでは行かなかったな」

『でも、少しは伝わった』

刹那が答える。

「向こうから離れたんだ。少なくとも押しかければ歓迎されるわけじゃない、くらいは覚えてくれたと思いたいな」

『それと、もう一つ分かった』

ティエリアの声が続く。

『ELSはレイナスを避ける傾向がある』

「傾向、ね」

レイナスが小さく笑う。

「その言い方が一番正確そうだ」

『すべての個体が同じ反応を示したわけではない。強い脳量子波への接触を優先する個体も確認された』

「つまり俺が前に立ってりゃ安全、なんて便利な話じゃないわけだ」

『ああ』

「だろうな。そんな楽な仕事なら最初から俺には回ってこない」

『レイナスらしいね』

アレルヤが苦笑する。

「今日それ二回目だぞ」

『そうだった?』

「まあいい。帰ろうぜ。今度こそ報告書まで俺に回すなよ」

『無理ね』

スメラギが即答した。

「知ってた」

---

プトレマイオス2――格納庫。

帰還したレイナスがアルティオールネクストのコクピットから降りると、アーミアが待っていた。

「先生」

「おう」

「本当に避けられてましたね」

「見てたよ」

「全部じゃなかったですけど」

「その方が面倒だな。避ける奴と突っ込んでくる奴を見分けろって言われても、現場じゃ付き合ってられん」

アーミアが銀色の右手を持ち上げる。

レイナスが近づく。

いつものように、右手が反射的に身体の反対側へ逃げた。

「これと同じですね」

「お前のは相変わらず徹底してるな」

「先生、何したんですか?」

「お前を助けただけだろ」

「その時に一体壊してます」

「向こうが先に身体へ入ってきたんだ。正当防衛ってことにしとけ」

「ELSに法律通じます?」

「通じるなら弁護士呼んでくれ。俺は説明するの面倒だ」

アーミアが笑う。

だが、すぐに銀色の右手へ視線を落とした。

「情報、共有してるんでしょうか」

「さあな」

「先生でも分からない?」

「分からんものは分からん。百年以上生きてたって、宇宙人と付き合うのは初めてだ」

レイナスも遠くを見る。

「ただ、こいつらが全員同じ機械みたいに動くわけじゃないのは分かった。俺を避ける奴もいれば、お前や刹那の方を優先する奴もいる」

「……私たちを知りたいから」

「らしいな」

「だったら、いつか話せるでしょうか」

レイナスは少し考えた。

「そっちは刹那に聞け」

「先生は?」

「俺は近づいたら逃げられる側だぞ。対話役としては人選ミスもいいところだ」

「確かに」

「即答するな」

アーミアがまた笑う。

その右手は銀色のまま。

左手には《アニマ》。

そして今は、強い脳量子波まで宿している。

レイナスが改めて彼女を見る。

「しかしお前……」

「はい?」

「数日前まで普通の学生だったんだよな?」

「そのはずです」

「ELSと融合。《アニマ》発現。ついでにイノベイター覚醒」

指を折るように並べていく。

「属性盛りすぎじゃないか?」

「先生が言わないでください!」

「俺は百年以上かけてこうなったんだ。お前、ペース配分がおかしいぞ」

「好きで増やしてません!」

「だったら次の追加は断れ。こっちも教育計画が立たん」

「断れるものなら断ってます!」

言い合う二人の横で、整備員たちがアルティオールネクストの点検を始める。

最初の接触は終わった。

分かったことは多くない。

ELSは強い脳量子波を求める。

人間を知ろうとしている。

そしてレイナスを危険な存在として避ける傾向がある。

だが、それさえ絶対ではない。

知りたいという衝動が上回れば、危険を承知で近づいてくる。

木星の本隊が到達するまで――九十五日。

人類もELSも、まだ互いのことをほとんど知らなかった。

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