第17話 限界の先
西暦2307年――タクラマカン砂漠
戦闘開始から、十時間を超えた。
陽は傾き。
砂漠に長い影が伸びている。
それでも。
戦場は終わらない。
三大国家群は部隊を交代させる。
消耗した機体を下げ。
補給し。
整備し。
代わりに新しい部隊を送り込む。
そして。
休んだ部隊が再び戻ってくる。
対するソレスタルビーイングに。
交代要員はいない。
五人で。
戦い続けるしかなかった。
◇
タクラマカン――中央戦域
レイナスのイナクトが。
砂漠すれすれを飛ぶ。
砲撃。
機体を傾ける。
回避。
もう一発。
今度は上昇。
下を通過させる。
『右から来るぞ!』
ロックオン。
「見えてる」
三機。
イナクトを旋回。
射撃。
一機の武装を破壊。
二機目。
外す。
再照準。
引き金。
反応なし。
レイナスが残弾表示を見る。
「……終わりか」
空になった武装を捨てる。
『弾切れか?』
「ああ。機体を借りるなら弾も満タンにしておいてほしかったところだ」
『無茶言うな。そいつ、戦闘中だったんだろ』
「サービスの悪い貸し主だったよ」
『そもそも貸してねえだろ、そいつ』
「本人とは見解の相違があってな」
『引きずり出した時点で相違も何もねえよ』
レイナスは少し笑った。
「帰った後の説明が、だんだん高くつきそうだな」
『お前、そこ心配してる場合か?』
「説教で済むなら安いもんさ。命まで持ち出しになったら大赤字だろ?」
直後。
レイナスの声が変わる。
『ロックオン、上だ』
『分かってる!』
デュナメスが撃つ。
一機。
撃墜。
レイナスのイナクトが。
その下を抜けた。
◇
タクラマカン――別戦域
十二時間。
さらに。
時間が過ぎる。
アレルヤの呼吸は。
明らかに荒くなっていた。
『はぁ……はぁ……』
キュリオスが。
敵の射撃を回避する。
だが。
遅い。
普段なら。
余裕を持って避けられる攻撃。
それが。
装甲を掠める。
『アレルヤ!』
ロックオン。
『大丈夫……まだ、戦える』
『その台詞、もう信用できねえぞ』
『そう言われても……休ませてくれそうにないからね』
アレルヤが。
疲れた声で笑う。
ティエリアも。
無言の時間が増えている。
ヴァーチェの火力は。
まだ圧倒的。
だが。
照準を合わせ。
状況を判断し。
引き金を引くのは。
人間だ。
刹那も。
同じ。
そして。
その中に。
一人だけ。
明らかに様子の違う男がいた。
◇
AEUイナクト・コックピット
警告。
レイナスが。
計器を見る。
左脚部。
応答低下。
右肩部。
駆動負荷。
推進器。
出力低下。
さらに。
フレーム各部。
疲労警告。
「……こっちもか」
声は。
普段とほとんど変わらない。
呼吸も。
乱れていない。
十時間を超える戦闘。
それ自体は。
レイナスを限界へ追い込むには。
まるで足りなかった。
問題は。
今回も。
機械の方だった。
このイナクトは。
奪った時点で新品ではない。
既に何時間も戦っていた。
そこから。
さらに使い続けている。
「持ち主が見たら泣きそうだな」
少し考える。
「……いや、もう泣いてるか」
砲撃。
回避。
だが。
機体の反応が。
鈍い。
「参ったな。身体は余ってるのに、乗り物が先に潰れる」
三台目。
それも。
考えられる。
周囲を見れば。
候補だけなら。
いくらでも飛んでいる。
「さすがに泥棒が本業になるのは勘弁してほしいところだ」
レイナスは。
以前。
イアンへ説明した能力を思い出す。
《アニマ》による。
物質強化。
「……試してみるか」
自分の身体とは。
規模が違う。
巨大な機械。
構造も。
完全には把握していない。
だが。
自分自身に余裕があるなら。
試す価値はある。
「こういう実験は、もう少し安い物でやりたかったんだけどな」
敵影。
接近。
レイナスの目が。
鋭くなる。
「まあ、壊されるよりは安上がりだ」
◇
《アニマ》。
青白い光が。
レイナスの身体から。
シートへ。
コックピットへ。
さらに。
イナクトの内部フレームへ。
流れていく。
脚部。
腕部。
関節。
推進器。
装甲。
そして。
機体全体へ。
青白い光が。
広がった。
◇
タクラマカン――戦場
一機のイナクトが。
青白く発光する。
『何だ、あれは!?』
『イナクトが……光っている?』
『GN粒子じゃない!』
三大国家群にも。
あの光には。
見覚えがあった。
人間が。
生身でMSと戦う時に纏っていた。
青白い光。
それが今。
MSそのものを。
包んでいる。
◇
AEUイナクト・コックピット
計器が。
変化する。
「……なるほど」
推進出力。
上昇。
駆動系。
上昇。
それに合わせて。
フレーム。
装甲。
関節部。
機体そのものの剛性まで。
《アニマ》によって底上げされている。
レイナスが。
操縦桿を倒した。
イナクトが。
加速。
それまでとは。
明らかに違う。
敵機の照準が。
追いつかない。
急旋回。
再加速。
さらに。
方向転換。
「いいな」
レイナスの口元が。
自然に上がる。
「ようやく、こっちの注文を聞いてくれるようになった」
それまでは。
自分が。
イナクトの限界へ合わせていた。
今は。
機体の側が。
レイナスについてくる。
青白いイナクトが。
戦場を駆け抜ける。
◇
タクラマカン――中央戦域
ロックオンが。
その姿を見る。
『……お前、また何かやったな?』
「人聞きの悪い言い方するな。前に説明しただろ」
『物質強化か?』
「ああ」
ティエリアも。
青白いイナクトを観測している。
『強度だけではない。明らかに機体出力そのものが上昇している』
「俺も今知った」
『今知った?』
「ああ。実機で試したのは初めてだ」
ロックオン。
『……お前、他人の機体で実験してんのか?』
一拍。
「そう言われると、急に罪悪感が増してきたな」
『今さらかよ!』
レイナスは。
笑う。
だが。
そのまま。
《アニマ》の出力を。
僅かに落とした。
直後。
警告。
警告。
警告。
コックピットへ。
一斉に鳴り響く。
「……ああ、そういうことか」
すぐに。
《アニマ》を戻す。
警告が。
収まっていく。
ロックオン。
『今度は何だ?』
「前借りだ」
『は?』
「《アニマ》で出力を上げて、それに耐えられるよう剛性も上げてる。強化してる間は問題ない」
レイナスが。
計器を見る。
「だが切れば、それまで機体に掛けてた無理が一気に返ってくる」
『それ……最後どうすんだよ』
「払うしかないだろ」
『何を』
「ツケを」
ロックオンが。
黙る。
レイナスは。
肩を竦めた。
「世の中、うまい話はないもんだ」
『それ、イナクト壊れるんじゃねえか?』
「可能性は高いな」
『返せねえじゃねえか!』
「……そこは持ち主と相談だな」
『絶対揉めるぞ』
「もう揉めてる気もするけどな」
◇
タクラマカン――夕刻
十五時間。
戦況は。
変わらない。
三大国家群の物量。
それは。
レイナス一人が。
多少強くなったところで。
覆せる規模ではない。
青白いイナクトが。
敵部隊を切り崩す。
だが。
その向こうから。
次が来る。
さらに。
次。
「本当にキリがないな」
レイナス本人には。
まだ余裕がある。
《アニマ》の供給も。
続けられる。
問題は。
他の四人。
アレルヤ。
ティエリア。
ロックオン。
刹那。
少しずつ。
確実に。
限界へ近づいている。
『……っ』
キュリオスが。
攻撃を受ける。
『アレルヤ!』
レイナスが。
イナクトを加速。
間へ。
射線をずらす。
『大丈夫……』
「その台詞は、もう聞き飽きたな」
『でも……本当に、まだ……』
「分かった。なら戦え」
レイナスは。
否定しない。
止めもしない。
ただ。
一言だけ。
続ける。
「無理になったら言え。その時は俺が埋める」
短い沈黙。
『……うん』
イナクトが。
再び前へ出る。
◇
タクラマカン――夕刻
十六時間。
ロックオンが。
荒い息を吐く。
『……お前、本当に平気そうだな』
「ん?」
『十六時間だぞ』
レイナスは。
時計を見る。
「もうそんな経ったか」
『その反応が腹立つな』
「疲れてはないぞ」
『言い切りやがった』
「ただ――」
一拍。
「腹は減った」
ロックオンが。
呆れたように笑う。
『結局そこかよ』
「そこは大事だろ。人間、腹が減ると人生の優先順位が変わる」
アレルヤから。
小さな笑い。
『レイナスは変わらなさそうだけど』
「いや、今なら温かい飯だけで大抵の仕事は引き受ける」
ロックオン。
『お前、普段から飯で釣られてなかったか?』
「……否定しづらいところを突くな」
数秒。
通信に。
小さな笑いが混じる。
レイナスは。
それ以上。
続けなかった。
刹那が。
敵を捉える。
『来るぞ』
「了解」
また。
戦闘。
◇
プトレマイオス・ブリッジ
「十六時間経過」
フェルトが。
報告する。
現地との通信は。
依然として遮断されたまま。
クリスが。
息を吐く。
「さすがに、みんな限界近いよね……」
スメラギも。
否定しない。
「ええ」
ラッセが。
腕を組む。
「レイナスは?」
スメラギが。
少し考える。
「本人は、まだ動いてそうね」
クリス。
「機体は?」
沈黙。
フェルトが。
ぽつり。
「もう別の機体に乗ってるかもしれない」
クリスが。
振り返る。
ラッセも。
スメラギを見る。
数秒。
スメラギは。
額へ手を当てた。
「……あり得るのが嫌だわ」
◇
タクラマカン――夜
十八時間。
ガンダムマイスターたちは。
限界へ。
近づいていた。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
機体は。
まだ動く。
だが。
人間が。
追いつかない。
その隣で。
一機のイナクトだけが。
異様な青白い光を纏っている。
レイナス自身は。
変わらない。
呼吸も。
視線も。
操縦も。
戦闘開始時と。
ほとんど変わらない。
違うのは。
腹が減ったことくらい。
しかし。
イナクトは。
違う。
《アニマ》を切れば。
その瞬間。
限界が来る。
既に。
レイナスにも分かっている。
この機体は。
強化を解除した後。
まともには動かない。
下手をすれば。
その場で。
完全に沈黙する。
「……返却は難しそうだな」
青白い光の中。
レイナスが。
少し申し訳なさそうに呟く。
「せめて持ち主には、よく働いたって伝えてやるか」
そして。
前を見る。
新たな敵部隊。
温存されていた戦力。
最後の。
大規模攻勢。
『来る……!』
アレルヤ。
『まだ残してやがったのかよ……』
ロックオン。
ティエリアも。
刹那も。
構える。
レイナスが。
四機を見る。
全員。
限界が近い。
自分は。
まだ動ける。
なら。
やることは。
一つ。
「俺が前に出る」
『レイナス?』
「少し休め、とは言わない。どうせ聞かないだろ」
青白いイナクトが。
四機の前へ出る。
「その代わり、重いところはこっちに寄越せ」
《アニマ》が。
さらに機体へ流れる。
青白い光が。
夜の砂漠を照らす。
レイナスの口元が。
僅かに上がった。
「身体が余ってる時くらい、働かないとな」
敵部隊。
接近。
レイナスが。
操縦桿を倒す。
その時だった。
空。
赤い光。
一つ。
二つ。
三つ。
赤いGN粒子を纏う。
三機のMS。
レイナスが。
視線を上げる。
疲れてはいない。
だから。
その異変にも。
すぐ気づく。
見たことのないシルエット。
だが。
一目で分かる。
「……ガンダム?」
ガンダムスローネアイン。
ガンダムスローネツヴァイ。
ガンダムスローネドライ。
三機の新たなガンダムが。
タクラマカンへ。
降りてくる。
レイナスは。
ほんの少しだけ。
目を輝かせた。
「まだ隠し玉があったのか」
ロックオンが。
息を切らしながら答える。
『……俺たちも知らねえぞ』
「そうなのか?」
一拍。
レイナスの興味が。
さらに増した。
「それは余計に気になるな」
『お前……元気だな、本当に……』
「新型見て元気が出るのは別腹だろ」
『飯じゃねえんだぞ……』
三機のスローネが。
三大国家群へ。
攻撃を開始する。
タクラマカンの。
長すぎる一日。
その終わりが。
ようやく。
見え始めていた。