機動戦士ガンダムOOR   作:ミスト12523

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第28話 地上の調査員

第28話 地上の調査員

西暦2307年――プトレマイオス・ブリッジ

メインモニターには、一機のモビルスーツが映し出されていた。

GNX-603T――GN-X。

三大国家群へ配備された、疑似GNドライヴ搭載型モビルスーツ。

ソレスタルビーイングとトリニティ以外には存在しなかったはずのGN粒子を使用する機体。それが突然、三大国家群の手に渡った。

問題は性能だけではない。

誰が造ったのか。

どこから技術が流れたのか。

そして、なぜこの時期に三大国家群へ渡ったのか。

スメラギが手元の端末を閉じた。

「それで、あなたには地上へ降りてもらうわ」

レイナスがモニターから視線を外した。

「新型の調査?」

「ええ。王留美が地上で情報を集めてる。あなたは彼女と合流して、GN-Xに繋がる情報を探して」

「なるほど」

一度は素直に頷いたものの、少し考えてから尋ねる。

「それで、なんで俺なんだ?」

「MSもないし、一番手が空いてるから」

レイナスは黙った。

何か言おうとして、やめる。

「……困ったな。ここまで事実だけで殴られると、言い返す場所がない」

ロックオンが笑った。

「適材適所ってやつだろ」

「せめて適材の方を評価してほしかったところだな。暇だから仕事を振られるって、会社員なら結構傷つくぞ」

「会社員じゃねえだろ、お前」

「似たようなもんだよ。住み込みで、仕事を振ってくる人がいて、断ろうと思えば断れるが、空気的にはちょっと断りづらい」

スメラギが眉を上げた。

「誰のことかしら?」

「ほら、もう断りづらい」

クリスが吹き出す。

スメラギはため息をつきながら端末を差し出した。

「王留美が身分証明と服装を用意してくれる。今回はあなたもエージェントとして動いてもらうわ」

「エージェントか」

レイナスが端末を受け取る。

「それなら麻酔銃とダンボールくらいは支給してほしいところだな」

「あなたに潜入捜査は無理よ」

「……夢のない組織だな。せめてダンボールくらいは検討してくれ」

「顔が割れすぎてるのよ」

それは否定できなかった。

ユニオンにはすでにソレスタルビーイングとの関係を疑われ、人革連にも宇宙での戦闘映像が残っている。

何より、生身でモビルスーツと戦う人間という特徴が強すぎた。

「そこは変装で何とかするよ」

「大丈夫なの?」

「人間、百年も生きてれば顔の一つや二つ使い分けるようになる」

「最近、百年を便利な言い訳に使ってない?」

「長く生きた人間には、それくらいの福利厚生があってもいいだろ」

スメラギは聞き流した。

「現地での最優先事項は情報収集。GN-Xそのものを盗んでこいとは言ってないからね」

端末を操作していたレイナスの指が止まった。

「……先回りされたな」

「考えたの?」

「新型を目の前に置かれて何も考えないほど、俺は枯れてないよ」

「だから言ってるの」

「見るだけにしておく」

「触るのも駄目」

「条件が厳しくなってない?」

「あなたにはこれくらいでちょうどいいわ」

スメラギはそこで表情を改めた。

「でも、あなたなら一人でも問題ないでしょう?」

レイナスの眉が僅かに上がる。

「ようやく俺にも信用ってやつが積み立てられてきたらしい」

「今ので少し取り崩したわ」

「信用にも維持費がかかるのか。世知辛い話だと思わないか、刹那」

レイナスが隣へ顔を向ける。

刹那が一歩離れた。

「寄るな。信用が下がる」

「下がらねぇよ!?」

一瞬の間を置いて、ロックオンが噴き出した。

クリスも笑っている。

レイナスは刹那を見た。

「……最近、言葉の切れ味だけ妙に育ってないか?」

「ロックオンとクリスが言っていた」

「またその二人か。教育方針について一度話し合う必要がありそうだな」

「俺は知らねえぞ」

「私もー」

二人が揃って逃げる。

レイナスは肩をすくめた。

「責任者が誰も責任を取らない。組織ってのは大きくなると大体こうなる」

「ソレスタルビーイング全体の問題みたいに言わないで」

スメラギが話を戻した。

「無理に核心まで追う必要はないわ。危険だと判断したら王留美と相談して撤退して」

「ああ」

今度の返事に軽さはなかった。

「調べるのが仕事で、死ぬのは仕事じゃない。そこは分けて考えるよ」

          ◇

地上――王留美の拠点

「……どちら様でしょう?」

王留美は目の前に立つ男を見て、本気で一瞬判断できなかった。

髪型が違う。

細いフレームの眼鏡を掛け、落ち着いた色のスーツを着ている。輪郭にも軽い変装が施されており、普段のレイナスとはかなり印象が違った。

「そこまで綺麗に他人扱いされると、成功を喜ぶべきか少し迷うな」

声を聞いて、王留美の目が僅かに開く。

「……レイナス?」

「正解」

紅龍も改めて顔を見る。

「かなり印象が変わるものだな」

「顔が売れた人間にも、それなりの生き方はあるってことだ」

王留美が上から下まで確認する。

「その姿なら、街中で即座に気づかれる可能性は低そうですね」

「スメラギにも聞かせてやりたい評価だな」

「ただし」

レイナスが目を細めた。

「……現実ってのは、大体ここから余計な一行がつくんだよな」

「喋らなければ、ですが」

「やっぱりついたか」

王留美の口元に微かな笑みが浮かんだ。

「まずは仕事の話をしましょう」

机には大量の資料が用意されていた。

軍需企業、研究機関、輸送業者、資金の移動、各国家群の関係者。

レイナスは一枚ずつ目を通す。

「GN-Xそのものを直接追うのは難しい?」

「ええ。各国家群とも情報統制を始めています」

「まあ、新型兵器の仕様書を玄関先に置いてくれるほど親切じゃないか」

「ですから周辺から追います」

王留美が資料を指す。

「技術が突然生まれることはありません。部品、人員、資金、輸送。どこかに必ず痕跡が残ります」

レイナスは頷いた。

「金と物流か。派手さはないけど、嘘をつくにも帳尻は合わせなきゃならない」

「そういうことです」

「エージェントって、思ったより経理に近いんだな」

「少なくともダンボールに隠れる仕事ではありません」

「……手厳しいね」

          ◇

数日後――地上・市街地

調査は地味に進んだ。

軍事施設へ侵入することもなければ、警備員を気絶させて通気口を這うこともない。

王留美の情報網から上がってくる資料を読み、不自然な流れを拾う。必要なら現地へ出向き、表向きは民間企業の技術調査員として関係者と接触する。

「海外勤務十二年……」

移動中の車内で、レイナスが自分の偽造経歴を眺めていた。

「何か問題でも?」

「この顔で十二年働いてることになってる。随分若い頃から苦労した設定だな」

「実際は百年以上なのでしょう?」

王留美が涼しい顔で返す。

「それを書くと履歴書の時点で面接より先に病院を紹介されそうだ」

「では、そのままで」

「社会ってのは真実だけじゃ生きづらいな」

端末をスクロールしていた指が止まる。

一人の人物。

絹江・クロスロード。

「この人は?」

「JNNのジャーナリストです。ソレスタルビーイングについて独自に調査しています」

レイナスが資料を読む。

「イオリア・シュヘンベルグまで?」

「かなり深く追っていますね」

「こっちの人間じゃない?」

「違います」

「自力でここまで来たのか」

レイナスは少し感心したように画面を見る。

その時、王留美の端末に連絡が入った。

表示された内容を確認し、彼女の表情が変わる。

「追っていた情報提供者の一人が動きました」

「場所は?」

座標が表示される。

レイナスが確認した。

「近いな」

「ええ」

端末を閉じる。

「行こう。机の上だけで全部分かるなら、現地調査員なんて最初からいらない」

          ◇

同時刻――市街地・人気のない路地

絹江・クロスロードは、一人の男と向き合っていた。

ソレスタルビーイングについて知っている。

そう聞いて接触した男だった。

「あなたは何を知っているんです?」

「色々とな」

男は笑っている。

「イオリア・シュヘンベルグについても?」

「ああ」

絹江は端末を握る。

ここまで追ってきた。

ソレスタルビーイング。

イオリア・シュヘンベルグ。

世界で起きている武力介入。

その裏側にあるものへ、ようやく手が届くかもしれない。

だが。

遅れて違和感に気づいた。

人通りがない。

いつの間にか、完全に二人きりになっている。

「それで、記者さん」

男の笑みが変わった。

「知りすぎた奴がどうなるか、考えたことはあるか?」

「……何を」

男の手が懐へ入る。

拳銃が抜かれた。

銃口が絹江へ向く。

その瞬間。

男の手首が横から掴まれた。

「――あ?」

引き金へ掛けた指が動かない。

いつの間に現れたのか。

黒髪に眼鏡、スーツ姿の男が、絹江と銃口の間に立っていた。

レイナスは銃を持つ手首を掴んだまま、絹江へ背を向ける。

「下がってください」

「え……?」

「早く」

短い声だった。

絹江が数歩下がる。

それを確認したレイナスの指に力が入った。

金属の軋む音。

拳銃のフレームが歪む。

男の目が僅かに見開かれた。

レイナスは使い物にならなくなった拳銃を取り上げ、路面へ落とす。

一発も撃たせていない。

「……何者だ、てめえ」

「今日は民間企業の調査員ってことになってる」

レイナスは絹江から男の注意を完全に自分へ向けるように立ち位置を変えた。

男の視線がレイナスの顔をなぞる。

「その顔……どっかで見たな」

「せっかく変装したんだ。できれば思い出さないでもらえると助かる」

「いや」

男の口元が吊り上がる。

「顔じゃねえ。動きだ」

構えが変わった。

「そんな動きする人間、そうはいねえ」

踏み込む。

速い。

拳が急所へ伸びる。

レイナスは半歩ずらしただけでかわす。

肘。

膝。

連続して繰り出される攻撃も届かない。

男がナイフを抜いた。

躊躇なく首を狙う。

レイナスの手が手首を掴んだ。

止まる。

男が力を込めても、刃は一ミリも進まない。

「……化け物が」

「それも聞き飽きたよ」

手首を返す。

ナイフが落ちた。

次の瞬間には腕を捻り上げ、男の身体を地面へ押さえ込んでいる。

勝負にはなっていなかった。

レイナスがその気なら、腕を折ることも、首を折ることもできる。

必要ならそうする。

だが、今やるべきことは男を殺すことではない。

絹江を無事にここから離すことだった。

「動かない方がいい」

レイナスの声が低くなる。

「次は加減する理由がなくなる」

男は押さえ込まれながら、それでも笑っていた。

「いい目してんじゃねえか」

レイナスは何も答えない。

「人を殺したことがある目だ」

「それがどうした」

「なのに俺は殺さねえのか?」

「今は必要ない」

それだけだった。

遠くから車両の音が近づいてくる。

王留美が手配した人員。

男も気づいた。

拘束された状態から無理やり身体を捻る。

レイナスは絹江への攻撃を警戒しながら対応した。その一瞬を使い、男は拘束から抜けて路地の奥へ跳ぶ。

追えば捕まえられる。

だがレイナスは動かなかった。

背後には絹江がいる。

男の仲間がいない保証もない。

ここで彼女を一人にする理由はなかった。

「追わねえのか?」

「今日の仕事はあんたじゃないんでね」

男が笑う。

「また会おうぜ」

レイナスの目が細くなる。

「次も同じ扱いになるとは思わない方がいい」

男は楽しそうに笑いながら、路地の奥へ消えた。

完全に気配が遠ざかるまで警戒を解かず、それからレイナスは絹江を振り返る。

「怪我は?」

「……ありません」

「なら移動しましょう。ここは長居する場所じゃない」

絹江は目の前の男を見つめた。

変装している。

だが、近くで顔を見れば分かる。

何より、先ほどの動き。

「あなた……レイナス・レノアーク?」

レイナスの手が眼鏡へ伸びた。

「……変装ってのは、思ったより費用対効果が悪いな」

「取材対象でしたから」

「なるほど。それなら仕方ない」

眼鏡を掛け直す。

「質問は安全な場所で聞きますよ」

          ◇

王留美・地上拠点

絹江は、自分が追っていた情報を順番に話した。

イオリア・シュヘンベルグ。

ソレスタルビーイングが公に姿を現すより以前から存在していた計画。

過去の関係者。

そして、その取材の過程で辿り着いた一人の男。

王留美が尋ねる。

「先ほどの男性の名前は?」

「分かりません」

「知らないのですか?」

「ソレスタルビーイングについて詳しい人物がいると聞いて接触しました。直接会ったのは今日が初めてです」

「情報を提供した人物は?」

絹江は少し黙った。

「取材源については話せません」

王留美の眉が僅かに動く。

レイナスは絹江を見る。

命を狙われた直後でも、そこは譲らないらしい。

「筋金入りだな」

「記者ですから」

「職業病ってのは厄介だ。本人が休みたくても休んでくれない」

「あなたに言われたくありません」

レイナスは一瞬黙った。

「……それは今、一番効く返しだな」

王留美が話を戻す。

「では、男性の特徴と、話していた内容をできるだけ詳しく」

絹江は記憶を辿りながら話した。

男の容姿。

話し方。

武装。

軍事関係者を思わせる身のこなし。

そして、過去の中東情勢やKPSAについて、妙に詳しい様子だったこと。

「KPSA……」

王留美の表情が変わる。

レイナスが気づいた。

「心当たりが?」

「まだ断定はできません」

王留美は紅龍を見る。

「この特徴から身元を洗ってください。KPSAとの関係も含めて」

「承知しました」

紅龍が部屋を出る。

レイナスは絹江へ向き直った。

「しばらく表には出ない方がいい」

「取材をやめろと?」

「違います」

声は穏やかだった。

「取材を続けるにしても、まず生き残ってください」

「ですが――」

「さっきの男はあなたを殺すつもりだった」

言い切る。

「脅しじゃない。銃を抜いて、引き金に指まで掛けてた。俺が止めなければ撃ってたよ」

絹江は黙った。

「次も俺が間に合う保証はない」

「……家族がいます」

「家族?」

「弟が」

王留美が確認する。

「お名前は?」

「沙慈・クロスロードです」

王留美の指が止まった。

「……クロスロード」

端末を操作する。

数秒後。

表示された情報を見て、表情が変わる。

「どうした?」

「弟さんの交際相手と思われる女性が、先日の結婚式場襲撃に巻き込まれています」

絹江が立ち上がった。

「何ですって?」

「ルイス・ハレヴィ」

「ルイス……!」

顔色が変わる。

「容体は?」

「生存しています。ただし、重傷です」

絹江がすぐに出口へ向かおうとする。

レイナスがその前へ出た。

「待ってください」

「弟のところへ行きます」

「気持ちは分かります。でも今あなたが表に出れば、さっきの男にもう一度狙われる可能性がある」

「だからって!」

「弟さんまで巻き込むかもしれない」

絹江の足が止まった。

レイナスは続ける。

「安全を確認してから連絡する方法を考えます。今はあなた自身が狙われてることを前提に動いた方がいい」

「あなたに任せろと?」

「信用しろとは言いません」

レイナスは視線を逸らさない。

「信用は後から判断すればいい。今は安全の方を優先してください」

絹江は答えなかった。

レイナスが王留美を見る。

「ここで保護を続けられる?」

「一時的には。ただ、相手の身元も情報網も分かっていません。この場所を絶対安全とは言えません」

「なら、もう少し安全な場所へ移した方がいいな」

「スメラギさんへ相談しますか?」

「ああ」

          ◇

同日――王留美の拠点

紅龍が戻ってきたのは、それからしばらく後だった。

「お嬢様」

「分かりましたか?」

「はい」

端末が差し出される。

王留美が表示された情報を見る。

「……これは」

レイナスが横から画面を見る。

そこには先ほどの男の顔写真があった。

名前もある。

アリー・アル・サーシェス。

「アリー・アル・サーシェス」

レイナスが名前を読む。

「元KPSA関係者。現在は民間軍事会社を転々としているようです」

紅龍が続ける。

「各地の紛争への関与が疑われています。現在の所属については情報が錯綜していますが、戦闘経験は極めて豊富です」

レイナスは写真を見る。

「なるほど。あの動きにも納得がいく」

王留美が端末を閉じる。

「スメラギさんへ報告しましょう」

          ◇

プトレマイオス・ブリッジ

地上からの通信が繋がる。

モニターには王留美とレイナス。

スメラギのほか、刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリアもブリッジに集まっていた。

『絹江・クロスロードさんの保護について相談があります』

王留美から事情が説明される。

ソレスタルビーイングを追っていたジャーナリスト。

情報提供者との接触。

殺害未遂。

レイナスによる救出。

そして、男の身元。

『アリー・アル・サーシェス』

その名前が出た瞬間だった。

「――サーシェス」

刹那が反応した。

レイナスの視線が動く。

『知ってるのか、刹那』

「ああ」

刹那はモニターに表示された顔を見つめた。

「モラリアにもいた」

スメラギが反応する。

「モラリア?」

「PMCトラストのイナクトに乗っていた。俺と戦った男だ」

ティエリアが目を細めた。

「あのパイロットか」

「ああ」

刹那は続ける。

「アリー・アル・サーシェス。KPSAの人間だ」

その言葉が出た瞬間。

「……KPSA?」

ロックオンの声が変わった。

いつもの余裕が消える。

「刹那」

「ああ」

「そいつが、KPSAの人間なのか?」

「そうだ」

「間違いねえんだな?」

「間違いない」

ロックオンが刹那へ歩み寄る。

「どうしてお前が知ってる」

刹那は正面から見返した。

「俺をKPSAに入れたのがサーシェスだ」

ロックオンの足が止まった。

「……何?」

「俺に神のために戦えと教えた」

刹那の表情は変わらない。

「両親を殺させたのも、あの男だ」

ロックオンの拳が強く握られた。

「そいつが……」

声が震える。

「そいつが、ガキだったお前をKPSAに……?」

「そうだ」

「ふざけやがって……!」

拳がコンソールへ叩きつけられた。

鈍い音がブリッジに響く。

「ロックオン!」

アレルヤが驚いて振り向く。

ロックオンは構わない。

モニターに映るサーシェスの顔を睨みつけている。

「レイナス!」

『聞いてるよ』

「あいつはどこだ!」

『逃げた』

「追えねえのか!?」

『今からは難しいな。足取りは王留美の方でも調べてもらってる』

「だったら――」

「ロックオン」

スメラギが止める。

「落ち着いて」

「落ち着いてられるかよ!」

怒声が飛んだ。

その場にいた全員がロックオンを見る。

普段の彼からは考えにくいほど、剥き出しの感情だった。

「KPSAだぞ!」

「ロックオン?」

「俺の家族を殺した連中だ!」

そこで。

ブリッジが静まり返った。

アレルヤが目を見開く。

ティエリアも何も言わない。

スメラギの表情が変わる。

刹那もロックオンを見つめていた。

モニターの向こうでは、レイナスからも軽さが消えている。

ロックオンは一度口にしてしまった言葉を、もう引っ込めようとはしなかった。

「……昔、KPSAの自爆テロに巻き込まれた」

低い声だった。

「俺だけが生き残った」

誰も口を挟まない。

「親も……妹も死んだ」

握り締めた拳が震えている。

「だから俺は、テロをなくすためにここにいる」

初めて明かされた理由だった。

ソレスタルビーイングでガンダムに乗る理由。

普段は軽口の奥に隠していたもの。

それを聞いて。

刹那が僅かに目を伏せる。

自分もまた、KPSAにいた。

サーシェスに導かれ、人を殺した側にいた。

「ロックオン」

「勘違いすんな」

刹那が顔を上げる。

ロックオンは刹那を見ていた。

怒りは消えていない。

だが、その矛先は刹那へ向いてはいなかった。

「お前に言ってんじゃねえ」

「……」

「お前もガキだったんだろ」

刹那は答えない。

「利用されて、戦わされて……その張本人が、今も好き勝手やってやがる」

ロックオンの視線が再びモニターへ向く。

サーシェスの顔。

「それが気に食わねえんだよ」

しばらく沈黙が続いた。

レイナスが静かに口を開く。

『……そういう事情だったのか』

ロックオンがモニターを見る。

『悪い。今まで知らなかった』

「言ってなかったからな」

『なら、俺から聞く話でもない』

それ以上レイナスは踏み込まなかった。

ロックオンの視線が少しだけ緩む。

だが、すぐにサーシェスへ戻った。

「レイナス」

『ああ』

「あいつとやったんだな」

『少しだけな』

「強かったか?」

レイナスは少し考える。

『普通の兵士と比べるなら、かなりな』

「お前と比べたら?」

『比べる意味はないよ』

淡々とした答えだった。

『俺をどうにかできる相手じゃない』

「なら、なんで逃がした」

責める口調ではない。

だが、感情は隠れていない。

レイナスも誤魔化さなかった。

『絹江さんを守る方を選んだからだ』

「……」

『追えば捕まえられた。でも、その間に絹江さんを一人にすることになる。仲間がいるかどうかも分からなかった』

一拍置く。

『あの場で俺がやるべきなのは、サーシェスを倒すことじゃない。絹江さんを生きて帰すことだった』

ロックオンは目を閉じた。

感情では納得できない。

だが、判断が間違っていたとも言えない。

「……分かってる」

絞り出すように答える。

「その判断が正しいことくらいはな」

刹那がモニターを見る。

「サーシェスはまた現れる」

『断言するんだな』

「あいつは戦争を利用する」

刹那の目が細くなる。

「戦うために戦争を続ける男だ」

レイナスは路地でのサーシェスを思い返した。

銃を潰されても。

ナイフを止められても。

地面へ押さえ込まれても。

あの男は笑っていた。

『……納得したよ』

ロックオンが言う。

「次に見つけたら、俺にも知らせろ」

スメラギがすぐに口を開いた。

「勝手に動くのは認めないわ」

「分かってる」

返事はした。

だが、怒りは消えていない。

刹那もまた、サーシェスの顔から目を離さなかった。

レイナスは二人を見ていたが、それ以上この話には踏み込まなかった。

『それで、絹江さんの件だけど』

スメラギも表情を切り替える。

「今の場所に置いておくのは危険ね」

『俺もそう思う』

「分かった。こちらで保護するわ」

『助かる』

「ただし、開示する情報はこちらで決める。保護することと、ソレスタルビーイングの内部へ入れることは別よ」

『もちろん』

「地上から上げる方法は王留美と調整する」

『了解』

スメラギはそこで少しだけ目を細めた。

「それから」

『ん?』

「あなた、本来の仕事はGN-Xの調査だったわよね?」

レイナスが黙る。

『……人間、一日に処理できる仕事量には限界があると思わない?』

「百年以上生きてるんでしょう?」

『ここで年齢を返してくるのか』

横から刹那が言った。

「自業自得だ」

レイナスがモニター越しに刹那を見る。

『地上で働いてる人間に追い打ちをかけるのは感心しないな、刹那』

「戻ってこなくていい」

『……最近のお前、俺にだけ当たりが強くないか?』

「気のせいだ」

レイナスは少し考えた。

『そうか。なら俺の心が弱ってるだけらしい』

ロックオンが小さく息を漏らした。

笑った――というほどではない。

だが、先ほどまで握り締めていた拳が僅かに緩む。

レイナスはそれを見ても何も言わなかった。

          ◇

地上――王留美の拠点

通信を終え、レイナスは絹江のいる部屋へ戻った。

「受け入れてもらえました」

絹江が立ち上がる。

「どこへ行くんです?」

レイナスは少し考えてから答えた。

「ソレスタルビーイングの保護下です」

絹江の表情が固まる。

「……あなたは、やはり」

「正式な構成員じゃありません」

「ですが協力している」

「そこは否定しません」

絹江はレイナスを見つめた。

「私を拘束するつもりですか?」

「違います」

即答だった。

「あなたには選ぶ権利がある」

レイナスは近くの椅子へ手を置く。

「ここから出ると言うなら、力ずくで閉じ込めるつもりはない。ただ、今外へ戻るのがどれだけ危険かは説明します」

「それでも私が取材を続けると言ったら?」

「止めません」

王留美が僅かにレイナスを見る。

レイナスは続けた。

「ただし、今すぐ外へ戻るのは勧めない」

絹江へ視線を戻す。

「生きてる人間にしか、続きを選ぶ権利はない」

絹江は黙った。

「安全を確保する。それから何を調べるか、何を書くか、どこまで踏み込むかを自分で決めればいい」

「ソレスタルビーイングに不都合なことでも?」

「俺は広報担当じゃないんでね」

僅かに口元を緩める。

「その辺の面倒な話は、無事に生き残ってから担当者とやってください」

王留美が静かに息を吐いた。

「随分と勝手なことを仰いますね」

「現場の人間が全部抱え込むと、組織ってのは回らなくなるんだよ」

「ご自分が一番抱え込んでいるように見えますが」

レイナスは少し考えた。

「……それは今後の改善項目にしておこう」

絹江の口元が、ほんの僅かに緩んだ。

王留美が立ち上がる。

「移動の準備を進めます。すぐに宇宙へ上げることはできませんので、それまではこちらで」

「お願いします」

絹江が答える。

レイナスも立ち上がった。

その時、絹江が彼を見る。

「一つだけいいですか?」

「はい?」

「その眼鏡、まだ必要なんですか?」

レイナスの手が止まる。

王留美も同じ場所を見る。

「私も先ほどから気になっていました」

レイナスは眼鏡を外しかけた。

少し考える。

そして、また掛け直した。

「ここまで使ったんだ。せめて任務が終わるまでは働いてもらうよ」

「眼鏡に元を取ろうとしているのですか?」

「道具ってのは使われてこそ報われるもんだろ」

「先ほどまで経費の話をしていたような気がしますが」

レイナスは王留美を見る。

「……綺麗にまとめようとしたところを掘り返さないでくれ」

今度は絹江も小さく笑った。

だが、レイナスの視線はすぐに机の端末へ戻った。

画面には二つの情報が残っている。

一つはGN-X。

もう一つは――アリー・アル・サーシェス。

新型モビルスーツを追って地上へ降りたはずが、別の厄介事まで増えた。

レイナスは椅子へ座り直す。

「さて」

王留美が振り返る。

「何を?」

「本来の仕事」

GN-Xの資料を開く。

「帰った時に『何も分かりませんでした』じゃ、さすがに暇人扱いへ反論できなくなる」

王留美は少し笑って、自分の席へ戻った。

「では続きを始めましょう」

「ああ。できれば今度は、銃を持った情報提供者が出てこないことを祈るよ」

絹江がその言葉に反応する。

「情報提供者ではありません。私は情報提供者から紹介されただけです」

レイナスの手が止まった。

「……そこは大事?」

「大事です」

「なるほど」

端末へ視線を戻す。

「記者相手の言葉選びも、経費とは別に勉強が必要らしいな」

「覚えておいてください」

「善処します」

「それは覚えない人の返事です」

レイナスは答えなかった。

ただ、少しだけ笑ってGN-Xの資料を開いた。

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