第150話 第二波
西暦2314年――地球連邦軍第一防衛線
それは、波と呼ぶにはあまりにも巨大だった。
第一波とは比較にならない数のELSが、人類の防衛線へ正面から激突する。
艦砲射撃が銀色の群れを吹き飛ばす。
GN-X IVが撃つ。
ブレイヴが斬る。
ガンダムが道を塞ぐ。
それでも止まらない。
撃破された個体の隙間を、後続が即座に埋める。
一体を倒せば二体。
十体を倒せば、その向こうから百体。
『第一防衛線中央、圧力増大!』
『第七MS隊、後退します!』
『巡洋艦ヴァルキュリア、左舷にELS接触!』
『切り離せ! 侵食区画を閉鎖しろ!』
通信が悲鳴で埋まる。
その中央を。
青白い光が突き抜けた。
◇
「どけぇっ!」
アルティオールネクストが《アニマソード》を振り抜く。
一体。
二体。
三体。
まとめて両断。
だがレイナスが前へ出るほど、ELSの流れそのものが歪んでいく。
避ける。
左右へ流れる。
後続に押される。
それでもレイナスとの接触を嫌い、銀色の群れが不自然な空白を作る。
『また割れたぞ!』
パトリックのGN-X IVが、その隙間へ飛び込む。
『こっち来んなぁぁぁ!!』
レイナスを避けたELSが、まとめてパトリック側へ流れた。
『何で俺んとこに全部来るんだよ!』
GNビームライフルを乱射。
一体撃破。
急旋回。
二体目をビームサーベルで斬る。
さらに三体。
『レイナス! もうちょいそっち行け!』
『嫌だよ。俺が動いたらお前の方にもっと行くだろ』
『分かってんなら助けろ!!』
「マネキン准尉!」
グラハムのブレイヴが高速で割り込む。
パトリックを囲もうとしていたELSを二体まとめて斬り裂いた。
「右は私が引き受ける!」
『助かった!』
『ずいぶん馴染んだな、お前ら』
「共に死線を越えれば戦友だ!」
『まだ越えてる途中だろ』
レイナスの正面。
大型ELSが突っ込んでくる。
アルティオールネクストは避けない。
左手を前へ。
青白い障壁。
《アニマバリア》。
激突。
衝撃。
巨大な銀色の身体が障壁へめり込む。
レイナスが右腕を引く。
『悪いな』
拳に《アニマ》が集中する。
『こっちは接触禁止なんだ』
一撃。
大型ELSの中心が吹き飛んだ。
爆発の向こう。
さらに銀色。
レイナスの表情から笑みが消える。
『……キリがないな』
「だからこそ!」
グラハムのブレイヴが横へ並ぶ。
「我々がここにいる意味がある!」
『元気だな、お前』
『付き合ってると疲れるだろ?』
パトリックも反対側へ並ぶ。
『俺、分かってきたぞ』
「何がだ?」
『レイナスが嫌われてる理由』
『言ってみろ』
『性格』
『撃つぞ』
『ほらそれだよ!』
「ハハハハハ!」
『グラハム、お前も笑うな!』
その瞬間。
三機のレーダーが警告を発した。
正面から。
数百のELS。
『来るぞ!』
グラハムが叫ぶ。
三機が散開。
銀色の奔流が、その間を貫いた。
◇
地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》
「中央防衛線、突破されます!」
オペレーターの声。
カティは即座に戦域図を切り替えた。
中央。
赤い反応が深く食い込んでいる。
「第三MS大隊を中央へ」
「ですが右翼が――」
「右翼はブレイヴ第二、第三小隊を回せ。空いた宙域は砲撃艦隊で補う」
「了解!」
次。
「第二防衛線へ後退準備を通達。ただし、まだ下げるな」
「了解!」
セルゲイが別席から戦況を見る。
「押し込まれているな」
「ああ」
カティは短く答える。
「だが、崩れてはいない」
第一波から戦い続けている部隊。
損傷。
疲労。
それでも。
まだ戦線は存在している。
セルゲイの視線が右翼へ向く。
そこにはハルート。
「マリー……」
小さな声。
すぐに軍人の顔へ戻る。
「准将。第十四艦隊の前方が薄い」
カティが確認する。
「……確かに」
即座に回線を開く。
「第十四艦隊、前へ出るな。左へ三度進路修正」
『了解!』
数秒後。
先ほどまで艦隊がいた空間を、銀色の群れが突き抜けた。
セルゲイが言う。
「危なかったな」
「助かった」
「礼はいらん」
二人はもう次を見ている。
この戦場では。
数秒の判断が、数百人の命を変える。
◇
第一防衛線・右翼
「来ます!」
マリーの声。
ハルートの正面を銀色が埋める。
アレルヤが操縦桿を倒した。
「行くよ!」
『だから遅ぇんだよ!』
ハレルヤの声と同時。
ハルートが急加速。
ELSの群れへ突っ込む。
右。
左。
正面。
マリーが位置を読む。
「十一時、三!」
射撃。
撃破。
「右下、二!」
変形。
斬撃。
『後ろだ!』
急旋回。
ELSがすれ違う。
アレルヤの意識。
ハレルヤの反射。
マリーの脳量子波。
三つが重なる。
戦場が遅く見える。
「まだ行ける!」
『当然だ!』
だが。
警告。
ハルートの左側。
巨大な銀色の塊。
「大型!」
避けきれない。
アレルヤが歯を食いしばる。
その瞬間。
遠方から一本のビーム。
大型ELSの中央を貫いた。
爆発。
ハルートの目の前で銀色が砕ける。
「これは――」
通信。
『借り一つだぞ、アレルヤ』
ニール。
アレルヤが笑う。
「ありがとう、ニール!」
『返済期限は生きて帰ってからでいい』
別の声が割り込む。
『兄さん、いよいよレイナスみたいになってきてるぞ』
「やめてくれよ」
ニールが即答した。
『聞こえてるぞ』
レイナスの声まで入る。
「何でこの距離で聞いてるんだよ!」
『共通回線だよ!』
パトリックまで割り込む。
『お前ら戦え!!』
『お前が言うな』
『何でだよ!』
一瞬だけ。
戦場に笑いが生まれた。
その直後。
ティエリアの声が全員を現実へ戻す。
『前を見ろ! まだ来る!』
ラファエルの砲撃。
銀色の群れが吹き飛ぶ。
『ここは戦場だ!』
『分かってる!』
アレルヤが答える。
『だったら集中しろ!』
ハレルヤが笑った。
『相変わらず固ぇな、あいつ!』
「ティエリアだからね!」
ハルートが再加速した。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「右翼、持ち直した!」
クリスが叫ぶ。
「中央は?」
リヒティが答える。
「まだ押されてる! レイナスたちが食い止めてるけど、数が多すぎる!」
フェルトが別の表示を見る。
「連邦軍艦隊、第二防衛線への後退準備開始」
スメラギは黙って戦域図を見る。
第一防衛線。
もう長くは持たない。
だが。
まだクアンタを出さない。
留美がスメラギを見る。
「まだ待たせるの?」
「ええ」
「刹那なら行くでしょう?」
「だから止めてるの」
スメラギは巨大なELS本体を見る。
「刹那が強いから温存してるんじゃない」
その視線が。
クアンタの表示へ。
「あの子にしかできない仕事があるからよ」
アーミアが銀色の右手を押さえる。
先ほどより強い。
近い。
無数の感覚が流れ込んでくる。
「……っ」
フェルトが気づく。
「アーミア?」
「大丈夫です」
「無理しないで」
「はい」
そう答える。
だが。
アーミアの右手は震え続ける。
銀色の指が、勝手に戦場の方角へ伸びた。
「……呼んでる?」
スメラギが振り返る。
「何?」
アーミア自身も戸惑っている。
「分かりません」
右手を見る。
「でも……」
目を閉じる。
遠い。
巨大な何か。
無数の何か。
その中に。
先ほどまでは感じなかったものがある。
「探してる……?」
「何を?」
クリスが尋ねる。
アーミアは答えられない。
ただ。
その瞬間。
刹那の声がブリッジへ入った。
『俺も感じた』
◇
ダブルオークアンタ・コックピット
刹那の瞳が金色に輝く。
「向こうも探している」
『何を?』
スメラギ。
刹那は目を閉じる。
届く。
無数。
混濁。
意味にならない情報。
だが。
その中にある。
こちらへ伸びる何か。
「俺たちを」
ブリッジが静まる。
「いや――」
刹那は言い直す。
「分かろうとしている」
『刹那』
ティエリアの声。
『確証は?』
「ない」
即答。
「だから確かめる」
『……そうか』
ティエリアはそれ以上否定しない。
スメラギが問う。
『今なら届く?』
刹那は戦域図を見る。
第一防衛線。
その向こう。
第二波。
さらに奥。
ELS本体。
「まだ遠い」
『そう』
「だが――」
クアンタの手を握る。
「さっきより近い」
◇
第一防衛線・中央
「うおおおおおっ!!」
パトリックのGN-X IVが回転しながら銀色の槍をかわす。
『しつこいんだよ!!』
ビームサーベル。
一閃。
ELSを両断。
その背後。
別の一体。
『しまっ――』
青白い光。
ELSが消し飛ぶ。
『借り一つだ』
レイナス。
『お前への借りは数えねえ!』
『何でだよ』
『イナクトとジンクスでまだ俺が黒字だ!』
『それ借りじゃなくて債権だろ』
『どっちでもいい!』
グラハムのブレイヴが二機の頭上を抜ける。
「会計は帰還後にしたまえ!」
『そうだな!』
パトリックが笑う。
『カティに言いつけてやる!』
レイナスが一瞬黙る。
『……何を?』
『全部だ!』
『俺、あの人とほとんど面識ないぞ』
『じゃあ俺が説明する!』
『仕事増やすなよ』
グラハムが笑う。
「ならば私も同席しよう!」
『何でだよ!』
『面倒が増えた……』
その時。
警報。
三人の表情が変わる。
前方。
銀色の群れが突然、左右へ大きく広がった。
レイナスが眉を寄せる。
『何だ?』
避けられている。
だが。
いつものようにレイナスだけを避けた動きではない。
群れ全体が。
巨大な空間を作るように割れていく。
その奥から。
何かが来る。
グラハムがセンサーを向ける。
「大型反応!」
パトリックが叫ぶ。
『またデカいのか!?』
違う。
一体ではない。
無数のELSが結合している。
巨大な塊。
形を変えながら接近。
そして。
人類側の戦線を見た。
形が決まる。
腕。
脚。
胴体。
頭部。
背部。
巨大な人型。
レイナスが目を細めた。
『……おいおい』
銀色の巨体。
その輪郭。
それは。
アルティオールネクストに似ていた。
パトリックが沈黙する。
『…………』
グラハムも一瞬言葉を失う。
レイナスが銀色の自分を見上げる。
『よりによって俺かよ』
パトリックが吹き出した。
『ハハハハハハ!』
『笑うな』
『だってよ! 宇宙人に嫌われてるくせに、真似はされてんじゃねえか!』
『撃つぞ』
「興味深い!」
グラハムの声が弾む。
『お前も喜ぶな!』
銀色のアルティオールが腕を上げた。
その手に。
光が集まる。
レイナスの表情が消えた。
『……待て』
青白くはない。
銀色。
だが。
構えが。
似ている。
『まさか』
銀色の両腕が前へ向けられる。
パトリックが叫ぶ。
『何だよ!?』
レイナスは即座に通信を全開にした。
『全機、射線から離れろ!!』
直後。
銀色の巨体から。
巨大な光の奔流が放たれた。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ
「高エネルギー反応!」
フェルトが叫ぶ。
「中央防衛線!」
クリスが映像を拡大する。
銀色のアルティオール。
その両腕から放たれた光。
スメラギが息を呑む。
「まさか……」
アーミアが立ち上がる。
「先生の――」
違う。
《アニマ》ではない。
だが。
ELSが観察した。
学習した。
そして。
自分たちの方法で再現した。
レイナスの攻撃を。
銀色の光が第一防衛線へ迫る。
ラッセが叫ぶ。
「直撃コースだ!」
その射線上。
複数の連邦軍艦。
GN-X IV隊。
そして。
プトレマイオス2。
スメラギが叫ぶ。
「回避!」
だが。
間に合わない。
その瞬間。
青白い光が。
銀色の奔流の正面へ飛び込んだ。
◇
「ったく……!」
アルティオールネクスト。
レイナスが両腕を広げる。
《アニマ》が爆発的に膨れ上がった。
『真似するなら――』
巨大な青白い障壁。
《アニマバリア》。
銀色の光と激突する。
宇宙が白く染まった。
『使用料くらい払えってんだ!!』
衝撃。
アルティオールネクストが押し戻される。
十メートル。
百。
さらに。
『レイナス!』
グラハム。
『先生!』
アーミア。
レイナスは答えない。
歯を食いしばる。
バリアが軋む。
だが。
割れない。
「この程度で……!」
青白い光がさらに強くなる。
「人の仕事を――」
アルティオールネクストが踏み止まる。
「勝手にコピーしてんじゃねえ!!」
《アニマ》が膨れ上がった。
銀色の奔流が左右へ弾かれる。
光が消える。
静寂。
アルティオールネクストは。
まだそこにいた。
『レイナス!』
グラハムの声。
『生きてるか!?』
パトリック。
数秒。
レイナスが息を吐く。
『……残業代、三倍だな』
パトリックが笑った。
『生きてんじゃねえか!』
グラハムも笑う。
「当然だ!」
『何でお前が威張るんだよ』
その時。
レイナスの正面。
銀色のアルティオールが再び動いた。
今度は。
その手に。
長大な銀色の刃が形成される。
レイナスが《アニマソード》を構えた。
『……そこまでやるか』
銀色の巨体が加速する。
レイナスも前へ出る。
青白い刃。
銀色の刃。
激突。
その瞬間。
第二波のさらに奥で。
巨大ELS本体が、ゆっくりと地球へ近づいていた。