機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第141話 レイヴンなら何とかする

第141話 レイヴンなら何とかする

西暦2314年――地球・某都市

街頭モニターから、連邦政府の緊急放送が流れていた。

『地球連邦政府は本日、木星圏より地球へ接近している地球外変異性金属体《ELS》について、最新の観測情報を公表しました』

画面には銀色の巨大構造体が映し出されている。

既にELSの存在そのものは秘密ではない。

連邦政府は混乱を抑えるため段階的に情報を公開し、避難計画や非常時の行動指針も発表していた。

駅。

商業施設。

学校。

職場。

あらゆる場所で、人々が同じニュースを見ている。

『現時点で地球連邦軍は防衛部隊の再編および集結を進めています。政府は市民に対し、未確認情報に惑わされず――』

通行人が足を止める。

「本当に宇宙人なんだよな……」

「金属なんだろ?」

「アルゴの件もあいつらなんだろ?」

「軍で止められるのか?」

誰にも答えは分からない。

そして。

その日の話題は、ELSだけではなかった。

街頭モニターの隅に、別のニュース速報が表示された。

《劇場版レイヴン2 公開延期を正式発表》

     ◇

プトレマイオス2・食堂

「…………」

アーミアが固まっていた。

端末を両手で持ったまま、一言も発しない。

向かいに座るレイナスが食事を続ける。

「先生」

「ん?」

「延期です」

「何が?」

アーミアがゆっくり顔を上げた。

「『劇場版レイヴン2』です」

「ああ」

「公開延期です」

「二回言わなくても聞こえてる」

「ELSの影響で!」

「そりゃ映画館どころじゃない地域も出てるからな」

アーミアは端末をテーブルへ置いた。

「楽しみにしてたのに……」

心底落ち込んでいる。

レイナスが呆れた顔をした。

「地球外生命体が地球に向かってる最中に、そこが一番効くのか?」

「ELSが来るのも大変です!」

「順番がおかしいんだよ」

「でも『2』ですよ!?」

「知らんよ」

「前作の最後で木星から銀色の何かが出てきたんですよ!? そこからずっと待ってたんです!」

レイナスの箸が止まった。

「……そういや、そんな終わり方だったな」

「覚えてないんですか!?」

「俺は自分によく似た奴が大暴れする映画を二回も細部まで覚えたくない」

「名作なのに」

「俺の評価欄には別の星が付いてる」

アーミアが再び端末を見る。

「公開日未定……」

そこへクリスがトレーを持ってやってきた。

「アーミア、まだ落ち込んでるの?」

「クリスさん……」

「朝からずっとこの調子だ」

レイナスが言う。

「でも延期は仕方ないんじゃない? 地球じゃ映画館の営業を止めてる地域もあるし」

「分かってますけど……」

クリスが隣へ座る。

「その代わり、面白いことになってるよ」

「何がですか?」

「前作」

アーミアが顔を上げる。

「前作?」

クリスが自分の端末を操作した。

「ほら」

表示された数字を見て、アーミアの目が丸くなる。

「……え?」

レイナスも横から覗く。

「何だこれ」

『劇場版レイヴン』。

一度は興行を終えた作品が、ELS騒動をきっかけに再上映され始めていた。

配信視聴数も急増。

関連商品の売上も再び伸びている。

そして。

劇場公開時から積み上げられた興行収入は――

「六百億……?」

アーミアの声が震えた。

クリスが笑う。

「突破したって」

さっきまで沈んでいたアーミアが、一瞬で復活した。

「六百億!?」

「立ち直るの早いな」

レイナスが呟く。

「先生! 六百億ですよ!」

「俺に一円も入ってこない六百億に何を喜べっていうんだ」

「夢がない!」

「元ネタ料くらい請求したいところだ」

「先生が言うと本当に請求しそう」

「肖像権込みなら結構な額になるぞ」

クリスが笑いながら、別の記事を開く。

「伸びてる理由、これみたい」

そこには映画の一場面が掲載されていた。

劇場版レイヴン。

エンドロール後のエピローグ。

木星。

その大赤斑から現れる、正体不明の銀色の物体。

続編への引きとして作られた映像だった。

だが今。

現実に木星からELSが現れた。

偶然にしては出来すぎている。

ネット上では、映画のエピローグが再び注目を集めていた。

《レイヴン、ELSを予言していた?》

《今見るとラストが笑えない》

《銀色の宇宙生命体まで当ててるの何なんだ》

《監督は何を知ってたんだ》

アーミアが目を輝かせる。

「やっぱりすごい映画だったんですよ!」

「予言映画に昇格させるな。ただの偶然だろ」

レイナスはそう言った。

だがクリスは、さらに画面をスクロールする。

「問題はここから」

「まだあるのか?」

「レイナス、あなた今、地球で結構すごいことになってる」

嫌な予感がした。

「……何が」

クリスが端末を向ける。

《ELSが来てもレイヴンがいる》

《いや本物のレイナス・レノアークいるだろ》

《映画の元ネタ本人、今もCBにいるんだよな?》

《あの人なら何とかするんじゃないか》

《レイヴン・バーストの本物版ある?》

《レイナスが出ればELS逃げるって噂マジ?》

《軍より先にレイナス呼べ》

レイナスの顔から表情が消えた。

「……誰だ、最後の方に余計な情報流した奴」

クリスが肩を竦める。

「ELSがあなたを避けた映像自体は、もう完全な秘密じゃないから」

「だからって話を一本に繋げるな」

アーミアは嬉しそうだった。

「先生、期待されてますよ」

「勝手に期待値を吊り上げるな。暴落した時に責任取れんぞ」

「でも実際、ELSは先生を避けますし」

「避けるのと地球を救うのは別業務だ」

「レイヴンならやります」

「俺はレイヴンじゃない」

即答だった。

クリスがさらに記事を読む。

「『映画では宇宙から来た敵を一人で撃破。現実でもモデルとなったレイナス・レノアークの動向に注目が集まる』」

「やめろ」

「『SNSでは“本物のレイヴン”への期待が――』」

「読むな」

「『過去の戦闘記録から人類最強との声も――』」

「請求先のない仕事を勝手に増やすな」

アーミアは完全に機嫌を直していた。

「先生、地球を救ったら『レイヴン2』の内容変わるかもしれませんよ」

「何で俺が続編の脚本まで面倒見なきゃならん」

「本人役で出演とか」

「断る」

「レイヴン対レイナス」

「絶対断る」

「ダブル主人公」

「制作会社ごと着信拒否する」

クリスが吹き出した。

     ◇

地球――映画館

かつて公開を終えた『劇場版レイヴン』が、再びスクリーンへ戻っていた。

満席ではない。

非常時だ。

避難準備を進めている地域もある。

それでも、人は来た。

三時間を超える映画の最後。

スクリーンに木星が映る。

大赤斑。

その奥から、銀色の何かが現れる。

初公開時。

それはただの続編予告だった。

今は違う。

劇場が静まり返る。

誰かが呟いた。

「……これ、ELSじゃん」

エンドロールが終わる。

照明が点く。

客たちは端末を開き、それぞれの言葉で感想を書き始めた。

映画と現実は違う。

レイヴンは架空の人物だ。

超絶究極レイヴン・バーストなど、この世には存在しない。

それでも。

レイヴンには、モデルがいる。

実在する男。

ソレスタルビーイングに関わり、幾度も戦場へ現れた男。

レイナス・レノアーク。

そして今、ELSがその男を避けるという情報まで広まり始めている。

根拠の薄い期待。

噂。

誇張。

映画と現実の混同。

それらが混ざり合い、一つの空気を作り始めていた。

――レイナス・レノアークなら、何とかするんじゃないか。

     ◇

プトレマイオス2・通路

「先生!」

後ろから声が飛んできた。

レイナスは振り返らずに歩き続ける。

「今度は何だ」

アーミアが追いつく。

「六百億記念で、地球の映画館が限定グッズを――」

「いらん」

「まだ何も言ってません!」

「大体分かる」

「レイヴンの新しいアクリルスタンドです」

「もっといらん」

「先生に似てますよ」

「だからいらないんだよ」

アーミアが端末を見せる。

レイナスは見ない。

「しかも今回――」

「買わんぞ」

「レイヴン・バースト発動状態です」

「在庫ごと宇宙に捨てろ」

アーミアが笑う。

その横を歩きながら、レイナスは小さく息を吐いた。

地球では、自分が何とかすると思われ始めているらしい。

冗談ではない。

ELS本体の規模を見れば、一人でどうにかできる話ではないことくらい分かる。

連邦軍がいる。

ソレスタルビーイングがいる。

刹那がいる。

そして今、対話のためのガンダムが造られている。

誰か一人が世界を救う。

そんな都合のいい仕事ではない。

「先生?」

「ん?」

「本当に何とかできそうですか?」

今度のアーミアの声には、さっきまでの浮かれた調子がなかった。

レイナスは少しだけ考えた。

「俺一人なら無理だな」

アーミアが黙る。

「ただまあ――」

レイナスは歩きながら続けた。

「今は人手だけは揃ってる。連邦もCBも、面倒なくらいにな」

「じゃあ」

「全員で何とかするしかないだろ。俺に全部押しつけられたら、残業代だけで地球が破産する」

アーミアが笑った。

「それ、地球を救った後に請求するんですか?」

「払える相手がいるならな」

二人は格納庫へ向かう。

その先では。

アルティオールネクスト。

サバーニャ。

ハルート。

ラファエル。

デュナメス・ヴァリアント。

そして――

まだ完成していないダブルオークアンタが、人類最大の戦いへ向けて準備を進めていた。

地球では、一人の英雄への期待が膨らんでいる。

だが実際にELSを迎えるのは。

一人ではない。

これまで生き残り。

出会い。

戦い。

手を取り合ってきた者たち、その全てだった。

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