第132話 訪問者
数日後――。
プトレマイオス2・ブリッジ。
「スメラギさん、通信ですぅ。発信者は地球連邦軍、グラハム・エーカー少佐」
ミレイナの報告に、スメラギが端末から顔を上げた。
「グラハムから?」
「はい。連邦軍の正式な連絡回線じゃなくて、少佐から直接ですぅ」
クリスティナも通信経路を確認する。
「本当ね。何かあったのかしら」
「繋いで」
「了解ですぅ」
メインモニターが切り替わる。
映し出されたのは、連邦軍の制服を着たグラハム・エーカーだった。
『久しぶりだな』
「グラハム。あなたから直接連絡してくるなんて珍しいわね」
『私自身の用件ではない。少々、仲介を頼まれてな』
ブリッジ後方にいたレイナスが顔を上げる。
「その言い方、嫌な予感しかしないな。仲介なんてのは大抵、手数料を払う奴より間に立った奴の方が働かされる」
『相変わらずだな、レイナス』
「経験則だよ。で、今度はどんな追加業務だ?」
『まだ何も説明していないぞ』
「面倒事ってのは、説明を聞く前が一番安いんだ」
グラハムが笑う。
スメラギは慣れた様子で二人を放置した。
「それで、誰が私たちに会いたがってるの?」
『ビリー・カタギリとミーナ・カーマインだ。現在、二人とも連邦側でELSの解析に関わっている』
「ビリー・カタギリ……」
スメラギの表情が、ほんのわずかに変わった。
『知っているのか?』
「昔、少しね」
それ以上は説明しない。
グラハムも追及しなかった。
『二人とも、先日の《エウロパ》型ELSとの接触記録を確認している。提供されたデータだけでは判断できないことが多く、直接話を聞きたいそうだ』
「連邦軍には出せる範囲の観測データは渡しているわ」
『承知している。だが、数値だけでは分からないことが多いらしい』
グラハムの視線がレイナスへ向いた。
「俺を見るな。その視線だけで請求書が一枚増えた気分になる」
『ELSが明確に避けた人間など、他に例がない。興味を持つのも無理はあるまい』
「まあ、確定した答えは持ってない。ただ、心当たりならある」
『ほう』
「詳しい話は会ってからだ。二度も同じ説明するほど暇じゃない」
『合理的だ』
「タダ働きを減らしてるだけだ」
スメラギが口を挟む。
「接触自体は構わないわ。ただし、こちらが開示する情報はこちらで決める」
『もちろんだ』
「場所はこちらから指定するわ」
『問題ない』
そこで刹那が口を開いた。
「ELSのことなら、俺にも用があるはずだ」
『その通りだ、刹那』
グラハムの表情が少し真面目になる。
『先日の会議で、ダブルオーライザーのパイロットが君であること、そして君がイノベイターであることは私から伝えた』
「そうか」
『無断で伝えたことは謝ろう』
刹那は少しだけ間を置いた。
「構わない」
ELSが強い脳量子波へ反応する可能性がある以上、連邦軍にとっても無視できない情報だった。
スメラギが確認する。
「他には?」
『君たちから提供された資料以上のことは伝えていない』
「分かった」
スメラギの視線が、ブリッジの一角へ向いた。
そこにはアーミアがいる。
銀色へ変化した右手。
左手には《アニマ》。
さらに、ELS本隊が出現した際にはイノベイターとして覚醒した。
連邦軍は、そのどれも知らない。
当然、グラハムも知らない。
スメラギは少し考えてからアーミアを見る。
「あなたのことを話すかどうかは、今は保留にするわ」
「保留ですか?」
「ええ。実際に会ってみないと分からないもの。信用に足る相手だと判断できたら、その時に考える」
ティエリアも頷く。
「僕も賛成だ。ELSとの融合例は、今後の研究において極めて重要な情報になる。しかし、君自身の安全を無視して外部へ開示するべきではない」
アーミアは自分の銀色の右手を見る。
「じゃあ、今は黙ってればいいんですね」
「そうね。話すと決めた場合も、どこまで協力するかはあなた自身の意思を確認するわ」
「分かりました」
レイナスが腕を組む。
「情報ってのも資産と同じで、出した後に回収はできないからな。取引相手の信用調査が先だ」
アーミアがレイナスを見る。
「先生が調べるんですか?」
「俺は現場担当だ。そういう責任の重い査定は管理職に回す」
スメラギの視線が刺さる。
「何よ」
「適材適所って大事だなって話だ」
「あなたも会談には出てもらうわよ」
「ほら、余計な一言で仕事が増えた」
アーミアが笑う。
その声が通信にも入ったらしい。
グラハムが眉を上げた。
『先生?』
レイナスの表情が止まる。
「そこは聞かなかったことにしろ」
『非常に興味深いのだが』
「興味を持つな。これ以上案件を増やすと追加料金を取るぞ」
『君に何かを教わっている人物がいるということか?』
「通信切るぞ」
『分かった。今は聞かないでおこう』
「その『今は』で将来の仕事を予約するな」
スメラギが苦笑しながら通信を終わらせる。
「詳しい日時と座標は後で送るわ」
『ああ。待っている』
通信が切れた。
レイナスは息を吐く。
「会う前から仕事が増えてるじゃないか」
「先生」
「お前のせいで余計な案件まで一つ増えたぞ」
「すみません、先生」
「反省する気があるなら今だけ先生をやめろ」
「はい、先生」
「査定マイナスだ」
「何の査定ですか?」
「今考えてる」
数日後――。
プトレマイオス2・格納庫。
指定宙域へ到着した地球連邦軍の小型シャトルが、誘導灯に従ってゆっくりと着艦する。
レイナスはアルティオールネクストの足元で、その様子を眺めていた。
近くには刹那、ティエリア、イアン。
スメラギも出迎えのため格納庫へ来ている。
アーミアは別室で待機している。
まだ彼女の存在を開示すると決めたわけではない。
シャトルが完全に停止し、接続された通路へ空気が満たされる。
やがてハッチが開いた。
最初に姿を見せたのはグラハムだった。
「久しぶりだな、レイナス」
「数日前に顔見ただろ。再会手当でも出るのか?」
「残念ながら出ない」
「なら一回でまとめてくれ」
グラハムが笑う。
続いて、一人の男がシャトルから降りてきた。
眼鏡を掛けた長身の男。
ビリー・カタギリ。
その視線は格納庫へ入った直後から、周囲の機体へ向けられていた。
ダブルオーライザー。
そして――アルティオールネクスト。
「……これは」
足が止まる。
技術者としての興味を隠す気すらない。
「これがアルティオールネクストか」
イアンがその顔を見て腕を組んだ。
「見るだけなら構わんぞ」
「少しくらい近くで――」
「触るのは駄目だ」
「まだ言ってないよ」
「技術屋なら顔を見れば分かる」
ビリーが苦笑する。
「同業者には隠せないか」
その後ろから、もう一人が降りてきた。
赤い癖毛。
小柄な身体に白衣を羽織り、その下には紫色のミニワンピース。黒いサイハイブーツが床を鳴らす。
ミーナ・カーマイン。
彼女は格納庫へ入るなり、巨大な空間を見回した。
「ここが本物のソレスタルビーイング……」
レイナスが横から言う。
「お前らが来たところもソレスタルビーイングだろ」
ミーナの動きが止まる。
「……紛らわしいのよ!」
「命名した奴に苦情を出してくれ。俺は担当外だ」
グラハムが口元を緩めた。
その時だった。
ビリーが出迎えに立っていたスメラギを見る。
足が止まった。
「…………」
スメラギもビリーを見た。
大学時代から変わったところもある。
変わっていないところもある。
それでも、互いに見間違えるはずはなかった。
ビリーが目を見開く。
「……クジョウ?」
スメラギもわずかに驚いた表情を見せる。
「ビリー……」
ビリーが数歩近づく。
「どうして君がここに……」
「まあ……色々あったのよ」
「色々って……」
ビリーは周囲を見る。
ここはソレスタルビーイングの母艦。
そして彼女は、当然のようにその乗員たちと一緒に立っている。
答えはほとんど出ていた。
「君が……ソレスタルビーイングに?」
スメラギは小さく息を吐いた。
「今はスメラギ・李・ノリエガと名乗ってるわ」
「スメラギ……」
ビリーがその名を繰り返す。
その横から、ミーナがひょいと顔を出した。
「ビリー」
「ん?」
「知り合い?」
「ああ。大学時代の――」
言い終わる前に、ミーナがビリーの腕へ自分の腕を絡めた。
「へえ」
笑顔だった。
実に綺麗な笑顔だった。
ビリーが横を見る。
「ミーナ?」
「何?」
「いや……近くないかい?」
「いつも通りよ」
「そうだったかな……」
スメラギがその様子を見て、何となく事情を察した。
「あなたがミーナ・カーマインね」
「ええ。地球連邦軍宇宙局技術研究所のミーナ・カーマインよ。宇宙物理学を専門にしてるわ」
ミーナは笑顔のまま答える。
ビリーの腕は離さない。
少し離れたところで、レイナスがグラハムへ小声で聞いた。
「……あれ、口を挟むと追加料金取られるやつか?」
「金で済めば安いかもしれんな」
「なら黙っとく。タダ働きだけで十分だ」
ビリーには聞こえていたらしい。
「二人とも聞こえてるよ」
「ならなおさら俺は部外者で通す」
ようやくミーナがビリーの腕を離した。
そして――。
今度は真っ直ぐレイナスを見る。
頭から足元まで、遠慮なく。
レイナスも黙って数秒耐えた。
「……何だ? 見物料なら先払いだぞ」
「確認してるの」
「何を」
「あなたがレイナス・レノアーク?」
「そうだが」
「本当に普通の人間に見えるわね」
「初対面で査定から入る奴は初めてだな」
「だって資料が普通じゃないもの」
ミーナが端末を取り出す。
「百年以上生きていると本人談。生身でMSを破壊。未知のエネルギーを使用。敵機の鹵獲多数――」
「待て。最後のだけ犯罪歴の照会みたいになってないか?」
「事実でしょ?」
「まあな。現地調達って言えば多少は聞こえがよくなる」
グラハムが横から言う。
「ならないと思うぞ」
「お前に言われたくない」
ミーナが続ける。
「そして現在は、ELSが明確に回避する唯一の人物」
「宇宙人から取引停止を食らった覚えはないんだがな」
「そこよ!」
「何がだ」
「それを聞きに来たの!」
一歩近づく。
「どうしてELSはあなたを避けるの?」
レイナスは少し考えてから答えた。
「確定した原因は知らん。ただ、帳簿をひっくり返せば怪しい案件が一件ある」
「何?」
「最初にELSと接触した時、一度身体に入り込まれた」
ミーナの表情が止まる。
ビリーもアルティオールネクストからレイナスへ視線を戻した。
「身体に?」
「ああ。同化ってやつだろうな。勝手に人の身体へ上がり込んできたんで、《アニマ》で強制退去させた」
「……強制退去?」
「中から引き剥がして外へ出した。その後、《アニマ》をぶつけたら止まった」
今度こそミーナが黙った。
ビリーが眼鏡の位置を直す。
「待ってくれ。君はELSの同化を受けながら、自力でそれを排除したのか?」
「結果だけ見ればな」
「その《アニマ》という能力で?」
「ああ」
「ELSそのものにも効果がある?」
「少なくとも、あの一件じゃ有効だった。再現試験をやる気はないけどな」
ビリーとミーナが同時にレイナスを見る。
その目つきが変わった。
レイナスはすぐに察した。
「……その顔は知ってるぞ。追加作業を思いついた奴の顔だ」
ミーナが我に返った。
「ちょっと待って!」
「待つのはいいが、ここから先は時間外手当を付けてくれ」
「それ、ものすごく重要な情報じゃない!」
「だから今、情報提供しただろ。請求先は連邦軍でいいか?」
「そういう話じゃない!」
「俺にとっては大事な話だ」
「どうして今まで連邦側に出てないのよ!」
レイナスはスメラギを見る。
「ほら、情報管理部門に回す。俺は現場担当だ」
「都合よく逃げないの」
スメラギが呆れたように言ってから、ミーナを見る。
「こちらもELSについて把握していることを全部開示しているわけじゃない。そちらも同じでしょう?」
「それは……そうだけど」
ミーナはすぐにレイナスへ向き直った。
「でも、それならELSがあなたを避ける理由と関係してる可能性が高いじゃない!」
「俺も一番高い見積もりはそこに出してる」
「だったら最初から言いなさいよ!」
「聞かれてない仕事まで先回りしてやると、それが標準業務になるんだよ」
「何の話をしてるの!?」
「働き方の話だ」
ビリーが眼鏡を押さえながら笑いを堪える。
「ミーナ、場所を移そう。ここで始めたら終わらないよ」
「でもビリー!」
「重要だからこそ、記録を取りながら整理した方がいい」
「……分かったわよ」
ミーナは不満そうに一歩引いた。
レイナスがビリーを見る。
「助かった。話の分かる奴が一人いるだけで現場は回る」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「こっちもそのつもりだ」
ビリーは改めてアルティオールネクストを見上げた。
「ただ、僕としてはこの機体にも興味がある」
「前言撤回だ。お前も追加作業を持ってくる側だったな」
「ELSの話が先なのは分かってるよ」
「その台詞、仕事を一件頼んだ後でもう一件出してくる奴がよく言うんだ」
「技術者にこの機体を見せて、興味を持つなという方が無理だよ」
「グラハムの友達だってことだけはよく分かった」
「どういう意味だい?」
「面倒な方向に興味を持つところがそっくりだ」
グラハムが眉を上げる。
「私まで巻き込む必要はないだろう」
「仲介手数料だ。払っとけ」
その横で、ミーナは刹那へ視線を移した。
「それじゃあ、あなたが刹那・F・セイエイ?」
「ああ」
「イノベイター」
「そうだ」
「ELSが積極的に接触しようとした人間」
刹那は少しだけ間を置く。
「あの時、ELSは俺たちを知ろうとしていた」
ミーナの表情から、先ほどまでの軽さが消えた。
宇宙物理学者の顔になる。
「そこも詳しく聞かせて」
「分かった」
「木星の大赤斑に出現したワームホールについても、こちらで解析したデータを持ってきたわ。あれが自然現象じゃないことくらいは分かる。でも、どうやってあれほど巨大な空間接続を維持しているのか、まるで分からない」
ティエリアが反応する。
「こちらにもヴェーダの解析結果がある」
「見せてもらえる?」
「開示可能な範囲なら」
ミーナが笑う。
「十分よ。来た甲斐があったわ」
スメラギが一同を見る。
「続きは会議室でしましょう。こっちも連邦側の解析結果を知りたい」
ビリーが頷く。
「僕たちも同じだ。ELSについては分からないことが多すぎる」
「全部話せるとは限らないわよ」
「もちろん。こちらも同じだからね」
互いに持っている情報は違う。
連邦軍には、木星から地球圏へ接近するELS本隊を追跡する観測網がある。
ソレスタルビーイングには、実際にELSと接触した経験がある。
だが、どちらもまだ相手の全貌には届いていない。
一行が格納庫の出口へ向かう。
レイナスも後に続こうとしたところで、背後からミーナの声が飛んできた。
「レイナス」
「今度は何だ? もう追加注文は締め切ったぞ」
「あとで採血させて」
「却下」
「少しだけ」
「量の問題じゃない」
「一回だけ」
「回数の問題でもない。しかもタダだろ」
「お金取るの!?」
「嫌なことを頼むなら、それなりの対価を提示するのが社会のルールだ」
ビリーが額を押さえる。
「ミーナ……」
「だってELSが避ける原因が血液にある可能性だって――」
「さっきの話を聞いて、なんで血液に戻るんだよ」
「可能性は一つずつ潰すものよ」
「俺の血で研究予算を節約するな」
グラハムが笑いを堪えながら二人を見る。
レイナスはそれに気づいた。
「お前、楽しんでるだろ」
「まさか」
「顔が笑ってるぞ」
「気のせいだ」
「仲介人なら最後まで面倒見ろ。こっちはもう業務範囲を超えてる」
「善処しよう」
「一番信用できない回答だな」
ミーナはまだ諦めていない顔をしていた。
そしてビリーの視線は、最後までアルティオールネクストへ向いている。
レイナスは二人を交互に見て、小さく息を吐いた。
「……こりゃELSより先に、俺の勤務条件を見直した方がよさそうだな」
ELSとの接触まで、残された時間は減り続けている。
地球連邦軍とソレスタルビーイング。
これまで別々の場所から未知の存在を追っていた者たちが、初めて同じテーブルにつこうとしていた。