第19話 トリニティ
西暦2307年――タクラマカン砂漠・離脱経路
『そっちと同じ、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだよ!』
明るい声が。
通信へ響く。
チームトリニティ。
三機のガンダム。
そして。
三人のガンダムマイスター。
誰も。
聞いたことがない。
『ソレスタルビーイング……?』
アレルヤ。
『馬鹿な』
ティエリアの声には。
疲労とは別の苛立ちが混じっていた。
『ヴェーダに該当する情報はない』
『でも、ガンダムだよな』
ロックオン。
誰も。
答えられない。
その中で。
レイナスだけは。
別のところを見ていた。
スローネツヴァイ。
背部。
脚部。
武装。
そして。
先ほど見た。
GNファング。
「……あれ、乗せてもらえないかな」
刹那が。
横を見る。
「無理だ」
「聞いてみないと分からないだろ」
「無理だ」
「二回言わなくても聞こえてるよ」
通信から。
ロックオンの声。
『お前、もうそこなのかよ』
「正体の確認も大事だが、実物が目の前にあるんだぞ」
『優先順位がおかしいだろ』
「そうか?」
『そうだよ』
アレルヤまで。
即答した。
レイナスは。
少し考える。
「……三対一か。分が悪いな」
◇
タクラマカン上空
スローネアインから。
通信。
『こちら、ヨハン・トリニティ』
先ほどの少女とは違う。
落ち着いた。
男の声。
『まずは戦域から離脱してください。詳しい話は、その後に』
ティエリアが。
すぐに返す。
『君たちは何者だ』
『先ほどネーナが申し上げた通りです。我々もソレスタルビーイングに属するガンダムマイスターです』
『その存在を我々は知らされていない』
『でしょうね』
ティエリアが。
僅かに言葉を止める。
ヨハンは。
淡々と続けた。
『我々も、あなた方との接触は今回が初めてです』
ロックオン。
『ずいぶん急な顔合わせだな』
『状況が状況でしたから』
レイナスは。
黙って聞いている。
声。
話し方。
少なくとも。
先ほどの少女より。
話は通じそうだ。
その時。
別の男の声が。
割り込んだ。
『なあ兄貴。そっちに変なのが一人いるぞ』
「……」
レイナスが。
僅かに眉を動かす。
『ガンダムじゃねえのに一緒にいた奴。さっきまで青く光ってたイナクトに乗ってただろ』
ミハエル。
興味を隠そうともしていない。
『あれ何だ?』
ロックオン。
『ほら、呼ばれてるぞ。変なの』
「お前まで乗るなよ」
『否定できるか?』
「……今日は分が悪いな」
レイナスが。
通信を開く。
『レイナス・レノアーク。ガンダムマイスターじゃない。今のところは外部協力者みたいなもんだ』
『へえ』
ミハエル。
『あの青いの、お前がやってたのか?』
『まあな』
『GN粒子じゃねえよな?』
『違う』
『何なんだ?』
レイナスは。
少し考える。
『説明すると長い』
ロックオンが。
すぐに割り込む。
『こいつ、それで大体逃げるぞ』
『便利なんだよ、この言葉』
『開き直んな』
◇
プトレマイオス・ブリッジ
通信。
回復。
タクラマカンから離れ。
妨害の影響が弱まったことで。
ようやく。
地上部隊との回線が繋がる。
「接続しました!」
クリス。
スメラギが。
すぐに立ち上がる。
「全機の状況は?」
フェルトが。
確認する。
「エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ。四機とも確認」
一瞬。
安堵。
だが。
フェルトが。
画面を見る。
「……レイナスの機体がありません」
スメラギの目が。
細くなる。
「本人は?」
「エクシアに同乗しています」
クリス。
「え?」
ラッセ。
「……何で?」
スメラギは。
数秒。
目を閉じた。
「聞くのが怖いわね」
回線。
接続。
『こちらエクシア』
刹那。
「刹那、レイナスは?」
『いる』
その直後。
『俺なら無事だ』
スメラギが。
僅かに息を吐く。
「あなたの機体は?」
短い。
沈黙。
『壊れた』
「……そう」
妙に。
予想通りだった。
「最初に渡した機体?」
『いや』
ブリッジ。
沈黙。
スメラギの眉が。
動く。
「……いや?」
『途中で乗り換えた』
クリスが。
口元を押さえる。
ラッセが。
天井を見る。
フェルトは。
画面から目を離さない。
スメラギが。
慎重に聞く。
「何に?」
『イナクト』
「どこから?」
『戦場で――』
レイナスが。
少しだけ間を置く。
『借りた』
スメラギは。
何も言わない。
ロックオンの通信が。
入る。
『補足すると、乗ってた奴を引きずり出して借りてるぜ』
「ロックオン」
『何だ?』
「補足ありがとう」
『どういたしまして』
『余計なことを……』
スメラギが。
額を押さえた。
「それで、そのイナクトは?」
『置いてきた』
「返したの?」
『いや。動かなくなった』
「…………」
レイナスが。
少しだけ声を低くする。
『その件は帰ってからちゃんと話す』
「ええ」
スメラギは。
静かに答えた。
「たっぷり聞かせてもらうわ」
『……了解』
◇
「それと」
スメラギの表情が。
変わる。
「あなたたちの後方にいる三機は?」
今度は。
ティエリア。
『我々も詳細は把握していません』
「分からない?」
『彼らは自らをチームトリニティと名乗っています』
ブリッジの空気が。
変わる。
『そして、ソレスタルビーイング所属のガンダムマイスターだと』
クリスが。
端末を操作する。
「そんな部隊……」
フェルトも。
ヴェーダへ照会。
だが。
出ない。
少なくとも。
彼女たちが閲覧できる範囲には。
存在しない。
スメラギが。
画面の三機を見る。
「こちらとの接触を求めているの?」
『そのようです』
ティエリア。
「分かったわ。こちらで受け入れ準備をする」
一拍。
「ただし、警戒は解かないで」
『了解』
◇
プトレマイオス――格納庫
帰還。
四機のガンダムが。
順に収容される。
ハッチが開く。
刹那が。
降りる。
続いて。
レイナス。
床へ降りた瞬間。
イアンが。
こちらへ歩いてくる。
「お前の機体はどうした?」
挨拶より。
先にそれだった。
「壊れた」
「だからどっちだ」
「どっち?」
「ワシらが用意した方か、途中で拾った方か」
レイナスが。
止まる。
「……もう知ってるのか」
「ブリッジから聞いた」
「情報が早いな」
「で?」
「両方」
イアンが。
黙る。
「最初のは普通に限界が来た。二機目は――」
少し。
考える。
「俺が壊した」
「何をした?」
その質問に。
レイナスの表情が。
少し変わる。
「《アニマ》を機体全体に通した」
イアンの目が。
鋭くなる。
「……何?」
「前に話した物質強化だ。実際にMSで試した」
「それで?」
「光った」
「そこじゃない」
「出力も上がった」
イアンが。
完全に食いついた。
「どの程度だ?」
「測ってない」
「機体剛性は?」
「上がった」
「駆動系は?」
「上がった」
「推進器は?」
「それも」
「制御は?」
「俺が感覚でやった」
イアンが。
頭を抱える。
「何で持って帰らん!」
「持って帰りたかったよ」
レイナスが。
両手を軽く広げる。
「切ったら壊れたんだ」
イアンの動きが。
止まった。
「……切ったら?」
「ああ」
そこからは。
レイナスも。
真面目に説明する。
《アニマ》を流している間。
機体出力。
剛性。
双方が強化された。
本来の機体限界を。
超えて動かせた。
しかし。
《アニマ》を解除した瞬間。
それまで蓄積していた負荷が。
一気に機体へ返った。
結果。
各部が。
ほぼ同時に限界を迎えた。
イアンは。
途中から。
何も言わずに聞いていた。
「……面白い」
「だろ?」
「お前じゃない。現象がだ」
「分かってるよ」
イアンが。
考え込む。
「つまり、機体側の強度を上げるだけじゃない。《アニマ》そのものが、機体出力にも干渉した……」
「そうなるな」
「もう一度試せるか?」
レイナスは。
周囲を見る。
エクシア。
デュナメス。
キュリオス。
ヴァーチェ。
そして。
イアン。
「どれで?」
「駄目だ」
刹那。
即答。
レイナスが。
振り返る。
「まだ何も言ってないぞ」
「駄目だ」
「……最近、俺への理解が早くなってないか?」
◇
警告音。
格納庫の一部。
隔壁が。
閉じていく。
外部から。
三つの機影。
赤いGN粒子。
スローネ。
レイナスが。
そちらを見る。
イアンも。
《アニマ》の話を。
一旦止めた。
三機が。
誘導に従い。
指定位置へ。
入ってくる。
レイナスの視線は。
当然。
機体へ。
「近くで見ると、やっぱり違うな」
「レイナス」
スメラギの声。
格納庫入口。
「見るだけにしておきなさい」
「まだ触ってないだろ」
「まだ、でしょう?」
「信用ないな」
「今日だけで機体を二機潰した人に言われたくないわ」
「一機目は俺のせいじゃない」
「二機目は?」
「……そこは反省してる」
スローネの。
コックピットが開く。
最初に。
ヨハン。
続いて。
ミハエル。
最後に。
ネーナ。
三人が。
姿を現す。
ネーナは。
周囲を見回し。
そして。
刹那を見つけた。
表情が。
一気に明るくなる。
「あっ!」
軽い足取りで。
近づいてくる。
「君が刹那・F・セイエイ?」
刹那は。
答えない。
ネーナは。
気にした様子もなく。
さらに距離を詰める。
そして。
突然。
刹那へ顔を寄せた。
「会いたかった!」
刹那が。
固まる。
ロックオンも。
アレルヤも。
一瞬。
反応が遅れた。
レイナスは。
少し離れた場所から。
その様子を見る。
ネーナが。
刹那へ。
キスをした。
沈黙。
数秒。
刹那が。
ネーナを押し離す。
「何をする」
「えー、いいじゃん」
「よくない」
レイナスは。
横にいたロックオンを見る。
「……あれもソレスタルビーイング式の挨拶か?」
「違う」
「そうか」
「絶対違う」
「なら安心した」
「何に安心したんだよ」
その時。
ミハエルが。
レイナスを見る。
「お前が、さっきの青い奴か?」
視線が。
ぶつかる。
レイナスも。
ミハエルを見る。
「ああ。レイナス・レノアーク」
「ミハエル・トリニティ」
ミハエルが。
値踏みするように。
レイナスを見る。
「生身でモビルスーツをぶっ壊すって、本当か?」
「誰から聞いた?」
「色々」
曖昧。
レイナスの目が。
僅かに細くなる。
ヨハンが。
ミハエルを制する。
「ミハエル」
「分かってるって、兄貴」
ヨハンが。
スメラギへ向き直る。
「改めてご挨拶を」
スメラギも。
彼を見る。
「ええ。聞きたいことは山ほどあるわ」
ヨハンは。
穏やかに笑った。
「我々もです」
少し離れたところで。
ネーナが。
今度は。
レイナスを見つける。
「あ、そうだ!」
こちらへ。
寄ってくる。
「ねえねえ。さっきの青いやつ、あれ何?」
「《アニマ》」
「アニマ?」
「ああ」
ネーナが。
興味深そうに。
レイナスを見る。
「それ、あたしにもできる?」
「さあな」
「教えてよ」
「今ここで?」
「うん!」
レイナスは。
少し考え。
それから。
スメラギを見る。
スメラギも。
こちらを見ている。
目が。
合う。
「……先に話を聞いた方がよさそうだな」
「えー」
ネーナが。
不満そうに頬を膨らませる。
レイナスは。
三人。
そして。
三機のスローネを見る。
助けられた。
それは。
間違いない。
だが。
知らない。
ソレスタルビーイング自身が。
知らなかったガンダム。
知らなかったマイスター。
そして。
向こうは。
こちらについて。
少なくとも。
レイナスの能力まで。
ある程度知っている。
「腹減ってるんだけどな……」
ロックオンが。
横を通りながら。
肩を叩く。
「諦めろ。長くなるぞ」
レイナスは。
三人のトリニティを見た。
それから。
食堂の方向を見る。
もう一度。
トリニティ。
「……先に飯じゃ駄目か?」
スメラギが。
振り返る。
「駄目」
「だよな」
◇
プトレマイオス――ブリーフィングルーム前
スメラギたちが。
先に部屋へ入っていく。
レイナスも。
その後へ続こうとして。
足を止めた。
少し後ろ。
トリニティの三人。
ヨハン。
ミハエル。
ネーナ。
ネーナは。
相変わらず楽しそうに。
兄たちと何かを話している。
レイナスは。
その三人を見ていた。
ロックオンが。
隣で止まる。
「どうした?」
「いや」
レイナスは。
視線を外さない。
「ちょっと引っかかってな」
「何が?」
「あいつら、俺のこと知ってたよな」
ロックオンの表情が。
僅かに変わる。
「……ああ」
「ガンダムマイスターでもない。正式なメンバーでもない。ここに来てからだって、そんなに経ってない」
レイナスが。
壁へ軽く背を預ける。
「なのに、生身でMSを壊すことまで知ってる」
「外から調べたんじゃねえのか?」
「それならそれで大したもんだ」
公開映像。
各国の記録。
そこから。
辿れないとは言わない。
だが。
自分たちの存在を。
こちらは知らなかった。
一方で。
向こうは。
こちらを知っている。
随分と。
情報量に差がある。
「……まあ」
レイナスが。
扉を見る。
「本人たちに聞けば早いか」
ロックオンが。
苦笑する。
「素直に答えてくれると思うか?」
「そこは話してみないと分からないさ」
「飯は?」
「食いたい」
即答。
「だが、先にこっちだな」
二人が。
ブリーフィングルームへ入る。
最後に。
レイナスが扉を閉めようとして。
「レイナス」
ネーナ。
呼ばれて。
手を止める。
「何だ?」
ネーナは。
笑っていた。
「あとで《アニマ》見せてね」
「ああ。話が終わったらな」
「約束!」
レイナスも。
軽く手を上げる。
そのまま。
扉を閉める。
そして。
席へ向かおうとしたところで。
ヨハンの声が。
背後から聞こえた。
「《アニマ》――でしたね」
レイナスが。
振り返る。
ヨハンは。
穏やかな表情のまま。
続けた。
「あなたがそう呼んでいることも、把握しています」
レイナスの足が。
止まった。
ロックオンも。
スメラギも。
ヨハンを見る。
先ほどまでとは違う。
僅かな沈黙。
レイナスは。
ヨハンを見たまま。
ゆっくりと椅子を引いた。
「……なるほど」
腰を下ろす。
「そいつは確かに、飯より先に聞いた方がよさそうだ」