第15話 包囲網
西暦2307年――プトレマイオス・ブリッジ
アザディスタンでの武力介入から、しばらく。
世界は。
ソレスタルビーイングという存在に慣れ始めていた。
それは。
受け入れたという意味ではない。
むしろ逆だった。
最初は未知だったガンダム。
圧倒的な機動性。
既存兵器を凌駕する性能。
長時間活動を可能とするGNドライヴ。
だが。
戦えば。
情報は残る。
一度。
二度。
十度。
戦闘を重ねるほど。
三大国家群は学習していく。
そして今。
一つの巨大な計画が動き始めていた。
スメラギの前に、複数の情報が表示される。
ユニオン。
人類革新連盟。
AEU。
それぞれの軍事行動。
クリスが端末を操作した。
「かなり大規模ね。ここまで集める?」
ラッセが腕を組む。
「演習にしては多すぎるな」
フェルトが追加情報を表示する。
「参加部隊、まだ増えています」
「場所は?」
スメラギが問う。
「タクラマカン砂漠周辺」
スメラギは黙った。
少し離れたところで。
レイナスも画面を見ている。
「……随分と派手な演習だな」
「そうね」
「で」
レイナスは参加戦力の一覧へ目を向ける。
「俺たちに見せたいわけか」
スメラギが彼を見る。
「そう考える?」
「俺なら隠すよ。本当に演習だけやりたいなら、わざわざこんな分かりやすい形で見せる必要がない」
「同感ね」
三大国家群が。
同じ地域へ大戦力を集結させる。
そして。
そこには。
ソレスタルビーイングが無視しづらい状況まで用意されつつあった。
レイナスが椅子へ深く座る。
「罠だな」
「ええ」
「行くんだろ?」
「ええ」
即答だった。
レイナスは少しだけ天井を見る。
「……まあ、そうなるよな」
◇
ユニオン――軍施設
これまでに収集された戦闘記録。
ガンダム。
ソレスタルビーイング。
そして。
もう一つ。
人型のシルエット。
青白い光。
資料には。
一人の男の名前が記されていた。
レイナス・レノアーク。
ユニオン領内で初めて確認された時点では。
単なる身元不明者だった。
その後。
墜落したフラッグへ搭乗。
短時間で機体へ適応し。
戦闘行動を実施。
さらに。
ガンダムと同一戦場で活動。
生身のままMSを無力化。
アザディスタンでは。
グラハム・エーカー本人が再び接触している。
ソレスタルビーイングとの関係。
その疑いは。
もはや極めて濃い。
◇
人類革新連盟――軍施設
別の場所でも。
同じ男の映像が表示されていた。
宇宙。
ヴァーチェ鹵獲作戦。
小さな人影が。
青白い光を纏いながら。
真空の宇宙空間を移動している。
セルゲイ・スミルノフは。
その記録を静かに見ていた。
「MSではない」
部下が頷く。
「はい」
「だが、MSと同様に扱うべき戦力でもない」
映像が止まる。
ヴァーチェを拘束していた部隊へ。
人間一人が突入している。
「ガンダムへの対策だけでは不十分ということか」
「少なくとも、戦場に彼が存在する可能性は考慮すべきかと」
セルゲイは。
僅かに眉を寄せた。
「厄介だな」
だが。
それだけだった。
相手が未知なら。
未知も含めて作戦を組み立てる。
軍人として。
やることは変わらない。
◇
プトレマイオス・格納庫
「なあ、イアン」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないぞ」
「どうせガンダムに乗せろだろう」
「……最近、俺の扱いが雑になってないか?」
イアンは作業を続ける。
目の前にはデュナメス。
その向こうには。
キュリオス。
ヴァーチェ。
そしてエクシア。
レイナスは腕を組んで四機を眺めた。
「これから大規模戦闘なんだろ?」
「ああ」
「俺は?」
「知らん」
「そこを整備主任に知らんと言われると困るんだがな」
イアンがようやく振り返る。
「お前にガンダムはない」
「それは知ってる」
「予備もない」
「それも聞いた」
「じゃあ何が聞きたい」
レイナスは少し考え。
「……何か余ってないか?」
「MSがその辺に余ってると思うな」
「前は落ちてたぞ」
イアンの手が止まった。
「フラッグの話なら忘れろ」
「便利だったんだけどな」
「持ち主に許可取ってないだろうが」
「返した」
「そこじゃない!」
少し離れたところで。
整備を手伝っていたラッセが笑った。
レイナスも。
それ以上は粘らなかった。
「まあ、ないものを出せとは言わないさ」
「珍しく聞き分けがいいな」
「勝てない話で粘っても機体は生えてこないだろ」
レイナスはエクシアを見上げる。
「ただ、タクラマカンの規模で俺だけ徒歩ってのは、さすがに割に合わない」
イアンも。
そこは否定しなかった。
◇
数時間後――ブリーフィングルーム
四人のガンダムマイスター。
スメラギ。
そして。
レイナス。
タクラマカンで行われる大規模軍事演習について。
より詳細な情報が集まっていた。
「三大国家群が共同で?」
アレルヤが表情を曇らせる。
「表向きには合同軍事演習」
スメラギが答える。
「でも、規模が異常よ」
ロックオンが資料を見る。
「俺たちが食いつくのを待ってるってわけか」
「可能性は高いわ」
ティエリアが言う。
「ならば介入しないという選択肢もある」
「それも含めて検討する」
スメラギは画面を切り替える。
複数の武装勢力。
紛争。
演習区域。
そして。
介入対象となり得る戦力。
レイナスが眺める。
「上手いな」
ロックオンが見る。
「何がだ?」
「俺たちが罠だと分かってても、放っておきにくい形にしてる」
「……だな」
「相手も随分慣れてきたらしい」
最初の頃とは違う。
ガンダムが現れれば。
驚き。
逃げ。
撃破される。
もう。
そんな相手ではない。
スメラギが全員を見る。
「現時点では介入を前提にプランを構築する」
誰も。
驚かなかった。
レイナスも。
椅子へ背を預ける。
「了解」
ティエリアが彼を見る。
「君も参加するつもりか?」
「そのつもりだよ」
「機体がない」
「そこなんだよな」
ティエリアは無言。
レイナスは苦笑した。
「そんな目で確認しなくても、今回は現地で拾うつもりはない」
ロックオンが笑う。
「今回は、ねえ」
「俺だって毎回拾ってるわけじゃない」
「一回でも普通はないんだよ」
「返しただろ」
「だからそこじゃねえって」
スメラギが額を押さえる。
「その話は後」
そして。
レイナスを見る。
「あなたの機体については手配しているわ」
レイナスが止まった。
「……本当に?」
「その反応は何よ」
「いや。てっきり今回も何もなしだと思ってた」
「タクラマカンへ生身で放り込むつもりはないわよ」
「それは助かる」
少しだけ。
レイナスの表情が明るくなる。
「何が来る?」
「普通のMS」
「普通か」
「普通よ」
「もう少し夢のある言い方はないのか?」
「借り物の普通のMS」
「悪化したな」
クリスが笑う。
スメラギは気にせず続ける。
「当然、ガンダムほどの性能はない。補給も整備も制限される。あなたの戦闘能力を考えても、無理はさせられない」
「分かってる」
今度は。
軽さが消える。
「機体の性能に合わせるよ。無茶して壊せば、困るのは俺だからな」
ティエリアが見る。
「君がそれを言うのか」
「俺だって借り物は大事にするさ」
ロックオンが横から言う。
「フラッグ」
「返した」
即答だった。
アレルヤが少し笑う。
スメラギはため息をついた。
◇
数日後――地上拠点・格納庫
レイナスは。
用意された機体を見上げていた。
ガンダムではない。
GNドライヴもない。
特別な試作機でもない。
既存技術で作られた。
ごく一般的なMS。
「……本当に普通だな」
隣にいたイアンが眉を寄せる。
「文句があるなら降りろ」
「文句じゃないよ」
レイナスは。
むしろ楽しそうに機体を見る。
「MSに乗れるだけありがたい」
「ほう」
「何だよ」
「もっと嫌がるかと思った」
「俺を何だと思ってるんだ」
「ガンダムなら何でも乗りたがる男」
レイナスは少し考える。
「否定しづらいな」
イアンが機体の説明を始める。
基本操作。
推進系。
武装。
センサー。
稼働時間。
整備上の注意。
レイナスは。
今度は真面目に聞いた。
フラッグの時とは違う。
今回は。
事前に触れる時間がある。
コックピットへ乗り込み。
操作系を確認。
反応を見る。
機体を僅かに動かす。
「どうだ?」
外からイアンが聞く。
『悪くない』
通信越しのレイナス。
『癖はあるけど、先に分かってるなら合わせられる』
「無茶な動きはするなよ。ガンダムと同じつもりで扱ったら先に機体が壊れる」
一拍。
『……それ、結構重要な話だな』
「だから言ってる!」
『分かったよ。機体に合わせる』
イアンは。
少しだけ不安そうな顔をした。
◇
タクラマカン砂漠――合同軍事演習区域
広大な砂漠。
そこへ。
膨大な戦力が集結していた。
ユニオン。
人類革新連盟。
AEU。
MS。
航空戦力。
砲兵。
支援部隊。
補給部隊。
数。
数。
さらに数。
それは。
単なる軍事演習の規模を超えている。
待っている。
ソレスタルビーイングを。
ガンダムを。
そして。
彼らと共に現れるかもしれない。
もう一人を。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
スメラギは。
最終情報を確認していた。
「やっぱりね」
クリスが振り返る。
「罠?」
「ほぼ間違いない」
フェルトが問う。
「中止しますか?」
スメラギは。
少しだけ目を閉じる。
そして。
開いた。
「いいえ」
介入対象。
戦力配置。
敵の意図。
こちらの戦力。
すべてを。
頭の中で組み立てる。
「作戦を開始する」
◇
タクラマカン砂漠――作戦区域外縁
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
四機のガンダム。
そして。
その少し後ろ。
一機の量産型MS。
コックピット。
レイナスは。
操縦桿へ手を置く。
モニターいっぱいに。
敵影。
敵影。
敵影。
まだ増える。
「……多いな」
『今さら帰りたいとか言うなよ』
ロックオン。
レイナスは少し笑う。
「まさか」
正面。
砂漠の彼方。
待ち構える。
三大国家群。
「ここまで歓迎されて、玄関先で帰る方が失礼だろ」
『随分余裕ね』
スメラギの声。
「今のうちにな。始まったら、冗談を言ってる暇もなくなる」
その声から。
軽さが消える。
レイナスの視線が鋭くなる。
四機のガンダムが前へ出る。
量産機も。
それに続く。
長い。
あまりにも長い一日が。
始まった。