第138話 対話のためのガンダム
西暦2314年――プトレマイオス2・ブリーフィングルーム
刹那がELSとの接触を試みた翌日。
レイナスの《アニマ》による治療と再検査を終えた刹那は、既に医務室を出ていた。
身体に異常はない。
だが、昨日と同じ方法を繰り返すことはできない。
「00ライザーでの再接触は中止するわ」
スメラギが前日の記録を閉じる。
「異論は?」
「ない」
刹那が答えた。
「俺が受け取りすぎた」
向かいに座るアーミアが眉を寄せる。
「私には、全部受け止めるなって言ったじゃないですか」
「ああ」
刹那は少し間を置いた。
「自分で言ったことを、俺自身が守れなかった」
「先輩なのに」
「……すまない」
素直に謝られ、アーミアの方が言葉に詰まる。
レイナスが横から口を挟んだ。
「後輩に注意事項を説明した本人が真っ先に事故ってりゃ世話ないな」
「次は同じことはしない」
「なら、次は根性じゃなくて仕組みで何とかする話だ」
ティエリアが別のデータを開いた。
「そのための機体なら、既にある」
アーミアが顔を上げる。
「機体?」
「正確には、まだ完成していない」
イアンが端末を操作した。
モニターに一機のガンダムが現れる。
構想図ではない。
フレーム、装甲、内部機器。
既に建造工程へ入り、各部の進捗まで表示された新型機だった。
「ダブルオークアンタ」
刹那がその名を口にする。
「GNT-0000――ダブルオークアンタ」
ティエリアが頷いた。
刹那が純粋種のイノベイターへ覚醒した後、その能力と本人の意向を汲んで開発が進められてきた次世代ガンダム。
サバーニャやハルートが既に実戦配備されている一方、クアンタは今も完成していない。
理由は、その開発目的そのものにあった。
「敵を倒すことを第一にした機体じゃない」
刹那が言う。
アーミアが彼を見る。
「じゃあ、何のためのガンダムなんですか?」
「戦いを止めるためだ」
クアンタムシステムによって高濃度のGN粒子領域を形成し、人と人の意識を繋ぐ。
互いを知る。
そのために、まず戦闘を止める。
刹那が求めたのは、そのための力だった。
「もっとも、武装まで捨てたわけじゃない」
イアンが機体データを切り替える。
「話をする前に、まず銃を下ろさせなきゃならない場合もある。それに、分かり合えば必ず仲良くなれるなんて保証もないからな」
ツインドライヴによる圧倒的な粒子生産量。
ダブルオーのフレーム構造を継承しながら、内部は純粋種となった刹那へ対応するため最新技術で刷新されている。
対話のための機体でありながら、ガンダムとしての戦闘能力も極めて高い。
「特殊な機体だけに、サバーニャやハルートより開発が遅れた」
ティエリアが続ける。
「だから完成までの間、刹那は粒子貯蔵タンク型の00ライザーを使用している」
「で――」
イアンが前日の記録をクアンタのデータへ重ねた。
「昨日の件で、こいつを急がなきゃならない理由がもう一つ増えた」
表示されたのは、クアンタとヴェーダを結ぶシステム。
アーミアが画面を覗き込む。
「ヴェーダ?」
「ああ」
ティエリアが答える。
「クアンタにはヴェーダの小型ターミナルが搭載される」
昨日、刹那を倒したもの。
それは攻撃ではなかった。
ELSという巨大な集合体から、一人の人間へ一度に流れ込んだ膨大な情報だった。
「00ライザーでは、ELSから送られる情報を君自身がほぼ直接処理するしかなかった」
ティエリアが刹那を見る。
「クアンタならヴェーダを介在させられる。ELSの脳量子波を演算処理し、君が受け取る情報を取捨選択することで負担を軽減できる」
「俺だけで全部を受け取らなくていい」
「ああ」
アーミアが少し身を乗り出す。
「それなら、昨日よりちゃんと話せるかもしれない?」
「可能性は高くなる」
ティエリアはそこで言葉を切った。
「ただし、相手は僕たちの常識が通用しない地球外生命体だ。クアンタがあれば必ず成功するとは言えない」
「それでいい」
刹那はクアンタを見つめた。
「今より先へ進めるなら、試す」
レイナスもモニターを見ている。
フェルトがその横顔に気づいた。
「レイナス」
「まだ何も言ってないだろ」
「ずっと見てます」
「新型のガンダムだぞ。見るくらいはいいだろ」
「刹那のです」
「分かってるよ」
イアンが咳払いする。
「問題は完成時期だ」
建造工程が表示された。
機体は既に形になりつつある。
だが、クアンタムシステムを含めた最終調整は残っている。
「元の予定なら問題なかった。だがELSの方がこっちの工程表を無視して来やがった」
「納期交渉もできそうにないな」
レイナスが言う。
「できるならお前がやってこい」
「俺が行ったら先方が逃げる」
「なら黙ってろ」
ミレイナが手を挙げた。
「パパ、私も全力で手伝いますです!」
「当然だ。完成を前倒しするぞ」
スメラギも頷く。
「クアンタの完成を急ぐ。それまでは現在の戦力でELSへの対応を続けるわ」
刹那はもう一度、自分の新しいガンダムを見た。
GNドライヴ。
ヴェーダ。
そして純粋種のイノベイター。
それらが一つに揃う時。
昨日は届かなかった声を、もう一度届ける。
そのための準備は、既に始まっていた。
◇
地球圏外縁――地球連邦軍哨戒部隊
銀色の群れが接近していた。
大型ELSではない。
無数の小型ELSが、ひとつの群れとなって連邦軍の警戒宙域へ侵入している。
『警告に反応なし。進路変わらず!』
『有人航路まで抜かせるな。迎撃する!』
連邦軍MSが散開する。
アルゴの一件以降、交戦基準は明確になっていた。
意思がどうであれ、人間への接触を許せば被害が出る。
ビームが走った。
先頭のELSが弾ける。
銀色の破片が散り、残った群れが複数方向へ分かれた。
『速い!』
『右から来るぞ!』
一機の連邦軍MSが旋回する。
撃つ。
避ける。
さらに撃つ。
だが、細かなELSの一部が射線を抜けた。
『くそっ――!』
銀色の塊が右脚へ張り付く。
警報が鳴った。
装甲表面が銀色へ変わっていく。
『三番機、ELS接触!』
『右脚だけだ! 切り離せ!』
パイロットが即座に緊急分離を実行した。
爆発ボルトが作動する。
右脚が機体から切り離され、MS本体がスラスターを全開にして離脱する。
『三番機、離脱成功!』
残された右脚を、小型ELSが覆った。
一瞬だった。
銀色が装甲の内部へ染み込む。
フレーム。
駆動系。
粒子伝達系。
人類が作ったMSの構造が、初めてELSへ取り込まれていく。
そして。
周囲を漂っていた小型ELSが、一斉に動きを変えた。
『何だ……?』
銀色の群れが集まる。
伸びる。
折れる。
形を作る。
胴体。
二本の腕。
二本の脚。
頭部。
『人型……?』
完全なMSではない。
右脚から得た情報だけでは足りない。
それでも。
そこに生まれた輪郭は明らかに、人類の機動兵器を模倣し始めていた。
◇
地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》
「映像を止めろ」
カティの指示で、記録が停止する。
画面中央。
人型へ変化し始めたELSが映っている。
ビリーが映像を拡大した。
「MSの一部を取り込んだだけで、ここまで再構成した」
「情報が他の個体にも共有されたと考えるべきでしょうね」
ミーナが言う。
「アルゴの時より速い」
セルゲイが人型ELSを見る。
「学習しているということか」
「ああ」
ビリーが答えた。
「しかも個体単位じゃない可能性が高い」
カティは即座に命じる。
「全軍へ情報を共有。ELSとの接触を受けた機体は、可能な限り汚染部位を切り離して離脱しろ。機体よりパイロットの生存を優先する」
「了解」
「少佐」
「はっ」
グラハムが前へ出る。
「ブレイヴ隊を出す。現地部隊と合流し、有人航路への侵入を阻止しろ」
「了解した!」
グラハムが部屋を出ていく。
セルゲイがその背中を見送ってから、カティへ向き直った。
「こちらも時間がないな」
「ああ」
カティは地球へ向かうELS本隊を見上げた。
「CBが対話の手段を探すなら、我々はその時間を作る」
それが軍の仕事だった。
◇
数時間後――プトレマイオス2・ブリッジ
「連邦から新しい戦闘記録が届いたわ」
クリスの声で、全員の視線がメインモニターへ集まる。
フェルトが映像を展開した。
映ったのは、先ほどの戦闘。
ELSの接近。
連邦軍MSによる迎撃。
右脚への接触。
パージ。
そして――
人型へ変化していく銀色の群れ。
「ついにMSまで覚えたか」
ラッセが低く言う。
「まだ完全な模倣じゃないわ」
クリスが解析結果を重ねる。
「取り込んだのは右脚だけ。構造も不完全。でも、明らかに人型を作ろうとしてる」
イアンが険しい顔で画面を見る。
「次に一機丸ごと持っていかれたら、どうなるか分からんな」
刹那は何も言わず、映像を見つめていた。
その隣で、アーミアの銀色の右手が微かに動く。
「……来る」
「何が?」
スメラギが尋ねた。
アーミアが答えるより先に、フェルトが声を上げる。
「人型ELS、変化!」
映像の中。
銀色の腕が変形した。
取り込んだMSの右脚には存在しなかった構造。
だが、それに似たものをELSは既に見ている。
戦場で。
何度も。
人類が自分たちへ向けたものを。
腕の先に、光が集まった。
「粒子反応!」
クリスが叫ぶ。
次の瞬間。
光が走った。
連邦軍MSが回避する。
ビームは機体の横を抜けていった。
「武器まで……」
ミレイナが息を呑む。
二射目。
今度は別の機体へ。
連邦軍MSが即座に撃ち返す。
銀色の人型が一部を失いながら、それでも再び腕を向ける。
撃つ。
撃ち返される。
また撃つ。
その繰り返しを見ていた刹那が、僅かに目を見開いた。
「違う」
スメラギが振り向く。
「刹那?」
アーミアも右手を押さえている。
「これ……」
断片が流れ込んでくる。
光。
動き。
反応。
返ってくる光。
また返す。
「人間が撃ったから……」
アーミアが映像を見る。
「同じことを返してる?」
刹那が目を閉じる。
昨日ほど深くは繋がらない。
それでも、微かな感覚は拾える。
「俺たちが見せたものを学んでいる」
「攻撃方法として?」
スメラギが聞く。
刹那は首を横に振った。
「それだけじゃない」
再び光が走る。
ELSが撃つ。
人間が返す。
ELSがまた返す。
「これを、俺たちの意思表示だと思っている」
ブリッジから声が消えた。
レイナスが眉を寄せる。
「銃撃戦を会話だと思ってるのか」
「おそらく」
ティエリアが映像を見つめる。
「ELSは接触と同化によって相手を知る。人類が同じ方法を取らない以上、僕たちが繰り返している行動を別の意思疎通として認識したとしても不思議ではない」
「最悪の覚え方をされたわね」
スメラギが言った。
「クリス、連邦へ送って」
「何を?」
「今の推測を全部。ELSが人類の攻撃行動を、意思疎通の手段として学習している可能性がある」
「了解!」
クリスが通信を開く。
スメラギは続けなかった。
どう戦うか。
どこまで撃つか。
それを決めるのは連邦軍だ。
CBが今やるべきことは、得た情報を渡すこと。
そして――
「刹那」
「ああ」
刹那は分かっていた。
昨日、自分の言葉は届かなかった。
その間にもELSは人類を学び続けている。
間違った形で。
格納庫では、クアンタの完成を急ぐ作業が続いている。
だが、ELSは待たない。
アルゴで船を学んだ。
連邦軍との接触でMSを学び始めた。
そして今。
人類が戦場で最も多く使ってきた行為を、彼らは新しい言葉として覚えようとしている。
刹那は銀色の人型を見つめる。
「急がなければならない」
それは戦いに勝つためではない。
戦いそのものが、取り返しのつかない誤解になる前に。
今度こそ。
こちらの声を、届かせるために。