機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第140話 二人のロックオン

第140話 二人のロックオン

西暦2314年――プトレマイオス2・第二格納庫

「もう一度、右へ振って」

『了解』

ニールの声がスピーカーから返る。

整備アームに固定された機体が、ゆっくりと右腕を動かした。

かつてのガンダムデュナメス。

修復を重ね、戦場へ戻り、さらに今回のELS戦を見据えて大幅な改修を受けた機体。

外見にはデュナメスの面影を色濃く残している。

だが、中身は別物に近かった。

「追従正常。照準補正も問題なしです」

ミレイナがデータを確認する。

イアンは別のモニターを睨んでいた。

「右肩の応答が少し遅いな」

『俺には分からなかったぞ』

「お前が分からなくても数字には出てる」

『厳しいねえ』

「ELS相手に撃ってから気づくよりマシだろ」

『そりゃそうだ』

通信が切れる。

コックピットハッチが開き、ニールが降りてきた。

隣の区画ではサバーニャの整備が進んでいる。

その足元にいたライルが兄を見上げた。

「どうだった?」

「悪くない。昔のデュナメスより素直なくらいだ」

「それ、もうデュナメスって呼んでいいのか?」

「俺も思ってた」

ニールが改修機を振り返る。

イアンが聞きつけた。

「だったらちょうどいい。名前も変える」

「今決めるのか?」

「いつまでも『デュナメスの改修機』じゃ整備記録が面倒なんだよ」

イアンが機体データを開く。

表示された名称を、ニールが読む。

「デュナメス・ヴァリアント」

「GN-002REIII。基本設計はデュナメスだが、今の仕様ならそれくらい名乗ってもいい」

ライルがサバーニャと見比べる。

「兄さんには似合ってるんじゃないか?」

「お前に言われると微妙だな」

「褒めてる」

「なら受け取っとくよ」

二機のガンダムが並ぶ。

ヴァリアント。

サバーニャ。

同じ狙撃という出発点から、まったく違う方向へ進化した二機だった。

「ちょうど二人ともいるな」

イアンが言った。

「シミュレーションを取るぞ。ELS本隊を想定した連携試験だ」

ライルが兄を見る。

「やるか」

「負けても泣くなよ」

「何と勝負する気だよ」

     ◇

プトレマイオス2・シミュレーションルーム

仮想空間が展開される。

前方。

無数の銀色。

実際に観測されたELSの挙動を元に構築された仮想敵群が、二機へ殺到する。

『始めるぞ』

ニールの声。

『了解』

サバーニャが先に動いた。

GNホルスタービットが一斉展開。

複数方向へ散り、迫るELS群へ射線を作る。

光が交差した。

一発で一体を狙う必要はない。

ライルの役割は、数そのものを削ること。

広域を覆う砲火が、銀色の群れを次々に撃ち抜いていく。

その網を抜けたELSが、サバーニャへ接近する。

だが。

一条の光。

先頭の一体だけが正確に撃ち抜かれた。

さらに一発。

もう一発。

デュナメス・ヴァリアントは動かない。

必要以上に撃たない。

ライルが作った射線の隙間だけを、ニールが埋めていく。

『兄さん、右上』

『見えてる』

ライルが言い終わるより早く、光が走った。

右上方から回り込もうとしていたELSが消える。

『じゃあ言わせるなよ』

『弟との会話くらい楽しませろ』

『戦闘中だぞ』

『余裕がある証拠だ』

次の群れ。

今度は数が違う。

ライルがビット配置を変更する。

『前を開ける』

ニールがすぐに意図を読む。

『了解』

サバーニャの砲火が左右へ割れた。

中央だけが空く。

そこへELSが集中する。

狙撃銃を構えたヴァリアントが、射線の奥を捉えた。

一発。

手前ではない。

群れのさらに後方。

模擬空間に設定された大型ELSの中枢を、光が貫いた。

同時にライルの砲撃が中央へ戻る。

残った群れが消滅した。

シミュレーション終了。

スコアが表示される。

『……これ、兄さん一人増えたっていうより、俺の撃てる場所まで増えてないか?』

『お前が数を減らすから俺も狙いやすい』

『逆もか』

『そういうことだ』

しばらく沈黙があった。

『悪くないな』

ライルが言う。

『ああ』

ニールも答えた。

同じことをする必要はない。

互いに違うからこそ、埋められる場所がある。

     ◇

プトレマイオス2・展望区画

訓練を終えたニールが入ってくる。

絹江は窓際で端末を操作していた。

「終わった?」

「ああ」

「どうだった?」

「弟に働かされた」

「ライルさんは逆のことを言いそうね」

「兄を立てるってことを知らないんだよ、あいつは」

「嬉しそうだけど」

ニールは返事をせず、絹江の隣へ座った。

端末には避難記録が並んでいる。

アーミアの家族を探すための調査だった。

「まだか?」

「まだ」

「そうか」

ニールはそれ以上聞かなかった。

絹江が端末を閉じる。

「あなた、本当に出るのね」

「ああ」

「止めても?」

「止めるのか?」

絹江は少し考えた。

「止めない」

「即答じゃないんだな」

「考えるくらいはさせて」

「悪い」

絹江は窓の外を見る。

「前だったら、止めたかもしれない」

「前?」

「あなたがアリーを追ってた頃」

ニールの表情が僅かに変わる。

「……あの頃か」

「あの時のあなたは、帰ってくることより、終わらせることの方を考えてたから」

ニールは否定しなかった。

その通りだった。

家族を奪った男。

KPSA。

過去。

自分の銃口は、ずっとそこへ向いていた。

だが今は違う。

「今回も帰ってくるよ」

ニールが言った。

絹江が彼を見る。

「約束できる?」

「絶対とは言えない」

絹江の眉が寄る。

「そこは格好よく約束するところじゃない?」

「できない約束をして安心させる方が嫌だ」

ニールは窓の向こうへ視線を向けた。

「でも、帰るために戦う。それは約束する」

絹江はしばらく彼を見ていた。

「……分かった」

「それで許してくれるか?」

「許すも何もないわよ」

絹江は少しだけ身体を寄せた。

「帰ってきたら、その時に文句を言うから」

「長そうだな」

「覚悟しておいて」

「それなら帰らないと損だな」

ニールが笑う。

絹江も笑った。

     ◇

プトレマイオス2・居住区

「ライル」

アニューが壁にもたれて待っていた。

「どうした?」

「シミュレーション、見てた」

「全部?」

「全部」

「兄貴と比べてどうだった?」

アニューは少し考える。

「全然違う」

ライルが苦笑する。

「即答かよ」

「だって本当に違うもの」

アニューは彼の前へ立った。

「ニールは、一つを絶対に外さないように撃つ」

「ああ」

「あなたは、自分で戦場を作る」

ライルが少し目を細める。

「そう見える?」

「私には」

アニューは笑った。

「だから比べる意味がない」

「兄貴の方が上手いって言われた方が気楽だったんだけどな」

「嘘」

「分かる?」

「分かる」

短い答えだった。

ライルは肩を竦める。

「敵わないな」

「何年一緒にいると思ってるの?」

アニューが歩き出す。

ライルも隣へ並んだ。

「ELS本体が来たら、私もサポートに入る」

「ああ」

「止めないの?」

「止めても来るだろ」

「よく分かってる」

「何年一緒にいると思ってるんだ?」

今度はアニューが笑った。

     ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

「連邦軍から更新データ」

クリスが表示を切り替える。

ELS本体。

地球への接近は続いている。

大きな進路変更はない。

その周囲では小規模な接触が散発していたが、アルゴのような大規模な民間被害はその後確認されていない。

フェルトが別の表示を開く。

「連邦軍の防衛部隊、集結を開始しています」

「早いわね」

スメラギが言う。

「アルゴ以降、準備そのものは進めていたから」

ラッセが地球圏の戦力配置を見る。

「本気で総力戦をやる気か」

「やらないで済むなら、その方がいい」

スメラギはELS本体を見る。

「でも、願ってるだけじゃ止まらない」

その時、通信が入った。

「連邦軍から暗号通信」

クリスが内容を確認する。

「カティ・マネキン准将です」

「繋いで」

モニターにカティが映る。

『スメラギ・李・ノリエガ』

「久しぶりね、カティ」

『世間話をする時間はない』

「でしょうね」

カティはすぐに本題へ入った。

『ELS本体の地球圏到達を想定した防衛作戦を立案する』

スメラギの表情が変わる。

『CBにも参加してもらう』

「もちろん」

即答だった。

カティは続ける。

『ただし、目的を確認しておきたい』

「聞くわ」

『我々は地球を守る。お前たちは?』

スメラギは少しだけ考えた。

「同じよ」

『それだけか?』

「もう一つ」

スメラギは、建造が続くクアンタのデータを画面へ出した。

「戦いを終わらせる方法を探す」

カティは数秒、クアンタを見た。

『なら、その時間はこちらで作る』

スメラギが僅かに笑う。

「随分と大きく出たわね」

『地球連邦軍だ。地球を守るために存在している』

「頼りにしてるわ」

『こちらもだ』

通信が切れる。

ブリッジに地球圏の戦力配置が広がる。

連邦軍。

ソレスタルビーイング。

それぞれが、別の役割を持つ。

だが。

目指す時間は同じだった。

戦うための準備。

そして。

戦いを終わらせるための準備。

ELS本体が到達するその時へ向けて――

人類は、少しずつ一つの戦線へ集まり始めていた。

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