機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第136話 学習するもの

第136話 学習するもの

西暦2314年――プトレマイオス2・ブリッジ

地球連邦軍との情報共有から数日。

木星圏から地球圏へ向かうELS本隊に、大きな動きが確認された。

「分離を確認です!」

ミレイナの声と同時に、メインモニターの表示が切り替わる。

巨大な銀色の塊から、小規模な群体が次々と離れていた。

一つ、二つではない。

現在確認できているだけでも七群。

それぞれが異なる方向へ進み始めている。

「全部、地球へ向かっているわけじゃないのね」

スメラギが表示された航路を見つめる。

「はいです。三群は地球圏方向ですが、残りは航路がバラバラです」

フェルトが新たなウインドウを開いた。

「この一群だけ進路変更を繰り返しています。目標を探しているようにも見えます」

「目標……」

ラッセが呟いた、その時だった。

「進路上に人工物があります!」

映し出されたのは、地球連邦が木星圏へ設置していた無人観測機。

既に運用年数を重ねた旧式の探査機だった。

銀色の群体が、真っ直ぐそこへ向かっている。

「接触まで?」

「約四十分です!」

スメラギは腕を組んだ。

「連邦にも知らせて。こちらは観測を続けるわ」

「了解です!」

扉が開いた。

「今度は何だ?」

レイナスがブリッジへ入ってくる。

その後ろからアーミアも続いていた。

「先生、まだ終わってません」

「終わりだ。今日はな」

「まだ出来ます」

「出来るかどうかと、やっていいかどうかは別会計だ」

レイナスは振り返りもせず、空いている席へ腰を下ろした。

「基礎も固まってない新人が出力だけ欲しがると、後で修理費が跳ね上がる。今日は閉店だ」

「《アニマブラスト》……」

「まだ早い」

「言う前に断られました」

「顔に見積書が出てる」

スメラギが額を押さえた。

「あなたたち、何しに来たの?」

「呼ばれたから来たんだが」

「私は先生を追いかけてきました」

「帰っていいか?」

「駄目」

即答だった。

その横で、刹那がアーミアを見る。

「アーミア」

「はい?」

「感じるか」

アーミアの表情が変わった。

ふざけた空気が消える。

銀色に変わった右手を胸元へ寄せ、目を閉じた。

しばらくして、ゆっくり目を開く。

「……います」

「どこだ」

「いっぱい……でも、同じじゃない」

アーミアがモニターを見る。

「こっちへ来てるのと、違うところへ行ってるのが……なんとなく」

ティエリアが端末へ指を走らせた。

「彼女が認識している方向と観測データを照合する」

数秒。

「一致する。少なくとも三群」

「三つも?」

スメラギがアーミアを見る。

「前より分かるようになってる?」

「分かるっていうか……」

アーミアは右手を見た。

「向こうから聞こえてくる感じです。刹那さんが言ってた声とは、たぶん違うと思いますけど」

「僕もそう思う」

ティエリアが答える。

「彼女の右腕にはELSそのものが存在している。脳量子波だけではない、別の受信窓口になっている可能性がある」

「便利なのか厄介なのか分からんな」

レイナスが言った。

アーミアの右手が、わずかにレイナスから離れる。

「……お前も毎回律儀だな」

右手は答えない。

当然だった。

やがて四十分が過ぎた。

銀色の群体が観測機へ到達する。

攻撃はなかった。

砲撃も、体当たりもない。

ただ――触れた。

銀色が観測機の表面を覆っていく。

「同化開始を確認!」

フェルトの声が響く。

観測機の外殻が銀色へ変わる。

アンテナ。

太陽電池パネル。

観測センサー。

すべてが飲み込まれた。

そして数分後。

「……形が戻った?」

クリスが身を乗り出す。

銀色の塊だったものが、観測機とほぼ同じ形状へ変化していた。

ミレイナが解析を走らせる。

「外形だけじゃありません! 信号が出ています!」

「信号?」

「元の観測機が使っていた通信方式です!」

ブリッジが静まった。

ティエリアだけが画面を見続けている。

「外形だけではない。内部機能の一部まで模倣している可能性がある」

「一回触っただけでか」

ラッセが低く言う。

「そう考えるべきだろう」

刹那が銀色の観測機を見つめていた。

「知ったんだ」

「刹那?」

「触れて、あれが何なのかを知った」

アーミアも右手を押さえる。

「……うん」

その瞬間。

警報が鳴った。

「擬態した観測機、移動を開始!」

フェルトが航路を表示する。

「進路上に船舶があります!」

「何の船?」

「民間船です。木星圏から帰還中の資源輸送船――乗員、作業員を含め三百二十七名!」

スメラギの表情が変わる。

「距離は?」

「約百八十万キロ。現在の速度なら――」

一瞬の計算。

「三十分ほどで接触します!」

「連邦へ緊急警報! 民間船にも直接送って!」

「はい!」

レイナスが立ち上がった。

「こっちからは?」

フェルトが首を横に振る。

「間に合いません。距離がありすぎます」

舌打ちしかけたレイナスが止まる。

どうにもならない。

どれだけ速い機体があっても、距離そのものは消せない。

「……遠すぎるか」

「輸送船から応答!」

通信が開く。

『こちらヘリオス資源輸送船団、第三区画輸送船アルゴ。警告を受信した。現在、最大加速で回避行動に入る』

スメラギが答える。

「こちらプトレマイオス2。接近している物体には接触しないでください。接触された場合、船体そのものが変質する可能性があります」

『了解した』

通信が切れる。

輸送船の航路が大きく曲がった。

その数秒後。

ELSも曲がった。

「……追ってる」

アーミアが呟く。

「進路変更を確認。ELS、輸送船を追尾しています!」

刹那の瞳が金色へ変わった。

「刹那?」

「……声が強くなった」

「何を言ってる?」

スメラギの問いに、刹那はすぐには答えなかった。

やがて、

「知りたがっている」

「輸送船を?」

「中にいる人間を」

アーミアも目を閉じる。

右腕の銀色が微かに揺れた。

「触りたい……」

「アーミア?」

「触って、知りたい。混ざって……同じになれば、もっと分かるから」

レイナスがモニターを睨む。

「向こうに悪気はないって話か」

「たぶん……」

「厄介だな」

レイナスの声に軽さはなかった。

「悪気がないからって、殺される側の損失がゼロになるわけじゃない」

誰も反論しなかった。

時間だけが減っていく。

二十六分。

二十分。

十五分。

輸送船は逃げ続けた。

だが速度差は縮まらない。

『こちらアルゴ! 対象との距離、二万! まだ接近している!』

通信にノイズが混じる。

船内の警報音まで聞こえていた。

『警告射撃を行う!』

スメラギは止めなかった。

「了解。接触を最優先で回避してください」

輸送船の船体から光が走る。

小型デブリ対策用のレーザー。

一発。

二発。

三発。

銀色の観測機へ命中する。

表面が吹き飛んだ。

だが止まらない。

「ELS、なおも接近!」

「距離、一万二千!」

再びレーザー。

今度は連射だった。

観測機の形が崩れる。

銀色の破片が飛び散る。

それでも残った部分が形を変えながら進む。

そして。

「……増えた?」

クリスの声が震えた。

飛び散った銀色の破片が、それぞれ小さな塊となって加速した。

「分裂しています!」

「距離五千!」

『来るぞ! 隔壁閉鎖! 全員、退避区画へ――!』

通信が途切れた。

最初の一片が船体へ触れた。

そこから銀色が広がった。

外板。

推進器。

貨物ブロック。

まるで水面へ落としたインクのように、銀色が船体を侵食していく。

「船体後部、同化!」

「救命艇射出を確認!」

小さな光点が次々と輸送船から離れる。

だが、その一つへ銀色の破片が向かった。

「そっちは駄目!」

アーミアが叫んだ。

届かない。

声も。

手も。

《アニマ》も。

何一つ。

銀色が救命艇へ触れた。

光点が消える。

アーミアが息を呑んだ。

右手を左手で強く掴む。

「……知らなかった」

刹那がアーミアを見る。

「アーミア」

「この子たち……知らないんです」

声が震えていた。

「人間が、これで死ぬって」

ブリッジから音が消えた。

「触れば分かる。混ざれば分かる。だから……」

アーミアは銀色の右手を見る。

「向こうでは、それでいいんだと思ってる」

刹那が目を閉じる。

「俺にも、そう感じる」

モニターでは輸送船の半分以上が銀色へ変わっていた。

それでもいくつかの救命艇が離脱している。

「救命艇十二隻を確認!」

フェルトが声を上げる。

「七隻が離脱に成功! 五隻は――」

そこで言葉を切った。

スメラギが目を伏せる。

ほんの一瞬だけ。

そして顔を上げた。

「生存艇の航路を連邦へ送って。最寄りの救難部隊を回してもらう」

「はい」

「それと、この記録をカティ准将へ」

「全部ですか?」

「全部よ」

スメラギは銀色へ変わっていく輸送船を見る。

「判断を変えなきゃいけない」

     ◇

地球連邦軍管理下――外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》

巨大なスクリーンに、アルゴの最期が映し出されていた。

誰も口を開かなかった。

カティ・マネキンが映像を止める。

ELSが船体へ接触した瞬間だった。

「これまでの暫定交戦規定を改定する」

セルゲイが顔を上げる。

「接触そのものを脅威と認定するのですな」

「ああ」

カティは迷わなかった。

「敵意の有無を判断基準から外す」

グラハムが腕を組む。

「彼らに悪意がなくとも、人間にとって結果は同じということか」

「そうだ」

カティはスクリーンを見た。

「ELSが有人艦、居住施設、避難船へ接近し、接触が避けられないと判断された場合――」

視線が鋭くなる。

「接触前に迎撃する」

セルゲイが頷く。

「妥当でしょう」

「ただし無差別攻撃を許可するものではない。回避可能なら回避する。意思疎通の可能性も捨てない」

「難しい注文だ」

グラハムが小さく笑う。

「戦場とは、往々にしてそういうものだ」

カティは次の資料を開く。

そこには木星圏から広がり始めた、無数の銀色の航跡。

「そして問題は、もう一つある」

ビリーが口を開いた。

「学習速度だね」

「ああ」

観測機。

通信方式。

推進機能。

一度の接触だけで、ELSはその一部を再現した。

ミーナが腕を組む。

「だったら、モビルスーツに触れたら?」

誰も答えない。

答えは想像できた。

グラハムが、スクリーンの中のブレイヴへ目を向ける。

「……触れさせる気はないがね」

カティが即座に返す。

「当然だ」

     ◇

プトレマイオス2――ブリッジ

アルゴの生存者は、連邦救難部隊によって回収された。

三百二十七名。

救助されたのは百四十一名。

数字だけが報告書へ残った。

アーミアはずっと黙っていた。

「アーミア」

レイナスが呼ぶ。

「……はい」

「今日はもう訓練なしだ」

「でも」

「なしだ」

いつものような軽口ではなかった。

「今のお前がやっても身にならん」

アーミアは反論しなかった。

右手を見つめる。

銀色の指が、静かに動いている。

「先生」

「なんだ」

「この子たちと……分かり合えるんでしょうか」

レイナスは少し考えた。

「知らん」

即答だった。

アーミアが顔を上げる。

「俺に分かるわけないだろ。向こうの常識も、こっちの常識も違いすぎる」

レイナスはモニターを見る。

「ただな」

銀色へ変わった輸送船が映っている。

「このまま同じやり方を続けたら、請求書が人類全体に回ってくる」

「……先生らしい言い方ですね」

「放っとけ」

その横で、刹那が立ち上がった。

「スメラギ」

「何?」

「もう一度、俺がELSに触れる」

ブリッジの視線が集まった。

「今度は、もっと深く」

ティエリアが刹那を見る。

「危険だよ」

「分かっている」

「前回ですら、君は大量の情報を受け取った」

「ああ」

刹那は銀色の群れを見つめる。

「だから足りない」

「刹那?」

「俺たちは、ELSが人間を知らないことを知った」

金色の瞳が静かに光る。

「なら、俺たちもELSを知らなければならない」

アーミアが顔を上げた。

刹那は続ける。

「戦うかどうかを決めるためじゃない」

一拍。

「戦いながらでも、分かり合う方法を探す」

スメラギはしばらく黙っていた。

やがて、小さく息を吐く。

「……準備しましょう」

その言葉を待っていたように、ティエリアが端末を開いた。

レイナスも立ち上がる。

「今度は見積もりなしで現場入りするなよ、刹那」

「何が必要だ」

「まず生きて帰る算段だ」

刹那が頷いた。

「分かった」

銀色の群れは、今も地球へ向かっている。

人類を憎んでいるわけではない。

滅ぼそうとしているわけでもない。

ただ、知ろうとしている。

触れ。

混ざり。

同じものになることで。

そして人類は、その方法では生きられない。

アルゴの犠牲によって、それはもはや仮説ではなくなった。

次に同じことが起きた時。

人類は――撃つ。

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