機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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日常回続いて


第22話 年齢の定義

第22話 年齢の定義

西暦2307年――プトレマイオス・食堂

翌朝。

レイナスはいつも通り食堂にいた。

昨日、ロックオンから不意打ち気味に放たれた一言。

――お前は大人っていうより年寄りだろうが。

あの瞬間は何も言い返せなかった。

百年以上生きている。

それが自分で語っている経歴なのだから、年齢だけを見れば否定のしようがない。

だが、人間というものは時間を置けば立ち直る。

そして立ち直った人間が、必ずしも正しい方向へ進むとは限らない。

「……ロックオン」

朝食を食べていたロックオンが顔を上げる。

「何だ?」

レイナスはコーヒーを一口飲んだ。

妙に落ち着いた仕草だった。

「昨日は一本取られた」

「年寄りの話か?」

一瞬だけ眉が動いた。

それでもレイナスは崩れない。

「ああ。あの場じゃ返す言葉もなかったよ」

「まだ気にしてたのか?」

「一晩寝て分かったことがある」

レイナスはカップを置く。

「歳ってのは、数字だけで決まるほど安いもんじゃない」

ロックオンが止まった。

ちょうど食堂へ入ってきたクリスも足を止めた。

「……何か格好いいこと言ってる」

「気をつけろ。昨日の話だ」

ロックオンの言葉に、クリスの表情が変わる。

「続けて」

「何で嬉しそうなんだよ」

レイナスは軽く息を吐き、椅子へ深く座り直した。

「確かに俺は百歳を超えてる。そこから逃げるつもりはない」

「昨日、自称って逃げたじゃない」

「人間には立て直す時間が必要なんだよ、クリス」

「一晩使ったんだ……」

「だが考えてみろ。人間を数字だけで測れるなら、人生なんて随分と簡単な話になる」

ロックオンがパンを置いた。

「言ってることだけ聞くと、やたら格好いいな」

「だろ?」

「だから怖いんだよ」

レイナスは構わず続ける。

「俺は色んな世界を見てきた。生き方も違えば、時間の流れも違う。そんな人間を、この世界の暦一つで年寄り扱いするのは少々乱暴じゃないか?」

クリスが腕を組む。

「じゃあ、何ならいいの?」

「見た目だ」

「急に浅くなった!」

「大事だろ、見た目」

「さっきまで人生について語ってたよね!?」

「人生を背負って歩くのは肉体だ。その肉体が若いなら、まだ若者側に片足くらい残してても罰は当たらない」

ロックオンが笑いを堪えている。

「片足まで後退したぞ」

「欲張る歳でもないんでね」

「年寄りじゃねえか」

「……今のは忘れてくれ」

そこへフェルトもやってきた。

「何の話?」

クリスが即答する。

「レイナスが百歳を超えてても若者だって話」

「そこまで言ってない。若者側に片足残してると言っただけだ」

「もっと悪くなってない?」

フェルトはレイナスを見る。

「昨日は『ぐうの音も出ない』って言ってたよね?」

「人は昨日の敗北を抱えたまま今日を生きる必要はないんだよ、フェルト」

一瞬。

フェルトが黙る。

クリスも黙る。

ロックオンまで黙った。

レイナスはコーヒーを飲む。

ロックオンが先に口を開いた。

「……台詞だけなら本当に格好いいんだけどな」

「内容が『爺さんって呼ばれたくない』なのよね」

「そこを言葉にするなよ」

さらに食堂の入口から声が飛んできた。

「朝から何の話をしてるの?」

スメラギだった。

レイナスの表情が僅かに曇る。

クリスがすぐ答える。

「レイナスが自分は年寄りじゃないって証明してるところです」

「証明じゃない。認識の擦り合わせだ」

「あら」

スメラギは面白そうに笑うと、飲み物を持って近くの席へ座った。

「聞かせてもらおうかしら」

「……別に大した話じゃない」

「さっきまであんなに喋ってたじゃない」

「観客が増えると話しづらくなることもある」

スメラギが頬杖をつく。

「百歳を超えてても年寄りじゃないんでしょう?」

「正確には、暦年齢だけを理由に年寄りと断定するのは早計だと言ってる」

「肉体年齢は?」

「若い」

「見た目は?」

「若い」

「精神年齢は?」

「……その項目は審議中だ」

クリスが吹き出した。

ロックオンも顔を背ける。

スメラギは笑いながら続ける。

「経験年数は?」

「百年以上だな」

「じゃあ年長者ね」

「経験豊富と言ってくれ。その方が聞こえがいい」

「言い換えただけじゃない」

「言葉ってのは大事なんだよ。借金も長期債務って言えば少し立派に聞こえる」

「中身は変わってねえぞ」

ロックオンの指摘に、レイナスは小さく頷いた。

「世の中、中身を変えるより看板を掛け替える方が安く済むこともある」

「何の話してんだ、お前」

「人生の知恵だ」

「百年かけて身につけたのがそれ!?」

クリスがとうとう笑い出した。

スメラギも肩を揺らしている。

「じゃあレイナス。あなたとしては何て呼ばれたいの?」

レイナスは少し考える。

そして、どこか遠くを見るような顔で言った。

「そうだな……長く生きた男には、長く生きた男なりの意地ってもんがある」

ロックオンが警戒する。

「続けろ」

「せめて『ベテラン』で頼む」

「年寄りと何が違うんだよ!」

「響きが違う」

即答だった。

「ベテランにはまだ現役感があるだろ?」

クリスがテーブルに突っ伏す。

「そこなの!?」

「重要だぞ。年寄りは縁側だけど、ベテランなら現場にいても許される」

「偏見がひどいわね」

スメラギが笑う。

「じゃあ、百歳を超えたベテラン?」

「スメラギ。その『百歳を超えた』は外しても話が通じると思う」

「事実なんでしょう?」

「本人申告ではな」

「また逃げた」

「退路を残しておくのは大人の嗜みだよ」

フェルトが静かに尋ねる。

「じゃあ、イアンより年上なのは?」

「…………」

レイナスはコーヒーへ手を伸ばした。

一口飲む。

静かにカップを戻す。

「フェルト。人生には、触れない方が綺麗に終われる話もある」

ロックオンが噴き出した。

          ◇

同日――プトレマイオス・格納庫

「今日は強度変化の測定だけだ」

イアンはテスト用フレームを指した。

「決めた量以上の《アニマ》を流すな」

「了解」

「勝手なことをするなよ」

「信用がないな」

「これまでの実績を考えろ」

「実績ってのは積み重ねるのに時間がかかるくせに、悪い方はすぐ効くんだよな」

「分かったなら大人しくしろ」

レイナスはフレームへ手を置いた。

青白い《アニマ》が金属を包む。

イアンが端末を確認しながら、徐々に負荷を上げていった。

通常なら変形する領域を超える。

まだ耐える。

さらに上がる。

それでもフレームは保っていた。

「やはり構造全体の耐久性が上がっとるな」

「まだいける」

「上げるな」

「でも――」

「上げるな」

レイナスは黙った。

フレームを見る。

端末を見る。

再びフレームを見る。

「……イアン」

「何だ」

「技術ってのは、いつだって限界の向こう側を見た奴が――」

「上げるな」

「まだ最後まで言ってないぞ」

「どうせ上げるつもりだろうが!」

「よく分かったな」

「分かるわ!」

それでもレイナスは、ほんの少しだけ《アニマ》を強めた。

「レイナス!」

「未知への一歩ってのは、いつだって多少の出費を――」

警告音が鳴った。

「切れ!」

即座に解除。

青白い光が消える。

数秒。

「ほら、問題――」

ギィン――。

フレーム中央が歪んだ。

「…………」

レイナスは黙った。

イアンも黙った。

レイナスが先に口を開く。

「未知ってのは高くつくな」

「お前が勝手に値段を上げたんだ!」

「そこは反省してる」

「最初から言うことを聞け!」

イアンは端末を置くと、レイナスを睨んだ。

「まったく……ワシの倍以上生きとるくせに、何をやっとるんだ!」

「…………」

昨日なら刺さっていた。

今朝なら反論していただろう。

だが、数時間のうちにレイナスはさらに進化していた。

静かに目を閉じる。

そして、妙に渋い顔で頷いた。

「イアン」

「何だ」

「人間、いくつになっても挑戦する心を失ったら終わりだと思わないか?」

「壊した奴が言う台詞じゃない!」

「失敗を恐れて前へ進めなくなるよりはいい」

「ワシの部品を使って前へ進むな!」

「……確かに人の財布で夢を見るのは良くないな」

「そういう話でもない!」

格納庫の入口から笑い声が聞こえた。

クリスとフェルト。

さらに、その後ろにはスメラギまでいた。

レイナスが三人を見る。

「随分と観客が多いな」

スメラギが歪んだフレームを見る。

「クリスから聞いたの。百歳を超えたベテランが実験するって」

「その呼び方、採用されたのか……」

「ベテランさん。何をしたの?」

「少し未来を急ぎすぎた」

イアンが即座に訂正する。

「指示を無視した」

「イアン。物事には言い方ってものがある」

「事実だろうが!」

クリスが笑う。

「格好つけても駄目だったね」

「結果が伴わない日もある。そういう日まで含めて人生ってもんだ」

スメラギが感心したように頷く。

「百年生きると違うわね」

「今の流れでそこへ戻すのか?」

フェルトが歪んだフレームを覗き込む。

「これ、交換?」

「ああ」

イアンが答える。

フェルトはレイナスを見る。

「また怒られてるね」

「そこなんだよ、フェルト」

レイナスは腕を組んだ。

そして妙に真剣な顔になる。

「考えてみれば、百歳を超えても怒ってくれる人がいるってのは幸せなことだ」

スメラギが目を細める。

「へえ?」

「怒られなくなった時が本当の年寄りなんじゃないかと思ってな」

一瞬だけ、妙にいい話のような空気が流れた。

レイナスは続ける。

「つまりイアンが俺を怒ってる限り、俺は若手だ」

「何でそうなる!」

イアンの怒声が響いた。

レイナスは涼しい顔で頷く。

「ほらな」

「何が『ほらな』だ!」

「まだ若手らしい」

クリスが腹を抱えた。

フェルトも笑っている。

スメラギは額へ手を当てながら、それでも口元は笑っていた。

「その理屈だと、イアンが怒れば怒るほど若返ることにならない?」

レイナスが止まる。

数秒。

「……スメラギ」

「何?」

「そこに気づくとは、さすが戦術予報士だ」

「感心してないで否定しなさいよ」

「いや、悪くない理屈だ。イアン、もう一回怒ってくれ」

「ふざけるな!」

「よし。一歳くらい戻った気がする」

「戻るか!」

レイナスは満足そうに頷いた。

「百年の重みも、一歳ずつ返していけばいつかは軽くなる。人生、地道な返済が一番だ」

ロックオンが格納庫へ入ってきたのは、ちょうどその時だった。

「何の返済だ?」

クリスが笑いながら答える。

「レイナスの年齢」

ロックオンは一度レイナスを見た。

次に怒っているイアンを見る。

最後に、歪んだフレームを見る。

「……爺さん。何やった?」

レイナスは肩をすくめた。

「若気の至りってやつだよ」

「百歳超えて使う言葉じゃねえだろ!」

その日一番大きな笑い声が、格納庫に響いた。

ただ、壊れたフレームから得られた数値だけは笑い話ではなかった。

《アニマ》によって一時的に引き上げられた強度と、解除した瞬間に戻ってくる負荷。

タクラマカンで起きた現象が、再現可能なデータとして残った。

どうすれば、そのツケを機体へ残さずに済むのか。

そこだけはまだ、格好いい台詞一つでは誤魔化せなかった。

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