機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第146話 ダブルオークアンタ

第146話 ダブルオークアンタ

西暦2314年――プトレマイオス2・第一格納庫

「ツインドライヴ、同期率安定!」

ミレイナの声が格納庫に響いた。

整備台の中央。

ダブルオークアンタの両肩に搭載された二基のGNドライヴが、淡い光を放っている。

ケーブルで繋がれた端末には、二つの波形がほとんど重なるように表示されていた。

「粒子生成量、規定値を突破。上昇を続けています!」

「そこで止めろ」

イアンが即座に指示する。

「まだ全開試験じゃない。今壊したら笑い話にもならないぞ」

「了解ですぅ!」

出力が落とされる。

少し離れた場所では、刹那が無言で機体を見上げていた。

その隣にはティエリア。

「ツインドライヴ自体は問題ない」

ティエリアが端末を確認する。

「残るのは量子システムとヴェーダ端末の最終統合だ」

「いつ終わる?」

刹那の問いに、イアンは端末を操作しながら答えた。

「寝ないでやれば早く終わる」

「なら――」

「却下だ」

刹那が言い終える前に、イアンが遮る。

「整備員が全員寝不足で組んだ機体に乗りたいのか?」

「……いや」

「だったら待て。急いではいるが、雑に作る気はない」

「分かった」

少し離れた場所で聞いていたレイナスが頷く。

「正しい判断だな。納期前だからって徹夜で仕上げた仕事は、大体あとで倍の手直しが来る」

隣にいたアーミアがレイナスを見る。

「先生、経験あるんですか?」

「聞くな」

「あるんですね」

「社会人には触れちゃいけない傷がある」

イアンが作業台から顔を上げる。

「喋ってる暇があるなら、そこの端末を取ってくれ」

「ほら来た。追加業務」

そう言いながらも、レイナスは端末を手に取ってイアンへ渡す。

アーミアも何か手伝おうと作業台へ近づいた。

レイナスがその前へ腕を出す。

「お前は待ってろ」

「え?」

「機械は専門外だろ。下手に触って壊したら、イアンに怒られるぞ」

「誰がそんなことで怒る!」

作業台の上からイアンの声が飛んできた。

レイナスは無言でイアンを指差す。

「……ほら」

「今のはお前に怒ったんだ!」

アーミアがイアンとレイナスを交互に見る。

「先生、やっぱり怒られてるじゃないですか」

「いつものことだ」

「慣れるな!」

ミレイナが吹き出す。

「パパ、元気ですね」

「誰のせいだと思ってる!」

「レイナスさんですぅ」

「即答するな!」

今度は刹那まで僅かに口元を緩めた。

その中央で。

ダブルオークアンタだけが静かにGN粒子を放っていた。

     ◇

プトレマイオス2・医務室

「異常なし」

アニューが検査結果を確認する。

ベッドに腰掛けた刹那は、以前ELSとの接触で損傷した脳組織の経過検査を受けていた。

「レイナスの《アニマ》で修復された部分も安定してる。少なくとも、検査で分かる範囲では問題ないわ」

「そうか」

「だからって、また同じ量を受けても平気って意味じゃないからね」

「ああ」

「本当に分かってる?」

「分かっている」

アニューが刹那を見る。

その返答に迷いはなかった。

「必要なら退く」

刹那が言った。

「一度で届かなければ、別の方法を探す」

アニューは少しだけ表情を緩めた。

「それなら安心した」

医務室の扉が開く。

「刹那さん」

アーミアだった。

「あれ? アニューさんも」

「ここ医務室よ?」

「あ……そうでした」

アーミアは刹那の前へ来る。

「検査ですか?」

「ああ」

「大丈夫でした?」

「問題ない」

「よかった」

素直に息を吐く。

刹那がアーミアの銀色の右手を見る。

「そっちは?」

「変わりません」

アーミアが右手を上げる。

銀色の指が動く。

「先生が近づくと逃げます」

「……そうか」

「でも《アニマ》で包むと大丈夫です」

「前に言っていたな」

「はい」

アーミアは自分の右手を見る。

「最近、少し分かる気がするんです」

刹那が待つ。

「この子が何を考えてるか……じゃないですよ?」

「分かっている」

「何となくです。怖いとか、落ち着いてるとか。そういうのが前より近いというか」

アニューが興味深そうに端末を取る。

「脳量子波の影響かしら?」

「それだけなのか分かりません」

アーミアは首を傾げる。

「でも、言葉じゃないんです」

刹那が静かに言った。

「俺も似ている」

アーミアが顔を上げる。

「刹那さんも?」

「ああ。ELSから届いたものも、言葉ではなかった」

星。

光。

長い旅。

失われた場所。

触れようとする意思。

一つになろうとする感覚。

人間の言葉に置き換えたものは、後から自分たちが意味を与えたものに過ぎない。

「なら……」

アーミアは右手を握る。

「私も、もっと分かるようになりますか?」

「分からない」

刹那は即答した。

アーミアが少しだけ目を丸くする。

「だが、お前にしか分からないことはある」

「私に?」

「お前はELSと共に生きている」

銀色の右手へ、刹那の視線が向く。

「俺とは違う」

アーミアも自分の手を見る。

人間ではない。

だが、もう自分の身体の一部でもある。

「……そうですね」

「だから俺の真似をする必要はない」

アーミアが顔を上げた。

「先輩らしいこと言いましたね」

「そうか?」

「はい」

刹那は少し考える。

「なら、よかった」

アーミアが笑った。

     ◇

地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》

艦隊配置を示す巨大なモニターの前に、カティ・マネキンは立っていた。

第一防衛線。

第二防衛線。

ブレイヴ隊の遊撃宙域。

そして、その後方に位置する地球。

「各艦隊、所定の宙域へ移動中です」

オペレーターの報告に、カティが頷く。

「予定通り進めろ。ELS本体との接触時刻を基準に、各部隊の交代時間を再計算」

「了解」

別の通信が入る。

『CBとの専用回線、接続可能です』

「繋げ」

正面モニターにプトレマイオス2のブリッジが映る。

スメラギが正面にいた。

『こちら、プトレマイオス2』

「最終配置を送る」

データが転送される。

スメラギは表示された布陣へ視線を走らせた。

『第一防衛線を厚くしたのね』

「ELSの規模を考えれば、薄く広げる意味はない」

『突破された時の再編は?』

「第二防衛線で行う。そちらの進路は確保してある」

『了解』

二人の会話には無駄がなかった。

説明を重ねるより先に、互いが何を考えているのかを読み取っていく。

クリスが二人の通信を横目で見る。

隣のフェルトへ、小さな声で言った。

「……やっぱり前から知り合いなのかな」

フェルトも通信画面を見る。

「そんな感じはする」

それ以上は言わない。

スメラギ自身から聞いたことはない。

カティについても、連邦軍との協力関係以上の説明を受けた覚えはなかった。

ただ。

初めて共同作戦を組む者同士には見えない。

二人の間に何があったのか。

周囲が知っているのは、その程度だった。

画面の向こうでカティが続ける。

「ダブルオークアンタは?」

『最終調整中。完成後、刹那をELS本体へ向かわせる』

「そのための進路はこちらで作る」

スメラギが僅かに目を細める。

『簡単に言うわね』

「そちらも似たようなものだろう」

ほんの一瞬。

スメラギの口元に笑みが浮かんだ。

『そうかもしれないわね』

クリスがまたフェルトを見る。

フェルトも気づいていた。

だが、二人とも何も言わない。

カティの表情はすぐに指揮官のものへ戻る。

「対話が成功する保証はない。失敗した場合、連邦軍は防衛戦闘を継続する」

『分かってる』

「だが、成功する可能性があるなら、その時間は稼ぐ」

スメラギは静かに頷いた。

『お願いするわ』

「了解した」

通信が切れる。

クリスがスメラギの背中を見る。

一瞬だけ聞こうか迷った。

結局、やめた。

今は昔話をする時ではない。

「連邦軍の配置データ、全席に回すよ」

「お願い」

スメラギも何も説明しなかった。

     ◇

プトレマイオス2・展望区画

王留美は窓の向こうの地球を見ていた。

そこへフェルトがやってくる。

「留美」

「あら、フェルト」

「ここにいたんだ」

「少し地球を見ておこうと思って」

フェルトも隣へ立つ。

青い星。

今はまだ、いつもと変わらない。

「怖い?」

フェルトが尋ねる。

留美は少し考えた。

「ええ」

意外なほど素直な答えだった。

「怖いわよ」

フェルトが留美を見る。

「でも、地上にいたところで同じでしょう?」

「……うん」

「ここにいれば早い。地上にいれば遅い。それだけだもの」

第144話でレイナスに話したことと同じだった。

ELSを止められなければ、地球も無事では済まない。

「それなら、私はここでいいの」

留美は地球から視線を外さない。

「昔は、世界を変えることばかり考えていたわ」

フェルトは黙って聞く。

「ソレスタルビーイングを使って、レイナスを連れてきて。必要なら何でも利用するつもりだった」

「留美……」

「随分と勝手だったでしょう?」

「今も結構勝手だと思う」

留美がフェルトを見る。

数秒。

「まあ」

フェルトの口元が少しだけ緩む。

「レイナスの部屋、近くにしようとしてたし」

「それは護衛の都合よ?」

「まだ言うんだ」

「事実だもの」

二人とも小さく笑った。

やがて留美が地球へ視線を戻す。

「でも今は、変えた後の世界にも責任があると思っているわ」

フェルトが隣で頷く。

「だから避難の準備をしたの?」

「ええ。それに――」

留美は艦内へ視線を向ける。

「ここにいる人たちにもね」

長い時間が流れた。

出会い。

戦い。

別れ。

それでも残ったものがある。

フェルトが静かに言った。

「みんなで帰ろう」

留美は少しだけ目を細めた。

「ええ」

今度は茶化さなかった。

     ◇

プトレマイオス2・第一格納庫

深夜。

作業はまだ続いていた。

だが先ほどまでとは空気が違う。

イアンが端末を凝視する。

ミレイナも声を出さない。

ティエリアはヴェーダとの接続状態を追っている。

刹那は機体の前に立つ。

数秒。

十数秒。

やがて。

「……よし」

イアンが息を吐いた。

ミレイナが画面を確認する。

「量子システム、正常稼働!」

別の表示へ切り替える。

「小型ヴェーダ端末との接続も安定しています!」

「こちらでも確認した」

ティエリアが答える。

「情報処理系に異常はない」

イアンが椅子の背にもたれた。

「長かった……」

「完成したのか?」

刹那が尋ねる。

イアンは顔を上げる。

「ああ」

そして、目の前の機体を見上げた。

「細かい調整は残ってるが、機体としては完成だ」

刹那も見上げる。

ダブルオーライザーではない。

自分が望み。

多くの人間が形にした。

戦うためだけではないガンダム。

GNT-0000 ダブルオークアンタ。

刹那が一歩前へ出る。

「ダブルオークアンタ……」

レイナスも少し離れた場所から機体を見上げていた。

「ようやく納品か」

イアンが振り返る。

「誰が客だ」

「刹那だろ」

「金払ってないぞ」

「じゃあ踏み倒しだな」

「違う」

刹那が真顔で返す。

レイナスが笑う。

「冗談だよ」

その時。

格納庫へスメラギが入ってきた。

表情を見て、イアンの笑みが消える。

「どうした?」

スメラギは完成したクアンタを見上げた。

それから全員を見る。

「連邦軍から最新観測」

空気が変わる。

「ELS本体の進路に変化なし」

一拍。

「地球圏到達予測が、最終段階に入ったわ」

刹那がクアンタを見る。

レイナスも笑みを消した。

アーミアは銀色の右手を胸元へ寄せる。

その手が、微かに震えていた。

恐怖なのか。

歓喜なのか。

それとも、遠くから近づく同胞へ応えているのか。

まだ誰にも分からない。

ただ一つ。

長かった準備の時間が、終わろうとしていた。

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