第152話 TRANS-AM
西暦2314年――地球連邦軍第一防衛線・中央宙域
ダブルオークアンタが銀色の海へ突入する。
その前を、アルティオールネクストが駆けた。
ELSが避ける。
左右へ。
上下へ。
レイナスという存在との接触を拒むように進路を変え、そのたびに銀色の海へ一瞬だけ空白が生まれる。
だが、長くは続かない。
レイナスが通過した直後から、後続のELSが穴を埋め始める。
『後ろ、閉じるぞ!』
パトリックの声。
『分かってる!』
レイナスが振り返る。
クアンタはまだついてきている。
だが、そのさらに後方。
銀色の群れが一気に押し寄せた。
このままでは退路が消える。
そして。
クアンタの前方にも、新たなELS群が集まり始めていた。
『刹那、止まるな!』
レイナスが叫ぶ。
「了解!」
クアンタが加速する。
その時。
別方向から無数の光が飛来した。
クアンタの前方。
集まりかけていたELSがまとめて吹き飛ぶ。
『行け、刹那!』
ライル。
ガンダムサバーニャが全身のGNホルスタービットを展開していた。
その隣。
デュナメス・ヴァリアント。
ニールが大型GNスナイパーライフルを構える。
『前はライルに任せろ』
照準。
発射。
クアンタの死角へ回り込もうとしていた大型ELSが撃ち抜かれる。
『抜けた奴は俺が狙い撃つ』
「ニール」
『礼は帰ってからでいい』
ライルが笑う。
『兄さん、格好つけてる暇があったら仕事するぞ』
『言われなくても』
サバーニャとデュナメス・ヴァリアント。
二機のロックオンが並んだ。
そして。
ライルが言う。
『アニュー』
プトレマイオス2から即座に声が返る。
『射線、全部出す! 味方識別更新完了!』
ライルの視界に膨大な情報が展開される。
ELS。
連邦軍。
クアンタ。
アルティオールネクスト。
ブレイヴ。
GN-X IV。
そのすべてを避ける射線。
『……相変わらず仕事が早い』
『帰ってきたら褒めて』
『了解』
ライルが笑う。
「兄さん」
『何?』
「ここからは数、数えられねえぞ」
ニールも笑った。
『最初から数える気ねえよ』
サバーニャの機体が赤く染まる。
「TRANS-AM!」
赤いGN粒子が爆発的に広がった。
◇
「うおおおおおおおっ!!」
TRANS-AM状態のサバーニャ。
GNホルスタービットが一斉に飛び出す。
一つ。
二つ。
十。
二十。
無数の砲口が別々の方向へ向く。
ライルの目が鋭くなる。
「邪魔する奴は――!」
一斉射撃。
赤い粒子の中から、無数の光が放たれた。
直線。
交差。
旋回するビットから、さらに射撃。
クアンタの前方にいたELS群が一斉に爆発する。
右から来る。
撃破。
左。
撃破。
上。
下。
正面。
銀色の海へ、巨大な光の回廊が穿たれていく。
「まとめて――狙い撃つぜぇぇぇ!!」
爆発。
爆発。
爆発。
戦場の一角が光で埋まった。
だが。
ライルの射撃を抜ける個体がいる。
小型。
高速。
味方機の間を縫うように接近するELS。
その一体がクアンタへ向かう。
「そこだ」
一本の光。
撃破。
ニール。
次。
さらに一体。
発射。
撃破。
三体目。
四体目。
『兄さん、右上!』
「見えてる!」
デュナメス・ヴァリアントが射撃。
二体を一射で貫く。
ライルが広げる。
ニールが締める。
面と点。
制圧と精密。
同じ「ロックオン」。
だが、まったく違う二人。
『ライル!』
「おう!」
『前を開けるぞ!』
「最初からそのつもりだ!」
二機の射撃が交差する。
銀色の壁に。
さらに大きな穴が開いた。
◇
「刹那、前方が開いた!」
スメラギの声。
「確認した」
クアンタが加速する。
だが。
右側。
巨大なELS群が回り込む。
「刹那さん!」
アーミアの声。
「右から来ます!」
刹那も感じている。
だが。
クアンタは進路を変えない。
その必要がなかった。
『刹那ぁぁぁ!!』
赤い光が横切った。
ガンダムハルート。
「アレルヤ!」
『右は僕たちが引き受ける!』
「マリー、行くよ!」
「はい!」
『チンタラすんな!』
ハレルヤ。
三つの意識。
一つの機体。
アレルヤが叫ぶ。
「TRANS-AM!」
ハルートが赤く染まった。
次の瞬間。
消える。
◇
『どこ行った!?』
パトリックが叫ぶ。
『速っ――』
言葉が終わる前に。
ハルートは既にELS群の中にいた。
右。
左。
上。
下。
軌跡だけが残る。
「右、四!」
マリー。
『遅ぇ! もう見えてる!』
ハレルヤ。
「だったら!」
アレルヤ。
ハルートが変形。
銀色の群れを突き抜ける。
射撃。
斬撃。
反転。
再加速。
ELSが反応する。
進路を予測しようとする。
だが。
間に合わない。
『ハハハハハハ!!』
ハレルヤが笑う。
『どうした化け物! 俺たちを真似してみろよ!!』
「ハレルヤ!」
『何だよ!』
「煽らなくていい!」
『この状況で説教かよ!』
「アレルヤ、前!」
マリー。
「分かってる!」
大型ELS。
ハルートが真正面から突っ込む。
直前。
急上昇。
ELSの上を抜ける。
反転。
背後。
一斉射撃。
巨大な銀色の身体が爆発する。
『いいぞ、アレルヤ!』
「まだだ!」
ハルートが再び加速する。
「刹那の道を塞がせない!」
「はい!」
『だったら全部ぶっ壊せ!!』
三人の声。
ハルートが赤い流星となって銀色の群れを切り裂いた。
◇
第一防衛線・別宙域。
ラファエルガンダム。
ティエリアの周囲にもELSが殺到していた。
『ティエリア』
刹那の声。
「聞こえている」
『この先、頼む』
ティエリアは僅かに目を細める。
「当然だ」
ヴェーダとの接続。
クアンタ量子システム。
ELSから流入する膨大な情報。
これから刹那が行う対話。
自分の役割は。
戦うだけではない。
「ヴェーダ」
情報が展開される。
「クアンタとの量子処理系を優先。僕を中継点として使用する」
応答。
接続。
その間にもELSは迫る。
「そして――」
ティエリアが前を見る。
「ここを突破されるわけにもいかない」
ラファエルの機体が赤く染まった。
「TRANS-AM」
粒子量が跳ね上がる。
砲撃。
巨大な光がELS群を薙ぎ払う。
一体。
十体。
数十体。
それでも接近する。
ティエリアは冷静に照準を移す。
「僕はティエリア・アーデ」
第二射。
銀色の群れが消し飛ぶ。
「ヴェーダとの同時処理程度で――」
さらに照準。
「戦闘がおろそかになると思うな!」
砲撃。
赤い光が宇宙を貫いた。
◇
地球連邦軍第一防衛線・中央。
「来るぞ!」
グラハムが叫ぶ。
大量のELSが、クアンタへ続く回廊を埋めようとしている。
ブレイヴが前へ出る。
『グラハム!』
レイナス。
「ここは私に任せたまえ!」
『死ぬ気じゃないだろうな』
「無論!」
グラハムが笑う。
「君との決着を残したまま死ぬほど、私は無粋ではない!」
『ならいい』
「約束を果たすまでは――」
ブレイヴの出力が上がる。
赤い光。
「死んでも死にきれん!」
TRANS-AM。
ブレイヴが赤い閃光へ変わった。
「グラハム・エーカー!」
変形。
加速。
「未来への道を――切り開く!」
銀色の群れへ突入。
GNビームライフル。
射撃。
変形。
GNビームサーベル。
斬撃。
一機でELSの間を縫う。
速い。
だが、ハルートとは違う。
機体性能だけではない。
グラハム自身が戦場を読み、次の一手をELSより先に選び続ける。
銀色のブレイヴ型ELSが現れる。
グラハムが笑った。
「また私を真似るか!」
激突。
刃。
刃。
二度。
三度。
「だが!」
ブレイヴが急停止。
銀色の模倣体が前へ抜ける。
その背後。
「私の愛までは模倣できまい!」
GNビームサーベルが銀色の胴体を貫いた。
爆発。
『やっぱりこの人もおかしいだろ!!』
パトリックの声。
『今さら気づいたのか』
レイナス。
『お前が言うな!!』
◇
パトリック・マネキン准尉。
GN-X IV。
周囲を見れば。
ガンダム。
ガンダム。
ガンダム。
ブレイヴ。
青白く光る意味不明なガンダム。
赤い光が戦場を駆け巡っている。
パトリックが一瞬黙った。
『……何だよ』
ELSが迫る。
一体。
撃破。
二体。
回避。
三体。
斬る。
『俺だけ普通みてえじゃねえか!!』
レイナスが通信越しに答える。
『安心しろ』
『何がだ!』
『お前も十分おかしい』
『慰めになってねえ!』
銀色の群れがGN-X IVへ殺到する。
パトリックが笑った。
『だったら見せてやるよ!』
システムを起動。
『ガンダムだけの専売特許じゃねえんだぞ!!』
GN-X IVが赤く染まる。
『TRANS-AM!!』
赤いGN粒子が爆発した。
◇
「うおおおおおおおおお!!」
パトリックが突っ込む。
射撃。
一体。
二体。
ビームサーベル。
三体。
背後。
急旋回。
四体。
ELSが群がる。
『捕まるかよ!!』
機体を捻る。
銀色の槍が装甲を掠める。
警告。
無視。
さらに加速。
『俺はなぁ!』
撃つ。
斬る。
かわす。
『昔っから何回も死にかけて!』
大型ELSが迫る。
『それでも全部生き残って!』
真正面。
『やっとカティと結婚したんだ!!』
ビームサーベルを突き立てる。
GN-X IVが大型ELSを貫通した。
爆発。
『こんなところで死んでたまるかぁぁぁ!!』
レイナスが笑う。
『説得力あるな』
グラハムも応じる。
「実に素晴らしい!」
『だろ!?』
『褒めるとすぐ調子乗るぞ、そいつ』
『うるせえ!』
パトリックが次のELSへ向かう。
『幸せのコーラサワーを舐めんなぁぁぁ!!』
赤いGN-X IVが銀色の群れへ突っ込んだ。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ。
「各戦域、TRANS-AM反応多数!」
クリスの声が響く。
メインモニター。
赤。
赤。
赤。
戦場の各所で赤い光が灯っている。
サバーニャ。
ハルート。
ラファエル。
ブレイヴ。
GN-X IV。
そして。
その中央。
青白い光。
アルティオールネクスト。
「すごい……」
アーミアが呟く。
留美がモニターを見る。
「ええ」
だが。
フェルトだけが別の表示を見ていた。
「スメラギさん」
「何?」
「アルティオールネクストの機体温度が上昇しています」
スメラギの表情が変わる。
「レイナス!」
◇
アルティオールネクスト・コックピット。
警告表示。
右肩駆動系。
脚部スラスター。
腰部フレーム。
GN系統。
まだ動く。
だが。
明らかに負荷が蓄積している。
『レイナス! オーバーライズを落として!』
スメラギ。
『無理』
即答。
『道が閉じる』
別回線。
イアン。
『馬鹿野郎! お前が平気でも機体はお前じゃないんだぞ!』
レイナスが計器を見る。
警告表示が一つ増える。
『あとどれくらい持つ?』
『普通ならとっくに整備行きだ!』
『俺基準で頼む』
『そんな基準は設計書にない!』
『じゃあ現場判断で続行』
『勝手に決めるな!』
レイナスが笑う。
だが。
視線は前から逸らさない。
クアンタ。
まだ進んでいる。
ELS本体まで。
まだ距離がある。
『レイナス』
刹那。
『機体が限界なら下がれ』
『お前に言われるとはな』
『俺は本気で言っている』
『分かってる』
レイナスが息を吐く。
『俺も壊す気はないよ』
《オーバーライズ》の出力を僅かに落とす。
警告の増加が止まる。
『ここからは、少し人に働いてもらう』
刹那が周囲を見る。
赤い光。
何本も。
自分のために戦っている。
ライル。
ニール。
アレルヤ。
マリー。
ティエリア。
グラハム。
パトリック。
さらに。
連邦軍の無数の兵士たち。
一人ではない。
◇
地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》。
「CB機群、敵陣深部へ進行!」
「クアンタ、本体方向へ接近中!」
カティは戦域図を見る。
道は開いている。
だが。
その側面。
ELSが集まり始めている。
このままでは閉じる。
「全艦隊へ」
通信回線を開く。
セルゲイがカティを見る。
カティは前だけを見ている。
「目標を変更する」
全軍へ声が届く。
「ELSの撃破数は問題ではない」
連邦軍艦隊。
GN-X IV部隊。
ブレイヴ隊。
生き残った全戦力。
「ダブルオークアンタの進路を確保しろ」
各艦が砲門を向ける。
「我々が勝つ必要はない」
セルゲイが僅かに笑う。
カティの意図を理解した。
「一機を――」
巨大ELS本体。
その中心へ。
「届ければいい」
艦砲射撃。
一斉発射。
数百の光が。
クアンタの左右を抜けた。
銀色の群れが吹き飛ぶ。
セルゲイが通信を開く。
「全軍、聞いたな!」
歴戦の軍人の声が戦場へ響く。
「道を閉じさせるな!」
GN-X IV部隊が前へ出る。
一機。
また一機。
連邦軍のMSがクアンタの進路両側へ展開する。
ELSが迫る。
撃つ。
斬る。
押し返す。
「ここを通すぞ!」
「了解!」
「右を抑えろ!」
「任せろ!」
誰も。
ELSを倒し切れるとは思っていない。
それでも。
今だけ。
この瞬間だけ。
道を作る。
◇
プトレマイオス2・ブリッジ。
アーミアが立ち上がった。
「刹那さん!」
クアンタへ通信。
『聞こえている』
「前です!」
「何がある?」
アーミアは目を閉じる。
銀色の右手。
脳量子波。
遠い。
巨大な集合。
その中。
ほんの僅かに。
違う。
「そこ……」
アーミアが指を伸ばす。
「そこなら、届く気がします」
座標。
フェルトが即座に拾う。
「座標算出!」
クリスが転送。
「クアンタへ送った!」
刹那のモニターに一点が表示される。
巨大ELS本体。
その中心付近。
「アーミア」
『はい』
「ありがとう」
アーミアが目を開く。
「行ってください」
一拍。
「先輩」
刹那の口元が僅かに緩んだ。
「ああ」
◇
ダブルオークアンタ。
ツインドライヴが唸る。
進路。
開いている。
左右。
赤い光。
後方。
青白い光。
全員が。
自分を前へ送ろうとしている。
刹那が前を見る。
ELS本体。
「行く」
クアンタが加速した。
だが。
前方。
本体から新たなELS群が分離する。
最後の壁。
数が違う。
これまでとは比較にならない。
銀色の海が。
完全に進路を塞いだ。
「刹那!」
スメラギ。
クアンタが止まらない。
その時。
後方から声。
『止まるな!』
ライル。
サバーニャ。
TRANS-AM。
『こっちはまだ撃てる!』
ニール。
デュナメス・ヴァリアント。
『行って、刹那!』
アレルヤ。
『後ろは任せてください!』
マリー。
『前だけ見てろ!』
ハレルヤ。
『量子処理は僕が支える!』
ティエリア。
『刹那・F・セイエイ!』
グラハム。
『行けぇぇぇ!!』
パトリック。
そして。
最後。
『刹那』
レイナス。
クアンタの背後。
アルティオールネクストが止まった。
機体各部に警告。
オーバーライズの出力も落としている。
それでも。
右腕を前へ向ける。
『最後に一発だけ、道を買ってやる』
青白い《アニマ》が集まる。
イアンが叫ぶ。
『レイナス! それ以上は――』
『これで終わりだ!』
レイナスが笑う。
『だからツケといてくれ!』
『誰が払うんだ!』
『刹那に決まってる!』
「俺か」
『帰ってきたら払え!』
刹那が僅かに笑った。
「分かった」
レイナスの表情が変わる。
『なら――』
《アニマ》が収束。
『行ってこい!!』
《アニマブラスト》。
青白い奔流が放たれる。
同時。
サバーニャ。
ラファエル。
ハルート。
デュナメス・ヴァリアント。
ブレイヴ。
GN-X IV。
連邦軍艦隊。
全員が撃った。
赤。
青。
白。
無数の光。
それらがクアンタの左右を通過する。
銀色の壁へ。
直撃。
爆発。
銀色の海が。
割れた。
一本。
巨大ELS本体へ続く。
光の道。
刹那が操縦桿を押し込む。
「ダブルオークアンタ――!」
ツインドライヴが最大出力。
クアンタが光になる。
誰も追いつけない速度で。
開かれた道を突き抜ける。
レイナスがその背中を見る。
『後は――』
アルティオールネクストの右肩に警告。
出力低下。
レイナスは苦笑した。
『お前の仕事だ』
クアンタが。
巨大ELS本体へ到達した。