機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第154話 花

第154話 花

西暦2314年――地球近傍宙域

銀色の天体が、花を開く。

一枚。

また一枚。

月をも超える巨大な構造そのものが変形し、幾重もの花弁を形作っていく。

誰も撃たなかった。

地球連邦軍も。

ソレスタルビーイングも。

ELSも。

ほんの数分前まで無数の光が飛び交っていた宇宙から、戦火が消えていた。

     ◇

地球連邦軍・外宇宙航行艦《ソレスタルビーイング》

「ELS群……攻撃行動ありません」

オペレーターの報告。

「各方面、同様です」

カティは答えない。

巨大スクリーンを見ている。

銀色の花。

その周囲を漂う無数のELSも、もう人類側へ向かってこない。

セルゲイが静かに息を吐いた。

「終わった……のか」

「まだ断定はするな」

カティは即答した。

だが。

その声は先ほどまでとは違う。

「全軍、攻撃停止を継続。各艦は損傷確認と救難を最優先」

「了解!」

命令が各部隊へ伝わる。

カティは続けた。

「ただし警戒は解くな。ELSへの接触も禁止。こちらから近づくな」

セルゲイが頷く。

「妥当だな」

「対話が成立したとしても、我々が彼らを理解したわけではない」

「向こうも同じだろう」

「ああ」

カティは銀色の花を見る。

「だから、ここから始めるしかない」

ビリーが解析端末から顔を上げた。

「マネキン准将」

「何だ」

「ELS本体から発生していた脳量子波……まだ続いています」

ミーナも別のデータを見る。

「ただ、さっきまでとは全然違う」

「どう違う」

ミーナは少し迷った。

科学者として。

数値で説明しようとして。

やめた。

「静か」

カティが眉を上げる。

「静か?」

「うん」

ミーナは巨大な花を見る。

「そんな感じがする」

     ◇

地球――アザディスタン王国

空を見上げても。

宇宙で起きている戦いは見えない。

青い空。

雲。

いつもと変わらない。

それでも。

街は静かだった。

世界中で緊急放送が続いている。

地球外生命体。

地球連邦軍迎撃艦隊。

戦闘。

詳細不明。

そして今。

新しい情報が途絶えている。

王宮。

マリナ・イスマイールは窓辺に立っていた。

傍らの端末には、地球連邦政府から配信された最低限の情報が表示されている。

戦況の詳細はない。

ただ。

ELSと呼ばれる存在が地球へ向かっていること。

連邦軍とソレスタルビーイングが迎撃していること。

それだけ。

マリナは胸の前で両手を組んだ。

「刹那……」

名前を口にする。

今。

どこにいるのか。

何をしているのか。

確かなことは知らない。

それでも。

あの少年が。

戦いだけを選ぶとは思わなかった。

かつて。

戦うことしか知らないように見えた少年。

けれど。

本当はずっと。

戦いの先にあるものを探していた。

「あなたは……」

マリナが目を閉じる。

その瞬間。

何かが。

届いた。

     ◇

音ではない。

声でもない。

なのに。

懐かしい。

遠い。

遥か彼方。

宇宙の向こうから。

誰かが。

触れようとしている。

マリナは目を開いた。

「……刹那?」

返事はない。

けれど。

分かる。

彼がいる。

そして。

一人ではない。

無数。

あまりにも多くの存在。

知らない。

怖い。

理解できない。

それでも。

その中心に。

知っている心がある。

マリナの瞳から、一筋の涙が落ちた。

「見つけたのね」

誰も答えない。

マリナは微笑んだ。

「あなたが、ずっと探していたものを」

戦いの終わらせ方。

武力による勝利ではなく。

どちらかが消えることでもない。

違う存在が。

違うまま。

互いを知ろうとすること。

「刹那」

もう一度。

その名を呼ぶ。

「帰ってきて」

風が。

カーテンを揺らした。

     ◇

ELS本体・量子空間

刹那が振り返った。

「……マリナ」

遠い。

地球。

それでも。

確かに感じた。

声そのものではない。

記憶かもしれない。

脳量子波によって呼び起こされた、自分自身の中にある彼女なのかもしれない。

だが。

それでよかった。

刹那の前には。

無数の光。

ELS。

もう濁流のようには押し寄せてこない。

向こうも。

待っている。

刹那が理解するのを。

自分たちが理解するために。

刹那は銀色の花を見る。

「これが……」

情報。

意味。

まだ完全には分からない。

それでも。

一つだけ。

強く伝わる。

刹那が目を細めた。

「……そうか」

花。

彼らが人類から知った形。

破壊するためではない。

取り込むためでもない。

敵意がないことを。

今の彼らなりに。

人類へ伝えようとしている。

「伝わっている」

刹那は言った。

「俺たちにも」

光が揺れる。

刹那は続ける。

「だが、これで終わりじゃない」

知らないことは多い。

人類も。

ELSも。

互いについて。

ほとんど何も知らない。

「これから知っていけばいい」

光。

穏やかに広がる。

「時間はある」

刹那の表情が僅かに和らいだ。

「俺たちは、生きている」

     ◇

プトレマイオス2・ブリッジ

「全ELS群、停止状態を維持!」

フェルトが報告する。

クリスが別の画面を見る。

「連邦軍から停戦継続の通達!」

リヒティが大きく息を吐いた。

「……終わった?」

ラッセが操舵席から答える。

「少なくとも、撃ち合いはな」

「はぁぁぁぁ……」

クリスが椅子の背へ身体を預けた。

「もう無理。今日の分の心臓使い切った」

「心臓に一日分とかあるのか?」

リヒティが笑う。

「あるの!」

ミレイナが両手を上げた。

「つまり大勝利ですぅ!」

「ミレイナ」

スメラギが振り返る。

「まだよ」

「ですぅ……」

しゅんとする。

イアンが苦笑した。

「まあ、気持ちは分かるがな」

アニューはクアンタのデータを追っている。

「刹那の生体反応、安定してる」

スメラギが問う。

「帰還できそう?」

「機体は正常。本人も問題なし。ただ……」

アニューが巨大ELS本体を見る。

「まだ対話を続けてるみたい」

「そう」

スメラギは椅子へ深く座った。

そこで初めて。

肩から力を抜く。

「なら待ちましょう」

留美が微笑む。

「随分と長い仕事になったわね」

「本当にね」

「追加料金は?」

スメラギが留美を見る。

「誰の?」

留美の視線が。

別のモニターへ向く。

そこには。

警告表示だらけのアルティオールネクスト。

スメラギが額を押さえた。

「……考えたくないわ」

     ◇

アルティオールネクスト・コックピット

「へっくし!」

レイナスがくしゃみをした。

『何だ!?』

パトリック。

『急に叫ぶなよ』

『叫んでねえ! お前がくしゃみしたんだろ!』

『誰か噂してるな』

『この状況で!?』

『俺、有名人だから』

『レイヴンのせいだろ!』

『それは言うな』

グラハムの笑い声。

「ハハハハハ! 確かに君は今や世界的有名人だ!」

『嬉しくねえ……』

レイナスが計器を見る。

右肩。

黄色。

腰部。

黄色。

脚部。

赤。

推進器。

出力低下。

幸い。

致命的な損傷はない。

《アニマ》による補強を維持している限り、帰還程度なら問題ない。

『イアン』

『何だ』

『帰ったらどれくらいかかる?』

『何が』

『修理』

沈黙。

『……イアン?』

『聞きたくないと思うぞ』

『金額じゃなくて日数』

『そっちか』

『金取る気だったのか?』

『お前の使い方見てたら請求したくもなるわ!』

レイナスが溜息をつく。

『新型なのに……』

パトリックが吹き出した。

『そこかよ!』

『大事だろ。まだ全然乗り足りない』

グラハムが近づいてくる。

ブレイヴも相応に損傷している。

「安心したまえ!」

『何が』

「修理が終われば、我々の約束を果たせる!」

レイナスが少し考える。

『……そういやあったな』

「忘れるな!」

『冗談だよ』

「ならば良い!」

パトリックが二機の間へ入る。

『俺も混ぜろ!』

『何でだよ』

『楽しそうだから!』

『お前は嫁さんのところ帰れ』

『そうだった!』

GN-X IVが反転した。

『カティ! 今帰るぞぉぉぉ!!』

レイナスが見送る。

『元気だな……』

グラハムが答える。

「彼の長所だろう」

『否定できないのが困る』

その時。

二人の前を。

小型ELSが通過した。

グラハムが身構える。

だが。

攻撃しない。

アルティオールネクストへ近づき――

急に進路を曲げた。

大きく迂回。

そのまま去っていく。

沈黙。

グラハムが言う。

「……対話は成立したのではなかったのか?」

『したはずなんだけどな』

また一体。

近づく。

レイナスを感知。

急旋回。

逃げる。

『…………』

グラハムが笑い始める。

「ハハハハハハハ!」

『笑うな』

「いや、すまない!」

『絶対悪いと思ってないだろ』

「ELSと人類が分かり合った後も、君だけは避けられるのか!」

『俺が聞きたいよ』

レイナスは巨大な花を見る。

『……まあいいか』

避けるなら避けるで。

無理に近づく必要もない。

『そのうち慣れるだろ』

     ◇

プトレマイオス2。

アーミアの右手が。

ぴくりと動いた。

「……先生?」

銀色の指。

巨大な花の方向を向いている。

穏やか。

先ほどまでとは違う。

アーミアは微笑んだ。

そして。

モニターに映るアルティオールネクストを見る。

右手が。

すっ。

身体の後ろへ隠れた。

「…………」

左手に《アニマ》を灯す。

右手を包む。

もう一度。

モニターへ向ける。

今度は逃げない。

アーミアが苦笑した。

「そこは変わらないんだ……」

フェルトが小さく笑った。

「レイナスだから」

「先生なのに……」

留美が扇子を口元へ。

「あの人らしいではなくて?」

「嬉しくないです」

スメラギも笑った。

長かった。

本当に。

長い戦いだった。

     ◇

地球――日本・民間避難施設

巨大モニター。

緊急放送。

映像が切り替わる。

宇宙。

銀色の花。

アナウンサーの声も震えている。

人々は黙って見ていた。

泣く者。

抱き合う者。

座り込む者。

まだ何が起きたのか分からない。

ただ。

地球へ向かっていた巨大物体が。

止まった。

     ◇

地球――沙慈とルイス

ルイスが空を見る。

沙慈が隣にいる。

二人とも。

何も言わない。

しばらくして。

ルイスが口を開いた。

「刹那かな」

沙慈は少し考えた。

「たぶん」

「また無茶したのかな」

「たぶん」

ルイスが笑う。

「そればっかり」

「でも」

沙慈は空を見る。

「帰ってくるよ」

ルイスがその横顔を見る。

そして。

そっと。

沙慈の手を握った。

「うん」

     ◇

地球――アザディスタン王国

緊急放送の映像が更新された。

粗い映像。

それでも。

見える。

宇宙に咲いた。

巨大な銀色の花。

マリナはそれを見つめていた。

周囲から。

歓声。

泣き声。

安堵の声。

けれど。

マリナは静かだった。

「花……」

昔。

刹那へ伝えた言葉。

戦うことしか知らなかった少年へ。

いつか。

戦わなくても済む世界を。

その答えが。

正しかったのかは分からない。

今も。

世界から戦争が消えたわけではない。

人は争う。

傷つける。

間違える。

それでも。

あの少年は。

人ではない存在にまで。

手を伸ばした。

マリナが微笑む。

「刹那」

宇宙に咲く花を見る。

「あなたは……変わったのね」

否定するように。

遠いどこかから。

懐かしい感覚が届いた。

マリナは少し驚き。

やがて。

首を横に振った。

「いいえ」

微笑む。

「違うわね」

変わっただけではない。

ずっと。

あった。

彼の中に。

言葉にできなかったもの。

それを。

ようやく。

自分の方法で伝えられるようになった。

「おかえりなさい」

まだ。

刹那は宇宙にいる。

それでも。

マリナはそう言った。

     ◇

ELS本体。

ダブルオークアンタが。

巨大な花の中心から離れる。

量子システム終了。

TRANS-AM解除。

刹那が目を開いた。

疲労。

それでも。

意識は明瞭。

『刹那』

ティエリア。

「終わった」

『ああ』

「全部分かったわけじゃない」

『当然だ』

「ELSも同じだ」

ティエリアが僅かに笑う。

『なら、これからだな』

「ああ」

刹那が地球を見る。

青い星。

その向こう。

多くの人。

仲間。

そして。

一人の女性。

「帰ろう」

クアンタが反転する。

その前方。

プトレマイオス2。

仲間たち。

赤い光はもうない。

武器も下ろされている。

その中から。

一機。

ボロボロになりながらも。

青白い光を僅かに纏ったガンダムが近づいてきた。

『お疲れ』

レイナス。

刹那が答える。

「レイナス」

『請求書の件、覚えてるか?』

「覚えている」

『本当に払う気か?』

「約束した」

数秒。

『……冗談なんだけど』

「そうか」

『真面目か』

「俺は真面目だ」

『知ってるよ』

レイナスが笑う。

クアンタとアルティオールネクスト。

二機が並ぶ。

その向こう。

巨大な銀色の花。

刹那が言った。

「レイナス」

『何だ』

「ELSと話した」

『見れば分かる』

「分かり合えたとは言わない」

レイナスは少しだけ黙った。

『それでいいんじゃないか』

刹那が横を見る。

『初対面で全部分かる相手なんていないだろ』

レイナスは地球へ機首を向ける。

『契約書だって細かいところは後で揉める』

「……契約?」

『例えだよ』

「そうか」

『とりあえず今日は、撃ち合いを止められた』

アルティオールネクストがゆっくり進む。

『続きは明日からでいい』

刹那が。

ほんの僅かに笑った。

「ああ」

ダブルオークアンタが続く。

二機の向こう。

宇宙に咲いた巨大な花が。

静かに。

地球を見守っていた。

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