最終話 その先へ
西暦2364年――外宇宙
地球は、もう見えない。
太陽すら。
無数に存在する星々の中の一つに過ぎなかった。
人類が初めてELSと出会ってから、五十年。
あの日。
地球近傍に咲いた銀色の花は、人類に一つの事実を突きつけた。
宇宙には。
自分たち以外の生命がいる。
そして。
異なる生命同士であっても。
分かり合うことはできる。
少なくとも。
分かろうとすることはできる。
それから五十年。
人類は。
地球を離れた。
◇
外宇宙航行艦《スメラギ》――艦橋
巨大な星図が艦橋中央に浮かんでいる。
既知の星域。
観測済み宙域。
未踏領域。
そして。
その中央を進む一隻の船。
外宇宙航行艦《スメラギ》。
かつて地球圏で運用されていた戦闘艦とは、規模も設計思想も異なる。
戦うためだけの船ではない。
観測。
調査。
交流。
長期間の航行。
そして。
まだ人類が知らない何かと出会うための船。
その艦橋中央。
艦長席に、一人の女性が座っていた。
短いダークブラウンの髪。
灰色がかった瞳。
若い。
見た目だけなら。
十代の少女と言われても通る。
だが。
その目は違う。
五十年。
人類とELS。
その双方が変わっていく時間を見てきた目。
右腕。
袖口から覗く指先は。
銀色。
アーミア・リー。
六十七歳。
外宇宙航行艦《スメラギ》艦長。
「予定航路との差異は?」
「〇・〇〇三以内。問題ありません」
「周辺の重力異常は?」
「観測されていません」
「ELS群は?」
「本艦周辺に十二。先行個体が三」
「分かりました」
アーミアは星図を見る。
「先行個体から何かあれば、すぐに報告してください」
「了解」
落ち着いた声。
五十年前。
何かあるたびに「先生」と誰かを呼んでいた少女の面影は。
外見よりも。
その仕草の方から消えていた。
艦橋のクルーが。
自然に彼女の判断を待つ。
それが。
この船で積み重ねてきた時間だった。
「艦長」
通信士が振り返る。
「前方のELSから反応」
アーミアの視線が動く。
「内容は?」
「まだ……解析できません」
「映像を」
メインモニターが切り替わる。
暗い宇宙。
星々。
その中。
銀色のELSが漂っている。
一体。
二体。
三体。
普段とは違う。
何かを囲んでいる。
アーミアが立ち上がった。
「拡大」
映像が寄る。
そこには。
何もない。
少なくとも。
人間の目には。
「……何かいますね」
「艦長?」
「ELSが見てる」
右手を持ち上げる。
銀色の指。
微かな感覚。
五十年前より。
ずっと鮮明に分かる。
だが。
すべてではない。
それでいい。
分からないから。
聞く。
それを。
五十年前に教わった。
「減速」
「了解」
「警戒レベルを一段階上げてください。ただし武装は固定」
「了解」
《スメラギ》が速度を落とす。
アーミアは艦長席へ戻った。
「さて……」
その時。
艦橋後方の扉が開いた。
足音。
アーミアは振り返らない。
「遅いですよ」
「時間通りだろ」
聞き慣れた声。
クルーの何人かが振り返る。
だが。
誰も驚かない。
男が一人。
紙コップを片手に艦橋へ入ってきた。
レイナス・レノアーク。
五十年前。
ELSとの戦いで。
最前線に立っていた男。
そして。
五十年経った今も。
外見はほとんど変わっていない。
「何か出た?」
アーミアがメインモニターを示す。
「ELSが前方で何かを見つけたみたいです」
レイナスが画面を見る。
「また追加業務か」
「まだ何も分かってません」
「こういうのは大体増えるんだよ。予定表にない仕事ってのは」
「五十年経ってもそれ言うんですね」
「五十年働いてるから言うんだよ」
アーミアが小さく笑う。
そこだけ。
ほんの少し。
昔の少女に戻る。
レイナスが艦長席の横まで来る。
「で?」
「確認します」
「俺も?」
「当然です」
「俺、乗客なんだけど」
アーミアが振り返る。
「誰がですか?」
「俺」
「格納庫に専用機まで持ち込んで?」
「荷物だよ」
「全高十八メートル以上ある荷物を初めて見ました」
「宇宙船なら誤差だろ」
「整備スペースまで使ってます」
「必要経費」
「請求しますよ」
レイナスが一瞬黙った。
「……お前、言うようになったな」
「誰に教わったと思ってるんです?」
レイナスは紙コップを傾ける。
「教育を間違えたかもしれない」
「五十年遅いです」
「返品できる?」
「できません」
「だよな」
アーミアが笑った。
艦橋のクルーは。
誰もそのやり取りを気にしない。
いつものことだった。
◇
「艦長」
通信士の声で。
空気が戻る。
「先行ELS、移動開始」
アーミアが前を見る。
銀色の三体が。
ゆっくりと左右へ分かれる。
その向こう。
星の光が。
歪んだ。
レイナスの表情が変わる。
「……あれは?」
アーミアの銀色の右手が反応する。
微かな震え。
だが。
恐怖ではない。
何か。
知らないもの。
ELSにも。
分からない。
「先生」
無意識に。
その呼び方が出た。
レイナスが横を見る。
アーミア自身も気づく。
少しだけ笑った。
「……久しぶりに呼びましたね」
「そうだな」
五十年。
艦長になっても。
多くの人間を率いるようになっても。
その関係だけは。
完全には消えなかった。
アーミアが前を見る。
「どう思います?」
レイナスも星の歪みを見る。
「分からん」
即答だった。
アーミアが笑う。
「変わりませんね」
「分からないものを分かったふりするよりマシだろ」
「それもそうですね」
「で、艦長」
レイナスが言う。
「どうする?」
アーミアは答えなかった。
数秒。
星図。
ELS。
未知の反応。
そして。
遥か後方にある。
もう見えない故郷。
地球。
五十年前。
一人の少年が。
未知の生命へ手を伸ばした。
分からないから。
知ろうとした。
あの日から。
人類は。
ここまで来た。
アーミアが立ち上がる。
もう。
レイナスへ判断を求める少女ではない。
「進みます」
艦橋の全員が動く。
「《スメラギ》、微速前進」
「了解!」
「ELS先行個体との距離を維持。観測系統を全開」
「了解!」
「未知反応に変化があれば即時報告」
「了解!」
レイナスが横から見る。
その表情に。
何も言わない。
アーミアは艦長席の前に立った。
「私たちは」
星の海を見る。
「まだ、宇宙のことを何も知らない」
知らない星。
知らない生命。
知らない世界。
この先。
何が待っているのか。
誰にも分からない。
だから。
行く。
「外宇宙航行艦《スメラギ》」
アーミアが告げる。
「前進してください」
巨大な船が。
ゆっくりと動き出す。
未知の宙域へ。
その周囲を。
銀色のELSが飛ぶ。
艦橋。
レイナスが紙コップを見た。
空。
「……コーヒー切れた」
アーミアが前を向いたまま答える。
「自分で淹れてきてください」
「艦長命令?」
「そうです」
「偉くなったなあ」
「五十年経ってますから」
「見た目は全然変わってないけどな」
「先生に言われたくありません」
「それもそうか」
レイナスが笑う。
扉へ向かう。
その途中。
一度だけ。
振り返った。
艦長席。
アーミア・リー。
かつて。
映画館帰りにELSに襲われた。
ただの少女。
その少女が今。
人類の船を率いて。
宇宙の果てへ向かっている。
レイナスは何も言わなかった。
扉が閉じる。
アーミアは前を見る。
星々が。
ゆっくりと流れ始めた。
五十年前。
人類は。
宇宙からやってきた者と出会った。
そして今。
人類の方から。
宇宙へ。
誰かに会いに行く。
まだ見ぬ世界へ。
まだ見ぬ生命へ。
その先に。
何があるのか。
答えを知る者はいない。
だからこそ。
物語は。
その先へ続いていく。
機動戦士ガンダムOO-REYNAS-
END
◇
外宇宙航行艦《スメラギ》――艦橋
「そういえば」
アーミアが、ふと思い出したように振り返った。
まだ扉の前にいたレイナスが足を止める。
「何だ?」
「先生って、結局何歳なんです?」
「七千……」
「えっ?」
「……あ」
沈黙。
アーミアが目を細める。
レイナスが視線を逸らす。
「先生?」
「……コーヒー淹れてくる」
「待ってください」
「休憩時間だ」
「七千って何ですか?」
「聞き間違いじゃないか?」
「聞き間違える数字じゃありません」
扉が開く。
「先生」
「じゃ、艦長。後よろしく」
「先生!」
レイナスが逃げた。
扉が閉まる。
アーミアは数秒。
その扉を見つめた。
そして。
「……七千?」
艦橋のクルーたちも。
誰一人。
何も言わなかった。
◇
TO BE CONTINUED IN
機動戦士ガンダムOOA
これで一応完結です
文章のほとんどをAIに任せっきりで変な所がたくさんあると思います。
ボチボチ直していきます。