機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

20 / 62
第20話 知らない同胞

第20話 知らない同胞

西暦2307年――プトレマイオス・ブリーフィングルーム

「あなたがそう呼んでいることも、把握しています」

ヨハン・トリニティの言葉を受け、レイナスは椅子を引いたまま一度動きを止めた。

《アニマ》。

その名称をレイナスが口にしたのは、この世界へ来てからだ。当然、公開されている情報でもない。

「……なるほど。そいつは確かに、飯より先に聞いた方がよさそうだ」

腰を下ろしたレイナスの表情から、先ほどまでの軽さが少しだけ消える。

スメラギも同じ点を問題視したらしい。テーブルの向こうに座るヨハン、ミハエル、ネーナの三人を順に見てから口を開いた。

「まず確認させて。あなたたちは、本当にソレスタルビーイングの一員なのね?」

「はい。我々はチームトリニティ。あなた方と同様、武力による戦争根絶を遂行するガンダムマイスターです」

「なら、誰の指示で動いているの?」

「我々には我々の任務系統があります」

ティエリアの表情が険しくなる。

「回答になっていない。ヴェーダにも君たちの情報は存在しない」

「あなた方に開示されている情報が、ソレスタルビーイングの全てとは限らないのでは?」

「何?」

空気が張り詰める。

ミハエルが退屈そうに椅子へもたれた。

「助けてやったんだから、もう少し信用してくれてもいいんじゃねえの?」

「救援には感謝している。だが、それと君たちの身元が不明であることは別問題だ」

「面倒くせえな」

「ミハエル」

ヨハンに名前を呼ばれ、ミハエルは肩を竦めて黙った。

レイナスはそのやり取りには加わらず、三人を眺めていた。

少なくともヨハンは話が通じる。ミハエルは短気。ネーナは先ほどから退屈を隠そうともしていない。

それ以上はまだ分からない。

そして、分からない相手を無理に分かったつもりになる気もなかった。

「俺からも一ついいか?」

ヨハンがレイナスへ視線を向ける。

「どうぞ」

「俺について、どこまで知ってる?」

「どこまで、とは?」

「名前と《アニマ》だけじゃないんだろ?」

ヨハンは少し間を置いた。

「レイナス・レノアーク。ソレスタルビーイングの正式構成員ではなく、王留美の仲介によって協力関係に入った人物。そして既存の記録上、最近まで経歴を確認できない」

スメラギの目が細くなる。

レイナスも、今度は笑わなかった。

「王留美のところまで知ってるのか」

「はい」

「生身でMSと戦えることは?」

「把握しています」

「俺が別の世界から来たって話は?」

「あなた自身が、そのように主張していることは」

「百歳を超えてるって話も?」

「同じく、あなた自身の申告として」

レイナスは僅かに口元を緩めた。

「そこはちゃんと自称扱いなんだな」

「当然でしょう。裏付けがありませんから」

「その辺はこっちと同じか」

スメラギが横からレイナスを見る。

「感心してる場合じゃないわよ」

「分かってる」

レイナスはヨハンへ視線を戻した。

「で、その情報はどこから?」

「任務に必要な情報として与えられています」

「誰に?」

ヨハンは答えない。

数秒待ってから、レイナスは小さく息を吐いた。

「そこから先は言えない、と」

「申し訳ありません」

「いや。言いたくないなら無理に聞いても仕方ない」

あっさり引いたレイナスに、ロックオンが横から視線を向ける。

「いいのか?」

「よくはないさ。ただ、ここで睨み合って答えが増えるわけでもないだろ」

レイナスは椅子へ背を預けた。

「こっちが知らない相手が、こっちのことを随分知ってる。今はそれが分かっただけでも十分だ」

ヨハンの表情が僅かに変わった。

それが何を意味するのかまでは、レイナスも追わなかった。

          ◇

「ねえ」

それまで黙っていたネーナが口を挟んだ。

「さっきの《アニマ》ってやつ、あたしにもできる?」

「分からない」

「教えてよ」

「会って一時間も経ってない相手に?」

ネーナがきょとんとする。

「ダメ?」

「悪いが、それは遠慮しとくよ。自分でも全部分かってないものを、知らない相手に教えるほど無責任にはなれないんでね」

「ケチ」

「そういうことにしといてくれ」

ネーナは不満そうだったが、レイナスはそれ以上取り合わなかった。

ミハエルが鼻で笑う。

「警戒されてんな、俺たち」

「そりゃするだろ」

レイナスは特に悪びれもしない。

「助けてもらったことには感謝してる。だからって、今日会ったばかりで腹の中まで信用するのは別の話だ」

「はっきり言うじゃねえか」

「曖昧にして後で揉めるより安上がりだよ」

「安上がり?」

「気にするな。癖みたいなもんだ」

ロックオンが横で小さく笑った。

「最近ほんと金勘定みてえな言い方増えたな、お前」

「実際、面倒事は高くつくからな」

それでも、レイナスの声に敵意はない。

必要以上に近づかないだけだ。

ヨハンもその距離を察したのか、それ以上《アニマ》について尋ねなかった。

スメラギが話を戻す。

「今後、あなたたちは私たちと共同で行動するつもりなの?」

「必要であれば。ただし我々には我々の任務があります」

「つまり、指揮系統は別」

「そう理解していただいて構いません」

「分かったわ」

ティエリアが反応する。

「スメラギ・李・ノリエガ。彼らを認めるのですか?」

「認めるとも、信用するとも言ってないわ。ただ、今ここで得られる情報には限界がある」

スメラギは三人を見る。

「タクラマカンでの救援には感謝する。でも、それ以上の判断は保留させてもらうわ」

「構いません」

ヨハンは穏やかに答えた。

レイナスはその横顔を見ながら、ようやく時計を確認した。

「……話が一区切りしたなら、一つ提案がある」

スメラギが嫌そうな予感を浮かべる。

「何?」

「飯」

ロックオンが吹き出した。

「まだ言ってんのかよ」

「十八時間働いた後だぞ。むしろ今まで黙って座ってた俺を褒めてほしいね」

「あなたは全然疲れてないでしょう?」

「疲労と空腹は別だって、さっきも言ったんだけどな」

スメラギが額へ手を当てる。

「……行ってきなさい」

「話の分かる上司で助かるよ」

「上司じゃないわよ」

「給料も出ないしな」

「早く行きなさい」

「了解」

レイナスは今度こそ迷わず立ち上がった。

          ◇

プトレマイオス・食堂

食事を始めてからしばらくして、ようやくレイナスは満足そうに息をついた。

「温かい飯が食えるだけで随分違うな」

向かいに座るロックオンは、十八時間の戦闘疲労を隠そうともしていない。

「こっちは食うより寝たいけどな」

「なら寝た方がいい。付き合う必要ないぞ」

「お前が一人でトリニティと話し始めそうだから残ってんだよ」

「信用されてるんだか、されてないんだか分からんな」

「後者だ」

少し離れた席にはトリニティの三人がいる。

同じ組織を名乗っていても、テーブルは別だった。

アレルヤたちも無理に距離を縮めようとはしていない。

レイナスも同じだった。

助けてもらった。

それには感謝する。

だが、今のところはそれだけだ。

「それにしても」

ロックオンが声を落とす。

「どう思う?」

「何が?」

「あいつらだよ」

レイナスは食事の手を止めずに答えた。

「分からん」

「それだけか?」

「会ったばかりだぞ」

一口食べてから続ける。

「ヨハンは話が通じそうだ。ミハエルは短気そう。ネーナは……まあ、見たまんまだな」

「雑だな」

「第一印象なんてそんなもんだろ。それより気になるのは、あいつら自身より情報の出所だ」

ロックオンも表情を変える。

「やっぱりそこか」

「ああ。俺の名前だけならまだいい。各国の情報網から拾える可能性はある。でも王留美との関係と、《アニマ》って呼び方まで知ってた」

「内部から漏れてる?」

「その可能性もある。もっと上の連中が最初から知ってた可能性もな」

レイナスは水を飲む。

「どっちにしろ、俺たちが知らされてないことがある。それだけは間違いない」

「気持ち悪いな」

「まあな」

レイナスは少しだけ笑った。

「とはいえ、考えて答えが出るなら苦労しない。今は食うよ」

「切り替え早えな」

「百年分の経験ってことにしといてくれ」

「自称だろ?」

「そこ拾うか?」

今度はロックオンが笑った。

          ◇

プトレマイオス・格納庫

食事を終えた後。

レイナスは格納庫へ来ていた。

目的は明白だった。

三機のスローネ。

「……機体に罪はないからな」

誰に言うでもなく呟く。

人間の方はまだ信用できない。

だが、MSは別だ。

特にツヴァイ。

先ほど戦場で見たGNファングは、どうしても気になる。

近づきすぎない位置で立ち止まり、機体を見上げる。

「来ると思ったぞ」

背後からイアン。

レイナスは振り返らない。

「俺もあんたが来ると思ってたよ」

「触ったか?」

「触ってない」

「本当か?」

「そこまで信用ないか、俺」

「あると思っとったのか?」

「……今日はこの手の話で勝てる気がしないな」

イアンが隣へ並ぶ。

二人とも、しばらく黙ってスローネを見る。

先に口を開いたのはイアンだった。

「同じガンダムだが、違う」

「ああ」

レイナスにも技術的な詳細までは分からない。

それでも、四機のガンダムを何度も近くで見てきた。

違和感くらいは分かる。

「赤いGN粒子も気になる」

「ワシもだ」

「教えてくれそうか?」

「さてな」

「なら勝手に調べるしかないか」

「お前は勝手に触るな」

「調べるのはあんたの仕事だろ。俺は横から見る」

「それなら構わん」

レイナスは少し笑う。

視線をスローネから、自分の掌へ移した。

タクラマカン。

青白く輝いたイナクト。

あの時。

確かに機体は変わった。

単純に頑丈になっただけではない。

出力も。

反応も。

自分の意思に対する追従も。

全てが上がった。

「イアン」

「何だ」

「イナクトの件だけどな」

「ああ」

「もう一度試したい」

イアンがレイナスを見る。

「だろうな」

「今度は壊す前提じゃなく、ちゃんと測りながら」

「最初からそうしろ」

「戦場で計測器を探す余裕はなかったんでね」

「次はこっちで用意する。ただし、いきなりガンダムには使わせん」

レイナスが残念そうに眉を下げる。

「まだ何も言ってないぞ」

「言う顔をしとる」

「刹那にも同じこと言われたな……」

イアンは端末へ視線を落とした。

「問題は、強化を解除した後の反動だ。あれをどうにかせん限り、実用にはならん」

「分かってる」

「出力を上げれば上げるほど、解除後の負荷も増える可能性がある」

「だろうな」

「お前自身が平気でも、機体が保たん」

その言葉に、レイナスが黙る。

そこだった。

自分ではない。

機体。

《アニマ》を使えば、通常のMSを一時的に限界以上まで引き上げられる。

だが、それでは使い捨てだ。

「……だったら」

レイナスがツヴァイから視線を外す。

「最初から、それに耐えられる機体があればいい」

イアンの手が止まった。

「簡単に言うな」

「簡単じゃないのは分かってるよ」

「フレームだけの問題でもない。駆動、推進、制御、熱、全部だ」

「ああ」

レイナスは、格納庫に並ぶ四機のガンダムを見る。

エクシア。

デュナメス。

キュリオス。

ヴァーチェ。

そして反対側には、三機のスローネ。

これまでなら、ただ乗ってみたいと思っていた。

だがタクラマカンで、自分の力とMSが繋がる感覚を知った。

少しだけ。

見方が変わった。

「自分に合わせた機体、か」

「何か言ったか?」

「いや」

レイナスは首を振る。

まだ形になっていない。

今考えても、欲しい機能を山ほど並べるだけになる。

「その話は、もう少し先でいい」

「珍しく殊勝だな」

「俺だって学習するさ」

その時。

格納庫の入口から声がした。

「レイナス」

振り返る。

フェルトが立っていた。

「スメラギさんが呼んでる」

「また?」

「トリニティが、もう出るって」

レイナスが時計を見る。

「来たばっかりじゃないか」

「自分たちの任務があるからって」

「……そうか」

レイナスはもう一度、三機のスローネを見上げた。

結局。

分からないことばかりだった。

誰が用意したのか。

誰の指示で動いているのか。

なぜこちらの情報を知っているのか。

それでも彼らは、同じソレスタルビーイングを名乗っている。

「見送り?」

フェルトが尋ねる。

「一応な。助けてもらった礼くらいは言っとくよ」

イアンが端末を操作したまま言う。

「機体に近づくなよ」

レイナスが歩き出す。

「最後までそれか」

「信用の積み重ねだ」

「俺、今日だけで随分借金増えた気がするな」

フェルトが横へ並ぶ。

「イナクトも」

「……それは忘れてくれ」

「無理」

「即答か」

二人が格納庫の出口へ向かう。

その途中。

レイナスは一度だけ足を止め、赤い粒子を残す三機を振り返った。

「ソレスタルビーイング、ね……」

フェルトも振り返る。

「信じてない?」

「そこまでは言わないよ」

少し間を置く。

「ただ、同じ看板を出してるだけで身内になれるほど、世の中簡単じゃないだろ」

「……うん」

「だから次に会った時、もう少し分かればいい」

そう言って、レイナスは再び歩き出す。

直後。

艦内放送が流れた。

『チームトリニティ、発進準備完了』

レイナスは格納庫の出口で振り返った。

「次に会う時まで、あの三機が無傷ならいいんだけどな」

フェルトが首を傾げる。

「どうして?」

「壊れてたら、じっくり見られないだろ」

「……やっぱり機体なんだ」

「そこは譲れないな」

発進口の向こうで、赤いGN粒子が広がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。