機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

133 / 135
第133話 共有

第133話 共有

プトレマイオス2・会議室。

中央のテーブルには、ソレスタルビーイングと地球連邦軍、それぞれが持ち寄った観測データが並んでいた。

木星の大赤斑に出現したワームホール。

そこから現れたELS本隊。

地球圏へ向かう軌道。

そして、先日の《エウロパ》型ELSとの接触記録。

スメラギ、刹那、ティエリア、レイナス。

向かい側にはグラハム、ビリー、ミーナが座っている。

ミーナは先ほどまでとは別人のような顔で、木星圏の観測データを拡大した。

「まず、こっちから」

表示されたのは、木星周辺の空間観測記録だった。

「ワームホール出現前から、大赤斑周辺では微弱な重力異常が観測されていた。でも発生直前になるまで、通常の木星大気による変動と区別できるほどじゃなかった」

ティエリアがデータを確認する。

「ヴェーダの観測結果とも一致する」

「問題はここ」

ミーナが表示を切り替えた。

複数の曲線が重なる。

「空間の歪みが一定値を超えた直後、一気に接続が成立してる。自然発生したワームホールなら説明のつかない部分が多すぎるわ」

「つまり、ELSが作ったと?」

刹那が尋ねる。

「その可能性が一番高い。でも、断定はできない」

ミーナは即答した。

「そもそも私たちは、ELSがどこから来たのかすら知らない。ワームホールを自力で生成したのか、既存の何かを利用したのか、それすら分かってないもの」

レイナスが椅子にもたれる。

「分からないことを確認するために、わざわざ宇宙まで出張してきたわけか」

「分からないことが分かっただけでも前進よ」

「研究者の便利な言葉だな。それで給料が出るなら羨ましい」

「出るわよ」

「転職先の候補に入れとくか」

スメラギが横を見る。

「あなた、研究者に向いてないと思うわよ」

「奇遇だな。俺もそう思ってる」

ビリーが小さく笑いながら、別のデータを開いた。

「こちらで最も気になっているのは、やはりELSの情報伝達能力だ」

モニターへ《エウロパ》型ELSが表示される。

「人類が破壊したはずの木星探査船《エウロパ》を、彼らは再現した」

「外見だけじゃない」

ティエリアが補足する。

「観測された構造には、オリジナルの《エウロパ》と共通する特徴が多数存在していた」

「そう。ELSが過去に《エウロパ》と接触し、その構造を取り込んだと考えるのが自然だ」

ビリーが映像を進める。

小型ELS群がダブルオーライザーへ向かい、その進路へアルティオールネクストが割り込む。

直後、群れが大きく分かれた。

レイナスを避けるように。

「そして、これだ」

ビリーが映像を止める。

「君が最初に接触したELSと、ここにいるELSは同一個体ではないんだね?」

「違う。最初の奴は地球だ」

「にもかかわらず、別のELSが君を避けた」

「ああ」

「偶然というには反応が明確すぎる」

ミーナが続ける。

「しかも一体や二体じゃない。複数の個体が同じ傾向を示してる」

レイナスが腕を組んだ。

「要するに、俺が最初の一匹を追い出した件が、どこかで共有されたんじゃないかって話か」

ビリーが頷く。

「僕はその可能性を疑っている」

「悪評だけ回るのが早いってのは、宇宙人相手でも変わらないらしいな」

「悪評なのかしら」

ミーナが首を傾げる。

「向こうから見ればそうだろ。身体を乗っ取ろうとしたら追い出されて、そのまま《アニマ》を食らったんだ。俺なら次からその客とは取引しない」

「ELSに商取引の概念があるとは思えないけど」

「例えだよ」

刹那が映像を見たまま言う。

「だが、全てがレイナスを避けたわけではない」

空気が変わる。

ビリーが刹那を見る。

「あの映像でも、一部は君の近くを通過している」

「ああ」

ティエリアが別の軌跡を重ねた。

「特に刹那へ接近しようとしていた個体群だ。レイナスを避けるために進路を変更した個体が多い一方、接近を継続した個体も確認されている」

ミーナが顎に手を添える。

「回避が絶対命令じゃない……?」

「僕もそう考えている」

ティエリアが答える。

「ELS内部にどのような意思決定機構が存在するのかは不明だ。しかし少なくとも、観測された行動は単純な『レイナスから逃げる』だけでは説明できない」

ビリーが刹那へ視線を移した。

「グラハムから聞いている。君はイノベイターとして、通常の人間とは比較にならない脳量子波を発しているそうだね」

「ああ」

「ELSがそれに反応した可能性は?」

刹那は少し考えた。

「あると思う」

「根拠は?」

「俺には、あいつらの声のようなものが聞こえた」

ミーナの指が止まった。

「声?」

「言葉じゃない」

刹那は目を閉じる。

「あの時、俺の中に大量のものが流れ込んできた。映像、感覚、情報……一度に重なって、ほとんど理解できなかった」

「意思疎通を試みた?」

「ああ」

「結果は?」

刹那が目を開く。

「まだ分からない」

短い答えだった。

だが、そこで終わらなかった。

「ただ、俺にはあいつらが攻撃するためだけに近づいているようには感じなかった」

ミーナが黙って続きを待つ。

「知ろうとしている」

刹那は言った。

「俺たちが何なのか。触れて、取り込んで、同じものになれば分かる。あいつらにとっては、それが普通なのかもしれない」

グラハムの表情が険しくなる。

「しかし、人間にとっては致命的だ」

「ああ」

刹那は否定しなかった。

「だから、そのまま受け入れることはできない」

レイナスが肩をすくめる。

「名刺交換のつもりで身体を作り替えられたんじゃ、たまったもんじゃない。向こうに悪気がなくても、こっちの損害は変わらん」

ビリーが考え込む。

「悪意と危険性は別問題、か」

「現場じゃよくある話だ。悪気のない発注ミスでも、作り直す側は残業になる」

「また仕事に例えるのね」

ミーナが言う。

「分かりやすいだろ」

「あなたにはね」

「俺が喋ってるんだから十分だ」

スメラギが軽く咳払いした。

「話を戻しましょう」

モニターに、ELSの進路が表示される。

「現状、私たちが確認しているのは三つ。ELSは人間や機械と融合する。少なくとも何らかの形で個体間の情報共有を行っている可能性がある。そして、脳量子波に反応している可能性が高い」

「そこなのよね」

ミーナが椅子にもたれた。

「レイナスを避ける一方で、刹那には接近する。二つの行動原理が同時に働いていると考えれば説明できる」

ビリーが頷く。

「レイナスに対する危険認識と、強い脳量子波に対する関心」

「どちらを優先するかは、その時々で変わる」

ティエリアが付け加えた。

「現時点では仮説に過ぎないが」

「でも、検証する価値はあるわ」

ミーナが端末へ入力を始める。

その姿を、スメラギは黙って見ていた。

質問の仕方。

不明点を不明のまま扱う姿勢。

そして、レイナスや刹那を単なる研究材料としてではなく、当事者として話を聞いている。

ビリーも同じだった。

興味は強い。

アルティオールネクストを見る目など、放っておけば今すぐ工具を持って走っていきそうなほどだ。

それでも、一線は越えていない。

スメラギはティエリアを見る。

ティエリアも彼女を見る。

短い視線だけで、互いの考えていることは伝わった。

「ビリー。ミーナ」

スメラギが呼ぶ。

「何だい?」

「何?」

「一つ、確認したいことがあるの」

二人が彼女を見る。

「仮に――ELSと融合した人間が存在するとしたら、あなたたちはどうする?」

ミーナの表情が変わった。

「融合した……人間?」

「仮定の話よ」

スメラギは表情を崩さない。

ミーナはすぐには答えなかった。

先ほどまでの勢いも消えている。

「融合の程度によるわ」

やがて、慎重に答えた。

「生命維持に影響があるのか。組織がどこまで置換されているのか。本人の意識や神経系が保たれているのか。ELS側が活動を続けているのか……調べたいことはいくらでもある」

「その人間を拘束する?」

「危険性が確認されれば隔離を提案する可能性はある」

ミーナは誤魔化さなかった。

「でも、ELSと融合しているってだけで拘束する理由にはならないわ」

スメラギの目がわずかに細くなる。

ビリーも口を開く。

「僕も同意見だ」

「研究対象には?」

ビリーは少し困ったように笑った。

「技術者として興味がないと言えば嘘になる」

「正直ね」

「でも、人間なら本人の意思が先だろう。協力を求めることはあっても、強制していい理由にはならない」

レイナスが横から口を挟む。

「まともな契約書を書く気はあるらしいな」

ミーナがレイナスを見る。

「何よ、その言い方」

「研究者って聞いた時点じゃ、解剖台まで込みの見積もりを想定してた」

「しないわよ!」

「採血は要求しただろ」

「あれは採血!」

「本人が断ってるのに三回値切った奴が言っても説得力ないぞ」

「値切ってない!」

「量と回数を減らそうとしただろ。立派な価格交渉だ」

ビリーが笑いを堪えている。

ミーナが睨む。

「ビリー?」

「いや、すまない」

グラハムも僅かに口元を緩めていた。

「グラハムまで!」

「私は何も言っていない」

「顔!」

空気が少しだけ緩んだ。

その中で、スメラギは決めた。

「分かったわ」

立ち上がる。

「少し待っていて」

「クジョウ?」

ビリーが呼ぶ。

スメラギは振り返った。

「今の質問、仮定じゃないの」

沈黙。

ミーナの目が大きくなる。

ビリーも表情を変えた。

グラハムだけは意味を測りかねている。

「……まさか」

ミーナが呟く。

スメラギは通信端末を操作した。

「アーミア。会議室に来てもらえる?」

『はい』

若い少女の声が返ってくる。

グラハムが眉を上げた。

「アーミア……?」

レイナスが椅子にもたれたまま天井を見る。

「信用調査、通ったらしいな」

「あなたが決めたみたいに言わないで」

「俺なら採血の件で減点してた」

「まだ言うの!?」

「査定ってのは公平じゃないとな」

やがて、会議室の扉が開いた。

一人の少女が入ってくる。

短いダークブラウンの髪。

灰色がかった瞳。

緊張した様子で室内を見回し――。

まずレイナスを見つけた。

「先生」

「その呼び方、今日は封印しろって言っただろ」

「言われてません」

「じゃあ今言った」

アーミアは首を傾げながら、スメラギの隣まで歩いてくる。

グラハム、ビリー、ミーナ。

三人とも彼女を見る。

一見すれば、普通の少女だった。

ただし――右手を除けば。

照明を反射する銀色の指。

手首から先が、生身の人間とは明らかに違う。

ミーナが息を呑んだ。

ビリーも立ち上がりかけ、すぐに自制した。

「……それは」

スメラギが紹介する。

「アーミア・リー。最初期にELSと接触した人間の一人よ」

アーミアが軽く頭を下げる。

「アーミア・リーです」

ミーナの視線は銀色の右手から離れない。

「その右手……」

アーミアが持ち上げる。

「ELSです」

沈黙が落ちた。

グラハムの表情からも笑みが消える。

「ELS……だと?」

「はい」

「融合しているのか?」

アーミアは頷いた。

「最初に襲われた時に右腕を同化されました。でも、その後もこのままです」

ビリーが慎重に尋ねる。

「身体に異常は?」

「今のところありません」

「ELS部分は動く?」

「普通に」

アーミアが指を曲げる。

銀色の指が、人間の手と変わらない滑らかさで動いた。

ミーナが一歩だけ近づく。

だが、それ以上は行かなかった。

「……触ってもいい?」

レイナスが横からミーナを見る。

「お」

「何よ」

「今度は先に聞いたな。査定一点追加だ」

「あなたの査定なんていらない!」

アーミアが思わず笑う。

「大丈夫です」

「ありがとう」

ミーナはゆっくりと手を伸ばした。

指先が、銀色の右手へ触れる。

何も起こらない。

硬質な感触。

しかし金属そのものとも違う。

微かな温度がある。

「……生きてる」

ミーナが呟く。

アーミアは自分の右手を見る。

「たぶん」

その時だった。

レイナスが椅子から立ち上がった。

銀色の右手が――ぴくりと動く。

アーミアの意思とは無関係に。

レイナスが一歩近づく。

右手がすっと後ろへ逃げた。

ビリーの目が見開かれる。

ミーナも固まった。

グラハムがレイナスと銀色の右手を交互に見る。

レイナスは立ち止まった。

「ほらな」

さらに半歩。

右手がまた逃げる。

アーミア自身は動こうとしていない。

「先生、近づかないでください。右手が逃げます」

「俺のせいみたいに言うな。逃げてるのはそっちだ」

「先生からです」

「知ってるよ」

ビリーがゆっくりと立ち上がった。

「待ってくれ……」

視線がアーミアの右手へ固定されている。

「これは君の意思じゃないのか?」

「違います」

「なら――」

ビリーがレイナスを見る。

「ELS自身が、君を認識している?」

レイナスは肩をすくめた。

「そう見えるだろ?」

ミーナの顔から、完全に冗談が消えた。

「別個体なのに……」

誰も答えない。

最初にレイナスへ侵入したELS。

アーミアと融合したELS。

そして、宇宙空間でレイナスを避けた無数のELS。

それらが別々の個体であるにもかかわらず、同じ反応を示している。

ビリーが静かに言った。

「……情報を共有している」

「可能性はかなり上がったわね」

ミーナが答える。

レイナスは再び席へ戻った。

すると、アーミアの右手も元の位置へ戻る。

「俺としては、宇宙規模のブラックリストに載せられた気分だけどな」

「笑い事じゃないわよ」

「俺だって笑ってない。身に覚えのないところで信用情報が回ってるんだぞ」

「身に覚えはあるでしょう!」

「原因には心当たりがある。全宇宙へ情報を回していいなんて契約にはサインしてない」

ミーナは反論しかけ――。

やめた。

代わりに銀色の右手を見る。

「……ELSは、私たちが考えているよりずっと密接に繋がっているのかもしれない」

刹那が静かにアーミアを見る。

彼には分かる。

彼女から発せられる脳量子波。

以前より明らかに強い。

だが、それについてはまだ話していない。

アーミアが持つ秘密は、銀色の右手だけではない。

《アニマ》。

そして――イノベイター。

スメラギもそれを分かっていた。

今日、どこまで開示するのか。

その判断は、まだ終わっていない。

レイナスはそんなスメラギの横顔を見てから、テーブル上の大量の資料へ視線を落とした。

「……嫌な予感がするな」

「何が?」

スメラギが尋ねる。

「秘密を一個開示するたびに会議が一時間延びるなら、残り二個で定時退社は絶望的だ」

アーミアが目を丸くする。

スメラギは額に手を当てた。

「レイナス」

「何も言ってない。残業時間を見積もっただけだ」

ミーナの視線が、ゆっくりとアーミアへ戻る。

「……残り二個?」

レイナスが止まった。

数秒の沈黙。

「今のは忘れろ」

「無理」

「だろうな」

レイナスは天井を仰いだ。

「……口は災いの元ってのは、百年生きても経費削減できないらしい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。