第149話 狙い撃つ者たち
西暦2314年――地球連邦軍第一防衛線
三本の光が銀色の海へ突き刺さった、その頃。
別の宙域では。
二機のガンダムが、まったく違うやり方で同じ海を削り続けていた。
「ライル、右から来る!」
『見えてる!』
ガンダムサバーニャの全身からGNホルスタービットが展開される。
二十を超える砲口が一斉に旋回。
迫るELSを捕捉。
「まとめて――!」
ライルがトリガーを引いた。
「狙い撃つぜ!」
無数の光線が宇宙を走った。
一体を狙う射撃ではない。
進路そのものを塞ぐ。
銀色の群れへ光の網を叩きつけ、正面からまとめて消し飛ばす。
爆光。
その向こうから生き残ったELSが飛び出した。
速い。
サバーニャへ一直線に迫る。
『ライル、前!』
アニューの警告。
「分かってる!」
だがライルは撃たなかった。
直後。
一本の細い光が、ELSの中心を正確に貫いた。
銀色の身体が砕ける。
ライルが通信を開く。
「助かったよ、兄さん」
『礼はいらないよ』
少し離れた宙域。
ガンダムデュナメス・ヴァリアントが大型GNスナイパーライフルを構えていた。
ニールの片目が照準器を覗く。
群れ。
爆発。
味方機。
飛び交う無数の光。
そのすべての向こう。
一体のELSが、連邦軍巡洋艦へ接近している。
「そこか」
照準。
一瞬。
発射。
GNビームが戦場を横切る。
巡洋艦まで数十メートル。
銀色の槍が弾け飛んだ。
『こちら連邦艦アーレス! CB機、感謝する!』
「どういたしまして」
ニールはもう次を見ている。
別のELS。
さらに奥。
一機のGN-X IVが背後を取られようとしている。
「二時方向」
発射。
撃破。
『ど、どこから!?』
「前見てな」
通信を切る。
次。
また次。
一撃。
一体。
外さない。
サバーニャが広い範囲を制圧する一方で、デュナメス・ヴァリアントは戦線に生じる小さな穴を一つずつ塞いでいく。
ライルが笑った。
「相変わらず細かい仕事するな」
『お前が大雑把なんだよ』
「効率的と言ってくれ」
『弾撒きすぎじゃない?』
「敵見てから言えよ」
ニールが正面を見る。
銀。
銀。
銀。
確かに。
「……今日はお前のやり方が正しいかもな」
「だろ?」
『でも狙い撃つって言葉は返してもらおうかな』
ライルが笑う。
「それは無理だ」
『即答かよ』
「もう俺のでもある」
ニールも笑った。
『じゃあ――』
デュナメス・ヴァリアントがライフルを構える。
「競争する?」
今度はニールからだった。
ライルが一瞬黙る。
「さっき断っただろ」
『気が変わった』
「撃墜数?」
『違う』
ニールの照準が、一体の大型ELSを捉える。
『どっちが多く味方を帰せるか』
ライルの表情が変わった。
すぐに笑う。
「いいね」
サバーニャの砲門が開く。
「乗った」
二機のロックオンが同時に射撃を開始した。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「第一防衛線中央、押し返しています!」
クリスが戦況を更新する。
「レイナス、グラハム少佐、パトリック・マネキン准尉のいる宙域でELSの進行速度が低下!」
リヒティが別の画面を開く。
「左翼はサバーニャとデュナメス・ヴァリアントが穴を塞いでる!」
「右翼は?」
フェルトが答える。
「ハルートとラファエルが対応中。でも――」
表示される戦域図。
赤。
あまりにも多い。
局地的には押し返している。
それでも戦線全体で見れば、ELSは少しずつ前へ進んでいた。
スメラギは数字を見ていた。
撃破数ではない。
防衛線の位置。
各部隊の残弾。
粒子残量。
損耗率。
「まだ早い……」
その横。
アーミアは目を閉じていた。
銀色の右手を左手で包む。
薄い《アニマ》が右手を覆っている。
「……すごい」
王留美が振り返る。
「何が分かるの?」
「分かるっていうより……」
アーミアは言葉を探す。
「いっぱい来てます」
クリスが苦笑する。
「それはレーダーでも分かるかな」
「違うんです」
アーミアが目を開く。
「一体ずつ来てる感じがしないんです」
スメラギが振り返る。
アーミアは自分の右手を見る。
「全部が……遠くの大きな何かと繋がってるみたいな」
フェルトが問う。
「ELS本体?」
「たぶん」
断定はしない。
アーミア自身にも、どこまで正しいのか分からない。
「こっちが撃つと、それも伝わってる気がします」
スメラギの目が細くなる。
「私たちの攻撃が?」
「はい」
「敵意として?」
「……分かりません」
アーミアは首を振った。
「でも、返してきてる」
ブリッジが静まる。
「返す?」
留美が尋ねる。
「私たちが光を撃つ。向こうも光を撃つ」
アーミアの銀色の指が僅かに動く。
「私たちが形を使う。向こうも形を真似する」
クリスの表情が変わった。
「まさか……」
スメラギはすぐに通信を開く。
「ティエリア、聞こえる?」
◇
第一防衛線・右翼
『聞こえている』
ラファエルガンダムが大型ELSへ砲撃する。
その横をハルートが高速で通過した。
『アーミアが妙なことを感じ取ったわ』
スメラギから情報が送られてくる。
ティエリアが目を走らせる。
「我々の攻撃行動を模倣している?」
『可能性よ』
「……否定はできない」
ラファエルのセンサーが、前方のELSを捉える。
その一体が形を変える。
砲身。
人類の兵器を思わせる形。
そして。
撃った。
ティエリアが回避する。
銀色の光が後方へ抜ける。
「彼らが人類の行動を学習していること自体は既に確認している」
『ええ』
「問題は、その意味か」
ティエリアの表情が険しくなる。
「もしELSが我々の攻撃を、単なる敵対行為として認識していないとすれば……」
通信へ別の声。
刹那だった。
『俺も感じる』
ティエリアが反応する。
「刹那?」
◇
プトレマイオス2・第一格納庫
ダブルオークアンタのコックピット。
刹那はまだ発進していない。
金色の瞳で、遥か遠方を見ている。
物理的に見えるはずのない距離。
それでも。
届く。
微かなもの。
巨大すぎて意味を掴めない何か。
『ELSは戦争をしているつもりではない』
スメラギが問い返す。
『分かるの?』
「全部は分からない」
刹那は答える。
「だが、怒りとは違う」
銀色の群れが人類を殺している。
艦を取り込む。
MSを取り込む。
攻撃まで模倣する。
結果だけを見れば、侵略そのもの。
それでも。
「俺たちが送っているものを、向こうも返そうとしている」
刹那は操縦桿に手を置く。
「そう感じる」
『つまり――』
スメラギの声。
「まだ話し方を知らない」
刹那は目を閉じる。
「俺たちも。ELSも」
静寂。
やがてスメラギが答えた。
『……だからクアンタが必要なのね』
「ああ」
刹那が目を開く。
金色の瞳。
「俺が行く」
『まだよ』
スメラギが即座に止める。
刹那は何も言わない。
『今出ても、本体まで届かない』
戦域図がクアンタのモニターへ表示される。
第一防衛線の遥か先。
銀色の群れ。
そのさらに奥。
月を超える巨大なELS本体。
『道を作る』
スメラギは言った。
『そのために、みんなが戦ってる』
刹那の視線が、戦場にいる仲間たちへ向く。
「……了解」
今は待つ。
それもまた。
戦うことだった。
◇
第一防衛線・右翼
「マリー、後方!」
「三機来る!」
ハルートが急旋回。
銀色の槍が横を抜ける。
『遅ぇ!』
ハレルヤ。
アレルヤの表情が変わる。
「だったら!」
機体が変形。
一気に加速した。
ELSの群れへ突っ込む。
「右、二体!」
マリーが捕捉。
『見えてんだよ!』
ハルートが機首を振る。
射撃。
二体撃破。
正面。
大型ELS。
『邪魔だぁぁぁ!!』
GNソードライフルが銀色の身体を切り裂く。
だが。
その後ろ。
さらに巨大な群れ。
「アレルヤ!」
マリーが叫ぶ。
ハルートの進路を塞ぐようにELSが集まる。
『上だ!』
ハレルヤが反応。
機体が急上昇。
しかし。
その先にも銀色。
「囲まれる!」
マリーの声。
その時。
長距離から砲撃が飛んできた。
ELSの一角が消し飛ぶ。
ラファエル。
『アレルヤ、マリー! そこから離れろ!』
「ティエリア!」
『僕が穴を開ける!』
ラファエルの砲撃が続く。
ハルートがその隙間へ飛び込む。
だが。
銀色の群れが再び閉じようとする。
『させるか!』
ハレルヤが叫ぶ。
ハルートが反転。
逃げるのではない。
再突入。
「アレルヤ!?」
『マリー、合わせろ!』
アレルヤの声。
「……はい!」
二人の意識が重なる。
アレルヤ。
ハレルヤ。
マリー。
三つの認識。
ハルートの動きが変わった。
迫るELS。
回避。
撃破。
次。
回避。
斬撃。
さらに次。
高速で飛び交う銀色の群れの間を、機体が異常な精度で抜けていく。
『そうだ!』
ハレルヤが笑う。
『これだよ、アレルヤ!』
「分かってる!」
「左から来ます!」
『見えてるぜ、マリー!』
ハルートが反転。
一斉射撃。
銀色の群れが爆発に飲み込まれた。
アレルヤが息を吐く。
「帰るんだ」
『あ?』
「三人で」
ハレルヤが一瞬黙る。
『……勝手にしろ』
マリーが笑った。
「それ、了承したってことよね」
『うるせえ!』
「行こう、マリー!」
「はい!」
ハルートが再び銀色の海へ飛び込んだ。
◇
第一防衛線・中央後方
『前衛部隊、後退しろ!』
カティの命令。
長時間の戦闘で消耗したGN-X IV隊が順次後退する。
代わって第二陣が前へ出る。
しかし。
ELSは待たない。
後退する一機へ、銀色の槍が迫った。
『推進器が――!』
GN-X IVが動けない。
その瞬間。
一本のビームがELSを撃ち抜いた。
デュナメス・ヴァリアント。
「そのまま下がれ!」
『了解! 感謝する!』
ニールは次へ照準を移す。
『兄さん』
ライルから通信。
「何?」
『七機』
「何が?」
『俺が助けた味方』
ニールが笑う。
「数えてたのか」
『競争だろ?』
「俺は九機」
『マジかよ』
「精密射撃を舐めるな」
『だったら――』
サバーニャのビットが広がる。
『一気に抜く!』
ELSの群れ。
その奥。
損傷した連邦軍部隊が退避している。
ライルが照準を合わせる。
「アニュー」
プトレマイオス2から返事が来る。
『軌道計算送る! 味方機との交差まで四秒!』
「十分!」
ビットの角度が変わる。
四秒。
三。
二。
一。
連邦軍機が射線から消える。
「行け!」
一斉射撃。
無数の光が交差する。
ELSだけを薙ぎ払い、退避する味方への進路を開く。
『連邦軍機、全機離脱確認!』
アニューの声。
ライルが笑う。
「何機?」
『……十二』
ニールが苦笑する。
「それはずるくないか?」
『効率的と言ってくれ』
「言わねぇよ」
二機が並ぶ。
前方。
まだELS。
後方。
帰っていく味方。
ニールがライフルを構えた。
「まあ、いいか」
『何が?』
「勝つのは後でいい」
一体撃破。
「今は――」
ライルも続ける。
「帰す方が先だ」
二機の照準が同時に次の標的を捉えた。
「「狙い撃つ!」」
二本の光が銀色の海を貫いた。
◇
地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》
「第一防衛線、維持率七十一パーセント!」
「損耗率上昇!」
「第二陣、交代完了!」
カティは戦況を見つめる。
耐えている。
予想以上に。
だが。
「ELS本体、速度変化なし!」
巨大な銀色の天体は止まらない。
前衛をどれだけ破壊しても。
その後ろから補充される。
ビリーが解析結果を見て顔を上げた。
「マネキン准将!」
「何だ」
「本体から新しい反応!」
巨大スクリーンが切り替わる。
ELS本体。
その表面。
無数の銀色の隆起が発生していた。
ミーナが息を呑む。
「これ……全部、分離するつもり?」
ビリーが答えられない。
次の瞬間。
月より巨大な本体の表面から。
無数の銀色の塊が剥がれた。
数百。
数千。
いや。
それ以上。
「新規ELS群、急速接近!」
「第一防衛線へ到達――!」
警報。
カティが立ち上がる。
「全軍、衝撃に備えろ!」
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
メインモニターが銀色で埋まった。
クリスの顔から血の気が引く。
「何よ……これ……」
フェルトが声を張る。
「新規群、第一波の数倍!」
リヒティが叫ぶ。
「来るぞ!」
ラッセが操舵桿を握り込む。
「全員掴まれ!」
スメラギが正面を見る。
ここまで。
人類は耐えた。
だが。
本当の物量が来る。
「全機へ!」
通信を開く。
「第二波接近!」
戦場の全員へ声が届く。
「ここからが本番よ!」
◇
ダブルオークアンタ・コックピット
刹那が目を開いた。
銀色の大波。
その向こう。
巨大なELS本体。
距離はまだある。
だが。
先ほどまでとは違う。
感じる。
強く。
近い。
「……来る」
クアンタのツインドライヴが低く唸る。
GN粒子が機体を包み始めた。
刹那は操縦桿を握る。
まだ出撃命令はない。
それでも。
その時が近いことだけは分かった。
「俺はここにいる」
金色の瞳が輝く。
「だから――」
遥か彼方のELSを見据える。
「お前たちのことを聞かせてくれ」
直後。
人類の第一防衛線へ。
第二波が激突した。